犬と鬼 知られざる日本の肖像 (講談社学術文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (448ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062924054

作品紹介・あらすじ

美しい自然、練磨された芸術と文化遺産、高度な技術国、優秀な教育制度……。世界をリードするような新しい文明を築こうとした日本は、なぜか1990年代に失速しました。
バブル崩壊はその引き金でしかありませんでした。明治維新、敗戦を超え、「近代化」を推進してきた日本は、本質的に「近代化」で失敗したのです。
「有能な官僚制度」に誘導された土建国家は、伝統日本を破壊し、ついには金融界までも崩してしまいました。日本の魂が傷つけられたのです。この国が抱える問題は、慢性的・長期的なもので、まさに日本人は「ゆでガエル」状態になっていることを、日本をこよなく愛する著者が怒りと悲しみを込めて警告します。
日本の景観破壊をいち早く告発し、現在のインバウンド旅行者についても発言を続ける著者の渾身の書です。
タイトルの「犬と鬼」は、『韓非子』のエピソードに拠っています。皇帝が宮廷画家に「描きやすいもの、描きにくいものは何か」と問うと、画家は「犬は描きにくく、鬼は描きやすい」と答えます。身近で控えめな犬のようなもの(伝統的な日本の景観)は、正確に捉えるのが難しいが、派手な想像の産物(不要で奇抜なモニュメント)にお金を出すことは易しいということを暗示しています。

感想・レビュー・書評

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  • 長年日本に住んできた米国人による、これはなかなか面白い日本社会論である。
    本書のスポットは特に日本の行政(官僚)を中心とした社会・経済・環境破壊の動きに向けられており、ここでは「ビューティフル」と日本文化を褒め讃えるのではなく、ひたすら「異常さ」を追究している。
    明治以降、とりわけ戦後において日本式「官僚制」がすべてをコントロールする強大な権力の中心となってきたことを指摘する。この「官僚制」はマックス・ウェーバーも詳細に議論したように、どこの国にも見られる腐敗・硬直化する構造物なのであるが、とりわけ日本のそれは甚だ強烈で、政治家の力を持ってしても歯止めをかけることは難しい。
    戦後の日本はとにかく建設業を推進するべく、国の財源をひたすらそこにつぎ込んで、「成長」を目指した。それはある程度成功し、経済成長の著しさによって各国を驚かせたが、しかしそこには「病」と呼ぶべき異常な構造があった。そのしわよせは必ずやって来る。そして、バブルが崩壊し、その後も決して立ち直ることなく現在にまで至る。
    日本の官僚については、国民はこれを監視できない。だから選挙によって選ばれた(ということになっている)内閣が行政をコントロールするはずなのだが、長年官僚と癒着してきた自民党に、行政を本当に改革するつもりはさらさらない。この点は完全に制度の不備であり、憲法を改正するというなら、ここだろう。
    行政組織はトップダウンで、いったん方針が上の方のどこかで決められたら、黙って延々とそれをやり続けるのである。その事業自体の善悪も、現実世界における有効無効もまったく判断されない。これがお役所仕事だ。
    しかし、日本人(というか、日本文化によって育成された人間)は、官僚制と極めて親和性が高く、一般の企業ですら官僚制のシステムに従っている。
    日本の労働者は、役人も一般サラリーマンも、ただひたすら沈黙して「組織」に隷従するようしつけられている(そのはじまりは学校教育にある)ため、たとえ組織において明らかな「悪」があっても、それを告発する従業員はほとんどいないのだ。だからかつての三菱自動車の商品の欠陥隠蔽のような、「組織的隠蔽」がはびこるわけだ。
    本書のタイトル「犬と鬼」は、韓非子に載っているエピソードで、皇帝に尋ねられた画家が
    「犬は描くのが難しいが、鬼は想像しながらただ派手に描けば良いので、簡単だ」
    と答えという話に因っている。
    つまり官僚組織がかかげる「大義」は、現実から遊離した「建て前」すなわち虚構にすぎず、その虚構をエネルギーとして国内のすべてをコントロールしようとしているのである。
    意味のないところにもひたすら舗装道路や無用な橋を作り続け、海岸線をすべてコンクリートで固めてテトラポッドを並べ、あらゆる山林を破壊する。つかうわけでもない巨大な建造物を「モニュメント」として各地にうちたてて景観を壊し、そういうくだらない、シュールなまでに無意味な公共事業を繰り返す割には、民衆が本当に必要とすることには全く目もくれない。
    戦後の無意味で無残な環境破壊・文化破壊を本書は大量に列記しており、なかなかに切実である。
    それと、もう一つ重要なのは、官僚システムが多用する「建て前」という嘘による、「情報の隠蔽」である。
    「情報の隠蔽」というと、3.11後、特に安倍自民党によるあくどいやり口が目立っているが、それはもっとずっと昔からの、日本社会の得意技であったようだ。
    官僚たちは作文することによって、黒も白と言ってのける。数値のデータでさえ、かなりのごまかしが混入しているから、一般の国民はまんまとだまされてしまう。
    つまり、アメリカが今ごろになって「ポスト・トゥルース」などと言って騒いでいるのはアホらしい、日本社会にはそもそもトゥルースの時代はなかったのである。いわば、永遠に「プレ・トゥルース」のままなのだ。
    やはり日本社会は幼稚な三流社会であり、近代社会にさえなりきれなかったようだ。
    そんな幼稚な国の幼稚な国民は、最近では「かわいい」という子どもっぽい価値観に席巻されており、本書はこのへんの滑稽な動向も指摘している。
    要するに非常に面白い読み物だった。一読をおすすめする。

