- Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
- / ISBN・EAN: 9784065129029
作品紹介・あらすじ
今も昔もお金の貸し借りには、かたちは違うとはいえ一定の秩序が存在していた。だがその一方で600年前の中世社会と現代社会の金融とでは、決定的な違いが存在していたこともまた確かである。その最たるものが徳政である。貸していたお金がなくなるなど、今では詐欺行為と同等かそれ以上の悪辣きわまりない行為だと考える人がほとんどだろう。だが中世社会ではそれが徳政という美々しい名のもとで行われていた。(はじめにより)
感想・レビュー・書評
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資本主義世界に生きる現代人にとってお金の貸し借りは避けて通れない話題だと思いがちだが、本書を読むとお金を巡る問題はいつの時代にも起きており、室町時代においても同じだったことが思い知らされる。
徳政令を巡る多くの事実 -- 徳を求める政治という本来の意味から、いつしか債務放棄を求める運動へと語意が変化した室町社会の背景、重税による地方金融の破綻と都の土倉の興亡、税負担と飢饉によって生まれた超絶な室町格差社会、そこから債務放棄を求める一揆の出現、そして徳政一揆がやがて地域社会を蝕み共同体の絆や人との結び付きを壊し、人々から忌み嫌われるようになる。-- これらは余りにも興味深い。
本書の中心テーマである徳政令の問題の本質はモラルハザードと逆選択であり、それは政治の混乱(室町幕府の政治能力)と中世独自の法感覚が引き金になったものだ。
加えて、経済活動および金融システム安定の前提条件は信用であるという今日的な問題意識につながる。本書によって、日本史の教科書で学んだ正長・嘉吉の徳政一揆という他の一揆と変わらないイメージでしか知らなかった中世の出来事が、より身近な存在として感じるようになった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
【徳政令が出たという情報は、共同体の利益以上に個人の利益追求衝動を刺激した。私利私欲が仲間同士の信頼を侵害しはじめ、その結果、利息附替銭という便利な経済慣行を混乱させるに至ったのだ】(文中より引用)
中世日本における劇薬とも言える「徳政令」。大規模な徳政一揆の内幕を探りながら、徳政令とその需要の変容に迫った作品です。著者は、京都女子大学の教授を務める早島大祐。
徳政令という劇薬の副作用が社会の信用や信頼を食い破っていく様が描かれてお見事。特定の政策というのはその前後の流れに置いてみないと効果の評価が難しいんだなと感じました。
思った以上にスリリングな結末でした☆5つ -
☆令和4年残り2か月・今年読んだ本のまとめ(ブクログ中の英語本・私の英単語帳)・年内に読みたい本(銃病原菌鉄)・エクセルマクロの本2冊処分・計算方法・幾何図形数学・ノルウェイの森(全 頁を週に10頁→今年中に 頁まで行ければ達成感あるだろうR041104)→12月に実施すること!R041128
☆繰り返す日本史中に嘉永の土一揆/当時の生活バックグラウンドの知識を得る事
☆幕府が徳政令(借金をチャラにする)を出すことを住民が求める→住民の税負担をチャラにするでなければおかしい?現在とは異なる当時のバックグラウンドを知らなければ理解できない
古来・中世→天災、甚大な社会不安時に為政者が自らの徳のなさを意識し、善政を行う際に揚言された思想、スローガン(借金を帳消しにする意味無し・13Cの鎌倉御家人以降)
P38かつて徳政一揆の研究は日本中世史研究の花形・民衆の権力に対する闘争として華麗に描かれた/1970年代には当時の日本社会の民衆の権力闘争とリンクして研究された/1980年代政治に対する情熱が冷め中世史研究のメインではなくなる
16C中葉に書かれた塵塚物語「中世には徳政という不思議な法があった・わがままに振る舞っていた・兵糧を獲得するために商人職人から借りて返さない・外聞が悪いので徳政令を出した」
