風は青海を渡るのか? The Wind Across Qinghai Lake? (講談社タイガ)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 889
レビュー : 82
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062940368

作品紹介・あらすじ

聖地。チベット・ナクチュ特区にある神殿の地下、長い眠りについていた試料の収められた遺跡は、まさに人類の聖地だった。
 ハギリはヴォッシュらと、調査のためその峻厳な地を再訪する。ウォーカロン・メーカHIXの研究員に招かれた帰り、トラブルに足止めされたハギリは、聖地以外の遺跡の存在を知らされる。 
 小さな気づきがもたらす未来。知性が掬い上げる奇跡の物語。

感想・レビュー・書評

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  • Wシリーズ3作目。
    森ファンにはたまらない一冊であること,間違いなしの今作。

    最初のページからグッときた。この一文……「ランダムに小石があって,フラクタルに雑草が生えている」。こんな文章を書けるのは森さんしかいない!なんとなくお気に入りの文章です。

    物語はいよいよ核心へと迫って行ってる……という印象を受ける今作。ヴォッシュ博士とハギリ博士の議論が熱い。読んでいると,自分までその問題を論じている学者の一員になってしまう錯覚を覚えるくらい,二人の議論に没頭して考えた。
    最後のハギリ博士の発想。これも読み手も一緒に興奮してしまう。
    あとは,カンマパの本名,そして最後の一文。これはファンにとっては「えーーーっ!?」と叫びたくなる言葉でした。百年シリーズ3作目とほぼ同時期に出された理由がよく分かる。

    さて,この作品を楽しんだところで次は百年シリーズ3作目「赤目姫の潮解」を読みます。あぁ、楽しみだなぁ♪

  • ただの想像ですが、森博嗣にとって現代は、彼が何十年も前に予測していたことの起こっている(その程度に差はあれど)時代なのではないかと思います。
    そして、このWシリーズは、彼からの、彼らしく彼らしくない「お節介」なんじゃないかなとも思ったりします。

    こんなことが起こるよ、こんなことは問題ではなくなるよ、もっとフォーカスすべきはこちらの方向だよ…と。

    作中で「そんな時代もあった」「それらが問題だったこともあった」「その懸念が蔓延していた頃もあった」と過去形で語られるたびに、なんだか、自分もずっと先に生きているような気持ちになります。
    ヴォッシュと一緒に、今現在、自分が体験していることを「懐かしく」思い返すような気持ち。

    Wシリーズに通して言えることですが、水面下で何かが動いていることを知りつつ、穏やかな表面を眺める感覚が強いです。水面下で起こっていることについてはいずれ対処せねばならないが、それは今ではない。無視をするわけでも、楽観しているわけでもないけれど、意識的に手を出さない。

    そんな、張り詰めた弦楽器が弾かれるのをじっと待っているような気分が、ふいに落とされる爆弾で、毎度毎度、息が止まりそうになります。
    今回は、メールに書かれた彼女のフルネームを読んで、思わず本を閉じて天を仰ぎました。

  • ウォーカロンシリーズ

    人工細胞を入れない人たちの特区「ナクチュ」
    神殿の地下にある秘められた遺跡にあったものは。

    一方ウォーカロンの製造会社の中にあった
    不思議な物体

    ウォーカロンと人間の違いとは。
    やがて人間になるかもしれない、その秘密とは。

    話が大きく動いた感じ
    読みにくいけど、何故かそそられます

  • あぁ面白かった。
    展開にワクワクする。ワクワクしかない。
    まだまだ続くことが嬉しいシリーズ。
    少しずつ色々な事が明らかになっていくにつれて、ますます好奇心をくすぐられる。
    文中にある、未知に直面した時の「何が起きるのか、という期待と畏怖」を本の外側から体験している感覚。
    ハギリ博士とウグイのコンビのどんどん遠慮がなくなっていく感じも、とても好きです。
    次巻はすでに手元にある。読みます。

