嵐のピクニック (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
3.51
  • (27)
  • (55)
  • (54)
  • (20)
  • (4)
本棚登録 : 777
感想 : 75
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062931144

作品紹介・あらすじ

習いたくもないピアノに通っていた私が急に200曲も弾けるようになったあと……。キュートでブラックな13篇。大江健三郎賞受賞作

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 妄想炸裂する奇妙な物語
    ☆アウトサイド:問題児を改心させるピアノレッスン
    名前で:カーテン膨らみ現象
    p太郎:露天商襲撃
    亡霊病:最幸の時発症
    ☆ピクニックシート:試着室,粘る客に究極サービス

  • 13の短編が収録されている。まず2つの作品を続けざまに読んだとき僕は、ずっとこれを求めていたに違いない! と目の覚めるような想いとともに、自分の読書脳と創作脳がほの温かく躍動し始めるのを感じたのでした。わかりそうな人たちに、「ちょっとこれ読んでみ」と前のめりで薦めたい。見つけた!感が泡立つのです。

    話を展開をしていくために言葉のバランスを考えたり表現を考えたりしながら書いている部分と、内容や自己に沈潜して書いている部分と、そしてもともとの発想があると思うのだけど、三位一体的でした。そしてぎゅっとして無駄がない。

    以下、とくに好きだった3作品についての感想です。

    「私は名前で呼んでる」
    カーテンのふくらみから妄想と記憶が流れ出す話。こういう、なんともいえない錯覚の渦中にいる感じってあるなあと思う。でも、言葉にできるほど意識の腕が届いていない領域のものでもある。この、書き手の「意識の立ち位置」みたいなものを考えないわけにはいかない。そんなところに立っていたか!と言うような立ち位置から書いている気がした。目を閉じて想像や思考の世界に耽溺しているだけでは書けない。だからといって目をかっと見開き外の世界をつぶさに見つめ続けるだけでも書けない。言うなれば、薄目で外の世界を眺めながら思考や想像ともつながっている意識で書いたような小説、という感じがして、そこを対象化して言葉にしたのがすばらしい。

    「マゴッチギャオの夜、いつも通り」
    猿山のなかのいっぴきの猿。名前をマゴッチギャオという。その猿山にいっぴきのチンパンジーが入れられることになり、マゴッチギャオはおそるおそる近づいてみる。この作品はもっとも寓意を感じるような話で、印象深い。ラストの締め方に一撃を食らいます、それもやられてしまう一撃ではなく、なんていうか力がわくような一撃です。

    「ダウンズ&アップス」
    主人公のデザイナーは、自分にこびへつらいお世辞ばかり言われる環境を、とても心地の良いものと肯定している。それも、強固な肯定感で。意見を言う若者を、表向きは物珍しさのために近くに置くようになるのですが、それでも、自己肯定感の恒常性のほうが強かった。意見を言う若者を近づけたのは、ほんとうに、物珍しさのためだけなのか。主人公の心の中にはいっさい迷いがないようではありますが、実は無意識のほうで渇望しているものがあったのだろうなとうっすらと思うのでした。しかし、この主人公の自己肯定感の強さはほんとうにすごくて、読んでいると、主人公が穢れのないくらい潔癖に正しい、と思えてしまうくらい。それほど、この短い話に揺さぶられてしまった。主人公像としては、アンディ・ウォーホルが思い浮かびました。

    というようなところです。僕も自分の小説を書くにあたって、真似したいわけではないのだけど、自分の才能をぐいいっと空間の隅々まで伸ばして書くような書き方をしてみたいです。読み手としては興奮するし、書き手としては刺激になりました。よい出合いでした。おすすめです。

  • 本書のタイトルにある「嵐」と「ピクニック」という相反する言葉の組み合わせに惹かれて購読。
    もっと言えば、以前から積読している「夜のピクニック」を読まなくてはという意識と、偶然「嵐」の活動休止報道の時期が重なり、何となくタイトルに目が留まった、というたわい無い理由が大きかったかも知れない。だから、短編集だと買ってから気付いた。ちなみにこの作品は、13作品が収められた著者初の短編集で、大江健三郎賞受賞作。

