我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち (ブルーバックス)

著者 :
制作 : 海部 陽介 
  • 講談社
3.78
  • (18)
  • (31)
  • (28)
  • (4)
  • (0)
本棚登録 : 367
レビュー : 37
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065020371

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 著者が人類学者に聞いた内容をまとめた本でやや内容が薄い。
    フローレス原人の起源に多くのページが割かれているのが特徴。

  • フローレンス原人などの最新の研究成果を基にしたアジアの人類について。
    面白い!

  • 北京原人やジャワ原人、ネアンデルタール人とか、またはアウストラロピテクスやピテカントロプス、そんな名前は知ってるけど何がどれでいつ頃いたのかは全く知らない。この本ではそのあたりがわかりやすく書かれている。てっきり、全部つながってて時代の違いだけだと思ってたわけだけど全く違った。「別の種類」だった。要は人類は1種類じゃなかったわけでこれには驚いた。今いる人間はすべてホモサピエンス。この種類。あとはいない。絶滅したわけだ。同じ人類だったはずなのに。これはミステリーだなと思う。フローレンス島にしたフローレンス原人はホビットと呼ばれていて身長は1mしかなかったのだとか。これも驚きだな。今でも黒人や白人など人種の違いはあるけど、もっとこう違う生物というかそういう多様な人類が存在したわけだ。もちろん交わったことも遺伝子的に判明しているようなので、我々の中にも数%ネアンデルタール人が混じっていたり、オーストラリアの先住民アボリジニーにはジャワ原人が少し混じっていたりということがあるらしいが。どんな生活をしてどんな進化を遂げていたのか。マジでロマンだなと思う。
    そして彼らが何十万年前に海を渡ったように、今の人類は空を超えて宇宙に飛び出し火星に住もうとしている。人類ってどこまでも行きたいんだね。何十万年後かには我々の今も人類史の1ページとして研究されるんだろうか。ロマンだ・・・

  • 昨今の興味にマッチした一冊。ツボにハマって楽しく読めた。

     『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』(森達也著)でも考察してる生命の起源、遠い将来の姿は答の得られない命題だし、宇宙の中で知的生命体は我々の他にいないのかは、まだまだ解明されない謎だ。
     一方、我々(ホモ・サピエンス)は、この地球上において我々だけなのか?という本書の問いは、完全な解答は得られていないまでも、どうやら「我々だけではない」という可能性が見出されてきた(「なぜ?」という問いの答としては不十分だが)。
     そう思えるだけで、非常に明るい未来の見える楽しい一冊だ。

     アジア各地における最新の発掘実績、最新科学的手法を用い、ヒトの進化にまつわる新たに導き出された仮説を、国立科学博物館の海部陽介教授とその関係者へのインタビューを交え科学ライターの著者が熱意を込めてまとめたものだ。
     前半のアジアの発掘現場でのフィールドワークも面白く、遺跡、化石にたいする地元民の理解不足から起こった当時のエピソード(報償ほしさに1個の化石を砕いてもちこんだケーニッヒスワルトと現地の人との話。化石1個につき、いくらという契約だったため起こった悲劇・笑)等、微笑ましい話も面白い。
     そして後半は現代の新たな発見事例や科博における研究などが紹介される。
     発見事例もさることながら、DNAによる検証ってスゴイ!と思わされる。

     「混血が何度かあったという証拠は、すでにDNAから得られている。」

     ネアンデルタール人は、ホモ・サピエンスによって滅ぼされた等々の説もこれまで見て来たけど、異種格闘による単に勢力争いによる淘汰だけではなかったようだ。

     人類の進化にまつわる発見は、過去、空白地域だったアジアで、今、進んでいる。
     今後の新たな発掘が、楽しみだ。

  • 「我々はなぜ我々だけなのか」
    我々人類がアフリカに端を発したホモ・サピエンスと言う種であることは知っての通りである。また、ネアンデルタール人は人類と共存した時期もあり、絶滅してしまっているがいろいろと研究が進んでいる。
    その一方で、アジアに存在した北京原人やジャワ原人についてはそれほど知られておらず、研究も進んでいないように思える。
    しかし近年インドネシアでジャワ原人の化石と石器が見つかっていて、ジャワ原人から進化したのではないかと思われるフローレンス原人の化石の一部も見つかっている。そして、人類が繁栄する前に多様な原人が存在したことがわかりつつある。
    本書はジャワ原人を中心としたアジアでの原人の発掘、化石の鑑定を元にした進化についての本である。
    タイトルからするとまるで人類がアジアの原人たちを絶滅に追いやった進化史を想像させるが、内容はさにあらず。地道な学問的な内容が主であり、ダイナミックな人類史を描いているのではないので少々がっかりした。
    それでも、日本の調査チームが地道に研究、検証を積み重ねている様子は感心する。
    著者は専門家ではなくサイエンスライターなので、発掘現場の様子や研究の様子などについての描写が多く、妙に思い入れが強く出て、感動的な描写になっているのが少々気になる。
    発掘される化石も少ないのでまだまだわからないことが多く、化石が発掘されないことにはなかなか研究が進まない。それでも、想定される石器を使って船を作り、海を渡ってみるなど冒険的な実証的研究も進んでいる。あの、ハイエルダールのコンチキ号漂流記のような冒険的実験である。いまさらそこまでやるものだろうか思いびっくりした。
    フローレンス原人は身長110cmとジャワ原人170cmから小さくなったと考えられている。人類も諸島効果で動物と同じように小さくなり、動物の進化が当てはまると思うと人間だけが特別という考えはおかしいことがよくわかる。
    その一方で人類は島の中に閉じ込められるということがなく、地球上の多くの部分に拡散したと言うことが他の原人たちとの本質的な違いのようである。そして、それを可能にしたのはおそらく知性なのだろうが、本書ではそこまで述べられていない。
    面白くはあったが、インタビュー的で少々深みに欠けたのが残念だ。

  • なかなか、興味深い内容だが、
    本の題名に対する答えは、
    得られない。

著者プロフィール

川端 裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれの小説家、ノンフィクション作家。東京大学教養学部卒業後日本テレビに入社し、記者として科学技術庁、気象庁を担当。
1995年『クジラを捕って、考えた』を執筆し、ノンフィクション作家としてデビュー。1997年日本テレビを退社後、1998年『夏のロケット』で第15回サントリーミステリー大賞優秀作品賞を受賞し、小説家デビュー。
その後も小説とノンフィクション二つのジャンルで活躍を続け、2000年『動物園にできること』で第31回大宅壮一ノンフィクション賞候補、2004年『せちやん 星を聴く人』で第25回吉川英治文学新人賞候補。2018年『我々はなぜ我々だけなのか』で科学ジャーナリスト賞、講談社科学出版賞をそれぞれ受賞した。

我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち (ブルーバックス)のその他の作品

川端裕人の作品

ツイートする