  • 隣の町に立派な多目的ホールができたら、オラの町にも造ってほしい。民間ベースでは、採算がとれない話でも、一度動き出した箱物事業は、誰にも止められない。まるで、太平洋戦争に突き進み暴走する軍部のように。
     この本が書かれたのは、約20年ほど前だが、ここで警鐘が鳴らされた事は、さらに悪化している。東海村の臨界事故よりも、さらに進んだメルトダウンが発生し、一部の先端技術では優れていても、それは危機管理などの技術を後回しにしてきたことが露呈した。赤字財政は止まることなく、国土強靭化計画が大号令のもと進んでいる。今はうまく回っているネズミ講のように、考えたら、そのスキームが破綻してるのは、誰にでもわかるのに・・・。

  • 日本文化をこよなく愛する筆者だからこそ書ける、日本への厳しい批判が並びます。
    出版は20年以上前ですが今読んでも刺さる部分がかなりあります。つまり日本は中々変わることが出来ていないというのが実感出来ます。

  • 2002年のハードカバー版を読んでいたが、ふと思い出して再読した。
    あれから20年。日本は変わった。さらに悪く。

    欧米の常識と比較しての日本論は、やや上から目線が気になるものの、指摘されている内容は耳が痛い。一例として「土建国家」は、災害への備えを欠かせない日本にとって建設業の供給能力維持は不可欠なのだが、それでも1960年代の技術を「そのまま」単純に拡張するのは明らかにおかしい。

    かつて日本が手にしていた自然の美しさと個性的な地方の景観が、狭くみすぼらしい道路、味気なく場違いでそのくせ使いづらい建物、東京の劣化コピーでしかないチェーン店の看板で台無しにされてしまった姿は、実体験として本当に悲しい。

    「鏡の国のアリス」として例えられているとおり、本当に必要な国民の健康や個人資産、自然や文化遺産を保護するための規制は皆無なのに、天下り先確保のためだけに制定された無意味どころか有害な許認可制度は続々と制定され、土地の有効活用や新しい産業育成を阻害する規制は残ったまま、外資や竹中のような拝金主義者を利する規制緩和は破壊的に進められる。

    すべては「中途半端で」「醜く」そして「幼稚」だ。

    革命や改革の希望は気色悪いポリコレ勢力に汚染され尽くし、本物の伝統を守る真の意味での保守は敗戦と戦後の変更教育で消え失せた。

    疲れ果てた国民は行き場のない怒りと絶望をドファルジュ夫人の編み物に埋め込む。
    今度「二都物語」を読んでみよう。

  • 日本の魅力を発信するアメリカ人による、日本の問題点をした本。日本のバブル後の失われた20年に起こった日本の課題を指摘している。断片的な事象もって日本の官僚組織を批判したり、一部の意見をもって日本の特性と断定したり、分析・評価に説得力のない点が多いが、外国人から見た当時の一面としては、参考になる。経済的な基礎知識が欠如していると思われ、残念。