    ①アウトサイド (10P)
    問題児の女子中学生である「私」は、親のエゴでピアノを習わされるが何処も続かず、最後に行き着いたピアノ教室で優しい先生と出会う。しかし、どんなに根気よく教えても「私」には届かず、更に目に余る見た目から、習うのをやめる生徒も出始め、日に日に弱々しくなる先生。しかし、ある日のレッスンで、ピアノを弾く手首の下に尖った鉛筆の先端を近づけて指導する。「私」は恐怖を感じるが、その日から毎日鍵盤に触るようになり、怒涛の勢いで成長していった。そんな時、先生は教室をやめてしまった。離婚するらしい。旦那から自宅でピアノ教室をしていることを責められ続け、思春期だった娘にまで辛くあたられ、お義母さんの介護に疲れ、「私」の改心も先生の疲れ切った心にはもう届かない。ある日先生はグランドピアノの中にお義母さんを入れると蓋をして閉じ込め、半日放置したらしい。「私」はというと、先生がいなくなってからピアノを練習しなくなり、県で一番馬鹿な高校にも入れず、十七のときに子供ができた。ある時、お腹の子供が「私」をピアノに閉じ込めるところを想像し、自分もお腹に子供を閉じ込めていることに気付いた。誰だって自分が今、ピアノの中なのか外なのか分からないまま生きているのだろう。

    ②私は名前で呼んでる (10P)
    とある女上司は、年下の部下たちと大事な会議をしていたが、視界に入ったカーテンの膨らみが無性に気になってしまう。どうせ何も居ない、でももしかしたら誰かいるんじゃ…女性だからといってなめられたくないプライドと、夢見る少女的な発想の間で葛藤するが、最後には急に会議室を後にして、「シューダダダ!」と叫びながら駆け回る。

    ③パプリカ次郎 (6P)
    十歳のパプリカ次郎はおじいちゃんを手伝うため、屋台の売り子として市場に立ち、野菜を売りさばいた。そして帰る頃、幾つもの屋台を破壊しながら何かがやって来た。追われる謎の男女が屋台に突っ込み破壊、その後を黒いスーツの男たちが銃を撃ちながら追いかけ残ったものを破壊。慣れた様子で「あいつらはいつもわざと追われている」と言うおじいちゃん。なぜ逃げないのか聞くパプリカ次郎に、「露店商なら避けられない」と教えるおじいちゃんは、流れ弾に当たって死んだ。屋台を受け継いだパプリカ次郎は、何度目かの襲来時にスーツ男にしがみつくが、彼らは風のように速く走り、スーツに見える不思議な皮膚が剥がれ、パプリカ次郎は砂漠に落下。何日もかけて何とか故郷に帰り、今でも露店商を続けている。彼らはたまに破壊しにやってくるが、パプリカ次郎は誰よりもぶつかりやすい店先に立ち、激突していく彼らに最大の敬意を払い、なるべくオーバーリアクションで驚いてみせる。

    ④人間袋とじ (10P)
    突然、しもやけを利用して足の小指と薬指をくっつけてみると言う彼女。戸惑う彼氏だったが、付き合いたての頃、足の二本の指にお互いのイニシャルを彫り合ったことを思い出す。薬指には彼氏、小指には彼女のイニシャルのタトゥ、それをくっ付ける意味が分からない。いい加減にしろと怒るが、彼女に見つめられ、最近ちょっかいをかけている女の子の存在がバレたのではと不安になる彼氏。
    諦めたように「馬鹿馬鹿しくなってきたからやめる」「この皮膚裂いてよ」と言う彼女。そうして裂くのを手伝い、切れ目があと数ミリまで来たところで、指と一緒に二人の関係も終わることにようやく気付く彼氏。

