羅針盤は壊れても

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  • 講談社 (2018年12月7日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (250ページ) / ISBN・EAN: 9784065138045

作品紹介・あらすじ

大丈夫だ、まだ、大丈夫なはずだ――。中卒、日雇いバイト暮しの北町貫多は、23歳を迎えて自身の人生の敗北を決定的に覚えるようになっていた。その彼の唯一の慰めは田中英光の私小説の復読であり、やがて冴えない日々の中で藤澤清造の著作にも出会う。そして貫多は、自らも私小説を書いてみるのだが――。生命力あふれる生活不能者の儚い希望とあえなき挫折を描く、最新の孤狼私小説集。表題作と「陋劣夜曲」、他二篇を再録。


【上製函入りの豪華レトロ仕様/8ページの特別折込み付録に、幻の掌篇「一隅の夜」を収録!】

負の日々を無為に送る貫多は、なぜ「私小説」を書き始めたのか?

惨めで不様だが不屈でもある、その出発点を刻む傑作

大丈夫だ、まだ、大丈夫なはずだ――
中卒、日雇いバイト暮しの北町貫多は、二十三歳を迎えて自身の人生の敗北を決定的に覚えるようになっていた。
その彼の唯一の慰めは田中英光の私小説の復読であり、やがて冴えない日々の中で藤澤清造の著作にも出会う。
そして貫多は、自らも私小説を書いてみるのだが――。
生命力あふれる生活不能者の儚い希望とあえなき挫折を描く、最新の孤狼私小説集。表題作と「陋劣夜曲」に加え、現在品切れとなっている「廃疾かかえて」「瘡瘢旅行」の二篇を再録。

感想・レビュー・書評

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  • 後半の二作は再録なので既読だったが、二度目でも面白い 表題作の『羅針盤は壊れても』はいつもの労働ものだが、珍しく働き先の社長もなかなかうだつの上がらない男で貫多が少しマトモに見えそうになるのはこちらが少し麻痺してるんだろうな

  • 紙媒体がプレミア値となっていてとてもじゃないけど買えない。なのでkindleで読了(今ならunlimitedで読めます)。表題作の羅針盤が壊れてもが新鮮で好きでした。
    人生に対する焦りから「大丈夫だ、まだ大丈夫だ」と自分に言い聞かせる日々。自分で私小説を書くようになったがなかなか書けず、傾倒していた田中英光に対する情熱の薄れ。没後弟子を名乗るまでになった藤澤清造の作品との出会い。羅針盤は壊れても・・・苦難の先に作家・貫太となる萌芽が見えるような1篇だった。

  • 表題作は貫太が訪問販売のバイトを始める話。西村作品では珍しく(?)同年代の女性と普通の関わり方をしてる。西村氏は嫌な奴の書き方が本当に上手い。バイト先の社長夫婦の人当たりは良いがクズな感じとかリアル。
    自分は私小説を知ってるから他の奴らとは違うんだ!あいつらは私小説を知る事も無く死んでいくんだ!という無意味なプライドと強がりは実に虚しいが最高に共感できる。こういうものに縋り付かなきゃ現実に耐えられない苦しみがヒシヒシと伝わってきた。読んで良かった。

  • 図書館借り出し

    陋劣夜曲
    羅針盤は壊れても
    廃失かかえて
    瘡瘢旅行

    秋恵ものはやっぱりいいね

  • どうしようもないダメ男が主人公。
    ものすごくリアリティを
    もって書かれていて自分が体験しているような気分を
    味わえる。これぞ小説の醍醐味。

  •  西村賢太本人がいまどき珍しい「上製箱入り」にこだわったため、普通の単行本の倍の値段になってしまった、現時点の最新作。装丁も昭和初期あたりの文芸書を模したレトロなものになっている。

     電子書籍版は普通の値段なので、紙の本にこだわりがない人はそちらを買うとよい。

     収録作4編中、2編は過去作の再録。私は既読なのでスルー。
     新録作2編のうち、「陋劣夜曲」は凡作。ただ、相変わらずタイトルづけはうまいし、他愛のない話なのに読ませる筆力はさすが。

