私たちは生きているのか? Are We Under the Biofeedback? (講談社タイガ)
- 講談社 (2017年2月21日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784062940610
作品紹介・あらすじ
脱走したウォーカロンたちが潜んでいるというアフリカにあるコミューンへやって来たハギリたち。彼らはそこで、新しい生命のあり方を体験する。
富の谷。「行ったが最後、誰も戻ってこない」と言われ、警察も立ち入らない閉ざされた場所。そこにフランスの博覧会から脱走したウォーカロンたちが、潜んでいるという情報を得たハギリは、ウグイ、アネバネと共にアフリカ南端にあるその地を訪問した。
富の谷にある巨大な岩を穿って作られた地下都市で、ハギリらは新しい生のあり方を体験する。知性が提示する実存の物語。
みんなの感想まとめ
「生きているとは何か?」というテーマを深く探求する本作では、脱走したウォーカロンたちが集まる南アフリカの「富の谷」が舞台となり、主人公ハギリが新しい生命のあり方を体験します。哲学的な会話や思考が展開さ...
感想・レビュー・書評
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wシリーズ第5弾
私たちは生きているのか?
Are We Under the Biofeedback?
舞台は南アフリカのとある村
ウォーカロンだけがいる村があると
訪れた3人(ハギリ、ウグイ、アネバネ)は
面白い光景をみることに
洞窟に暮らす民族で、治外法権であると
村長(唯一の人間)に案内されて部屋に。
こそには数百の卵カプセルがあり
ウォーカロンの脳(躰を持たない、生きた脳)があり、さらにこの脳が生きるバーチャルの世界が存在していた(※もちろん違法)
そして、このバーチャル世界は
年も取らない、もちろん死なない
空も飛べる、容姿も自由、お腹を空く設定も自由
(面白いw)
何をしててもよい、メインはソフトの開発で
現実世界の金融システムに入り込み、金儲けをしてると。
しかし、ここから
この世界に見学(紹介)されたことが罠であり
3人が抜け出せなくなる。
現実世界に戻れなくなく。。。
ここで現れる救世主と、脱出のアイディアを考えたハギリとデボラの登場(天才すぎる)
※簡単に現実世界にアクセスできなく、バーチャル世界で寝ている(睡眠)時に仕事、起きてる時に仕事以外という逆転のことが起こってるところをついて、その睡眠(自由度が低い)時間を狙って、デボラとの通信を使い、脱出計画を試みる
なんと練られた作戦で、さすがハギリは天才や
(ウグイとアネバネの戦闘系の力は皆無のため、ハギリが解決するしかない、でも焦ってないwこの感じか森作品あるあるの描写で素晴らしい)
そして、登場したのが姿はカンマパ(中身はデボラ)トランスファで、簡単に侵入はできたと。
※とはいえ、現実世界とか相互通信はできない状況
※現実世界にルータのような仕掛けを設けない限りできないと(ここで案内人のローリィが役割を果たせるか否か)
この脱出シナリオと遂行は途中、バーチャル世界での羊の大群が部屋に入ってくるほのぼのシーンもありながら、よく出来てるなと唸ってしまいました。
シンとキリナバが捕まったあとの会話
ハギリとデボラの会話がなかなか良く
ローリィー(案内人)が「自分は生きていない」と言った理由、デボラの答えは
「彼が生きているから」
「生きているものだけが、自分は生きているのかと問うのだ」と
シンプルな言葉だが、これが考えさせるところですね。
★4.3
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Wシリーズ第5弾
ウォーカロンメーカーから脱走したウォーカロンが集まる南アフリカの「富の谷」。
ローリィが「自分は生きてない」
と言った理由は「彼が生きているから」
生きているものだけがそれを問うのだ。
深いなー。我思う故に我あり、ってことかな_φ(・_・
Wシリーズは「生きてるとは何か?」がテーマらしく、哲学的な会話や思考が多い。そこが魅力。
ウォーカロン、人工知能、トランスファ、テルグの村。現在の常識からは外れた「新しい生」が毎回出てきて、読者を悩ませる。ハギリの意見も少しずつ変化してる。
フーリはまた登場してほしいな -
Wシリーズ五作目。「行ったが最後、誰も戻ってこない」。聴くからに安全とはほど遠いところへ、行ってしまうのがハギリ。気軽に知的好奇心を満たす行動に変えてしまうのか。元々の気質はあるだろうけれど、ちょっと無防備がすぎやしないかハギリさんよ。もし、その世界があるとして、自分は行きたいだろうかを割と真剣に考えた。マトリックスのようなオチであれば、行きたくはないし、攻殻機動隊2ndのオチであれば行ってみてもよいかもしれない。ただ、その世界において死の概念はどうなっているのだろうかと疑問に思った。
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富の谷。「行ったが最後、誰も戻ってこない」と言われ、警察も立ち入らない閉ざされた場所。そこにフランスの博覧会から脱走したウォーカロンたちが潜んでいるという情報を得たハギリは、ウグイ、アネバネと共にアフリカ南端にあるその地を訪問した。
富の谷にある巨大な岩を穿って造られた地下都市で、ハギリらは新しい生のあり方を体験する。知性が提示する実存の物語。
「講談社タイガ」より
タイトルからして、ちょとドキッとする.
