ノボさん(下) 小説 正岡子規と夏目漱石 (講談社文庫)

  • 講談社 (2016年1月15日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784062933148

作品紹介・あらすじ

子規は、今も私たち日本人の青空を疾走している。
小説家・伊集院静がデビュー前から温めてきた、正岡子規の青春。

俳句、短歌、小説、随筆……日本の新たなる文芸は、子規と漱石の奇跡の出逢いから始まった! 偉大な二人の熱い友情を描いた感動作!

<内容紹介>
心血を注いだ小説の道を断念した子規は帝大も退学し、陸羯南が経営する日本新聞社に入社する。母と妹の献身的な世話を受け、カリエスの痛みをおして俳句をはじめとする文芸の革新に取り組む子規を多くの友が訪れ、「ホトヽギス」も創刊されるが、漱石はイギリスへと旅立っていく……。司馬遼太郎賞受賞作。

「子規が語られるとき、どうしても近代文学史に刻まれたおびただしい業績を中心にスーパーマンのような偉人として描かれがちだが、本書を読むと、等身大の人間正岡子規としての「ノボさん」がくっきりと立ち上がって、読者に向かって微笑んでくるのだ。ページを手繰るうちにわれわれも、「ノボさん」の友人の一人のようになり、飾らぬ伊予弁の口調になごみながら、誠実でひたむきな人柄にほだされていく。」
――清水良典「解説」より

みんなの感想まとめ

人間正岡子規の等身大の姿と、彼と夏目漱石の深い友情が描かれた物語は、文学の発展における二人の重要性を浮き彫りにしています。病に苦しみながらも、子規は俳句や短歌の革新に全力を注ぎ、その情熱は多くの文豪た...

感想・レビュー・書評

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  • ノボさんこと正岡子規。
    ノボさんがいなければ、文豪・夏目漱石の誕生はおろか、日本文学の発展もなかったと言っても過言ではないだろう。彼に影響され、心に火を灯された才能は、高浜虚子、森鴎外、伊藤左千夫、長塚節、河東碧梧桐と、名前を挙げればきりがない。病に蝕まれながらも、彼は自らの使命を悟ったかのように、俳句や短歌の革新に魂を燃やし尽くした。

    もちろん、漱石との友情も「胸熱」だ。ノボさんを師と仰ぎ、俳句で心を通わせる二人の姿には、言葉を超えた絆を感じる。漱石という雅号がノボさんからのプレゼントだったというエピソードも最高だが、何より面白いのは二人の日常だ。ノボさんが大好物の鰻などをねだり、漱石が「仕方ないなあ」と財布を出す。そんなやり取りを想像すると、ノボさんのどこか憎めない人間的魅力に頬が緩んでしまう。

    物語が死に近づくにつれ、反比例するように「生」のエネルギーに満ち溢れていく姿には、思わず「無理をせんといて、もし」と声をかけたくなった。
    文豪として、そして一人の人間として、これほど魅力的に描かれた二人はいない。今の文学界を見て、「これで良かったぞなもし」と、今頃二人で笑い合っているかもしれない。

  • 下巻は明治25年元旦より物語が始まる。
    明治24年の年末試験には、漱石の援助などもあり追試験でどうにか及第したが、翌25年の年末試験には落第してしまう。子規はそれを機に大学を退学。母・八重と妹・律を迎え3人で暮らし始まる。根岸に居を構え寝たきりの生活となる子規の身の回りを世話は母と妹が行う。

    結核性脊椎炎が進行し、子規の背中には、膿の出る穴がいくつもできる。鎮痛剤で痛みを紛らわせながら、適切な薬がないこの時代の「食べて栄養をつける」しかない。

    闘病の中、自分の軌跡を残すべく、「俳書年表」の制作に取りかかった子規のは、松尾芭蕉を原点とした哲学的でその技巧が際立つ「芭蕉風俳句」に、自然美をそのまま俳句として詠むという「写実」俳句を提唱、実践する。まさに、19世紀ヨーロッパの自然主義のモネ、ゴッホの印象派の画家たちがたどった近代アートの道を俳句の世界にその流れを引き込んだのである。

    子規がていするこの「写実」的俳句のおこりは、私の中では、旅行好きであった子規が京都、奈良など各地を訪れ、自分が感動した状況を写真に収めるが如く、自分の心情をそのままに描こうとした結果であるように思えた。

    カリエス(脊椎炎)を患いながらも、子規は自分の感じる感性と客観性をもって、文字に起こしていく。
    それは、俳句だけでなく、『仰臥漫録』『病床六尺』も然りである。世間に残すことが目的で客観的に闘病記を記され、「写実」性を広めろうとする意思と決意が感じられる。

    病床から見た庭の景色、闘病の苦しみを言葉に残し続ける。
    献身的な看護、また時に子規の発する言葉を彼に代わって綴る妹・律、子規の意思を受け継ごうと交代で見舞いをする弟子の河東碧梧桐、高浜虚子、伊藤佐千夫、長塚節たち。彼らは、子規の命が尽きる最後まで側に居て、子規から後世に伝えるべき俳句を学んだのであろう。
     