     表題作「羅針盤は壊れても」は中編といってもよい長さで、これがなかなかの出来だった。
     私は北町貫多シリーズの中でも、貫多が10代・20代のころを描いた〝青春もの〟が好きだ。これも22歳のころの話。

     例によって、日雇い仕事と酒と小説読みの日々が綴られている。バイト先での人間関係や仕事ぶりが微に入り細を穿って描かれるのも、いつものことだ。

     ただ、この「羅針盤は壊れても」は、〝私小説書き・西村賢太の誕生の瞬間〟を描いたとも言える内容であり、その点に特別な価値がある。

     田中英光の小説に耽溺する日々が描かれ、貫多が英光作品にどのような魅力を感じていたかが、はっきりと言語化されている。それは当時の貫多にとって、「心の止血剤として、どうしても必要不可欠のものだったのである」と……。

    《貫多は、どこかで〝田中英光を知っている自分〟を誇りに思う気持ちがあった。
     かの創作世界を彷徨していると云う一点で、件の同級生に対する劣等意識を僅かに掻き消すことができた。(中略)
     所詮、その者たちは現時田中英光の私小説を知らず、おそらく向後も一生知ることがないまま朽ちることであろう。》

     また、英光を真似て私小説を初めて書いてみる姿も描かれており、藤澤清造作品との最初の出合いにも触れられている。

     最初の私小説もどきを書き始めて、貫多はそれが「自分語りの真似事以上のものになっていない」ことに愕然とする。そして、当時の自分になぜまともな私小説が書けなかったかが、現時点の目から次のように冷静に分析されている。

    《私小説は書く者自らを中心人物として据えている。そして優れた私小説は、そんな赤の他人のどうでもいい人生の断片を一見無造作にもプリミティブにも装いつつ、しかしその実は細かく効果が考え抜かれた、心憎いまでの上手い見せかたで提示している。そして、それがたまらなく面白い。
     結句それらは、思いきり端的に云えば、ひどく自己愛が強いように見せかけて、実際はえらく突き放しているのだ。この相反する二つのものが程良い塩梅で配合されているから、そこに妙味も生じているのだ。
     当然それは、多分に技術的な面に与るところも大であろうが、そこに至る、客観に徹した境地と云うのも不可欠であるに違いない。
     その境地を得ていない今の彼に、面白い私小説なぞ書けるはずがないのだ。》

     このくだりは〝西村賢太の私小説論〟でもあり、彼の小説を研究しようとする者は避けて通れない一節になるだろう。
     「羅針盤は壊れても」は、今後、数多い彼の作品の中でも重要作になるに違いない。賢太らしい〝地を這うような青春小説〟としての出来もよい。

     なお、本書には「特別付録」として、随筆「蛇足少々」と掌編「一隅の夜」、くわしい著書リストを掲載した8ページの小さな折込が入っている(電子書籍版にはついていないので注意)。

     それによれば、本書は西村賢太にとって53冊目の単著だという。
     といっても、単行本の文庫化も「1冊」と数えているがゆえの多さなのだが、それでも、デビューから15年で50冊を超える単著があるというのは、いまどきの私小説書きとしてすごいことだ。

  • 3135

    羅針盤は壊れてもの中に瘡瘢旅行入ってる。

    西村賢太のある小説の値段が高騰しててみんな3万~4万で買ってる。今Amazonで5万。定価は3000円。

    西村 賢太(にしむら けんた)
    一九六七年七月一二日、東京都江戸川区生まれ。中卒。二〇〇七年、『暗渠の宿』で第二九回野間文芸新人賞を、二〇一一年、「苦役列車」で第一四四回芥川龍之介賞を受賞。著書に『どうで死ぬ身の一踊り』『二度は行けぬ町の地図』『小銭をかぞえる』『廃疾かかえて』『随筆集 一私小説書きの弁』『人もいない春』『寒灯・腐泥の果実』『西村賢太対話集』『一私小説書きの日乗』『棺に跨がる』『歪んだ忌日』『けがれなき酒のへど 西村賢太自選短篇集』『一私小説書きの日乗 憤怒の章』『薄明鬼語 西村賢太対談集』『随筆集 一私小説書きの独語』『やまいだれの歌』『下手に居丈高』『一私小説書きの日乗 野性の章』『無銭横町』『痴者の食卓』などがある。

