九年前の祈り (講談社文庫)

  • 講談社 (2017年12月15日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784062938273

作品紹介・あらすじ

三十五になるさなえは、幼い息子の希敏をつれてこの海辺の小さな集落に戻ってきた。希敏の父、カナダ人のフレデリックは希敏が一歳になる頃、美しい顔立ちだけを息子に残し、母子の前から姿を消してしまったのだ。何かのスイッチが入ると大騒ぎする息子を持て余しながら、さなえが懐かしく思い出したのは、九年前の「みっちゃん姉」の言葉だった──。痛みと優しさに満ちた〈母と子〉の物語。 表題作他四作を収録。芥川賞受賞作。


三十五になるさなえは、幼い息子の希敏をつれてこの海辺の小さな集落に戻ってきた。希敏の父、カナダ人のフレデリックは希敏が一歳になる頃、美しい顔立ちだけを息子に残し、母子の前から姿を消してしまったのだ。何かのスイッチが入ると引きちぎられたミミズのようにのたうちまわり大騒ぎする息子を持て余しながら、さなえが懐かしく思い出したのは、九年前の「みっちゃん姉」の言葉だった──。
九年の時を経て重なり合う二人の女性の思い。痛みと優しさに満ちた〈母と子〉の物語。 表題作「九年前の祈り」他、四作を収録。芥川賞受賞作文庫化。

みんなの感想まとめ

日常の中に潜む葛藤や思いを描いた作品で、主人公さなえが息子と共に故郷に戻る過程が繊細に表現されています。彼女はかつての友人「みっちゃん姉」を思い出し、ムラ社会のしがらみと向き合いながら、自身のアイデン...

感想・レビュー・書評

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  • 日曜美術館で司会をされていたのをきっかけに手に取りました。
    フランス文学研究者ということで、とてもそれを強く感じられる作品でした。
    何気ない、大きな事件の起こらない日常が描かれているが、何故かちょっと心に引っかかり、躓き、悩みもがきながらヒビを生きている・・・。美しい文章ですが、正直読後感は何とも言えない重めな気分になります。

  • 自分が転勤族の家庭に生まれて地元(田舎)と呼べるところがないせいか、あまりわからない感覚が多かった。文章自体もすっと入ってこず、流し読みしてしまった。

  • 大分県、佐伯市を中心にして主人公の心の内の葛藤を表した作品集。それぞれの短編は関係しているようだが、名前が違ったりしていて独立した短編と考えると霊的な次元の違いがあるのか?筆者の兄が直前に亡くなったと言うことなので、それが影響した作品なんだろう。

  • 第152回芥川賞受賞作。

    芥川賞というと、合う合わないがスパーンと訣れることが多いのだけど、この作品の重みは好き。
    いわゆるムラ社会色の強い熊本の小さな集落に、カナダ人とのハーフである息子、希敏(ケビン)を連れて出戻ってきたさなえ。
    彼女は同じ故郷に住む「みっちゃん姉」と呼ぶ、かつて共にカナダを旅した初老の女性に逢いに行こうと思い立つ。

    ともすれば、ムラ社会のしがらみを強く意識させる母と、反する生き方を選んでしまうさなえのドロドロになりそうなのに、この「みっちゃん姉」の存在が作品世界の色そのものを変える。
    まださなえが若い時分、集落の女性達が、ジャックという先達を伴ってカナダ旅行に行く。
    旅の中でさなえは、年の離れたみっちゃん姉の中にある、明るさに潜んだ哀しみを見つける。

    その時は声のかけようもない「感じ」を、巡り巡って自分の影の中に見出したとしたら。
    一概に共感とは言えない複雑な重なりの中で、だからこそ、さなえは彼女を追い求めているように見えた。

    他の話とも繋がりのある短編集。
    どの話でも、一番逢いたい人には逢えないままに筋が進んでゆく。
    逢おうと思い立ったその感情は、逢えるその瞬間までに、思い出を伴って濃いものに変化してゆく。

    そうか。逢うことだけが大切なのではないのか。
    そこに至る過程の中で、その人との距離や時間を相対化しながら、改めて自分を見つめる時間が生まれる。
    その過程を、とても快く感じた。

  • 本作を読んでいると、「祈り」とは、誰かを思い続けることなのかもしれないと感じました。亡くなってしまった人を思うこと。そばにいる人の痛みにそっと寄り添うこと。そのどちらもが、静かでひそやかな祈りのように感じられます。そして、その祈りは、たとえ直接届かなくても、どこかで誰かの心を温めるのではないでしょうか。

  • 芥川賞受賞作『九年前の祈り』を含む4編を収録した1冊。
    収録作品はどれも大分を舞台にしており、登場人物がほんの僅かずつ繋がっていたりします。田舎の、閉鎖的な息苦しさが特徴的です。
    どこがどう、とは具体的に言えないのですが、何となく言葉選びが印象的でした。