最初の徳政一揆が蜂起した15C初頭~17C初頭に徳政は見られなくなる(200年間)☆1400年3代足利義満
中世=債務放棄が当然とされた時代→非常識なものとみなす近世以降
古文書で「徳政と号して」→(号す=何らかの根拠に基づいている主張であるニュアンス) 称す→年齢詐称、自称…根拠ないニュアンス、否定的ニュアンス
元の持ち主に返す、あるべきところに返す 土地の永代売買観念は未定着(土地と人は一体である!ニュアンス)
土地の所有者は侍層(村落の上位層)、地下人(じげにん・一般の人)はそもそも土地持たず→徳政一揆で広範な人々が土地を持っていた状況は存在しなかったという学説あり
1428年(正長元年)赤松満祐 6代将軍足利義教にキレて殺害、京の自邸を焼き払い、播磨へ(幕府の軍が向かい京は警備が手薄)→結局赤松満祐の勝利、再び上洛→馬借が京へ乱入し大規模な徳政一揆へ
柳生の徳政碑文(奈良市柳生町) 正長元年より負い目あるべからず・11月19日前後に刻まれて住民に目立つようになった・幕府ではなく市町村レベルで出した徳政・興福寺に対する借金をチャラにした?→軍事的緊張で興福寺は徳政令を出さざるをえなかった(質は3分の1で取り戻す/5年以前の借金、頼母子(たのもし・民間金融の意)はチャラ/年貢の未払いは徳政の対象外)
徳政一揆が畿内近国に拡大
幕府レベル、興福寺レベル、徳政禁止・徳政OK→内容が相反する法令がバラバラに出されていた/中世の棄捐令(債務の強制的廃棄命令)・現在のデフォルト
自然居士(じねんこじ)僧侶が質の片に売られた少女を取り返す話・道理、大法
正長徳政の40年前 1392年南北朝の動乱終わる・足利義満
馬借、車借→天皇家、神社仏格への進上品を運んでいた・ネットワークを形成(お金の損トクに関する情報は当時から瞬時に伝わった)
徳政一揆襲撃の対象となった中世の金融業は12Cから13Cまでは借上(かしあげ)、13C以降は土倉と呼ばれた。
中世の利子率 5%/月 60%から65%/年 稲蒔きから収穫時の回収がベース
荘園代官請負(京、奈良にいる公家、寺社、荘園領主に代わり現地で農業、京まで年貢を運ぶ人☆長期間保管できない米の特性を要配慮)
当時延暦寺は大規模な荘園領主 南都北嶺☆(なんとほくれい/奈良の興福寺と北の比叡山) 数学の知識必要 門跡(天皇家貴族の子弟が入寺した院家)→下級僧侶が土地を管理→京の借上・土倉のほとんどは延暦寺の配下・祈祷や寺社建設のために金が必要なので運用をした
1221年承久の乱(後鳥羽上皇VS北条政子) 京に六波羅探題、没収した土地を新補地頭へ→荘園代官請負は米を保管するために耐火性に優れた土の倉(土倉の起源)
祠堂銭金融→永代供養を目的に寄進されたお金で運用
京の土倉=債権者、地方の住人=債務者の構造 飢饉の発生で対立
足利義満 延暦寺のトップを日吉神社へ参拝させる・延暦寺への土倉酒屋役(課税を認めさせた)・土倉の支配が延暦寺から幕府に変わった
室町幕府は遣明船で莫大な利益
都に住む守護 祖先の供養のために都に菩提寺を建設(1420年頃までに京で一般化・現代以上に法事が重要視されていた)
足利幕府は京だけに注力、地方は気にしていなかった
幕府の法廷に神社の論争が持ち込まれた→バラバラの法の時代に幕府法の権威が高まる・社会が大法のもとに包摂される
嘉吉元年の徳政一揆・1441年 6代将軍義教が赤松満祐に暗殺される・京の混乱に乗じて近江の国から発生→畿内へ拡大
土倉に借用書を出させる・交通封鎖
幕府は延暦寺に配慮し、寄進目的で購入した土地は徳政の対象外とした
☆R041113Sunラジオ子供電話相談室 星の寿命・軽い星重い星→軽い方が寿命が長い・太陽の2割位の重さの星は寿命が1兆年・重い星は200万年・人間の体内の鉄、Caは超新星爆発が起源・人間はお星さまの子供
分一徳政令(幕府のお墨付きを与える代わりに10%を幕府の歳入にする・窓口担当の官僚がたった1人(飯尾為数)でやっていたのでパンク)
誘取売券(さそいとりばいけん)→貸借ではなく売買として徳政の借金チャラに対策した 徳政落居状
1467年応仁の乱(当時の京は、武家によって武装化していた)
中世の1貫文(10万円と仮定) 1貫文=1,000文 銅銭1枚は5g 5キロの銅を持ってあるくのは困難・強盗の危険あり