    羅針盤は壊れても
    by 西村賢太
    北町貫多の肉慾の希求は、何やら最高潮に達していた。  尤も彼のその種の昂ぶりは、殆ど日常茶飯のことではある。  だが 此度 のそれは、近時覚えがない程の激しい浅ましさを伴っていた。何しろ下腹部が、二六時中疼いて疼いて仕方がないのである。  二つのふぐりが二十四時間休むことなくのフル稼動でもって、絶えずこう、劣情の膿汁を生産し続けている感じなのである。  そいつを三度四度と自らで幾ら処理しようが、またすぐと次のひと波が押し寄せてくる塩梅なのだ。  そしてこの下腹部の悶々たるうねりは、当然のことに思考の回路の方にも伝播して、今や貫多の脳中は女と女体と女陰のことで一杯の状態になってしまっていた。

    どうで自分は落伍者である。中卒の上に正規の職歴もない、レッキとした一個の落伍者である。学校生活も受験勉強も、何一つ人並みの努力ができなかったばかりでなく、実社会に出たのちも働くことがイヤでイヤでたまらぬと云う、どうしようもなく怠惰な役立たずのクズである。更には未だ頻繁に、一人暮らしをしている母親のパート給料のその大半を強奪してくるような、畜生にも劣るダニ男でもある。  この先、生きていても殆ど意味があるまいし、土台スタート以前の段階で躓き、乗るべき列車に完全に乗り遅れて、そのまま二十歳の 今日 までの日々を無為に打ち過ごしてしまった、まことに不甲斐なき身ではある。

    すでに自分には〝人生〟なぞ云うのは成立してないも同然なのだ。  第一、かの父親の件で、まともな結婚なぞもできなくなってしまっている。どこの世界に、性犯罪者の忰と所帯を持ってくれると云う女がいよう。もう、その一事だけで完全に終わっているのだ。

    元来がモグラじみた体質にできてる彼には、これはまことに打ってつけの──ちょっと盲点になっていたところの、いわば逆転の発想みたようなものではあった。それを図らずも、ここで提示されたのである。  貫多は今一度〝学歴不問〟であるのと〝車の普通免許を必要としない〟募集であることを確認してからそのページを引き破り、外の、大通りに面した電話ボックスへと一目散に駆けてゆくのだった。

    かの古株リーダー格風を含め、皆一様にメガネをかけているのである。  貫多は昔から、老若男女を問わずメガネをかけている人間とは、何故か相容れぬことが多い。  もともと子供の頃より友人は少なかったが、これまで一度もそれをかけた者と仲良くなった 様 はなく、むしろ互いに反目し合うケースが矢鱈にあったのである。

    またそうなると、かような一方的なジンクスめいたことも案外に以心伝心するものか、或いは初手から先方の全員が、貫多の放っている(つもりの)ローンウルフの香りに生理的な反感を抱いていたのか、誰も彼に親近感を示してくる者もなく、早くも初日の、明け方五時半の休憩時間には彼は輪から外れての孤立した状態で、一人で屋外へ煙草を吸いに出てゆく流れにもなった。

    その時期に、四年前に逮捕された父親──直後に戸籍上は他人となっている父親の犯罪が猥褻絡みのものであることを初めて知り、その情けなさと恥ずかしさから不登校となった──と、云えば一寸した苦悩の十字架風にも聞こえるが、何、実際のところはそれ以外に、往時ラジオの深夜放送を連日明け方まで聴いてから眠っていた彼は、朝起きて学校にゆくことが物理的に不可能だったとの理由もある。そしてどちらかと云えば後者の方の事由が、彼の不登校から高校進学断念コースの最大の因みたようなフシがあるのだから、彼の労働を厭う怠惰な稟性と云うのは早くも中学生時分には身に付いていたものであり、その状態でもって、うっかりと社会に出てしまったことがそもそもの間違いではあったのだ。