    きっと、人によっては読んでいてすごく息苦しさを覚えるのではないかな、と思います。

  • 第152回芥川賞受賞作。
    著者が生まれ育った大分県の過疎地や周囲の人々を底流に、着想されたものと推察する。
    過疎地に生まれた主人公(さなえ)が、東京に出て異性との不幸な付き合いを重ねた先に、カナダ人と巡り合い、特異な感受性をもつ子供(希敏:けびん)を授かるが、突然失踪されて破局、シングルマザーとなり故郷に舞い戻ってくる。
    そこで、昔なじみのおばさんの息子の入院を耳にする。9年前にカナダ人の案内で、おばさん達とカナダへ旅行したときの記憶が蘇り、現在の希敏を抱えた状況と、おばさんの不憫な息子に対する想いが交錯しながら進行していくが、互いの終着点がフェードアウトしていく。読者に残る余韻で評価が分かれるだろう。

  • まさかの地元が同じで驚きました。内容的にも苦しいのに、自分の地元の方言で描かれているので余計苦しかったです。

  • NHK日曜美術館で朴訥としゃべる小野正嗣さんの芥川賞受賞作「9年前の祈り」とその続編。妻が面白かったと読み終えた後に手に取った小説。大分県の南部、過疎の集落に息づく人々と異人まれびととの交流を描く。そこに小野さんの兄おそらく軽度の知的障害がある方を「タイコー」として織り込んでいく。人が住まなくなっていく地域を今現在として描いていくローカルでありながら、地域を超えた私の生きる今につながる空間として実感させる作品であった。今後も小野さんの作品を読み続けていこうと思った。

  • 作者の小野さんのことはNHK『新日曜美術館(当時)』を観て知っていたから、いつか読んでみたいと思っていた。地元の書店では、なかなか見つけることができなくて、昨年9月adieuのライブを観に行った翌日、帰途である東京駅の近くの大きな本屋で見つけることができた。半年以上経った、この5月の連休の、この日に読み終えた。

    最終盤の、怒涛の内省描写に息を飲んだ。すさまじい熱意を感じた。物語が閉じたあとに掲載された文章に、この物語の全貌が明かされていた。
    与えること。与えること。
    すべて芸術は、なぜ観客を感動させるのか。

    与えられて、こころ動くこと。まさにいま、僕はその真っただ中にいると確信している。あるエッセイに綴られた言葉や、好きなひとが教えてくれた歌集。読書に限らず、ごく身近な存在として“与えられる”音楽も同じ。僕が受け手である限り、それらすべてが“与えて”くれる。こころ動かす何ものかを。

    きっと、それらを突き止めるために、僕は言葉を紡いでいる。「言葉を紡ぐ」僕の好きな人の表現を借りた。考えるときは言葉で考える。だから考えたことは、言葉で表すことができる。感動を即座に言葉にはできないかもしれないけれど、考えることで言葉を駆使することができたら。その思いは、きっと自分の言葉で表せる。だから信じてる。僕の思いは、僕の言葉で、かならず伝えることができるのだと。

    それは僕にとっての「祈り」にも、なるのかもしれない。

  • 久しぶりに読んで泣いた

  • ・九年前の祈り
    田舎の古臭い価値観、監視社会の描写も無責任なハゲ外人も、癇癪持ちのちぎれたミミズのように暴れ回る意思疎通の出来ない息子も、全部嫌だなって感じた、すごく。
    特に希望もない終わり方で何を感じたらいいか分からないと感じた。主人公の意志のない感じ、なんというか救いの無い話。

    ・ウミガメの夜
    悶々とした大学生達が一人の故郷に行ってウミガメをひっくり返す話。文体のくせもすごいし中身も何が言いたいかよく分からなかった。ウミガメ虐めるな。

    ・お見舞い
    やっと全部繋がってると気づいた。漁港大変。

    ・悪の花
    子を埋めなかったばあちゃんと親切な他人の子。

    全編通して田舎のどんよりとした空気があった。捻った表現も多く、感じ取れるものがあまりなかった。

  • 九年前の祈り 4
    ウミガメの夜 3
    お見舞い 2
    悪の花 2

  • 読みづらかった~。文章にまとまりがなくて読みづらい。キャラクターのバックグラウンドや綿密に描くところは高村薫っぽく、しかし高村女史ほどの文才があるわけじゃないからただただ「読まされている」感じがする。ストーリーにテーマがあるのも、そこを支柱にして進めているのは(真面目に話を練っているんだろうなあと)伝わるんだけど、肝心の言葉が散らかっていて全然入りこめなかった。

  • 第152回芥川賞受賞作

  • 基本的に、芥川賞受賞というだけで読むことはもうしないんで、本作も、どこか別のところで取り上げられているのを見かけたのかも。で、結構久しぶりに同賞受賞作を読んだ気がするけど、やっぱり合わないす。内容はいかにも取りそう、って感じがするけど、正直、どこが面白いのか理解できず。どれだけ文学的であろうが、物語の内容自体が面白くない以上、魅力を感じろという方が難しい。短編集なんだけど、上記の訳で、表題作以外まではちょっと読む気が起こらず。なんで積読。でもきっと、この先改めて手に取ることもあるまい。

