私たちは生きているのか? Are We Under the Biofeedback? (講談社タイガ)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 748
レビュー : 77
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062940610

作品紹介・あらすじ

富の谷。「行ったが最後、誰も戻ってこない」と言われ、警察も立ち入らない閉ざされた場所。そこにフランスの博覧会から脱走したウォーカロンたちが、潜んでいるという情報を得たハギリは、ウグイ、アネバネと共にアフリカ南端にあるその地を訪問した。
 富の谷にある巨大な岩を穿って作られた地下都市で、ハギリらは新しい生のあり方を体験する。知性が提示する実存の物語。

感想・レビュー・書評

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  • 「素晴らしい答だね。君は生きているんじゃないかな?」
    「いいえ。私は、それを自分に問うことさえありません」
    そうか……。
    生きているものだけが、自分が生きているのかと問うのだ。(P. 262)

    哲学的でいて、どこか牧歌的、穏やかでいて、アクションシーンが多い、というチグハグなものを内包しているWシリーズ。今回も面白かったです。

    「魔がさす」のは人間だけ、という感覚も面白いし、高性能に作られているからミスをしないはずなのに、人間に近づこうとミス(考えている振りだとか)をするウォーカロン。

    今回はテルグという村が出てきますが、ここで行われていることって、あれですよね?あの、彼女が随分昔に作ったあのプログラムを…。と、決定的な単語を一つも出さずに読んでいるこちら側を誘導する力が素晴らしいです。

    天才に奇人・変人は多いのかもしれませんが、奇人・変人であれば全員天才ではないのと同じで、きっと彼女は天才であるがゆえに、凡人と同じように生きる(見せかける)術を身につけたのだろうなあと思います。孤独な世界は寂しいものだと思うのは、きっと凡人の感性なのでしょう。

    少しずつ、少しずつハギリ博士の研究内容がシフトしていくように、読者もフォーカスポイントをシフトしていいっているようで、ここからまた次にたどりつける場所はどこなのか、そこには誰がいて、なにがあるのか。そして、帰着点はどこなのか。それがわからないことが最高に嬉しいです。

  • Wシリーズも既に5冊目。あっという間ですね。
    今回ハギリが訪れるのは、アフリカのとある村。ウォーカロン調査に趣いた場所で見たその光景に、ハギリたちはこの現代で「生きている」ことを考える。

    この本での最大はテルグの町そのもの。これには衝撃というか、感動した。真賀田四季の頭脳は何所まで先に進んでいるのだろう。彼女の生まれた時代を思うと、そのとんでもなさに圧倒される。

    前巻でもだんだんと見えてきていたが、最初はウォーカロン顔負けだったウグイも、どんどん人間味が出て来ている。森さん作品ならではの女性キャラクタの雰囲気が出て来た気がするのは私だけだろうか。感覚がまだ現代に近い所為か、彼女の持つ不安や嫌悪に安心した。

    ウォーカロンも「人間はこう考える」「自分たちに欠けているものを人間は持っている、それを見つけたい」と葛藤するという。ならばウォーカロンという存在は「生きているのか?」

    なぜ生きているのか? 私たちはそもそも生きているのか? 生きていることが尊いと思う現代でも難しい問いに、生きていることがそれこそ当たり前になっている世の中になると、そんなことすらあまり考えないのかもしれない。当然のように延命し、できる限り長く生きる。そんな世界で出した生きていることの答えは、きっと他にもあるだろう。

    このシリーズは真賀田博士が問いかけていたこと、話していたことをいちいち思い出させる。それだけでもう、世界構築がなされている。
    この時代ではなく今現在生きている身としては、人間が人間をと決別する未来を望めない。そんな私はデボラと友人にはなれないかもしれない。それでも、デボラの定義する友情を、愛おしく思えた。

  • 非常に面白かった。冒険小説の形をとっているが、人間とは何か、命とは何かということを主題にした文学になっている。特に本書では脳だけになった住民達がバーチャルの世界で幸せに暮らしている描写があったが、いずれ遠くない未来にはそうなっているかもしれないし、自分ももし高齢となり、体の自由が利かなくなった場合、このような未来も実際に悪くないのではないかと真剣に考えてしまった。「生きる」とは何なのかを問い続けるこのシリーズ、本当に面白い。

  • 前作に比べると戦闘シーンなど、盛り上がりには欠ける。
    でも”富の谷”で行われていたことにはSFらしい驚きをもって読めた。

    それにしても、ハギリとデボラのやりとりは面白い。少しの会話のやりとりで、面白いと思わせるところ、森作品の魅力だ〜

  • 生きるってどういうことなのかという問題を色々な角度から考えさせられる。
    デボラの発想力の鋭さと、生きていると問わないという無機質さ。読む進めるたびに自分の判断が揺さぶられて面白い。

  • タイトルどおり??

    生きているの定義は何だろう。
    身体がなくても生きている?
    思考出来れば生きている?
    バーチャルの世界でも生きている?
    境界線は何処だろう?
    何を持って自分は生きていると判断するのだろう?

    そんな話?


    最後のハギリ先生とデボラの会話が面白かった。
    生きているものだけが、自分が生きているかと問うのだ。

  • Wシリーズの続きを読んでみたが、これがまた面白かった。
    最近のスマホばかり見ている人が多くなっているのを見るに、
    やっぱり体を離れて電子的な世界に行ったほうが
    幸せなんじゃなかろうか、と思ったりもするけど、
    この本では、そういった世界が書かれていて、
    SFの面白さの一面を知ることができたと思う。
    あと、本題の「私たちは生きているのか?」についても、
    「自分は生きていない」という登場人物について、
    「どうして生きていないというのか」という理由が
    最後に出てくるけど、その理由がストンと納得できるもので、
    とても良かった。

  • 生と死の境界線はどこにあるのか?何故羊が登場するのかはすごく気になる。

  • 僕の命はどこにある?

    それは
    あなたの中にあるかもしれない
    空に浮かんでいるかもしれない
    海に沈んでいるかもしれない

    それでも神様は

    私たちは生きていると
    お認めくださるだろうか?
    死んでもよいと
    お許しくださるだろうか?

  • 生命工学技術により人の手により生命もどきを産出できるようになった現在から,いち早く生命とは何か,を問う.本質的な生命定義は,英語の副題"Are we under the biofeedback?"に凝縮されている.逆に言えば,それ以外では生命を定義できないことになる.難解な未来が透けて見える.

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著者プロフィール

森 博嗣(もり ひろし)
1957年、愛知県生まれ。作家、元研究者。名古屋大学工学部建築学科、同大学大学院修士課程修了を経て、三重大学工学部助手、名古屋大学助教授。名古屋大学で工学博士を取得し、2005年退職。学会で数々の受賞歴がある。
作家として、1996年に『すべてがFになる』で第1回メフィスト賞を受賞し、同作で作家デビュー。S&Mシリーズとして代表作の一つに。『スカイ・クロラ』シリーズは本人も認める代表作で、2008年アニメ映画化された。その他にも非常に多くの著作がある。

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