ふたり 皇后美智子と石牟礼道子 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 61
感想 : 5
  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065134184

作品紹介・あらすじ

2013年、水俣を訪問した天皇皇后と、水俣病患者の歴史的な対話が実現。その背後には、皇后美智子と石牟礼道子、「ふたりのみちこ」の深い信頼関係があった。戦後70年、水俣は癒されたのか。天皇皇后とはいかなる存在なのか。深く問い直す傑作ノンフィクション。

感想・レビュー・書評

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  • 水俣病と、ふたりの「みちこ」の巡り合い。

    これを読んでいると、天皇という人の、象徴なんて生やさしいものではない、願われた力を感じた。
    自身の言葉を喪った存在、そんな辛辣な書き方をされながらも、自らが足を伸ばし、手を差し伸べることで「何が変わるのか」をとても幅広い所まで見据えているような意志があった。

    石牟礼道子もまた、「変える」側の人として、先頭に立ちながらも、皇后からかけられた言葉をずっと胸に抱いていたのだろうと思う。

    こうしたあたたかな協同の思いが描かれてから、一転して、終盤に向けてチッソと被害者たちの戦いが語られてゆく。
    本当に、生きるか死ぬかを賭すような意気込みで、会社に乗り込んでいく人々を描写から感じていた。

    大会社、国というものの得体の知れなさ、それは東日本大震災の原発事故でも感じたものに通じる。
    人間が作ったはずの、大きなものに、今度は人間が蔑ろにされて、立ち上がる気もなくしてしまう。
    そんなことが、きっと本当は沢山あるのだ。
    立ち上がる気をなくした人々が沢山いる。

    ノブレスオブリージュという言葉をここに当てはめながら、象徴を力に変えるのは、良きにつけ悪しきにつけ、人の思いなんだろう。

  • 美智子上皇后と石牟礼道子さんの交流を糸口に、水俣病とは何だったのかを描いている。

    『ふたり』というタイトルでまず提示されているのはふたりの「みちこ」ではあるが、本書を読み進めていくと、石牟礼道子さんのまわりにさまざまな「ふたり」の関係が描かれている。

    「告発する会」を率いてチッソ本社での座り込みなどのさまざまな活動を中心的に支えた渡辺京二氏、水俣病未認定患者の地道な掘り起しからチッソとの直接交渉、チッソとの訴訟など「自主交渉派」の闘争の中心となった川本輝夫氏、訴訟の活動をしながら、埋め立てられた水俣の港につくられた「エコパーク」の樹の枝でこけしをつくり続けた緒方正実氏らの話が、折り重なるように描かれていく。

    これらの話を通じてまず感じられることは、この公害によって人生や親族との人間関係が破壊されていった状況、さらには補償や謝罪を求めて繰り広げられた闘争の経過がいかに苛烈を極めるものであったかということである。その厳しい現実を忘れてはいけないし、今の社会に照らしても、人の命や一人ひとりの尊厳が奪われる危険性を常に意識しなければいけないということを、改めて痛感させられる。

    そしてそれだけではなく、本書で描かれている人たちの声は、これらの闘争が権利や人権や補償を求めるためのものである以上に、自らの存在を賭けた訴えであったということを感じさせる。渡辺氏や川本氏の口から発せられる「浪花節」や「義理」、「人情」といった言葉は直接的にそのことを伝えてくれるし、石牟礼道子氏が小説や詩や語りの中で紡ぎだす死者の言葉は、それらの人々の存在が決してなくならないようにするための魂の言葉であると思う。

    そして、それらの言葉が織りなす関係性の中に、「他者とつながること」、「他者の人間としての存在を認めること」への強い願いが込められているように感じた。自己の存在を賭けて戦うということは、自己の存在を相手にぶつけるということでもあり、そこまですることによってしか相手に自分の存在を認めてもらえないほど人の存在が軽んじられた状況の中での必死の戦いが、水俣病患者の闘争だったのだと思う。

    このような中において、本書の最初から最後まで繰り返し描かれている美智子上皇后と石牟礼さんの間の非常に深い心のつながりは、どのような困難な状況からでも繋がりを再構築することはできるという一種の救いを示してくれている。

    患者や石牟礼さんと直接対話し、石牟礼さんの文章を読み、水俣を歌に詠むことで、時間を掛けながらつながりを築き上げていく上皇后の姿が、この厳しい水俣の現実の中でどれほどの救いをもたらしたか、想像するに余りある。

    そして、この「つながり」ということが、『ふたり』というタイトルで筆者が最も描きたかったテーマなのではないかと思う。つながりはもちろん「ひとり」ではできない。またそのつながりが魂のレベルと言っていいほど深いものであればあるほど、多くの人とのネットワークというものではなく、具体的で特定の「ふたり」の間で作り上げられるものだろう。

    現代の社会の中で人の尊厳や命の尊さを失わないためには、そのような深い「つながり」を互いに築いていくことが必要であり、そのための「ふたり」の関係が大切なものであるということを、この本を読んで深く感じされられた。

  • 第47回アワヒニビブリオバトル「平成」で発表された本です。
    参考発表
    2019.01.08

  • 『苦界浄土』を読み終わった直後にこの本に出会った。
    タイトルにある”皇后美智子”のエピソードよりも、水俣病をめぐるできごとをなぞっていく部分が『苦界浄土』だけでは見えなかったところまで見せてくれてありがたかった。

  • 天皇皇后と水俣病患者の歴史的対話。その背景には、ふたりのみちこの魂の交流があった。

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著者プロフィール

髙山文彦(たかやま・ふみひこ)
1958年、宮崎県高千穂町生まれ。作家。法政大学文学部中退。学生時代は探険部に所属。2000年、『火花 北条民雄の生涯』(角川文庫)で第22回講談社ノンフィクション賞と第31回大宅壮一ノンフィクション賞を同時受賞。現在は、高千穂あまてらす鉄道の社長として、地域創生にも取り組んでいる。

「2023年 『水平記後』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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