    明治35年9月19日、己の意思を突き進んでいく自分勝手な子規の生涯が家族と弟子たちに看取られる中で終わる。
    最後は、自分勝手極まりないと感じることも多々あったが、それでも常に子規の周りには人がいる。文学という分野でだけでなく、人としても周りの人たちを魅了し続けできたのであろう。

    「さあ、もういっぺん痛いと言うておみ」と、亡くなった子規に言葉をかける母親の気持ちがわかる。「辛いだろう、これからは我慢しなくてもいいんだよ」ではない。母の強さに涙してしまう。

    「糸瓜の咲て痰のつまりし仏かな 」、「をとゝひのへちまも水も取らざりき」、「痰一斗糸瓜の水も間にあはず」の三篇の辞世の句より命日9月19日は、『糸瓜忌』と呼ばれているようだ。

    病の中でもがく子規の記録と、有名な記録が知ることができる一方で、闘病の辛さが前面にあり、読んでいて辛くなる作品であった。

  • 学生時代が蘇ります。
    クラス替えして緊張してたけど、近くにいる人としゃべったら意外に気が合って嬉しくなった…そんな記憶が。

    正岡子規と夏目漱石も、そんな普通の出会いでした。
    〈漱石が来て虚子が来て大晦日〉子規

    しかし病が子規を襲うのです。
    〈卯の花をめがけてきたか時鳥(ほととぎす)〉子規

    漱石も子規から俳句を学びます。
    〈有る程の菊抛(な)げ入れよ棺の中〉漱石
    〈筒袖や秋の柩にしたがはず〉漱石

    この集まりから高浜虚子や芥川龍之介など、多くの偉人が輩出されたことも見逃せません。漱石は一人で漱石になったのではなかったのです。

    べーすぼーると俳句を愛した正岡子規の壮絶な人生の物語。
    東京にある子規庵を訪ねると 
    そこは今もひっそりと佇んでいました。
    おわり

  • だんだんと子規が死に近づいていく日々がもの悲しい。二度と漱石と会えないであろうとお互い思うシーンは何度読んでも切ない。お互いが大切に思っていたことが分かる作品です。

  • 病と知りながら、むしろ病だからこそ、時間を惜しむように活動するノボさんと、只々彼を支えるために献身的に尽くす家族や知人達。

    病の進行によって行動が制限され、心に影がさし、神経をも病んでいくのに、誰もが彼から去るどころか、むしろ共に病いを背負うために彼のもとに集まってくる。

    子規の人生もさることながら、世界が感染症の危機に晒されている今だからこそ、その支援者に思いが向くのかもしれない。

    優しく、重く、でも清々しく読み終えることができた。

  • 「ミチクサ先生」は漱石を中心に子規を描いた小説だったが、先に出版されたこちらは、子規を中心に漱石との友情を描いた作品。日本の近代文学の礎を築いた二人の姿を、伊集院静さんが、愛と尊敬に満ちた文章で綴っている。
    人生でここまで打ち込めるものに出会えること、愛する友人に出会えることは、多くの人にとって羨ましいばかりだと思う。文学界の巨人としてでなく、人間として魅力いっぱいだった子規と漱石の姿を、遠くに仰ぎ見ながら私も人生の後半戦を生きていけたらと思う。

  • 後半もミチクサ先生に比べるとやっぱりあっさりしてる。
    でも、ノボさんが亡くなった後のお母さんのところはやっぱり泣けた。

  • 下巻は子規の病が進行し、漱石はイギリスへ旅立つ。上巻に比べて切ない場面が多くなるが、二人の信頼関係が描かれていて良かった。若かりし日の二人が落語や俳句、文学について語り合ったというのはロマンがある。まっすぐに文学の道へと突き進む子規と出会っていなかったら、はたして漱石は小説家になっただろうか。子規の死後、子規が関わった「ホトトギス」から、漱石が小説家デビューしたのも運命的に思える。夏目漱石主役の「ミチクサ先生」も読みたいと思った。

  • 模試の問題に使われていた箇所は最も切ないが良い場面だった。初めて読んだ時は漱石との関係がよく分かっていなかったため少し悲しいなという程度だったが、最初から読むと二人の別れの悲しさがとても感じられた。
    子規が死ぬときに母親がもう一度声をあげてほしいとすがる場面もグッときた

  • 短くも太い正岡子規の生涯。
    俳句の事はわからないけど、まっすぐに生きた生き様と家族の愛に感動。

  • 小説現代で連載されていた時、途中から読み出したけれど、毎月、楽しみでした。
    単行本が出たら、最初から読もうと思っていたのに忘れ、文庫本に気づいて、やっと、買えました。
    文章がいいんですよ。易しくて優しくて。
    それに青春って感じなんですよ。野球が好きで、大食いでいろんなことに夢中になって。人に好かれて。
    病床時代が長くても読後感には青空が広がっています。

