鏡を巡る三つ巴の暗闘、情報戦の果てに待つのは相互理解か、それとも――?
時に。鏡とは自己認識の要となる器物です。
それから「鏡花水月」、「明鏡止水」、そして「水鏡之人」――。
淀みなく水をたたえる様を美しさと絡める四文字熟語は枚挙にいとまがありません。
また、こんな言葉もあります。
「虚堂懸鏡」。心を空にして、公平に物事を判断することと解される言葉です。
つまりは、奇しくも鏡面やそれに類する能力が大いに目立つ『戦闘破壊学園ダンゲロス』第三巻です。
公平に捉えることは美しく賢いことですが、同時に思い入れを排することでつまりは残酷さにも転じる。
さて。
今回は過去編や一風変わったエピソードの挿入が目立ちますが、大まかな流れを読んでいけば戦闘中も各陣営が情報戦を続けていることがわかります。後になって読み返せば驚きが増すパートであるかと。
詳細は下記で説明しますが、第三者たる「転校生」視点が目立つと言い換えてもいいかもしれません。
というわけで生徒会と番長グループの二大陣営がふたつの戦線に分かれて激突するパートはこの巻では一旦おあずけ、足踏みです。相当気になるクリフハンガーが置かれているのはさておきましょうか。
ひるがえってこの巻は、作中における最強の一角「鏡子」編といってほとんど差し支えありません。
原作同様にかなり変則的な構成になっていますが、鏡子の“ふたつ”の死に関わっていく第三極「転校生」の謎と絡めて「ダンゲロス」という世界の謎について触れていくものとなっています。
では、ここからはそこと絡めて突っ込んだ話をしてみます。既読者向けになりますがご容赦ください。
ところで、鏡子パートの途中に唐突に置かれた「番外編」は小説版においては終盤に至らなければ意図が掴めない、ある種の不親切さを持っていた。そのことは確かです。
そこに漫画ではたったワンフレーズですが話を掴むための導線を追加してくださっていたりします。
よって演出としては一長一短ですが、唐突さはやや鳴りを潜めたかと。
エピソードの順番を少々いじったこともあり「鏡子」の人生の物語を追体験する上で申し分なしですね。
それとここに至るまでも横田先生は、キャラに深みを出すべくちょっとした補完パートをオリジナルで入れてくださっていたりします。
この巻においては一年前の希望崎大橋での迎撃シーンがもっとも顕著な例でしょうか。
横田先生がオリジナルの展開を入れて膨らませたことで漫画向けに一気に構図が整理されて、読者もわかりやすく情報が受け取れるようになった。
加えて、遊び心とサービス精神、このパートにおいては他のシリーズ作『飛行迷宮学園ダンゲロス』を彷彿とさせる仕込みがあった。知っている人向けなんですが、ニヤリとさせていただけました。
それと今回の主役である鏡子なんですが、退場自体は早いんですけど存在感は絶大だと思います。
読んだ方全員が太鼓判を押してしまえるほど、といえばわかりやすいでしょうか。
で、彼女がなんなのかといえばヤクザに言葉のイメージのほとんどを取って食われてしまいましたが、仏教用語でいうところの道を極めた人「極道」というやつだと思います。
(※原作者「架神恭介」先生の主な著作にヤクザとキリスト教の歴史を悪魔合体させた『仁義なきキリスト教史』なる本があったりしますが、ここでは関係ありません。)
鏡子は慈愛の人であり性愛の人である、執着や雑念を捨てた人でもある。
仏様じみているけれどやってることは性行為、「矛盾」に満ち溢れた「ダンゲロス」の世界観を象徴する人物といえます。表面的なことを見ればエログロナンセンス、それだけ取っても面白い。
だけど、実のところは深くて哲学的な領域を取り扱っている。
ただし、その辺のニュアンスを取り外して読んでいってもゲラゲラ笑えて話は通る。
改めて読んでみるとすげー話ですし、一言では説明が難しい作品だと読み返すたび思い直す私でした。
一方で、劇中では開き直ったか。そんな鏡子という人のことを「ビッチ」という概念一本押しで説明していく、ストロング極まるスタイルを取っているのもすごい話。「ビッチ」ワンワードでごり押しです。
その辺は原作の歴史的文脈を踏まえれば自明なのですが、コアすぎる領分なので説明は省略します。
それと、手と口のテクニックで両性院相手に“ヤ”ってることは伝えようとするコマ割りやセリフ芸などの横田先生の手管も見事ですね。局部を描写しないといけない「鏡介VS鏡子」のパートはもう開き直ってますが、この辺はギャグとシリアスの兼ね合いが高次に現出したパターンだと思ってます。つまりは面白い。
それと、セックスを通じての相互理解を目的としている太母の天敵が、女性という他者を必要としているけれど本質的には相手のことなんか何も見ていない究極の自己完結男、究極の変態にして狂人だった。
――、この対比も構造としてなかなか面白いと思います。
それから相手が最強に類するものだととしても事前に能力さえわかっていれば天敵をぶつければいい、そういった発想もバトル漫画では常道ですが、決まれば気持ちいいのだと再認識しました。
おっと、鏡子についての語りをいささか長く取りすぎました。
実際、語りたくなる人なのです、わかってください。
紙幅を取り過ぎたのも確かなので、このレビューは〆の方向に持っていくことにしますが。
転校生たちは第三勢力として立ち回りつつも、鉄壁のハズのスリーマンセルは危うい面も見せます。それでも割り込みからの漁夫の利を狙えるポジションを保っていることは間違いはありません。
それから、番長グループと生徒会に属するふたりの剣士ですが、立場が違うという以前に互いが互いに抱く気持ちと剣に賭ける思いが全く噛み合っていません。そんな双方がどこに向かうかにご注目ください。
ただし魔人能力は初見殺し当たり前。
能力のトリガーを引いてしまったら、何が起こるかはわからないという緊張感は継続となります。
チーム戦の妙がさっそく見えてきましたが、結局のところは予測不可能であることは間違いないです。
中途の過程ということもあって、その度合いが一番大きいのはこのパートなのかもしれません。
そんなわけで次なる四巻は諧謔と知っていても日本人なら「死」との連想働くそんな巻です、あなたは既に結末を知っていたとしても、そうでないとしても、予感に心、震わせますか?