- 講談社 (2016年10月12日発売)
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感想 : 4件
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Amazon.co.jp ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784062923859
作品紹介・あらすじ
「なぜか分からないがそうしてしまった」、「まるで自分ではない何かにやらされているようだった」……。こうした話は作家や芸術家の創作についてよく聞かれるが、日常の中にも同様の経験があるのは誰もが知っていることだろう。みずからの行動の原動力だったことは明らかなのに、それが何なのかは明言できないもの。その得体の知れない力を示すために着目されたのが、ドイツ語の代名詞「es(エス)」だった。
[本書の内容]
はじめに
プロローグ――エスを奪い合う者たち
邂逅/確執
第一章 エスの問題圏
フロイトとニーチェ/ニーチェの因果性批判/ランボーの反抗/「絶対的に近代的」であること/デカルトの問い/非人称の「思われること」へ
第二章 エスの淵源を求めて
「神なる自然」とゲーテ/フィヒテの課題/近代の逆説/シェリング来都/フォイエルバッハの示唆/端緒としてのリヒテンベルク/ビスマルクのエス/ハルトマンという桎梏/フロイトとハルトマン/「台無しにされたショーペンハウアー」
第三章 変貌するエス
「自然の精神化」と「自然の物質化」/ヘルムホルツからマッハへ/ルナンの二面性/ドレフュス事件とエス/スーリー、そしてエクスナー/ユダヤ人とは誰なのか/遺伝する「エスの経験」/「世界霊」としてのエス/ジェイムズと心霊主義/ユングとの葛藤/獲得形質の遺伝/シュタイナーとゲーテの出会い/シュタイナーとハルトマン/シュタイナーのエス
第四章 エスへの抵抗
カール・クラウス登場/抵抗するローゼンツヴァイク/ブーバーの「君」とエス/「始源語」としてのエス/ウィーン学団のエス/ラッセルによる仲介/ヴィトゲンシュタインのエス/ハイデガーのエス/『モーセという男と一神教』へ/伝承するエス、伝承されるエス/エスの稲妻
エピローグ――「エスの系譜」のゆくえ
メルロ=ポンティと「沈黙」/ルソーからレヴィ=ストロースへ/ドゥルーズのほうへ/傷をもつ者
あとがき
書 誌
学術文庫版あとがき
関連年表
解説 来るべき本文――十九世紀という問題(國分功一郎)
みんなの感想まとめ
人間の行動の背後に潜む「エス」という概念を探求する本書は、肉体と精神の二元論を超え、自己の奥深くにある力を明らかにします。フロイトやニーチェの思想を基に、エスがどのように国家や社会、個人のあり方に影響...
感想・レビュー・書評
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エスと2つのエスの系譜について。
地元の図書館で読んだことがあって、そのうち読みなおそうとおもい文庫で買って読んでみました。
ただページ数が少なく駆け足なので物足りない。なぜエスには因果性がないのかのあたりもう少し読みたかった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
肉体と精神の二元論の限界を超えていくときに、ES(=IT)が登場し、その後、そのエスの思想は二つの流れに分岐し、交差しながら、国家のあり方、人間のあり方、社会のあり方にまで影響を及ぼす。
蛇足だが、仏教も心身や自他、自分と環境などの二元を一体の物として、その捉え方は同じような歩み(同じ様で相反する二つの不二の論)をとっているように思えた。「本覚思想」的なものと「批判仏教」的なものだ。後者の脈が途絶えているのが哀しいが。
視点は斬新で鮮やか。応用、展開がもう少しできそうだ。 -
暴れ馬のように自我を振り回す何か、フロイトはこれをエスと呼んだ。エスに価値の評価、善悪、道徳はない。
エス概念はニーチェに遡る。デカルトに始まる理性万能主義に対するアンチテーゼがエス概念である。詩人のランボーも同じようなことを言っている。自身のうちに求めたものをデカルトは真理と呼びランボーは毒と呼んだ。
王権神授説から国民主権へ移行する中で、神に代わる自己を規定する概念が求められた。エスとは自己の奥底にある何かである。カント以来の近代哲学者たちはこの問題を取り組んでいる。それがニーチェやフロイトに結実した。
政治的には国民の創出、ナショナリズムとも関係する。 -
佳作。
著者:互 盛央[たがい・もりお] (1972-) 言語論、思想史。
解説:國分 功一郎[こくぶん・こういちろう] (1974-) 近世哲学(17世紀の)、現代フランス哲学。
【版元の内容紹介】
「考える」「思う」という事象に主語はあるのか。「私」でも「神」でも「言語」でもないとしたら――近代以降ニーチェがフロイトが、フィヒテがシェリングが、沈黙する<それ=Es>に向けて格闘を始めていた。
“「なぜか分からないがそうしてしまった」、「まるで自分ではない何かにやらされているようだった」……。こうした話は作家や芸術家の創作についてよく聞かれるが、日常の中にも同様の経験があるのは誰もが知っていることだろう。みずからの行動の原動力だったことは明らかなのに、それが何なのかは明言できないもの。その得体の知れない力を示すために着目されたのが、ドイツ語の代名詞「es(エス)」だった。”
――「まえがき」より
〈http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062165495〉
【目次】
目次 [003-006]
凡例 [007]
はじめに [011-014]
プロローグ――エスを奪い合う者たち 015
邂逅/確執
第一章 エスの問題圏 031
フロイトとニーチェ/ニーチェの因果性批判/ランボーの反抗/「絶対的に近代的」であること/デカルトの問い/非人称の「思われること」へ
第二章 エスの淵源を求めて 061
「神なる自然」とゲーテ/フィヒテの課題/近代の逆説/シェリング来都/フォイエルバッハの示唆/端緒としてのリヒテンベルク/ビスマルクのエス/ハルトマンという桎梏/フロイトとハルトマン/「台無しにされたショーペンハウアー」
第三章 変貌するエス 111
「自然の精神化」と「自然の物質化」/ヘルムホルッからマッハへ/ルナンの二面性/ドレフュス事件とエス/スーリー、そしてエクスナー/ユダヤ人とは誰なのか/遺伝する「エスの経験」/「世界霊」としてのエス/ジェイムズと心霊主義/ユングとの葛藤/獲得形質の遺伝/シュタイナーとゲーテの出会い/シュタイナーとハルトマン/シュタイナーのエス
第四章 エスヘの抵抗 187
カール・クラウス登場/抵抗するローゼンツヴァイク/ブーバーの「君」とエス/「始源語」としてのエス/ウィーン学団のエス/ラッセルによる仲介/ヴィトゲンシュダインのエス/ハイデガーのエス/『モーセという男と一神教』へ/伝承するエス、伝承されるエス/エスの稲妻
エピローグ――「エスの系譜」のゆくえ 249
メルロ=ポンティと「沈黙」/ルソーからレヴィ=ストロースヘ/ドゥルーズのほうへ/傷をもつ者
あとがき(二〇一〇年七月 互盛央) [275-278]
書誌 [279-309]
学術文庫版あとがき(二〇一六年八月 互盛央) [311-313]
解説 来るべき本文── 十九世紀という問題(國分功一郎) [315-325]
関連年表 [327-333]
著者プロフィール
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