割符(わりふ)→京から地方に行く人、地方から京に行く人が互いに交換 年貢は米ではなく銭で納める
利息附替銭→現地で急に現金を貸した制度(現代のATM)
室町政権末期 個々の軍勢が個々に徳政令を乱発
革嶋家☆P131ある在地領主の苦境 阪急電鉄桂駅の西に邸宅、広大な土地→桂川洪水、負担増大/目次にある重要人物
徳政=債務放棄が好ましい→忌み嫌うモノへと変化
戦国時代、旱魃に対して大和の国の百姓は徳政を拒否したエピソードあり・徳政を起因とする混乱を嫌う・自然災害に立ち向かい為政者に徳政を求めない「新しい人」の登場
11C院政期 白河法皇 東山岡崎・法勝寺の八角九重塔 81メートル☆現代で同じ高さの建物は?
足利義満 相国寺北山第大塔 109メートル
天下=高さから広さとする考え
時間観の変化 サキ、アト 祖先→過去、未来を表す意味の変化
1921年歴史研究家・内藤湖南「応仁の乱後の歴史を知っていれば十分」 現在の歴史研究家にも見られる傾向
歴史学とは何か。過去へのまなざしの獲得 学問体系 -
室町から戦国時代にかけて社会に大きな影響を与えた債務破棄としての徳政を扱い、政治と経済の変化によってその性格が変貌していく過程を追う内容。徳政を通して見る社会思想の転換に関する考察が興味深い。
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36 71 143 161 217 219 226 231 267 289
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室町幕府がいかにして崩壊に向ったか、徳政令の背景となる社会情勢を通じて理解が深まった。現代の常識では理解しづらい徳政令だが、多元的な法が存在した中世だからこそ生まれた。徳政令が忌避されるようになるとともに法が一元化したのが近世であり、現代につながる変革の時期が戦国時代だった。
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室町時代の徳政令を通じて、中世世界の変化と混乱を描き出している。歴史だけでなく法哲学を含む内容はなかなかのボリュームだった。
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当初は求められていた徳政令が、やがて忌避されるようになっていく――つまり借金は返さなければならないというのが常識になるまでの過程が描かれている。徳政令は次第にその性格が変容し、世の中の諸関係において「信頼関係」を崩壊させて、社会を混乱に陥れていく――中世から近世への移り変わりを徳政令をテーマに描いた目から鱗の一冊。
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キャッチーなタイトルの割に、もはや超ガチな歴史学術分析書なんですが(笑)。
初めて歴史学の本を読んだよ、という意味では、自身のなかで、なかなかニューだった。
一応、書きぶりは、一般読者向けになっている。専門用語の詳細な説明もある。
基本的には面白く読んだし、構成の仕方はさすがなかなかうまい感じは受けたが、
ところどころ使われている比喩がああまりうまくない気がしたのと、句読点の付け方がどうもちょっと読みにくい気がしたのと(趣味の問題もあるかもしれないけれども…)は、やや気になった。まぁ、小説ではないので、文のうまさを求めても仕方ないのですが(^^;)。
本編は、徳政令の歴史上の変遷を追いかけていて、そんなピンポイント視点を持ったことがなかったのでなかなか面白かったけど(しかも、何気にそれを取り巻く社会環境も大きく変化していってて面白い)、実は本編最後のappendix的な部分の内容が少し面白かった。「天下」が意味するところが戦国時代辺りをけいきあに変わった、とか。(観念的(宗教的)な全国支配、天下=高さ→実質的、実効性のある全国支配、天下=広さ)
著者プロフィール
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