九年前の祈り (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062938273

感想・レビュー・書評

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  • 第152回芥川賞受賞作。

    芥川賞というと、合う合わないがスパーンと訣れることが多いのだけど、この作品の重みは好き。
    いわゆるムラ社会色の強い熊本の小さな集落に、カナダ人とのハーフである息子、希敏(ケビン)を連れて出戻ってきたさなえ。
    彼女は同じ故郷に住む「みっちゃん姉」と呼ぶ、かつて共にカナダを旅した初老の女性に逢いに行こうと思い立つ。

    ともすれば、ムラ社会のしがらみを強く意識させる母と、反する生き方を選んでしまうさなえのドロドロになりそうなのに、この「みっちゃん姉」の存在が作品世界の色そのものを変える。
    まださなえが若い時分、集落の女性達が、ジャックという先達を伴ってカナダ旅行に行く。
    旅の中でさなえは、年の離れたみっちゃん姉の中にある、明るさに潜んだ哀しみを見つける。

    その時は声のかけようもない「感じ」を、巡り巡って自分の影の中に見出したとしたら。
    一概に共感とは言えない複雑な重なりの中で、だからこそ、さなえは彼女を追い求めているように見えた。

    他の話とも繋がりのある短編集。
    どの話でも、一番逢いたい人には逢えないままに筋が進んでゆく。
    逢おうと思い立ったその感情は、逢えるその瞬間までに、思い出を伴って濃いものに変化してゆく。

    そうか。逢うことだけが大切なのではないのか。
    そこに至る過程の中で、その人との距離や時間を相対化しながら、改めて自分を見つめる時間が生まれる。
    その過程を、とても快く感じた。

  • NHK日曜美術館で朴訥としゃべる小野正嗣さんの芥川賞受賞作「9年前の祈り」とその続編。妻が面白かったと読み終えた後に手に取った小説。大分県の南部、過疎の集落に息づく人々と異人まれびととの交流を描く。そこに小野さんの兄おそらく軽度の知的障害がある方を「タイコー」として織り込んでいく。人が住まなくなっていく地域を今現在として描いていくローカルでありながら、地域を超えた私の生きる今につながる空間として実感させる作品であった。今後も小野さんの作品を読み続けていこうと思った。

  • 読書開始日:2021年8月29日
    読書終了日:2021年9月1日
    所感
    内容や構成は、視点が頻繁に変わるためかなり難解ではあったが、
    怒哀表現が完璧だと感じた。
    自分が感じたことのある心情が、包み隠さず詳細に描かれていた。
    本書は題別で話が進行していくと思っていたが、全てがつながっていくという自分好みの構成。
    ただやはり純文学ということもあり複雑で、しっかりとした繋がりは見せてくれない。
    ただ人間関係なんてそんなもので、実はつながっていても知らない、気づかない、思い出さないなんてざらだ。
    リアルに即していると思う。
    ここからは個人的な解釈だが、
    さなえは、過去のみっちゃん姉に救いを求めた。
    さなえの現状を乗り越えた先が、みっちゃん姉だと思いたかった。
    さなえはいまにも負けそうだった。
    「とにかくそんなものから解放されて自由になりたかったのだ」がかなり痛烈。
    本物の希敏を、理解が及ぶ希敏を見たいあまり、無理に引っ張り出す際にできるあざ。
    経験したことはないが、共感せずにはいられない。
    自分を通して生まれ落ちた天使が、到底理解の及ばないものとしたら、誰でもその心境になるはず。
    そして、みっちゃん姉もやはりさなえと似たような時を過ごしたのだろう。
    カナダへ訪れた際、教会での「九年前の祈り」はまさしく、伽=タイコーに対しての祈りだった。
    人一倍祈っていたのはそのためだ。
    その祈りが通じて、伽=タイコーは、立派に成長をした。
    「生きていくうちに摩耗し消えていくはずの驚き」に付きまとわれながらも、人に尽くした。
    そして千代子を救った。
    悪の花の題、千代子の題で、かなり熱中して読み進めた。
    真鶴に似た鳥肌が立った。
    さなえの祈りも届けばいいと切に願う。

    九年前の祈り
    あんパンの皮だけ食べるような会話だった
    額には玉の汗
    苛立ちと怒りがざらつく熱風となってさなえの顔を焼いた
    怒りの表現がうまい
    発酵、腐敗
    みっちゃんねえの顔に明るい色の花が、嬉しそうな笑みがパッと広がった
    美しい天使の中に埋もれた本物の息子
    無垢の世界をそれとして見つめることのできるさなえだけが、皮肉にも無垢から限りなく遠かった
    とにかくそんなものから解放されて自由になりたかったのだ
    どこの世界に明るいだけんの人がおるんか
    意地の悪い優越感

    ウミガメの夜

    お見舞い
    どうせ無駄なことをするのだから

    悪の花
    目の端に白く濁った汁が滲んだ
    生きていくうちに摩耗し消えていくはずの驚きがいまだにタイコーとともにあった
    いや、ちがう。千代子の方が、トミという名の最初の妻と同じ道を辿ったのだ
    忙しなさと熱意を失っていくにつれて涸れていったあの水

  • 小野正嗣さんは、『水に埋もれる墓』『にぎやかな湾に背負われた船』と読んで、興味のある作家となった。どの作品も郷里である大分県のリアス式海岸にある小さな集落に根ざした物語だ。一方で小野さん自身はフランスに長く住んでいてインテリのイメージがある。そのギャップに興味がわく。いまの時代はグローバル化とローカルの再発見が同時進行していると思うのだが、小野さんの小説はローカルに徹底し、血の繋がりならぬ地の繋がりを見据えた先に、人間の悲しさや愛しさが描かれている。特にこの小説は、他界したお兄さんに捧げられている。付録に収録された芥川賞のスピーチが心を打った。

著者プロフィール

1970年大分生まれ。東京大学大学院単位取得退学。パリ第8大学文学博士、現在、明治学院大学文学部フランス文学科専任講師(現代フランス語圏文学)
著書に『水に埋もれる墓』(朝日新聞社、2001年、第12回朝日新文学賞)
『にぎやかな湾に背負われた船』(朝日新聞社、2002年、第15回三島由紀夫賞)

「2007年 『多様なるものの詩学序説』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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