    一人暮しを始めてからは尚とその傾向は強まり、どうかすると一晩で二冊を裸電球の下でもって読了してしまうこともあったが、尤もその読書熱は他に楽しみを得る手段がなかった為の、止むなき流れに過ぎぬところはあった。  友もなく女もなく、映画を観る金もテレビも持たない彼にとっては、近場の古本屋の均一台で、三冊百円也のカバーの取れた文庫本を買って読むのが、何んと云っても一番安上がりに得られる娯楽である。

     それは田中英光そのものが主人公となっている作ではない。必ずしもこの作家をモチーフにしなければ成立せぬ内容でもない。しかしそこにかなりのウエイトで挿入された該作家のダイジェスト小伝は、貫多にはえらく興味深く感じられた。  そしてしばらくののちに、そんな全くの興味本位でかの作品の方に手を出してみたら、余りの凄絶な内容とケタ外れな悪文の迫力に度肝を抜かれてしまったのである。  こんなに面白い〝純文学〟がこの世にあったのか、と思ったし、こんなのが〝純文学〟であってもいいのか、とも思った。  つまりは、何やら蒙を啓かれた格好となったのだが、最初に手にしたのが芳賀書店版『田中英光全集』の第七巻であったことも、この場合は幸いしていた。晩年の、所謂無頼時代の中短篇十九作を収めた巻だったのである。

    それでも、かの全集もすでに読み了えたのを更なる復読に次ぐ復読で日を 経 てるうちには、この作家への理解を自分なりに深める目的で、同時代の小説に無理にも目を晒すようにした。中学生時分に横溝正史から派生して様々な探偵作家の小説を渉猟したのと同じ要領で、やはり〝無頼派〟として括られる坂口安吾(の、探偵小説以外の作)や織田作之助、石川淳、或いは檀一雄や石上玄一郎に、その師匠筋の太宰治、井伏鱒二と枝葉を伸ばし、兄弟弟子たる小山清も筑摩から出ていた一巻本の全集で目を通して、ついでに同年代の出身大学関係者と云うことで田村泰次郎や井上友一郎、榛葉英治、小田仁二郎なぞも、古書展で五百円以内で出ている単行本、所載誌は積極的に拾ってみた。

    が、不思議なことに──実に意外なことに、貫多は初っぱなに飛び込んでみたその家でもって、この不衛生なサンプルを舌にのせてもらった上で、九百グラム千五百円の〝白糀味噌〟の販売に成功したのである。  まさかにのっけから売れるとは思ってもいなかったので、我知らず興奮状態でハイエースの所へ戻ると、そこには眼鏡の貧相な方の男が車と品物の見張り番をヒマそうにしていたが、貫多の報告を受けて一瞬訝しそうな表情を浮かべたのちにはすぐと温和そうな笑顔を見せ、件の品物を荷台から出してきてくれる。そしてお釣り用の金子の入った巾着みたいな布の財布も手渡し、小さく拍手なぞもしながら再び送りだしてくれるのだった。

     一方のドジャースは一日かけて三、四個しか捌けていないところからしても、彼は己がセールスの〝辣腕〟ぶりにはいよいよの自信を深めるようになってしまった。  先にも述べたように、貫多は元来が小器用な方だとの自覚を持っていたが、しかしおそらく今回の場合はそんな小器用さなぞは関係なく、これまでに 経 ててきた自身の長の不遇の年月が幸いしたものだろうと思った。

     で、こうなると、もう一度繰り返すが元来がそのときどきの状況で単純思考に流れやすい質の貫多は、はな胡散臭く思っていたその連中にも何んとなくの親しみを覚えるようになった。  引き続きの好調を保ち、心持ちが万事鷹揚になっていた彼の方で胸襟を開いた故もあろうが、いずれも第一印象の悪かったその者たちの、思いの外の人情味に気がつくようにもなったのである。

     一方、他の二人は共に独身で共に恋人もないまま(この点、云うまでもなく貫多も同様だが)、いずれもアルバイトでここに勤めている者たちだったが、常にドジャースのキャップを被っている長身の方は、高校を出てから一時、地元である中国地方の自動車工場に勤めたのちに上京してきたものらしい。 口分田 と云う二十八歳の男である。