  • 読書開始日:2021年8月29日
    読書終了日:2021年9月1日
    所感
    内容や構成は、視点が頻繁に変わるためかなり難解ではあったが、
    怒哀表現が完璧だと感じた。
    自分が感じたことのある心情が、包み隠さず詳細に描かれていた。
    本書は題別で話が進行していくと思っていたが、全てがつながっていくという自分好みの構成。
    ただやはり純文学ということもあり複雑で、しっかりとした繋がりは見せてくれない。
    ただ人間関係なんてそんなもので、実はつながっていても知らない、気づかない、思い出さないなんてざらだ。
    リアルに即していると思う。
    ここからは個人的な解釈だが、
    さなえは、過去のみっちゃん姉に救いを求めた。
    さなえの現状を乗り越えた先が、みっちゃん姉だと思いたかった。
    さなえはいまにも負けそうだった。
    「とにかくそんなものから解放されて自由になりたかったのだ」がかなり痛烈。
    本物の希敏を、理解が及ぶ希敏を見たいあまり、無理に引っ張り出す際にできるあざ。
    経験したことはないが、共感せずにはいられない。
    自分を通して生まれ落ちた天使が、到底理解の及ばないものとしたら、誰でもその心境になるはず。
    そして、みっちゃん姉もやはりさなえと似たような時を過ごしたのだろう。
    カナダへ訪れた際、教会での「九年前の祈り」はまさしく、伽=タイコーに対しての祈りだった。
    人一倍祈っていたのはそのためだ。
    その祈りが通じて、伽=タイコーは、立派に成長をした。
    「生きていくうちに摩耗し消えていくはずの驚き」に付きまとわれながらも、人に尽くした。
    そして千代子を救った。
    悪の花の題、千代子の題で、かなり熱中して読み進めた。
    真鶴に似た鳥肌が立った。
    さなえの祈りも届けばいいと切に願う。

    九年前の祈り
    あんパンの皮だけ食べるような会話だった
    額には玉の汗
    苛立ちと怒りがざらつく熱風となってさなえの顔を焼いた
    怒りの表現がうまい
    発酵、腐敗
    みっちゃんねえの顔に明るい色の花が、嬉しそうな笑みがパッと広がった
    美しい天使の中に埋もれた本物の息子
    無垢の世界をそれとして見つめることのできるさなえだけが、皮肉にも無垢から限りなく遠かった
    とにかくそんなものから解放されて自由になりたかったのだ
    どこの世界に明るいだけんの人がおるんか
    意地の悪い優越感

    ウミガメの夜

    お見舞い
    どうせ無駄なことをするのだから

    悪の花
    目の端に白く濁った汁が滲んだ
    生きていくうちに摩耗し消えていくはずの驚きがいまだにタイコーとともにあった
    いや、ちがう。千代子の方が、トミという名の最初の妻と同じ道を辿ったのだ
    忙しなさと熱意を失っていくにつれて涸れていったあの水

  • 文体は美しく、情景が湧き上がる。
    短編4つの話の重なり方がとても良い。
    読後に子供の頃の記憶を辿ったような感覚になる。

  • ――


     縛られていることで、安心していられることもあるんだろうか。
     仮想敵、とは少し違うか?
     どうしようもない旧態、立ち向かえない偏見、そういったものが目の前に現れたとき、それに太刀打ちできないことで自分が普通だと落ち着いて、そうして普通の側でいることを足場に立ち向かうひとたちを奇異な目で見たり、ダサいと笑ったり。そんな様子をときどき見掛けるんだけれど、それに対してうわぁ、と思ってそっ閉じしている自分はどんなふうに見えているんでしょうか。


     にしても全体的に類型的で、なんか全部どこかで読んだことあるような感じがしてあまり楽しめませんでした。あとなんつーか心底嫌い、ってひとが居ちゃうと、特に母子をメインにした物語でその母親がとなると、ちょっと耐え難い。これは自分の母親に重ねるところもあるからだと思います。そのおかんが送ってきてるんやけどなこれ! どっちだ、と戦々恐々であるよ…
     プラスそういう古臭さ、の印象強化に方言が使われているところもマイナス。勿論いい使い方もされてるんだけれど、それでもマイナス。
     いちばん躓いたのは、つらつらと流れる思考のつながりとその飛躍のペースやテンポが合わないところ。これはもう完全に好みでしょうなぁ。

     ☆2.4でGGですわ。

  • 足を踏み入れたのことのない、大分やモントリオールの風景や、そこに生きる人々の日常が、鮮明に現れた。

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著者プロフィール

1970年大分生まれ。東京大学大学院単位取得退学。パリ第8大学文学博士、現在、明治学院大学文学部フランス文学科専任講師(現代フランス語圏文学)
著書に『水に埋もれる墓』(朝日新聞社、2001年、第12回朝日新文学賞)
『にぎやかな湾に背負われた船』(朝日新聞社、2002年、第15回三島由紀夫賞)

「2007年 『多様なるものの詩学序説』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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