  • この本を読む前に、女王の百年密室を読み終えたばかりだったので、本当にタイミングが良かった。

    真賀田四季がどれほどの才能なのか、S&Mシリーズだけではわからなかったんだけど、「神に最も近い」と言われる形容詞の意味がわかるシリーズ。

    ちょっと中盤だれてしまったんだけど、今作品も面白かったです。

  • 去年のベスト10で、『彼女は一人で歩くのか?』と『χの悲劇』どちらを入れるか迷い(一作家一作品と決めていたので)、それまでのGシリーズの流れなどを踏まえて『χの悲劇』を選出したのですが、ああ、やっぱ『彼女は一人で歩くのか?』にしておけば良かったか!
    とにかく圧倒的だった。
    正直二作目『魔法の色を知っているか?』は一作目の同工異曲というか焼き直しというか、うーん、なんだかあまり印象に残る作品ではなく、その辺も踏まえてランク外になったんだけど、そこからまたしばらく間を空けてこの三作目を読んで、やっぱりこの世界観に圧倒されてしまった。
    普段自分がSFを読み慣れていないからというのも勿論あるだろうけど、森博嗣が描き出すこの未来。すごい。
    そして何よりも作品から感じられる知性に圧倒される。今までの森作品はミステリという枠の中で(勿論ミステリじゃない作品もあるんだけど、あんまり読んでない)その知性を発揮していたのだけれど、ミステリというのはやはり「合理的に謎が解決される」物語であって、つまりそこで発揮される知性とは物語内で提示される謎を超えることはないわけである(と、断言していいかは微妙だけど、とりあえずそういうことにしておいてください)。
    だけれどこの作品はSFである。自由なのである。作中人物は(既に私たちの生きる世界から遥か先にいる、からこそ)その先、見たこともない世界について思索を巡らせる。その思考の広がりがすごい。それを読めることがこんなに幸せなことだとは。
    まあただ物語のパターンというか展開は毎度似た感じになっているのは玉に瑕か。しかし物語は着実に前に進んでいる。
    一体どう終わるのか。
    というか百年シリーズはやはり読まないとダメだな。

  • ウォーカロンの謎もさらに深まり、全巻の様相も
    また違った視点から見ているような感じになる。
    どんどんと風呂敷が広がっていって、どこまで広がるんだろう。
    ウォーカロンと人間、その差がどこにあるのか、
    それがどうなるのか、というところも気になる。

  • CY16-10
    Wシリーズ第3巻。
    小ネタびっしりの具沢山な物語。

    完璧じゃないから人間、それが故、ウォーカロンは矛盾がストレスになり、暴走。面白いロジックだと思った。人間ってなんだろうがこのシリーズのテーマなんだろうなと。

    最後のセリフが、意味なしジョークじゃないことだけを祈る。

  • 以下本文抜粋。ネタバレ注意!

    上層部がどんな方針で臨んでるのか、僕には伝わってこない。おそらくは、各レベルでの取引があって、バランスを取った状態での見かけ上の静止、あるいは等速の運行を行うのだろう。それを、下々の者は「平和」と呼ぶのだ。(P27)

    「えっとね……、私がどう考えるか、という話をしよう。私は、君のことを勇敢だと評価している。君のおかげで命拾いしたし、こうして近くにいてくれると安心だ。でも、私がどのように君を評価しようと、君には影響がない、ということだね?」
    「そうです」
    「うん、わかった。ようするに、完結しているんだ、自分の中で」
    「あの、どうしてこんな議論をしているのでしょうか?」
    そのとおりだ、と思った。返す言葉もない。頼むから、職務のためにそんな献身的で危険な行動を取らないでほしい、と言いたかったのだが、僕が何を言おうが、彼女には影響しないということらしい。(P39)

    「そうです。博士たちを、神聖な方、神の使いだと受け止めているのです。神殿に出入りをしているのでなおさらでしょう」
    「具体的にはどのような言い伝えですか?」
    「それを言うことも憚られるのです。ですから、外部には漏れることがありません。ただ、私はもちろん、迷信を信じているわけではありません。それに、ハギリ博士にはお伝えした方が良いかもしれませんね」
    「お願いします。」
    「目にすれば失い、口にすれば果てる」(P46)

    「さきほど、私のことを勇敢すぎるとおっしゃいましたが、私にしてみれば、先生の方が勇敢すぎます。楽観的すぎます。あの、言いたくなかったのですが……」
    「言いなさい」
    「私が危険な状況になるのは、先生が危険な場所へ出ていかれるからです。」
    「そのとおりだ。申し訳ない

    「いえ、そのことについては、不満はありません。満足はしていませんが」
    「満足していなかったら、不満なのでは?」
    「少しだけ、不満です」
    「うん、わかった」(P49)

    彼女の言うとおりだ、と反省した。僕が勝手を言ったのが原因で、危険に陥ったことがあった。たぶん、二回ではないかと思う。一回めは、なんとか彼女が助けてくれた。二回めのときに、ウグイは重傷を負った。だが、それについては既に反省したので、その後は、僕の判断ミスで彼女が危機になったことはない。なんとなく、上手く凌いでいる。今のところは迷惑をかけてはいない。これからも気をつけよう。そう心に刻んだ。(P49-50)