     自室においての、本来は欠かせぬ就寝前の自慰行為はこの際涙をのんで我慢してでも、前述の三重の利得を取りたいときは自ら口分田を酒に誘い、そして最後にどこか甘えた調子でかの涼室への宿泊希望を切りだしたものだが、かような際は、年下の者に兄貴分的な風を吹かす願望を、その心中に少なからず有しているらしき口分田はわざとらしくひと通りの文句じみたことを述べながらも、結句は満更でもない様子で首肯してくれるのであった。

     ここしばらくはまた女旱りの周期が続き、それでいて先にも言ったように買淫どころか手淫さえも、そう満足にはこなし得ぬ状態にありながら、しかし自分でも不思議なくらいに平然としているのである。  それは先様たちのセックスアピールに乏しい、どこまでも小便臭そうな雰囲気もさることながら、トイレ休憩中に富倉がボソッと呟いたところの、「あの女の子たちは、多分、明日はもう来ないだろうな」との予想図を、彼も初手から眼前に描いていた故もあった。

     なぞ云う、時代が最早九〇年代に入っていることに未だ気付いてない人のような軽口を叩いていたが、とは云えその軽口は──その、口分田自身が少なからず舞い上がっているが故にあえて人を童貞臭い者に貶しめて、以て自身の平静をアピールしようなぞ云う、どうしようもないケチな了見から依ってきたるところの件の揶揄は、これで案外に貫多の図星をついていたところもなくはなかったのである。  その証拠に、貫多は車中でやけに無口になっていた。  無口になって、軽ろき勃起をしていた。

     何度も云うが、決してその女たちに性的魅力を感じていたわけではない。ハッキリ云えば、彼はブスはノーサンキューである。ブスとつき合ってそれに時間をとられるぐらいなら、一人で好き勝手なことをし、センズリをこなしている方が余程いい。   但、誤解がないように付け加えておくが、ここで云うところの〝ブス〟なる定義は、あくまでも彼のみの審美眼に基づいた上でのものである。  そして昔から貫多が好み、思いをかけるに至るのは、クラスの中では幕下級とされる面相の女子が多かった。それは長じてからも多分にそうであったし、むしろ世間一般的に男受けがするであろうタイプの方こそ、彼の中では〝ブス〟の範疇に放り込むケースが殆どである。

    で、此度の二人の女性は、ともに彼にとっての、かのカテゴリーに紛れもなく入っていたのだ。  それなのにその貫多が、このとき下腹部に生理的現象があらわれてしまったと云うのは、左隣りになる女──鎖骨の辺りまでストレートの黒髪を伸ばした方の女性から、薄っすらと漂い流…

     所謂フェロモンと云った類ではなく、彼の日常の中では久しく嗅ぐ機会が遠のいている、あのリンスだかコンディショナーだかの、いかさも〝女〟を思わせる仄かなる芳香の吸引力と云うか、昨晩にでも施して最早消えかかっているところの、その…

     それだから貫多は出発時はまるで無口なまま、己れのエレクトを静める為にも窓を半開きにしてその微香を逃がしつつ、並びの彼女たちの迷惑も顧みずにやたらと煙草を吸い続けていたが、しかし車を降り、サンプル入りの木桶風容器を提げての軒並み…

     とにかくこの桑本は妙に捌けた感じであり、貫多が何んでこんなアルバイトをしてみる気になったのかなぞ、つまらぬ問いを発しても、 「日ゼニです」  と、彼とほぼ同年代ながら、女子は平生に余り使わないであろう語句をキッパリと述べ、

    「親と暮してるから、別に日払いの日ゼニでなくてもいいんですけど、あたし、わりとよく尻をまくる癖があるんですよ。前は洋菓子の店で売り子をやってて、もちろん給料は一ケ月ごとにもらってたんですけど、他の子と気まずくなって途中で辞めたら、それまで働いた分はそのときに払ってくれなくて、次の月まで待たされたんですよね。だからそれを教訓にして、やっぱバイトは日ゼニだな、と思って」