    ⑤哀しみのウェイトトレーニー (21P)
    夫に気を遣ってばかりいる妻は、夫がテレビで観ていたボクシング選手の身体に魅せられ、夫とは対照的なその肉体が頭から離れなくなり、次の日からボディビルダーを目指した。昔から、自分がこうだと決めつけすぎて、他の可能性を考えようとしない癖があり後悔していた。大人しい自分はジェットコースターなんか嫌いなはずという決めつけもその一つだ。もしあの時、みんなとジェットコースターに乗っていたら本当はどうだったんだろう。
    だからジムに通い続け、職場でも隠しきれないほど身体が大きくなっていったが、何とか職場でも受け入れられた。そんなある日、とあるショックな出来事があり夫に弱音を吐いてみるが、夫のあまりに無関心な態度に涙を流し、家を出た。ジムへ行き、担当の若い男性コーチにトレーニングを頼み、「コーチが私のパートナーならよかったのに」と漏らしてしまう。その時、窓を叩く夫の姿。コーチが夫を迎えに行っている間、何か言いたそうな夫の目の前で、ガラス越しにボディビルのポーズをする妻。信じられない、という顔をする夫。
    コーチに迎え入れられた夫は、不安そうにしながらも妻を抱きしめた。
    それからは、夫婦で公園に出かけたりもするようになった。二人の体格差に道往く人が振り返るが、二人はまったく気にしない。

    ⑥マゴッチギャオの夜、いつも通り (13P)
    動物園の猿マゴッチギャオは、新入りのチンパンジーが気になっていた。群れに馴染めない新入りに優しく話しかけ、オツムがよくてIQは人間の子供くらいあり、名前はゴードンだと教えてもらった。さらに他の動物のことや、笑顔だと人間と心を通じ合わせられる知った。その夜、人間がハナビを投げつけてきた。あれが当たるとすごく痛いし、赤い肉が見えるというのに、ゴードンはなぜか逃げず、ただ叫び声が響いていた。そして、口の端を持ち上げて心を通じ合わせようとしたが、そのうち人間が石を投げ出して、ゴードンは死んだ。
    人間が帰ってから、マゴッチギャオたちはゴードンを囲んで祈りを捧げ、生き返らせた。生き返らせただけなのに、ゴードンはキセキだとか言って驚いていたが、マゴッチギャオは猿だから難しいことはあんましよく分かんない。

    ⑦亡霊病 (18P)
    「亡霊病」は人生で一番幸せかもしれないという瞬間にかかる率が高い病気で、「自分じゃない感覚」の後、体が浮き平行移動する、口からエクトプラズムが出る、壁などを通り抜ける、体が薄くなり消滅、短時間で性格が変貌するという症状が表れる。
    コンクールに入選した「アタシ」は、その贈呈式の最中に亡霊病が発症する。必死に隠そうとしながら、思考を巡らせ抵抗したり両親に感謝したりするが、無情にも悪口雑言を発して消滅。

    ⑧タイフーン (7P)
    雨宿りをしている男の子に、ぼろぼろの服を着たおじさんがクッキーを差し出し、話しかけてきた。台風の中、ずぶ濡れでも傘を必死に差している人たちは、傘で人が飛べると信じているんだよと説明し、おじさんが3、2、1と数えると、傘をすぼめていた男性が空高く舞い上がっていった。その後不思議なおじさんも「バイビー!バイビー!バイビー!!」と言いながら消える。
    おじさんは次の日、隣町で潰れて発見されたけど、飲み会でその話をすると、「バイビー!×3」のくだりで盛り上がること間違いなしだ。

    ⑨Q&A (12P)
    仕事と家庭を両立し、かっこいい女性として持ち上げられ続けた80代?の女性がQ&A方式で、自分に対する世間のイメージや苦悩を正直に打ち明け、その後のお悩み相談でも、DV彼氏に困っているなら河原に呼び出し決闘を挑みましょうと言ったり、出会いがないと言う相談者にサドルをパートナーにすれば良いなどとふざけた事を言うが、それでも編集部はもはや神の声だと賞賛する。

    ⑩彼女たち (10P)
    わけも分からず急に彼女に決闘を挑まれ戸惑う彼氏。場所を探して歩いていると、同じような男女に何組も出会う。男はみな悲しげな表情で、彼女たちは息を切らし、涎を垂らし、女性的なパーツが極端に変化し強調されていくようだった。そして数百組の壮絶な取っ組み合い。この彼氏は、「そのままの君が好きだよ」と言い、泣きながら棘のついた鉄球を振り回し、スタンガンを食らわせ、「お願いします。助けて」という彼女の頭を棍棒で何度も殴りつけた。彼女は川に倒れ、ゆっくりと流れて行った。
    あのとき、本当は彼女がわざと負けてくれたんだと僕には分かっていた。なんて優しい彼女。君を失うなんて、死んでも考えられない。

