- 本 ・本 (224ページ)
- / ISBN・EAN: 9784062936606
作品紹介・あらすじ
勤務先の美術館に宅配便が届く。差出人はひと月前、孤独のうちに他界した父。つまらない人間と妻には疎まれても、娘の進路を密かに理解していた父の最後のメッセージとは……(「無用の人」)。歳を重ねて寂しさと不安を感じる独身女性が、かけがえのない人に気が付いたときの温かい気持ちを描く珠玉の六編。
文庫版刊行に寄せて 原田マハ
「見知らぬ町を歩くとき、心地よい風が吹き、なんともいえない幸福感に包まれることがある。それはきっと、おだやかな日常がそこにあるからだ。その日常は、誰かが誰かを大切に思っているからこそ、そこにあるのだ。
あなたがもしも、いま、なんということのない日々を生きているとしたら、それはきっと、あなたが誰かの大切な人であることの証しだ。それが言いたくて、私は、この物語たちを書いた。あなたは、きっと、誰かの大切な人。どうか、それを忘れないで。」
最後の伝言 Save the Last Dance for Me―母が亡くなった。だが、告別式に父の姿はない。父は色男な以外はまったくの能無し。典型的な「髪結いの亭主」だった……。
月夜のアボカド A Gift from Ester´s Kitchen―メキシコ系アメリカ人の友人エスター。彼女は60歳で結婚をして、5年後に夫と死別したのだという。その愛の物語とは……!?
無用の人 Birthday Surprise―勤務先の美術館に宅配便が届いた。差出人はひと月前に他界した父。母には疎まれながらも、現代アートを理解してくれて……。
緑陰のマナ Manna in the Green Shadow―イスタンブールを訪れた。トルコを紹介する小説を書くために。そこで聞いたトルコの春巻と、母親の味の話は……。
波打ち際のふたり A Day on the Spring Beach―学時代の同級生ナガラとは年に4回くらい旅をしている。今回、近場の赤穂温泉を選んだのには訳があって……。
皿の上の孤独 Barragan´s Solitude―メキシコを代表する建築家、ルイス・バラガンの邸までやってきた。かつてのビジネスパートナーの「目」になるために……。
感想・レビュー・書評
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あなたは、自分が他の人からどのように思われていると感じていますか?
私たち人間は他者とのコミュニケーションの中で毎日を生きています。そんな私たちには当然に感情というものがあります。目の前で一見楽しそうに会話をしている人たちがいても、お互いがお互いを心の中でどう思っているかは分かりません。握手をしているからといって心の底から仲良くしようという気持ちがあるかどうかだって怪しいものです。まあ、あまり世の中を斜めに見すぎるのもどうかとは思いますが、一方で人間は目の前に見えている光景だけで全てが測れる生き物でないことも事実です。
そんな私たちには誰でも一人は大切に想う相手がいるはずです。
あなたにとって大切な人は誰ですか?
そんな質問をしたとしたら、あなたは特定の誰かのことを頭に思い浮かべるでしょう。それは、友達かもしれませんし、恋人かもしれません、そして家族のことかもしれません。関係性は多々あれ、誰でも誰かしらそんな相手が思い浮かぶと思います。では、この考え方を逆に見てみるとどのような場面が思い浮かぶでしょうか?つまり、あなた自身のことを誰かが大切だと考えてくれている人がいるのではないか?という視点です。
ここに、そんな考え方の先にある感情を小説にした作品があります。『いちばんの幸福』がなにかを考えるときに『大好きな人と、食卓で向かい合って、おいしい食事をともにする』瞬間を思うこの作品。それは、あなたのことを『きっとどんなことより大切』に思う人がこの世界にきっといることを教えてくれる物語です。
