献灯使 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
3.23
  • (24)
  • (45)
  • (51)
  • (24)
  • (16)
本棚登録 : 882
レビュー : 92
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062937283

作品紹介・あらすじ

大災厄に見舞われ、外来語も自動車もインターネットもなくなり鎖国状態の日本。老人は百歳を過ぎても健康だが子どもは学校に通う体力もない。義郎は身体が弱い曾孫の無名が心配でならない。無名は「献灯使」として日本から旅立つ運命に。
大きな反響を呼んだ表題作のほか、震災後文学の頂点とも言える全5編を収録。

感想・レビュー・書評

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  • 長編の「献灯使」+短編4作。

    献灯使 評価3
    不気味な近未来を描くディストピア小説。
    読み進めるのがなかなかしんどかった。どうしてこのような世界が生まれたかについては輪郭がぼんやりとしたまま淡々とした描写が続くが、かなりエグい。

    放射能に汚染された国土。安定しない気候。鎖国され、外来語は禁止され、政府は民営化されている。車もインターネットもない。高齢者は死ねなくなり、若輩者はやたら身体が弱い。人間以外の動物は犬と猫以外ほとんどいない。
    極端な世界だが、なぜか笑えない。実際に起こり得るのでは、と不安を感じさせるような不穏さがこの小説にはある。

    なんとかたどり着いた結末に、僕は結構ショックを受けた。

    韋駄天どこまでも 評価5
    漢字が飛び跳ねて暴れまくっている印象の、不思議な読中感。一子と十子の絡みがとてもエロチック。

    不死の島 評価3
    「献灯使」の前章。

    彼岸 評価3
    動物たちのバベル 評価3

    • やまさん
      こんばんは。
      プロフィール欄に、令和元(2019)年11月1日に読み終った本から下記の4項目に分けて文字の大きさを表示しています。なお、レ...
      こんばんは。
      プロフィール欄に、令和元(2019)年11月1日に読み終った本から下記の4項目に分けて文字の大きさを表示しています。なお、レビューの中にも文字の大きさを書くようにしています。
      ① 文字が大きい……大変読みやすい、感謝です。
        若旦那隠密、
      ② 字の大きさは、中……まあまあ読める。
        居酒屋お夏、蘭方医・宇津木新吾、
      ③ 字の大きさは、小……何とか読めるが目が疲れる。
        インカ、引っ越し大名三千里、
      ④ 字が小さくて読めない。
        忍び音、婿殿開眼、シリア、
      2019/11/10
    • たけさん
      やまさん、こんばんは。
      確かに、字の大きさは重要なポイントですね。
      やまさん、こんばんは。
      確かに、字の大きさは重要なポイントですね。
      2019/11/10
  • 「このところ、ずっと地球の裏側の日本国の未来の夢を見る。試しに、毎日30分微睡むと決めてその間に見たものや会話を起きて2時間かけてメモしていったら、こんな小説になってしまった。」

    という、作者のエッセイを「想像」してしまった。ドイツ在住の作者が書いた、日本の不思議な近未来小説。例えば、こんな一節を読んだからだ。

    「オレンジは沖縄でとれるんでしょ」と一口飲んでから無名が訊く。
    「そうだよ。」
    「沖縄より南でもとれる?」
    義郎は唾を呑んだ。
    「さあ、どうだろうね。知らない。」
    「どうして知らないの?」
    「鎖国しているからだ。」
    「どうして?」
    「どの国も大変な問題を抱えているんで、一つの問題が世界中に広がらないように、それぞれの国がそれぞれの問題を自分の内部で解決することに決まったんだ。前に昭和平成資料館に連れて行ってやったことがあっただろう。部屋が一つづつ鉄の扉で仕切られていて、たとえある部屋が燃えても、隣の部屋は燃えないようになっていただろう。」
    「その方がいいの?」
    「いいかどうかはわからない。でも鎖国していれば、少なくとも、日本の企業が他の国の貧しさを利用して儲ける危険は減るだろう。それから外国の企業が日本の危機を利用して儲ける危険も減ると思う。」
    無名は分かったような、分からなかったような顔をしていた。義郎は自分が鎖国政策に賛成していないことを曾孫にははっきり言わないようにしていた。(53p)

    私は何時か義郎になっていて、いるはずのない曾孫に、何時かこのように微妙に嘘をつくようになっていた「夢」を見たことがあったのでは無いか?という気がして来る。

    ここに出て来る、様々な時々鮮明に浮かび上がる「日本」は、よく考えれば矛盾もたくさんある。こんな鎖国政策、現実に可能とは思えない。でも‥

    こんなお正月番組を見た。2018年の現代の若者が1970年代の小学生の名札に保護者の住所や電話番号まで書いていたの見てを「ウソ!あり得ない!」と驚くのである。個人情報丸わかりで大いに危険だというのだ。えっ?貴方もそう感じるのか?迷子になったら近所の人が送ってくれたり連絡してくれることを期待して、名札には出来るだけ詳しいことを書くのが当たり前じゃないか。そうではないかね。いやはや。あれから30年以上も経ったんだねえ。と私などは思ってしまう。同じようなことが、これからの30年後に起こらないとは、誰も言えない。