    ⑪How to burden the girl (13P)
    悪の組織と戦ういたいけな女の子だと思って助けることを決意したが、実際は巧妙に母親から父親を奪い子供を産んだヤバい女が、母親からの復讐を受けて殺し合っていた。そうとも知らずに好きになったせいで巻き込まれた男が、胸糞悪い思いをする話。

    ⑫ダウンズ&アップス (20P)
    上部だけの権力者と、正直な凡人の価値観の話。

    ⑬いかにして私がピクニックシートを見るたび、くすりとしてしまうようになったか (10P)
    試着室から全く姿を見せず、試着を延々と続ける謎の客の対応に苦労する店員さんだったが、日付が変わっても試着を続ける客を、逆に何としても満足させたいと熱心になり、ローラー付きの試着室ごと運び出して洋服を探しに外へ移動する事に。その間、謎の客の体型をカーテン越しに観察し、どうやら人と違う形に思えたが、結局その正体は分からなかった。坂の上まで運んで気が緩んだ時に、試着室だけが坂道を下り始めた。追いかける元気が残っていない店員さんは、声を振り絞り、「お客様!よかったら、その試着室のカーテンをどうぞ!」と叫んだ。
    カーテンから突き出た手が、さよならするように振られ、道にはどこの国のものかも分からない紙幣が置かれていた。
    それ以来、想像しながら歩く癖がついた店員さんは、野原に敷いたピクニックシートを見て、彼女に結構似合うんじゃないかと想像するのだった。




    ◯感想
    全体を通して、タイトルでも感じた矛盾や意外性みたいなものが込められているように思った。
    文学的というか、意味が分からなくて要約が長くなってしまったが、一つ一つの作品が個性的で読み応えがあったし、短編集はあまり好きでは無いと思っていたが、コレはこれで悪くないなと思えた。
    その中で、アウトサイド、How to burden the girl、ダウンズ&アップスは、世の中にある表と裏の怖さを感じ、結構深い内容だと思う。
    そして、私は名前で呼んでる、悲しみのウェイトトレーニー、Q&A、いかにして私が(省略)は、ユーモアのある作品で、特に哀しみのウェイトトレーニーは、男の肉体に惹かれていたと思ったら何故か自分がボディビルダーを目指したり、シリアスな場面なのにポージングしたりと、なかなかシュールで面白かった。いかにして私が(省略)に関しては、珍しい試着室の話ということもあり、お笑いコンビ、ロッチのネタが思い出された。内容的には試着が進まないと言う共通点以外関係なかったが、試着室ごと服探しに行くと言う発想がぶっ飛んでいて良かった。
    パプリカ次郎やタイフーンはファンタジーって感じが強すぎてよく分からなかったため、いつか理解したいと思った。
    以前の自分なら低評価になっていたかもしれないが、こういう楽しみ方もあるのだと再認識することが出来た。

  • 13篇、どれも読みやすくかつ奇妙だ。コント的でおかしい。読後がフワフワした感覚でした。

  • ニヤニヤくすくすしてしまうような短編たち。

  • 本谷さんらしい語りがすごくよくて読みやすかった。

  • ピアノの話が好きだったな

    作者の人間性の狂いようがなんとなく香ってくるような作品。全く異なる短編を時間が空いた時に味わいたい人用

  • 現代英米文学を翻訳したような文章に、現代英米文学っぽいシュールな物語が多かったけど、実際のそれより明るさがある。可能性の物語。

  • ほどよい加減の『奇妙な味』の短編小説集。
    このくらいが好みだわ~と思った。初本谷有希子氏作品でした。
    読後に大江健三郎賞受賞作品だと知り、ということは諸外国に翻訳されて出版されたのかと思うとそれはすごくイイ!と思った。

  • なんとも珍妙な話ばかりの短編集であるが、よくこんな発想できるよなぁと感嘆しながら読んでいたらあっという間でした。
    これだけ入ってると「ふむ…」という話がありそうなのにそれがまたひとつもない不思議。

全75件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

小説家・劇作家

「2022年 『ベスト・エッセイ2022』 で使われていた紹介文から引用しています。」

本谷有希子の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×