井上陽水英訳詞集

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本棚登録 : 52
レビュー : 3
  • Amazon.co.jp ・本 (306ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065131312

作品紹介・あらすじ

井上陽水デビュー50周年、『ブラタモリ』のテーマ曲をはじめ、私たちの心をずっと捉えて離さない陽水の名曲の数々。
ロバート キャンベルが人生を彷徨っていた時代から、病の日々も傍らにあったのは陽水の歌だった。初期の代表作はもちろんのこと陽水を象徴する曲まで、厳選歌詞50作を英訳。英語というフィルターを通すことで炙り出されてくる陽水のメッセージ。この本はスリリングなほどのくわだてなのだ。

「陽水はうなぎだ」これは陽水の親友であるユーミンが放った一言。
さらに、TOKYO FMの番組で陽水と対談したキャンベルは、ついにうなぎを捕まえる。これまで陽水は決して歌詞について語ろうとしなかったが、沈黙は破られた。スタッフが固唾を飲むなか初めて自らの歌詞について語る。
この番組「ミュージックドキュメント 井上陽水×ロバート キャンベル『言の葉の海に漕ぎ出して』」は、日本放送文化大賞グランプリなど放送界の大きな賞を多数受賞。
この対談も収める評論パートでは、何にこだわり、どんな心情を込めてきたのか陽水自身の言葉も多数紹介。たとえば、「青い闇の警告」では、「言葉をそういうふうに並べることで、切なさや、人間って何だろうと想像してもらうんです。それこそがこの歌詞の目論見なのです」と。
本書を作ったきっかけは、病に倒れたキャンベルが病床で1日1作を英訳していったことから。病床でなぜ陽水の歌詞だったのか――。キャンベルの評論は人間の業や願いをすくって文学世界にも分け入っていく。命のカウントダウンが始まったとき、作家たちは何を日々記したか、何を望んだか。陽水の歌から、宮沢賢治、中江兆民、正岡子規など近現代の作家たちの声が立ち上ってくる。
さらに、陽水が受けていたボブ・ディランの影響、ジェーン・バーキンらは陽水の「カナリア」をどう解釈したのか――、愛について、日本社会について、日本人について、評論と英訳詞集によって陽水の言葉が読み手をも照らしていく。

感想・レビュー・書評

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  • 井上陽水の歌詞、50曲を英訳したロバートキャンベル。日本語は、特に井上陽水の歌詞では、主語が省略されるような「あいまい」さがよく見られる。これはふくらみのある多層的で滋味深いうなぎのようなもの。一方、英語では主語をIにするのかWeにするのか、所有格をhersにするのかtheirsにするのか、主体が単数なのか複数なのか、男性なのか女性なのかなど、明確にしなければならない。井上陽水との対談。「傘がない」の「傘」は俺の傘ではなく、人類の傘、それは平和や優しさの象徴だったのか。。。目からウロコ。

  • 武蔵野大学図書館OPACへ⇒ https://opac.musashino-u.ac.jp/detail?bbid=1000153091

  •  英語のネイティブであり、日本文学研究者である著者にしか綴れない見事な一冊。
     あらためて日本語の表現の豊かさにも触れることになるし、昔から聴き馴染んだ井上陽水の歌世界の深淵を覗き見るような不思議な感覚を味わえる。

     2011年に長期入院となった際に、著者が1日1篇づつ井上陽水の詞を英訳しようと、功徳を積む写経のような気持ちで始めたのが本書の発端であると紹介されている。
     個人の作業だけでは意を尽くせない部分が残り、かねてより交友のあった陽水本人にも機会あるごとに解釈を求めたが、巧みにはぐらされてばかり。そこで著者は一計を案じ、TOKYO FMで2人の対談の特別番組を作ることにした。番組の中で「最初から『これはどういう意味ですか?』と真っ正面から聞いたんです。すると驚くほど答えを返してくれた」とのこと。
     この番組は聴き逃しているが、作詞者本人が、その不可思議な歌詞の解説を行う!?さぞや驚きの内容だったろうなということが想像できる。のちに番組は「第13回日本放送文化大賞ラジオ部門」のグランプリを獲得していることからも窺い知れよう。