    「それだと、いつでも嫌になったらバックレることができますしね。でも日払いのところって大抵は男限定で、女性だと水商売とかイヤらしい店とかに限られちゃっててなかなか見つからなかったんだけど、こないだようやくここの募集を見つけて里山さんを誘って焦って応募したら、面接もしないうちから電話でいきなり明日から来て下さいって言うんで、なんか違和感はあったんですよね。嫌な予感っていうか……」

    「……ふん、もしバイトを探してるんだったら、うちで一緒にやったらどうかなと思ったんだけどね」  なぞ云う、しまらぬ取り繕ろいを述べる不様さに、貫多は内心で嘲笑を浴びせながらも、しかしこのときはどう云うわけか、その事実には彼も一瞬、ショックめいたものを覚えてしまった。  が、よくよく考えてみるまでもなく、それは単にこのレベルのご面相の女でも、自身の日常ではごく普通にセックスライフを楽しんでいたことに対する下世話な発見の驚きと、かような顔ブスとは云え、とあれ女性から恋情を寄せられている、その彼氏とやらへの羨望が入り混じった小衝撃に過ぎなかったものであろう。

     元より彼は体質的には下戸であるが、特訓につぐ特訓の結果、その頃には日本酒ならば一升、焼酎であれば宝の甲

    類の四合壜一本を、日常的に楽々空けられるようになっていた。が、どう云うわけかウィスキーだけは体が受け付けず、飲めば十の確率で吐き戻してしまうので、基本的に洋酒しか置いてないこの手の店には、これまでに自分一人で行った 様 はない。

     桑本を〝あの雌ガキ〟呼ばわりにし、事もあろうに自分に楯ついてきたと喚き、その彼女に詫びを述べたことを地団駄踏むようにして悔やしがった。

     なのでその口分田のことは朝にチラと見かけるだけだったが、やはりこれも富倉夫婦同様に、いかにも気力に満ち溢れているみたいな風情になっていたが、何かそこには自分で自分を有能なビジネスマン視している感じの、ヘンに鼻につく雰囲気も発散していたのである。

     だからこそ、この三箇月と云うものを、とあれ殆ど無欠勤で続けていられるのである。  これは貫多にとっては、案外に重要なことである。  先にも述べたように、彼は働くと云うことが滅法苦手である。  加えて、ごく普通の人間関係も構築できず、これまでのアルバイト先のその大半でトラブルを起こし、先方より馘首を言い渡されるか、こちらから悪態をついて辞めるか、或いは無断欠勤してそれっきりになるかの三つの結末しか知らぬ彼にとり、かような連日出勤は過去にも数例しか覚えのない、実に久方ぶりの展開である。

     貫多もまた、目は瞠りながらも、ただその場に棒のように突っ立っていた。  突っ立ちながら、かの桑本の孤軍奮闘で必死そうな顔を眺め、 (いやあ……やっぱり、ブスだなア)  と、しみじみ思っていた。

     そしてそれ以上に、富倉に対してはその存在自体にえらく醜悪なものを感じていたのである。  彼は桑本にも富倉にも、自分自身の姿を見る思いがしていた。過去に幾度も行なってきた、これとよく似た類の己れの愚を、この二人が脚色して目の前で演じているとの錯覚があった。  当事者外の視点で眺めたとき、かような寸劇が斯くも浅ましく、斯くも醜いものであったことかを、初めて知るに至ったのである。

     これに貫多が何かもう一声かけようと焦っていると、以心伝心でもあるまいが、数メートル先の桑本は、つと足を止めて振り返り、 「里山さん、覚えてますか?」  と、尋ねてきた。 「はい。覚えてます」 「里山さんって、北町さんを好きだったみたいですよ。あたしに、そう言ってたことありましたし」  意外な言葉を告げてきたが、しかし前にも云った通り、いかな女旱りが慢性化してきた貫多と云えど、やはりこのブスに輪をかけたあのブスには、一向に食指も動かぬ。申し訳ないが、ノーサンキューの対象である。  なので、 「へえ、そう……いや、有難う。よろしく伝えといて下さいね」  しまらぬ答えを返し、そこでやっと桑本が、ニッと笑って口にしたところの、 「さようなら」

