妻が椎茸だったころ (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 332
レビュー : 44
  • Amazon.co.jp ・本 (184ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062935500

作品紹介・あらすじ

妻との死別の後、泰平は自炊を始めた。残された妻のレシピメモを見ながら格闘する日々、やがて泰平は料理教室に通いはじめるが……。亡くなった妻を思う男の気持ちを少しユーモラスに、切なく綴る表題作「妻が椎茸だったころ」のほか、温泉宿とその土地に纏わる物語、偶然出会った石の収集家との会話の中から浮かび上がるもうひとつの物語「蔵篠猿宿パラサイト」、亡くなった叔母の家に突如現れ家族のように振る舞う男が語った叔母との関係をコミカルに描いた「ハクビシンを飼う」など、日常の片隅に立ち上がる「ちょっと不思議な」五編を物語。

感想・レビュー・書評

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  • タイトルだけで本を買うことはたまにあるけれど、この小説はタイトルに惹かれた2016年の1位かもしれない。
    「妻が椎茸だったころ」…これが気にならずいられるものか。

    5編の作品からなる奇妙な短編集。
    すべて温度が低いというか、変なんだけど淡々としているというか。
    表題作は、定年退職直後に突然妻を亡くした男の話で、妻が書き残したレシピ集+雑記のようなノートに「私が椎茸だったころに戻りたいと思う」という一文を見つける。
    だけど男はとくにその言葉に思いを馳せないところが温度が低いと感じる所以で、その後あるきっかけから男は、自分が椎茸だったころのことを思い出せるようになる、というところに着地する。
    …ものすごく、説明するのが難しい。奇妙な物語が好きな人は、読んで確かめて欲しい類。

    ぞっとする奇妙、少し切ない奇妙、インチキ臭い奇妙、ファンタジックな奇妙、と様々な奇妙さが漂う作品群なのだけど、すべてオチがすごく鮮やかなところが印象的だった。
    オチというのはこういうことか、と思わされる。
    「ラフレシアナ」と「ハクビシンを飼う」が私は好きだった。

    干し椎茸を戻す、という作業をしたことがなかった表題作の主人公が、固いままの干し椎茸を無理やり切ろうとして怪我をし、そのまま醤油で煮込んで焦がし、その焦げを取るためにたまたま水を鍋に入れたままにしていたのが功を奏して椎茸が戻る。
    そのときに男が発した「おまえたち、戻ったのか!」という台詞がとても好き。偶然の産物とは、なんて素晴らしい。

  • 興味深いタイトルに思わず衝動買い。なるほどそういう意味か。僕も自分が椎茸だったころを思い出していた。そして今度、妻が椎茸だったころの話を聞いてみたいと思った。
    あらすじ(背表紙より)
    亡き妻のレシピ帖に「私は椎茸だった」という謎のメモを見つけた泰平は、料理教室へ。不在という存在をユーモラスに綴る表題作のほか、叔母の家に突如あらわれ、家族のように振る舞う男が語る「ハクビシンを飼う」など。日常の片隅に起こる「ちょっと怖くて愛おしい」五つの「偏愛」短編集。泉鏡花賞受賞作。

  • 短編集。
    突拍子もない感じのタイトルだけど
    いいお話でした。

    どれもどこかヘンテコで
    世にも奇妙な物語とかでやってもいい感じ。

  • アメリカの知り合いの家に行き、帰ろうとしたらバスが動かない。たまたま知り合った女性に優しくされ、、という話や、あまり親しくない男性の植物の世話を頼まれる話、妻に先立たれた男が料理を習う話など、シュールな短編集。

    オチがハッキリしているのは面白かったけれど、そうでないものはあまり楽しめなかった。

  • 第42回(2014年度)泉鏡花文学賞受賞。

    思わず二度見してしまうようなタイトルに惹かれて購入。

    「リズ・イェセンスカのゆるされざる新鮮な出会い」
    「ラフレシアナ」
    「妻が椎茸だったころ」
    「蔵篠猿宿パラサイト」
    「ハクビシンを飼う」

    どれも何とも言えない余韻を残したお話で。
    一番分かりやすくゾッとするのは「リズ・イェセンスカ」かな。

    レビューが書きかけのまま、読書メモに残っていたので、記憶喚起のため、2019年5月に再読しましたが、今回は「妻が椎茸だったころ」が印象に残りましたね。
    残念ながら、自分が椎茸だったころは思い出せませんが(笑)、突然、妻を亡くした夫と、娘や孫との関係とか、実際ありそうですよね、これ。