     本書は、後半に50篇の詞と、その対訳が並び、前半は翻訳に至った経緯からはじまり、そのラジオ番組のトークを時折まじえて展開する。ラジオでの対話も楽しいものだったのだろう。「いっそセレナード」の歌詞”夢の間に浮かべて泣こうか”の「間」について著者が、夢1と夢2の間か、夢の最中にか?と問い詰めると、「ロバートさんはいろいろ見つけてくるね(笑)」と、半ば苦笑いで応対している様が微笑ましい。
    こうした対話を通じ、井上陽水の作品の要素を解説しつつ、言葉の裏に潜む陽水自身でさえ明確に意識してなかってであろう微妙なレトリックを、著者ならではの感性で掬い上げ、英語というフィルターを通して意味を再構築していく様が語られる。その作業が、薄皮をはがすようで、また掬い上げたニュアンスが、これまた薄い皮膜のようでいろいろな意味が透けて見えるような不明瞭な曖昧さを湛えていることを再認識させてくれる。著者の絶妙な筆致と、気づきに終始唸らされながら読み進むことができる。

    また翻訳という作業の面白さと難しさも存分に味わえるのも本書の妙味。さらに今回は対象が単なる文章でなく「詩」である。しかも、その向こうにはメロディが存在することがさらに本書の味わいのレイヤーを深めてゆく。
    日本語と英語の理解のみならず、歌詞としての解釈、そこの含まれる意味あいや感情の理解に加え、曲調やスピードなども訳詞には求められるのだろう。実際、著者も「今回は歌詞の翻訳なので、リズムや速度、音の調子なども制御する必要がありました」と、別のインタビューで語っている。

    さらに著者は、こうも願う;
     「対訳を読んだ後に、もういちど日本語に戻って読んでみてほしいと思っています。」
     そう、本書の素晴らしいところは、慣れ親しんだ作品ゆえに、原詩から英訳することで解釈された意味と、英訳した上で改めて見る日本語から立ち上がる風景に、微妙な違いが見てとれるところだ。読む前から予想できた、主語の有無(私(I)なのか私たち(We)なのか)、時制の問題(今(is)なのか過去(was)なのか未来(will be)なのか)が明確になる以外の、新たな発見があることだ。他文化を触媒として、自らの文化や価値観に新たな解釈が加わる快感を味わえる。
     面白い発見も多い。印象的だったのは、「勝者としてのペガサス」。サビの歌詞は、

    ♪大空を駆け巡り ペガサスが行く 
       草ムラヘ逃げ込んだ 小犬がふえる

     この「ふえる」に、著者が喰いつた。 「生殖」による増えるか、「集まる」ことによる増えるか!?  陽水の答えは「集まる」だった。

    「うん。僕は進化というものを信用していないんです。進化に反比例して人間の幸福度が減るというのがぼくの世代の考え方ですから。」

     “ぼくの世代の考え方”という、戦後のベビーブーマー世代、団塊の世代だった陽水たちの世代の思想にも迫る。
     この「勝者としてのペガサス」を通じ、故筑紫哲也氏との関係にも、改めて思いを馳せられたのもよかった。
     「NEWS23」のエンディング曲「最後のNEWS」は思い出深い曲だけど、それ以前に、筑紫さんが自身の番組の最後に陽水に「勝者として~」を披露してもらっていたこと、また大麻事件の際に、筑紫さんが事件と絡めて井上陽水の作品まで否定することに異を唱えていたことなどを知った。本書をきっかけにネット検索して知ったことではあるが、二人の浅からぬ関係性を改めて知れた。

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著者プロフィール

ロバート キャンベル Robert Campbell
日本文学研究者。国文学研究資料館館長。東京大学名誉教授。
ニューヨーク市生まれ。カリフォルニア大学バークレー校卒業。ハーバード大学大学院東アジア言語文化学科博士課程修了、文学博士。1985年に九州大学文学部研究生として来日。専門は近世・近代日本文学。とくに江戸後期~明治前半の漢文学に関連の深い文芸ジャンル、芸術、メディア、思想などに関心を寄せている。著書には『Jブンガク 英語で出会い、日本語を味わう名作50』(編集、東京大学出版会)、『ロバート キャンベルの小説家神髄 現代作家6人との対話』(編著、NHK出版)、『東京百年物語』1~3(編集、岩波文庫)などがある。

「2019年 『井上陽水英訳詞集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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