    義郎という、我々の世代を代表するような名前のヲトコは、今や百八歳になった時に、無名がいない時に、やっと独り政府に悪態をついたらしい。そんなことも、私は知っている。もしかしたら、予知夢だったのかもしれない。

    2019年1月読了

    追記。この短編集は、全米翻訳文学部門で図書賞を貰ったらしい。読んだ人は同感してくれると確信するけど、この日本語の言葉遊びのような文学が、どのように英語に翻訳出来るのか?これだけは、夢でも想像(創造)できそうにない。

  • 多和田さんの描く震災後文学は一味違う。
    大災厄に見舞われた後「鎖国」状態になった日本。
    世界から孤立してしまった島国・日本は外来語もネットも自動車もなくなり、まるで時代が後退してしまったかのよう。
    老人は「死」を奪われ意思に反して生き続けねばならず、一方の若者は病気と死の恐怖に怯え老人に介護してもらう始末。
    長寿社会と少子化が進む現代の日本の未来を予感させる内容に怖くなった。

    「野原でピクニックしたいって、曾孫はいつも言っていたんだよ。そんなささやかな夢さえ叶えてやれないのは、誰のせいだ、何のせいだ、汚染されているんだよ、野の草は」
    自分は死にたくても死ねず、のびのびと元気に長生きさせたい曾孫の死に怯える老人の悲痛な叫びが聴こえてくる。

    多和田さん特有の言葉遊びが沢山出て来てとにかく面白いし、物語の内容も我々の未来を予想するかのようなものでのめり込む。
    今回は漢字を巧みに遣った言葉遊びが多く、これを英訳するのは相当難しいだろう。
    どんな英訳なのか、またアメリカ人がどのような感想を持ったのか、言葉遊びの意味がどこまで伝わったのか、とても興味深い。

  • 多和田さんの書く『その後』の話。災害後荒廃し鎖国状態の日本。子供達に蔓延する健康被害とそれを支え生き続ける老人達の苦悩と、駄洒落ネーミングや新商売等の笑いの要素とのバランスがいい。おかしくてかなしい話。

  • 新聞の随筆で文章に魅せられていました作家、この度全米図書賞翻訳文学部門受賞。読みました。

    外来語も自動車もインターネットも携帯電話も無くなり、鎖国状態の未来日本。老人は百歳を超えてなお元気、孫子はひ弱で生きる力が薄い。だから曾祖父がひ孫を育てることに。

    なぜそうなったかは、ぼかされている、そこのところがこの物語は怖い。

    『献灯使』のめぐるような表現にクラクラする雰囲気、これは何かに似ている・・・そうだ、宇野千代『色ざんげ』とか『みれん』の文章。はじめがなくて終わらない。でも、宇野さんのはリアルっぽいが。

    デストピア文学と申しますが、この書き方は昔の物語の運び、例えば源氏物語などのあいまいさに似ているようです。もちろん内容は進化(?)したものです。

    そして、続く短編『不死の島』と『彼岸』『動物たちのバベル』を読み進めると、文章と言い、ストーリー展開と言い、千年後の未来に読んでいるのかもしれない幻想を抱きました。

  • ひとつの日本のお話だった。
    震災で漏れ出した放射能と、鎖国政策、外国文化への迫害。そして死を奪われた老人には“若い”という言葉が付けられる。若さという言葉が年齢に即さなくなったのは、若者が健康を奪われ、続く微熱や飲んだり食べたりさえ上手く筋肉を使えない、そのうち歩くことさえ出来なくなってしまう。
    舞台は極端な場所のようにうつるけれど、この世界の“日本”と、私たちの生きている日本は根本が同じだ。そして一冊を通して描かれる震災後という世界が持つ、不穏さや、猜疑心、情報という実態のないものに流されてしまう根のなさは同じだと思う。
    状況だけだけ見れば悲惨さしかないようなお話を、それでも読みものとしてくれたのは、作者の言葉選びと、登場人物たちのそれでもここで生きていく一心だったと思う。