  • ちょっと怖い「偏愛」短編集

    読んでちょっとぞくぞくするような不思議な感覚になる

    表題作は、妻を亡くした定年後の男性が妻のレシピノートを見ながら料理をする話。そのノートの中に「私が椎茸だった頃」という不思議な記述があった。

    美味しそうなちらし寿司を作っている妻の姿が浮かんでくる。

    どの話も少し不思議で少し怖くて面白かった

  • 読書会の課題として読みました。

  • なんだか曰くありげなタイトルと、「ちょっと怖くて愛おしい五つの『偏愛』短篇集。」という帯の言葉に魅かれて手に取った作品。

    冒頭の作品。
    ふんふんと読み進めたラスト4行で、背中を冷たい手でスッと撫でられたような感覚にゾクッ。
    その後も、ちょっと怖かったり、不思議だったり、幻想的な物語が続く。

    中でも秀逸なのが標題作。
    定年後2日目に突然妻を亡くした夫が、妻が残したノートを見つける。
    そこには、レシピの他にも愚痴だったり、料理を誉められた自慢だったりが記され、夫の知らない妻の姿が立ち上がって来る。
    そして、そこに書かれた「私が椎茸だったころ」という謎の言葉の意味……

    妻を亡くした夫の虚脱感。ノートを頼りに妻に思いを馳せる夫。柔らかくなった干し椎茸に「おまえたち、戻ったのか!」と話しかける夫がなんだかいい。
    あ~この話好きだわ~(≧◇≦)

    怖かったり、くすっと笑えたり、じんわり来たり、ちょっと文学の匂いのする静かな短編集でした。

  • タイトルに惹かれてジャケ買いしたんやけど、タイトルで期待しすぎたせいであまり楽しめなかったかもしれない。

    椎茸の奥さん(?)をだいじに栽培する男の話みたいなのを期待してたから、椎茸時代の奥さんとの夜の生活の描写なんかあったらタマンネエナとか思ってただけにほんとに拍子抜けしたわい。
    そうじゃなくても、実際にはありえないような不思議な空間に入れると思ってたら、そんなことはなかった。

    最初の話はオチがあっておおおと声に出たし、ラフレシアナと隕石とハクビシンはちょっと不思議で偏愛系で面白かったからほんと、表題作だけ、ほんと、うん

    だからこの作者、タイトルの付け方はほんとにうまいんだと思う。どれも吸引力のあるタイトルよね。

  • ショートショート純文学という趣の短編5編。一部を除いて、ショートショートっぽいオチがつくためなんとなく納得してしまう。その最後のオチ2行がなかったら、読者は半分くらい離れるであろう。

    妻が急に亡くなり、通っていた料理教室へ連絡したところ「甘く煮た椎茸を5つほど持ってきてください」と言われる。しかし、日頃から料理をしたことのない男、椎茸の煮方がわからない。そこへ妻の残したレシピ日記が見つかり、底には「私は椎茸だったことがある」…。

    全体に漂う、けだるい、悪く言えばフヌケた雰囲気は、川上弘美を彷彿とさせる。しかし、悪くない。また、どういう読者を狙おうとしたのか、個人的に好きな「蔵篠猿宿パラサイト」では、ラブクラフトだのつげ義春だのを引き合いに出し、そもそも旅館の3階で部屋を買い取って一面石をおいている謎の男の話など、なかなか微妙に心地の良いところを撫でてくるのである。

    表題作は、こうの史代「さんさん録」であろうか。つげ義春だのが言葉だけでも引っかかる人は、先に読んでいるであろう(引っかかったが、読んでなければ読むべき)。

    実は電子書籍で購入しているが、電子書籍に慣れるトレーニングとしても格好の1冊である。

    ただし、1作目から「あ、この人はネタが尽きたらセックスに逃げるだろうな」と予想させ、やはりそちらに落ちていってしまったので、☆は1個減らす。

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著者プロフィール

中島京子(なかじま きょうこ)
1964年東京都生まれの作家。『FUTON』でデビュー。著書に『小さいおうち』(直木賞)、『かたづの!』(河合隼雄物語賞・柴田錬三郎賞)、『長いお別れ』(中央公論文芸賞)等。2019年5月15日、新刊『夢見る帝国図書館』を刊行。

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