人工細胞を体に入れていつまでも生きられることになると、生きているの定義というか、境界線があいまいになる.
さらに、脳だけになってバーチャルの世界にいても、それは生きているのか?生きていない感じがする.じゃあ、生きていないというのならそれはなぜ?なぜ?なぜ?
生きているのか?という問いに対して、いろんな角度から考えさせてくれる内容だと思う.
なかなかにワールドワイドだが、今回アフリカ南端の設定である理由がとくに思い当たらなかったかな. -
非常に面白かった。冒険小説の形をとっているが、人間とは何か、命とは何かということを主題にした文学になっている。特に本書では脳だけになった住民達がバーチャルの世界で幸せに暮らしている描写があったが、いずれ遠くない未来にはそうなっているかもしれないし、自分ももし高齢となり、体の自由が利かなくなった場合、このような未来も実際に悪くないのではないかと真剣に考えてしまった。「生きる」とは何なのかを問い続けるこのシリーズ、本当に面白い。
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「素晴らしい答だね。君は生きているんじゃないかな?」
「いいえ。私は、それを自分に問うことさえありません」
そうか……。
生きているものだけが、自分が生きているのかと問うのだ。(P. 262)
哲学的でいて、どこか牧歌的、穏やかでいて、アクションシーンが多い、というチグハグなものを内包しているWシリーズ。今回も面白かったです。
「魔がさす」のは人間だけ、という感覚も面白いし、高性能に作られているからミスをしないはずなのに、人間に近づこうとミス(考えている振りだとか)をするウォーカロン。
今回はテルグという村が出てきますが、ここで行われていることって、あれですよね?あの、彼女が随分昔に作ったあのプログラムを…。と、決定的な単語を一つも出さずに読んでいるこちら側を誘導する力が素晴らしいです。
天才に奇人・変人は多いのかもしれませんが、奇人・変人であれば全員天才ではないのと同じで、きっと彼女は天才であるがゆえに、凡人と同じように生きる(見せかける)術を身につけたのだろうなあと思います。孤独な世界は寂しいものだと思うのは、きっと凡人の感性なのでしょう。
少しずつ、少しずつハギリ博士の研究内容がシフトしていくように、読者もフォーカスポイントをシフトしていいっているようで、ここからまた次にたどりつける場所はどこなのか、そこには誰がいて、なにがあるのか。そして、帰着点はどこなのか。それがわからないことが最高に嬉しいです。 -
Wシリーズも既に5冊目。あっという間ですね。
今回ハギリが訪れるのは、アフリカのとある村。ウォーカロン調査に趣いた場所で見たその光景に、ハギリたちはこの現代で「生きている」ことを考える。
この本での最大はテルグの町そのもの。これには衝撃というか、感動した。真賀田四季の頭脳は何所まで先に進んでいるのだろう。彼女の生まれた時代を思うと、そのとんでもなさに圧倒される。
前巻でもだんだんと見えてきていたが、最初はウォーカロン顔負けだったウグイも、どんどん人間味が出て来ている。森さん作品ならではの女性キャラクタの雰囲気が出て来た気がするのは私だけだろうか。感覚がまだ現代に近い所為か、彼女の持つ不安や嫌悪に安心した。
ウォーカロンも「人間はこう考える」「自分たちに欠けているものを人間は持っている、それを見つけたい」と葛藤するという。ならばウォーカロンという存在は「生きているのか?」
なぜ生きているのか? 私たちはそもそも生きているのか? 生きていることが尊いと思う現代でも難しい問いに、生きていることがそれこそ当たり前になっている世の中になると、そんなことすらあまり考えないのかもしれない。当然のように延命し、できる限り長く生きる。そんな世界で出した生きていることの答えは、きっと他にもあるだろう。
このシリーズは真賀田博士が問いかけていたこと、話していたことをいちいち思い出させる。それだけでもう、世界構築がなされている。
この時代ではなく今現在生きている身としては、人間が人間をと決別する未来を望めない。そんな私はデボラと友人にはなれないかもしれない。それでも、デボラの定義する友情を、愛おしく思えた。 -