  • 4.2

  • 早逝したためかあまり知らなかったが日本文学界の山脈の最高峰なのかも。
    漱石との友情は初めて知った。
    古い明治の家族が彼を活かしたのだろう。
    切ほど明るく天真爛漫な人物は珍しい。そもそも多くの人に愛された作家というのは子規を除いていないのではないか。
    いるとしたら漱石であり、だから通じ合ったとしか思えない。

  • 子規がいなければその後の日本の近代文学は確立しなかったのではないかと言っても過言ではないと言う事がわかる。日本文学の参考書みたいにそうそうたる文学人が登場し子規を慕い子規の周りに集まって来て影響を受けていた事や、漱石と言う雅号を初めて使ったのは子規だった事にも驚きでした。『ホトトギス』の名の由来も知ると感慨深い。
    子規のカリエスの病状が悪化し死へ向かう様が壮絶で最期まで句を書く姿には胸を打たれる。夏目漱石との最後の手紙のやりとりや、漱石が子規の訃報を聞き倫敦の下宿のストーブのそばに佇んで一晩亡き友をしのんで句作をする場面はその友情の深さに感動する。
    漱石がその後初めて発表した小説『吾輩は猫である』が掲載された雑誌が『ホトトギス』であると言うのも納得。この後の漱石の偉業を思うと子規への感謝の気持ちが自然と湧いてくる。
    子規の死後、漱石が語ったと言う現代文にした文の内容に目頭が熱くなりました。
    『…私はヨーロッパから帰った時にはじめて君の墓へ行く。その時君はすでに泡ではなく一本の杭の棒になっているのだろう。私はその杭の周りを三度回る。花も捧げず水も手向けず、ただ君の杭を三度回って去ろう。その時、私は君の土臭い影をかいで、君の定かではなくなっているものがなんなのかを見てみよう』

  • 2021/07/04現在、見本経済新聞連載中の「ミチクサ先生」(夏目漱石の評伝的小説)の副読本として読了。この作品があってこその「ミチクサ先生」なんですね。作中に出てくる正岡子規や漱石の作品も青空文庫ですぐチェックできますね。いい時代だ。

  • 新型コロナ肺炎の影響で本を読む時間が増えた。
    前半と後半で全く調子が違って、やはり元気でベースボールばっかりやってた頃の快活で誰でも受け入れるノボさんがすごく魅力的だ。
    子規は近代文学の巨人みたいだけど、一度会ったらみんなが虜になってしまうという人柄とはどんなのだろう。
    生きているノボさんにすごく会いたい。
    その時代のいろんな人が出てくるから、次は坂上雲を読んでみよう。

  • 2019.06.子規は帝国大学を退学し「日本」新聞社に入社する.そして,松山から母の八重と妹の律を東京に呼ぶ.日清戦争が始まり,記者として清国に行き森鴎外と出会う.帰りの船で大喀血して神戸の病院に入院する.漱石は子規の故郷の松山に教師として赴任し,子規は退院すると松山に戻り漱石との50日間の同居生活をする.その後に子規は東京に戻る.結核が進行するなかで子規はホトトギスを発行し評判となる.漱石は熊本に移った後,ロンドンへ留学する.子規は寝たきりになりながらも病床六尺など執筆活動を続ける.しかし,ついに36歳の若さで亡くなり,訃報がロンドンの漱石へと届く.色々と明治時代の文学の流れが理解できた.

  • 正岡子規の清々しさ
    俳句の巨匠でない人間性

  • 後編は、子規の容態がどんどん悪くなってきて、それと共に作品が暗くなってくる。
    漱石も然り。イギリス留学後は、鬱々としている。

    ただ、碧梧桐や虚子とはこういう関係だったんだなーと学ぶこともあり、全体としては面白かった。

    しかし、カリエス恐ろしい。
    病名として認識はしていたものの、人をこんなに無残にするものかと涙。子規が大食漢でなかったならば、もっと早くに力尽きていたのだろうか?
    残された日々をそれこそ「子規」さながら、生きることで人が集まり、輪が出来る。すごいなー。

    子規の短歌で習ったものがある。

    「久方のアメリカ人のはじめにしベースボールは見れど飽かぬかも」

    単に「久方」の枕詞に感動したものだけど、この時の子規の状況を考えると、胸が詰まる。
    そこに「光」も見えるような気になった。

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著者プロフィール

1950年山口県生まれ。’81年短編小説「皐月」でデビュー。’91年『乳房』で吉川英治文学新人賞、’92年『受け月』で直木賞、’94年『機関車先生』で柴田錬三郎賞、2002年『ごろごろ』で吉川英治文学賞、’14年『ノボさん 小説 正岡子規と夏目漱石』で司馬遼太郎賞をそれぞれ受賞する。’16年紫綬褒章を受章。著書に『三年坂』『白秋』『海峡』『春雷』『岬へ』『駅までの道をおしえて』『ぼくのボールが君に届けば』『いねむり先生』、『琥珀の夢 小説 鳥井信治郎』『いとまの雪 新説忠臣蔵・ひとりの家老の生涯』、エッセイ集『大人のカタチを語ろう』「大人の流儀」シリーズなどがある。

「2023年 『ミチクサ先生(下)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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