『すがすがしい秋晴れの空のもと、母の告別式の日を迎えた』のは、主人公の栄美(えみ)と妹の眞美。そんな姉妹の母親である平林トシ子は『享年七十三』で亡くなりました。『十八歳のときに郷里の茨城から上京』し、『東京郊外の小さな町で美容室を開業』していた母親は『美容師一筋、元祖ワーキングマザーとして』二人を育ててくれました。そんな二人には『いちおう父親』もいました。『さしてなんの才能もなければ、働く意欲も気力もない』という父親は『典型的な「髪結いの亭主」』で『母よりひとつ年下』で『平林三郎、通称サブちゃん』と呼ばれています。そして、『遺族控え室に、そろそろお時間です』と『葬儀社の係の人が声をかけに』来て『喪主は変更ということで、よろしいんでしょうか』と確認します。『告別式の日だというのに、どこへやら姿をくらませたまま』という父親。しかし、栄美は『もう少しだけ待ってください』と決定を保留にします。そんなところへ、『まったく義兄さんたら…』と『母の妹、たつ子叔母さん』が声をかけてきました。『働きもしないで遊んでばっかり』で、『この期に及んで行方不明だなんて』と呆れるたつ子は、一方で父親のことを『色男で、たいそうモテた』と語ります。そんな父親と母親が結婚したのは母親が三十歳の時でした。『自分の容姿にかなり自信がなかった』という母親は、『父と出会って、なんとたったの三ヵ月で結婚し』ました。当時『ナンパ師のサブちゃん』と呼ばれていた父親『に引っかかり、人生を捧げてしまった』母親。しかし、母親はそんな父親に『あたしと一緒になって、人生をやり直してちょうだい』と全てを分かった上で父親のことを受け入れていました。そんな母親にある時『お願いがあるんだけど』と言われた栄美は『あたしにもしものことがあったら…』と、万が一の時にある場所に置いてある手紙を見るように伝えます。『隣町の葬儀屋さん』宛だというその手紙のことを聞いて、自分達に手紙はないのかと訊く栄美に『あんたたちは、立派に育ってくれた。それでじゅうぶん』と言う母親。念のため父親宛のことを訊く栄美に『ないに決まってるでしょ。あんなろくでなしに』と母親は答えるのでした。『それからちょうど一週間後』、『眠るように天国へと旅立った』母親の前に結局『「ろくでなし」と呼ばれた父は』現れません。しかし、『お通夜の夜遅く』『すっかり肩を落とし、ほうけたような顔つき』の父親が自宅の門前に姿を現しました。『もう遅い。お母さん、逝っちゃったよ』、『卑怯者ッ』と栄美の口から相次いで言葉が出ます。そして…という最初の短編〈最後の伝言〉。原田マハさんらしいユーモア溢れる文体の中に、じわっと家族の温かさを感じる好編でした。
“歳を重ねて寂しさと不安を感じる独身女性が、かけがえのない人に気が付いたときの温かい気持ちを描く珠玉の六編”と宣伝文句にうたわれるこの作品。一部、登場人物に重なりが見られますが基本的には独立した六つの短編から構成される短編集です。まずは、そんな六つの短編をご紹介しましょう。
・〈最後の伝言〉: 『美容師一筋、元祖ワーキングマザー』だった母親を亡くした主人公の栄美。しかし、『典型的な「髪結いの亭主」』だった父親は病院にも訪れ仕舞いでした。そんな父親が『お通夜の夜遅く』に一度姿を現すもまたいなくなり、いよいよ告別式が始まります。
・〈月夜のアボガド〉: 『メキシコ移民の子』のエスターと知り合った主人公のマナミ 。そんなエスターは『これが私の料理の、とっておきの秘密よ』と庭に実るアボガドから『アボガドペースト』を作りメキシコ料理を調理します。マナミ はそのレシピのメモをある人に渡します。
・〈無用の人〉: 勤務先の美術館で、他界した父親からの宅配便を受け取った主人公の聡美。『死の一ヵ月まえに』、『二ヵ月後に、私の手元に届くよう』『誕生日の贈り物』としたその宅配便には『鍵』が入っていました。『え?』と思う聡美は父親の暮らしていた部屋へと向かいます。
・〈緑陰のマナ〉: 『これが二度目のイスタンブール』と旧市街のB&Bに『トルコの紀行文を書く』ために滞在する主人公の『私』。そんな『私』はネットで知り合いになったエミネさんから『私が大好きな春巻を、ほとんど毎日、作ってくれました』と彼女の母親の話を聞きます。
・〈波打ち際のふたり〉: 姫路にある『実家に行く用事』のついでに『友だちと赤穂温泉に行こう』と計画し、友人の妙子と旅をするのは主人公の喜美。そんな喜美は認知症の母親の介護のため東京と姫路の往復を続けていました。そんな日々を『もう、限界で』と、妙子に打ち明ける喜美。
・〈皿の上の孤独〉: 『とうとうここまで来ました。メキシコシティ、バラガン邸』と『かつてのビジネスパートナー』である青柳にメールを出したのは主人公の咲子。『男女の仲を超えた「同志」のような関係』と青柳のことを思う咲子は、『僕、失明するんです。緑内障で』と告げられた時のことを思い出します。