    「瑞々しく青々とした山々、エメラルド色をした岩の上を流れる清流など、世界でも有数の美しい自然環境。東アジアのあらゆる芸術的財産を受け入れ、何世紀もの間日本特有の感性でさらに練り磨いた、アジアで最も豊かな文化遺産。先進国でも屈指の優秀な教育制度や、高度なテクノロジーを誇る日本。工業分野の成長は各国の称賛を浴び、その過程で得た利益で、ひょっとすれば世界で最も裕福な国となったかもしれない。世界をリードする新たな輝かしい文明を築くところまで来ていた。だが、1990年代の日本はどういうわけか意気消沈してしまった」p6
    「日本の器用に組み立てられた「行政」という名の機械は、致命的に重要な部品が一つ欠けている。それはブレーキだ。いったん進路を取り始めると、他の国々では考えられないほどの過剰な次元に行きつくまで、継続する傾向にある」p15
    「(ロバート・マクニール)広島から東京まで、延々800キロ続く退屈な風景にはうんざりした。味もそっけもない効率一点張りのゴミゴミした眺めは見るのもつらく、トンネルに入るとほっとしたほどだ」p23
    「(土建国家・日本)巨額の補助金が建設に流れ、驚くことに、国の歳出予算のなんと40%が公共事業に充てられている(アメリカでは8~10%、イギリスやフランスでは4~6%)」p28
    「日本は秋草や紅葉に埋もれた野山を愛でる国で、日本の美と聞いて思い起こすのは地味、繊細、白木、素焼きなどである。だが現代日本は、それとはまったく反対の道を突き進んでいる」p41
    「日本人はよく「きれい」という言葉を使うが、それは「美しい」と同時に「きちんとして清潔」という意味もあり、ブルドーザーでならしたばかりの山腹や、コンクリートで改修したばかりの川岸についてもいう。すらっとした人工のものが「きれい」だというのは、1950年代から60年代の「発展途上国」時代の後遺症である。当時、田舎の道はまだほとんど舗装されていなかった。でこぼこの泥道になめらかなアスファルトが敷かれ、朽ちかけた木の手すりが輝くスチールに替わったのを見た時、人々がどんなに喜んだか想像できる」p44
    「台風で砂がバケツ一杯流されただけでも、山のてっぺんから石ころがひとつ落ちただけでも、それは行政が対処しなくてはならない」p47
    「(企業の廃棄物投棄)田舎の道路際はゴミだらけで、空きビン、古い冷蔵庫、エアコン、自動車、がらくたの詰まったビニール袋など、さまざまなゴミが捨ててある。海岸にはペットボトルが散乱している。メースンは言う「京都の北山をドライブすれば、道端には必ずゴミが落ちている。コロラドなどでは考えられないことだ」。コロラドだけではない。ヨーロッパのほとんどの国でも、シンガポールやマレーシアでもそれは同じである」p80
    「元警察官はパチンコ業界に天下り、またプリペイドカードの利益の一部が警察関連組織に流れるから、全国にパチンコ店がはびこってしまった。建設省河川局の役人は儲かるから数百となくダムを造る。無用なモニュメントがあちこちに建ち、海岸がセメントで埋め立てられるのは、建設会社が政府機関から特別扱いをされているためだ」p164
    「(加藤シヅエ)ラフカディオ・ハーンの文章を読み、美しい風景を期待して日本を訪れる多くの外国人は、美しく比類のない文化遺産を日本人が無残にも破壊しているのを目の当たりにして驚き、憤っているであろう」p194
    「(日本は)伝統文化そのものを見直すことだ。日本の伝統文化には、競争心という傾向が清貧と共存している。かつてならや京都に都を築いたとき、朝廷は肩越しに中国や朝鮮をうかがっていた。奈良時代、真っ先になすべきこととされたのは、国の総力をあげて東大寺を建立することだったが、その目的は唐の都・長安にある巨大な寺院と張り合うことだった」p271
    「ウォルフレンが指摘しているように、コンセンサスや遵奉が重視されるために、責任者がだれもいないという状況が生まれる。一度進みだしたら、日本はもう止まらない。舵手がいないから、国家という船が進み始めると、ギアをバックに入れ直すことをできる者がいない。船はどんどん速度を上げていき、ついには岩に激突してしまうのだ」p276

  • 2022-03-06 二度目の観測

  • <目次>
    プロローグ
    第1章   国土~土建国家
    第2章   治水・治山~災害国家
    第3章   環境~ステロイド漬けの開発
    第4章   バブル~良き日々の追憶
    第5章   情報~現実の異なる見方
    第6章   官僚制~特別扱い
    第7章   モニュメント~大根空港
    第8章   古都~京都と観光業
    第9章   新しい都市~電線と屋上看板
    第10章   鬼~モニュメントの哲学
    第11章   「マンガ」と「巨大」~モニュメントの美学
    第12章   総決算の日~借金
    第13章   国の富~お金の法則
    第14章   教育~規則に従う
    第15章   教育のつけ~生け花と映画
    第16章   国際化~亡命者と在日外国人
    第17章   革命は可能か~ゆでがえる

    <内容>
    日本人にとって哀しい本である。多くの指摘が正しい。そして、日本人はそれを変えることができない(気づいていないし、気づいても変えるのにはあまりにエネルギーがかかる)。この種本が出版されたのが2002年。それから17年がたち、一番の元凶とされる、官僚と教育のうち、教育はもしかすると変わるかもしれない。文科省が重い腰を上げたからだ。しかし、「ゆとり教育」の時もそうだったが、ちょっとでも痂疲が見えたとき、経済界(ここの提案が文科省を動かしたのだが)やそれと同調するマスコミ、その後で政治家がどのような反応を見せるか…。そうすると日本は二度と立ち直れなくなり、22世紀の世界史では、偉大なる失敗国家として語られるだろう。その時に日本といく国家が存在しているか…。

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著者プロフィール

1952年米国メリーランド生まれ。1964年に初来日し、1966年まで父の仕事の関係で横浜の米軍基地に住む。1974年エール大学日本学部卒業。日本学を専攻、学士号(最優秀)取得。1972~73年まで慶應義塾大学国際センターでロータリー奨学生として日本語研修。1974~77年、英国オックスフォード大学ベイリオル・カレッジでローズ奨学生として中国学を専攻。学士号、修士号を取得。著書に、『美しき日本の残像』(新潮社学芸賞)、『ニッポン景観論』などがある。日本の魅力を広く知らしめる活動を展開中。

「2017年 『犬と鬼 知られざる日本の肖像』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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