    料理にしても、現在はどんな好みのものも人工的に作り出せる。十ほどの数字で表すことが可能で、容易に再現できる。同時にそれは、未体験の美味しさなどない、と言いきれる。人間が興味を示すほどの価値は認められない、と多くの人が諦める対象になってしまった。
    あらゆるものを手に入れようとして、結局のところ、あらゆるものを失っているのではないか、という気がしてならない。(P64)

    工学的という意味は、つまり、理屈ではなく、対処だということだ。どうしてそうなるのか、どんな理由でこの測定が成立するのか、という議論を置き去りにして、ただ、結果として割り出せる。それは、人間の勘、人間の経験的判断も同様である。(中略)経験を重ね、洞察力を養えば、かなり高い確率で正解を導くことができるようになる。しかし、どのようにして判定をしているのかは、明確に説明できない場合が多い。点数をつけて、この評価式で割り出しました、とは言えない。それが、人間的な判断の特徴なのだ。(P66)

    「のこのこと出ていくのは、いかがかと」僕は言った。
    「そのとおりです。のこのことは言いませんが」
    「え、そうなの?」
    「そんな古風な表現は知りません」
    「知っているじゃないか。知らないなら、古風だってどうしてわかる?」
    「知らないから、古風だと推測しただけです」(P89)

    「局長の許可が必要な事案だと思われます」ウグイは早口で言った。「絶対に許可は下りないと思いますけれど、いちおう、問い合わせてみます

    「いや、勤務時間外だし、職務とは無関係じゃないかな」
    「そんな理屈は通りません」(中略)
    「この際だから、言うけれど、ついてこないという選択肢もあるんだよ。君がその選択をしても、誰も責めないだろう。なんなら、私が、来るなと命じたことにしても良い。命令書を残しておこうか?あ、そうか、もう録音しているね?」
    「しています。でも、無駄です」
    「無駄って、何が?」
    「命令されても、無駄です」
    「どうして?」
    「勤務時間外ですから」(P87-90)

    「でもね、やはり、新しい世代が出てこないという今の状況が、その種の観念を固定化させている。文化の停滞を招いていると思う。かつては、既存の文化に若者は反発した。私は、もうその体験をしていない世代だけれど、そういう話を何度も聞いた。若者は、タブーを破っていく勢いを持っていて、それが人類を変化させたんだ。固定観念を打ち破ったり、既成の約束事に囚われない新しさを生み出していた。現代にもし人間の若者がいたら、きっと頭にソケットやアンテナを付けるファッションが流行っているだろうね」
    「ウォーカロンには、若者がいます」
    「ん、そうだね。人間社会に、もっと若者として入り込んできてほしいと思うよ」
    「でも、ウォーカロンの若者が、先生がおっしゃるように、既存の文化に反発したら、きっと許されないでしょう。そうなると思います」
    「そうだね。それは……、そのとおりかもしれない。君たちは、そう教育されているんだね」
    「はい」彼は頷いた。少し寂しげな表情を見せた。
    彼らには、若者らしい行動が許されていない、ということだ。模範的な優等生でなければならない。そうでないと、社会の大きな抵抗に遭う。社会から抹殺されてしまうかもしれない。その危機感があるのだろう。(P93-94)

    「神は、ここでは死と同じものです」
    「どういうことですか?」
    「見たり、口にしたりしてはいけない存在です」
    「なるほど。わかりました。あの、いつでもけっこうですから、もし、よろしければ、私にメールをお送り下さい」
    「え?どうしてですか?」
    「メールならば、口にするものではありませんから」(P146-147)

    「局地的なものでしょう」ツェリンが空模様について言ったが、天気というのは、一般に局地的なものだ、と僕は認識している。グローバルな天気というものはない。(P173)

    「四歳だね。どうもありがとう。名前は何ていうの?」(中略)しかし、やがて、顔を上げて、小さな声で答えたのである。
    「シキ」(P261)

  • 森作品は他の作品とリンクしている物が多いのですが、いつもそのリンクのスケールの大きさに驚きます。
    マガタ博士の影響力も素晴らしい。
    ウォーカロンと人間の差がどんどん無くなって行って、結果どうなるのかがとても気になります。

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著者プロフィール

森 博嗣(もり ひろし)
1957年、愛知県生まれ。作家、元研究者。名古屋大学工学部建築学科、同大学大学院修士課程修了を経て、三重大学工学部助手、名古屋大学助教授。名古屋大学で工学博士を取得し、2005年退職。学会で数々の受賞歴がある。
作家として、1996年に『すべてがFになる』で第1回メフィスト賞を受賞し、同作で作家デビュー。S&Mシリーズとして代表作の一つに。『スカイ・クロラ』シリーズは本人も認める代表作で、2008年アニメ映画化された。その他にも非常に多くの著作がある。

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