六つの短編の主人公はいずれも四十代で、独身という共通点を持っています。そんな彼女たちはどこか孤独感を纏っています。独身だからということが殊更に強調されるわけではありませんが、まだ四十代にも関わらずそこはかとなく孤独感を感じさせる主人公たちの心の内が繊細な描写によって描かれていきます。一方でそんな主人公たちは自らが関係してきた人、関係している人のことを考えます。その中でも冒頭の短編〈最後の伝言〉の描写は秀逸です。『典型的な「髪結いの亭主」』とされた父親、『色男な以外はまったく能無し』という父親に娘の栄美は複雑な思いを抱いていました。それは、母親も同じことで、『あんなろくでなし』と父親のことを呼んでいます。その一方でそんな『母は、父を待っている。死ぬ直前も、死んでからも、いまもなお、父がもう一度自分を抱きしめてくれるのを、待っている』とその心の内を思う栄美は、『この父がいたからこそ、母は、強く、凜々しく、たくましく生き抜くことができた』とも考えます。そして、そんな栄美自身も『このとんでもない父を、内心、自慢に思っていた』と父親のことを思います。『母にとってはいい夫ではなかった』という父親、『私たち姉妹にとってもいい父親ではなかった』という父親、そんな父親が結末に見せる姿には、「あなたは、誰かの大切な人」という原田マハさんがこの作品に与えた書名がふっと浮かび上がるのを感じました。
“旅をしているとき…ここにも、あそこにも、誰かの人生があるのだと、いつも思う”と語る原田マハさん。そんな原田さんは、”その誰かは、ほかの誰かのことを大切に思っている。けれど、自分も誰かに大切に思われていることに気づいていない”と続けられます。そして、そんな状況にあっても、つまり”気づかなくても、誰かが誰かを大切に思っている限り、それが幸せな世の中を作り出すんじゃないか”とまとめられます。
人が他者を思う気持ちというものはなかなかに他人からは伺い知ることはできません。“喧嘩するほど仲がいい”と言われるように、喧嘩ばかりしているように見える者同士が実際にはとても仲が良く、最後まで寄り添いあった、そんな関係性もあるのだと思います。むしろ誰かのことを大切に思うからこそ、感情が表に出やすいとも言えるのかもしれません。この作品では主人公がさまざまな形で関係した人たちのことを思う中で、そこにお互いに思い合う関係性がふっと浮かび上がる物語が描かれていました。そう、それは人であれば誰でも同じこと、このレビューを読んでくださっているあなただって、誰かのことを大切に思う一方で、『誰かの大切な人』でもあります。気づくようで気づけない、人が人を思いやる感情の機微がこの作品では六人の主人公の目を通して柔らかな筆致の中に描かれていました。
原田さんらしくアートに関連するキーワードが、そこかしこに散りばめられたこの作品。
『いちばんの幸福は、家族でも、恋人でも、友だちでも、自分が好きな人と一緒に過ごす、ってことじゃないかしら』。
そんなことを私たちに気づかせてくれたこの作品。
『大好きな人と、食卓で向かい合って、おいしい食事をともにする』。
そんな時間が何ものにも勝ることを教えてくれたこの作品。
優しさに満ち溢れた六つの物語にほっこりと魅了された、そんな作品でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「見知らぬ町を歩くとき、心地よい風が吹き、なんともいえない幸福感に包まれることがある。それはきっと、おだやかな日常がそこにあるからだ。その日常は、誰かが誰かを大切に思っているからこそ、そこにあるのだ。」
マハさんのこの言葉に尽きる。
『波打ち際のふたり』が秀逸だった。会話が途切れても、その沈黙は「会話の熱を冷ましてくれるささやかな休息」という二人の関係。こんな関係だからこそ心の奥底の悩みや迷いを打ち明けられる。
『無用の人』も沁みる。
亡くなった父が残してくれたものを見て、きっと娘は気づいたにちがいない。自分を深く理解し、真に応援してくれていた存在に。
何気ない日常を掘りさげるマハさんもいいな。何かあたたかいもので満たされた。 -
今年1冊目は、原田マハさんからスタート。
タイトルがとても素敵で、友人からおすすめされて読んだ「あなたは、誰かの大切な人」。短編集で、1作1作読むごとにタイトルが沁みてくる。
40代前後の主人公が多かったように思う。わたし自身からすると、これからの年代だが、仕事や人生にひと区切りしたころなのだろうか。その歳まで関わりのある人はどれだけいるだろう。人間関係が狭くなっていく感覚がある昨今、少し不安に思う。
けれど「あなたは、誰かの大切な人」なのだよ、と作者に優しく教えてもらって、今は少し心があたたかい。解説を読んで、さらにあたたかくなった。