前作に比べると戦闘シーンなど、盛り上がりには欠ける。
でも”富の谷”で行われていたことにはSFらしい驚きをもって読めた。
それにしても、ハギリとデボラのやりとりは面白い。少しの会話のやりとりで、面白いと思わせるところ、森作品の魅力だ〜 -
生きるってどういうことなのかという問題を色々な角度から考えさせられる。
デボラの発想力の鋭さと、生きていると問わないという無機質さ。読む進めるたびに自分の判断が揺さぶられて面白い。 -
4ヶ月ごとくらいの刊行ペースを守り安定したストーリ展開。この巻はこれまでのWシリーズの中でも、映像化するとちょっと衝撃的で面白いと思う。
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Wシリーズ第5作目
タイトルの通り、生きているとは何なのか。
感情を持つこと、生きているとは何かを自問すること。
その答えはまだわからないのが生きているということなのかという禅問答のような葛藤が描かれていた。
人工知能が発達した世界において、人が人の体を持って生きる意味とは何かを考えさせられた。
喜怒哀楽や嫉妬などの感情がある限りは脳だけのバーチャル世界には居たくないなぁと思った。
前作に登場したデボラが今作も大活躍し、ハギリ先生と仲を紡いでいるのが印象に残った。
また、ウグイが初期とは違い、人っぽさをハギリ先生に前作の最後から見せ始めたのが好き。 -
#私たちは生きているのか?
#森博嗣
Wシリーズ第5巻
もともと哲学的な内容を含むシリーズだけど、ここまででいちばん哲学的。
めっちゃ深い。
特に最後のシーンの、ローリィの発言に対するデボラの考察なんか、特に哲学チックだなぁ。
どハマりのシリーズです。
個人的な意見として、森博嗣の文体と伊坂幸太郎の文体は似てると思う。
会話がとても気が利いている。
どっちも大好きな作家さんです。
#SF哲学ミステリ
#生きるとは
#死ぬとは
#人間とは
#バーチャル
#考えさせられます
#ウグイとの絡みもいいけど
#デボラとの絡みもいい感じ
#ようやく半分
#まだまだ楽しめます
#読書 -
毎回プロローグ、エピローグがあるが、シリーズ5作目のエピローグは、いい。テンポ良く、楽しい会話がいい。
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Wシリーズ5作目.「ウォーカロン」と呼ばれる人工細胞で作られた生命体が普及したいつかの未来の物語.
脳だけを残しバーチャル世界へ行くのはウォーカロンだからこそなのか.脳の劣化を考慮すればそれこそ人工知能の方が理にかなっている.ウォーカロンも有機の肉体を持っているとはいえ思考を制御されている訳だし.脳があるウォーカロンと脳のないい人工知能はどちらも人工物であるが思考方法が異なるのか.
人間らしいとされる発想は脳があるからこその不確実さということか.
*2020.6 -
デボラがかわいい。
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バーチャル世界が当たり前にある中での生きていることへの問い,この考察が本当に面白い.デボラにとって価値のある物が博士との友情というのが,なるほどと言うか意外と言うか.次が楽しみ.
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Wシリーズ第五弾。ここまでくるとだいぶ攻殻機動隊的世界に近付いてきた気がする。生きているとはなんなのか、それは生きているものしか問う事はできない。デボラとハギリ博士のやり取りが可愛い。
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舞台が舞台だけに、少し長閑に感じたけれど、言葉の端々は森節だなぁ。
ラストのデボラとの会話が微笑ましい。
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著者プロフィール
森博嗣の作品