  • 単語レベルで無駄な表現が1つだってない。なんというかさすがの言葉の密度。パワーがすごい。そして日本語特有の湿度が作品全体に充満している。
    いわゆるディストピア文学ってやつで、そう遠くない未来のこうなるかもしれない日本と日本人が描かれているんだけど、私のチンケな想像力では到底思いつかないような設定と奇妙な当て字で書かれた名詞たちで展開されていくので一筋縄ではいかず、全く先が読めない。でも読み進めるうちにそれらが案外トンデモ論でもないように思えてくる。
    終始退廃的なムードが作品を支配しているはずなのに、作家の批判性みたいなものを私はそこまで強く感じなかった。逆に淡々とした表現で読み手一人一人の価値観や思想を「それって本当にそうなのでしょうか。」と問われているような気がした。例えば「祖父」や「子供」、「女性」という言葉で括られる人たちの性質であったり役割であったりを根本から問われるような。
    読み終えると自分の中の凝り固まった固定観念が壊されて、今の日本の社会が抱えるセンシティブで複雑な問題たちにフラットな目を向けられるような気がする。

  • 「原発事故」後の日本を描いたディストピア小説として、自分が読んだ中では今の所、一番おぞましい……。

    曾祖父は100歳を超えても死ねず、小学生の曾孫、無名の「介護」に勤しむ。
    「介護」としたのは、トーストを食べるだけで口内を血に染めたり、オレンジジュース飲むだけで必死だったり、乳歯がボロボロと欠けていく無名を何とか生かしたいと思うおじいちゃん心を、孫の世話、と軽い言葉で置くのもなんだかな、と思って。

    都心部には最早住む者もなくなり、果ては日本自体が鎖国をし、外来語も変容した日本。
    その中に在って、学校でも、子供たちが怪我のないようゆっくりとじゃれ合う様子や、男女共同トイレなんかを目の当たりにすると、鳥肌が立つ。
    彼らは本当に「人間」なんだろうか。
    こういう問いはタブーだろうけど、自分と重ね合わせることがどうにも出来なくて、気味が悪かった。

    どんな形でも生きてくれさえすれば、というのは、問いになる台詞だと思う。
    原発事故だけでなく、様々な事件や事故に触れて、この台詞は問われ、考えられてきた。

    ただただ、苦しい。

  • いちばん生活に根ざした身近なモノ、コト、概念が少しずつずれていく面白さ。刺々しい崩壊のディストピアではなく、どこか柔らかな終焉の気配が小説全体を貫いている。長寿から短命に移りつつある世界の中で、家族のかたち、関係はどんどん霞のようにぼんやりとしていくように映り、義郎と無明の身体的、精神的対比を際立たせている。一見滑稽に空転しているようにも見える義郎の、終盤に吐露する激しい怒りのシーンに、ゆるやかな終末に内包された張りつめた世界観が浮かび上がる。「隣の少女」との邂逅もラストシーンに心地よい手触りを残す。現実世界との乖離度という意味で中身にはちぐはぐな点に違和感を覚えることもあったが、それも茫漠でつかみどころのない世界観の構成に一役買っているのかもしれない。

  • 災害で汚染されて鎖国している未来の日本という設定の短編。
    「献灯使」では、頑健な身体をもつ曽祖父が、身体機能が退化しているような曽孫世代を不憫に思う気持ちに共感できる一方で、曽孫たちは最初からそういう風に生きていて、曽祖父世代のような身体や安全な自然環境を途中で失ったわけじゃないのだから、別に不幸ではないんじゃないかとも思う。
    外来語の当て字がちょっと面白かった。

    「不死の島」は、現実でも震災当時の日本はこう見られていたのかなと思った。
    外から見える印象と「献灯使」で見た内側に温度差があるようだ。そこまで絶望的には思えなかった。
    どんな状況でも結局適応していかざるを得ないんだろうし、それは全く希望がないのとは違うんだと思う。

    「韋駄天どこまでも」の特徴的な漢字の言葉遊びなんかは、どうやって翻訳されたのか気になった。

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著者プロフィール

1960・3・23~。小説家、詩人。東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業、ハンブルク大学修士課程修了。1982年よりドイツに住み、日本語・ドイツ語両言語で小説を書く。91年、「かかとを失くして」で群像新人文学賞受賞。93年、「犬婿入り」で芥川賞受賞。96年、ドイツ語での文学活動に対しシャミッソー文学賞を授与される。2000年、「ヒナギクのお茶の場合」で泉鏡花文学賞を受賞。同年、ドイツの永住権を取得、チューリッヒ大学博士課程修了。02年、「球形時間」でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。03年、「容疑者の夜行列車」で伊藤整文学賞及び谷崎潤一郎賞を受賞。05年、ゲーテ・メダル受賞。09年、早稲田大学坪内逍遙大賞受賞。11年、「尼僧とキューピッドの弓」で紫式部文学賞、「雪の練習生」で野間文芸賞を受賞。12年、「雲をつかむ話」で読売文学賞及び芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。16年、クライスト賞受賞。18年、国際交流基金賞、「献灯使」(英語版)で全米図書賞を受賞。20年、朝日賞受賞。

「2020年 『ヒナギクのお茶の場合/海に落とした名前』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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