原田マハさんといえば、アートの視点が今回も盛り込まれていた。私がアート作品を見たところで、感じたことをうまく言語化することはできないが、原田マハさんは、丁寧に言語化していて、毎度のことながらすごいと思った。
言葉にできないものを言葉にしてくれる安心感は、原田マハさんならではだ。
年明け最初に素敵な本を読めた。
今年はどれだけ本を読めるかな。自分のペースで本に親しんでいきたい。 -
誰しも人生で決定的な出会いってありますよね。私は誰だろう。
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孤独をプラスの力に変えてくれる作品。
【最後の伝言】
【無用の人】
【皿の上の孤独】
が好き。
40代~女性独り身という方おすすめ。
本棚に残しておきたい本。
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「最後の伝言」
「月夜のアボガド」
「無用の人」
「緑陰のマナ」
「波打ち際のふたり」
「皿の上の孤独」の六篇の短篇集。
タイトル通り、テーマはすべて「大切な人」。
その中で、最初の二篇が特に心に残りました。
「最後の伝言」
色男で髪結いの亭主、そのままだった栄美の父。
母の葬儀にやってきません。
母が父に遺した最後の手紙。
そして葬儀社の人に託した母から父への最後の伝言。
色男だった父に夢中だった母。
そして浮気ばかりしているかにみえた父もまた…。
夫婦の本当の事情は当人同士にしかわからないものですね。
父にとっても、母にとっても同じようにお互いが、大切な人だったのですね。
最後の演出は、グッときます。
「月夜のアボガド」
マナミの年上の女友だちでメキシコ料理の達人のエスター・シモンズは四十歳の時に出会ったアンディと六十歳の時に二度目の結婚をし、アンディが亡くなるまでわずか四年間の結婚生活を送ります。
「たった四年間の結婚生活だったけれど、あの四年間のために、彼も、私も、この人生を授かったような気がするの。いちばんの幸福は自分が好きな人と一緒に過ごすってことじゃないかしら。大好きな人と、食事で向かいあっておいしい食事をともにする。笑ってしまうほど単純で、かけがいのない、ささやかなこと。それこそがほんとうは、何にも勝る幸福だって思わない?」このエスターの言葉から本当に大切な人を思う気持ちが伝わってきて心に染みました。 -
原田マハ『あなたは、誰かの大切な人』講談社文庫。
2019年に最初に手にした1冊は原田マハの短編集である。日本だけではなく海外も舞台にした心暖まる6編を収録。いずれの短編も人と人との繋がりを描きいた素晴らしい作品なのだが、『無用の人 Birthday Surprise』が最も心に響いた。
『最後の伝言 Save the Last Dance for Me』。母親の死に姿を見せぬ父親は生来の色男で典型的な髪結いの亭主だった。数日後に姿を見せた父親の心の底と母親の思い……
『月夜のアボカド A Gift from Ester´s Kitchen』。60歳で再婚し、僅か4年の結婚生活で夫と死別したメキシコ系アメリカ人、エスターの半生……
『無用の人 Birthday Surprise』。勤務先の美術館に熟年離婚の果てに一月前に他界した父親からの宅配便が届く。無用の人と周囲から疎まれた父親の真の姿は……最も心に響いたのは、ラストの描写で目の前に鮮やかな絵を見せてくれたからだろう。
『緑陰のマナ Manna in the Green Shadow』。トルコを紹介する小説を書くために訪れたイスタンブールで聞いたトルコの春巻と日本の母親の味……
『波打ち際のふたり A Day on the Spring Beach』。毎年、旅を共にする大学時代の同級生ナガラと今回訪れたのは近場の赤穂温泉……
『皿の上の孤独 Barragan´s Solitude』。メキシコを代表する建築家、ルイス・バラガンの邸を訪れたのは、かつてのビジネスパートナーの目となるためだった…… -
幸せは自分で決める、かな。
歳を重ねると人は幸せと不幸は別々の時期にやってくるのではなく同時にあるものなんだなと。何かを抱えながらも楽しむ事をする。物事は周りの人達の基準ではなく自分が良いと思えればそれは幸せ。
生きているってそういう事かもと思える短編集。
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