     また踏み止どまろうにも、云うまでもなくこの「蔵乃味噌」と云うのは、すでに完全なる泥舟になっている。折角に一度は殊勝にここでの継続を決意してみたが、こんな、日払いの金を払うのに青息吐息となり、ああも取り乱しているようでは、もう早晩潰れるであろうことは目に見えている。  土台、ここはすべてが無計画で、見切り発車ばかりしている会社だったのだ。まず富倉と云う男がその通りの人物であるし、そこで働いているアルバイト連中も、皆──貫多も含めて同じタイプの、同じ陥穽に嵌り込んでいる駄目人間ばかりなのだ。  そも貫多はその穽から脱け出ることを目指して、大いにもがくつもりであったのだが、それもここでは、もう叶わない。

     平生、何事につけ、どちらかと云えば思慮の足りない質の貫多も、どうかすると自分が今、秋恵と共に生活していることは幸であるのか不幸であるのか漠然と思うときがあった。  もとよりその同棲は、貫多の方でより強く望んだ上でのことなのである。そしてかの秋恵と云うのは、長い間、普通一般のかたちでの異性との恋情にまるで縁のなかった彼が、ようやくにして巡り合うことの叶った得難い女だったのである。が、生来の根がひどく穢悪でひどくダラしなくもできてる貫多は、彼女と親密度を増し、親愛感を深めてゆくにつれ、徐々に甘ったれ男の地金を覗かせる塩梅となり、それは精神面はもとより金銭面に於いても、そのとき二十八歳の彼女には実にイヤらしく依拠するようになってしまっていた。同居直後より、彼女には半ば強制的にパート勤めをしてもらうだけではなく、その実家からも、よんどころない事情で都合三百万もの大金を借り受けていた。

     つきあい初めの頃は、つとめて彼女には万事鷹揚であろうとしていた貫多も、さて、いざそれを我が物にし、夜な夜な横づけとしてみると、こと、その秋恵に対してだけは、どう云うわけか妙に嫉妬深くなってしまった。いや、元来の根が病的に未練にできてる彼は、それまでほぼ十年の間と云うものを異性からの愛情に見離されていただけに、彼女の存在は自分に与えられた女運の最後の機会であると思い込み、その同居の少し以前より、秋恵に対して狂的な独占慾と云ったものが日々募っているのを感じてはいた。そしてその慾は、爾後一向に萎える気配もないまま、 今日 まで経ててきている厄介さを、彼は時折持て余し、またそれが自分でもひどく不様なこととして 慊 くてならなかったのだが、とは云えこれも、とどのつまりは彼女を本当に愛しい、かけがえのないものとしている証左だと云ってしまえば、そうも云えそうな話ではあった。

     慌てて取り繕いながら、消してあったテレビをさり気なくつけようとする。が、貫多はそれを手で制し、 「まあ、お待ちよ。まだ話は終わってないんだから」 「…………」 「それで、幾ら貸したんだい」 「…………」 「百万円くらいかい?」  彼女が本当のことを言い易いように、わざと高目の金額を述べて鎌をかけてみると、これに秋恵は案の定、

    「まさか! 全部あわせても、三十万もいってないよ。二十五万か六万……確かそんぐらいだったよ」  手もなく引っかかり、打ち明けてくる。 「ふむ。そいつあ、かなりの高額だな。そりゃちと、聞き捨てにしておくわけにもゆかねえな」 「…………」

    「えばるな、馬鹿。ぼくは現在のぼくらの生活に、その金の絶対的な必要性を説いてやってるんだ。てめえは大して知恵も廻らねえくせしやがって、自己中心な理屈を振りかざすな!」 「それは、自分の方じゃない……」 「口答えをするんじゃねえ! ともかく、一刻も早く、全額を返してもらってこい」 「そうはいかないよ。久美ちゃんは、あたしの大事なともだちなんだからね。そんな気まずくなるようなことなんて、できないわよ」 「何? 友達だ?」  貫多は思わず鼻で笑い、更に、 「全くおまえには呆れるね。寸借詐欺の常習犯みてえなのを友達呼ばわりしやがって」  と唇をねじ曲げて言ったが、その彼は、子供時分からこれまでを通じて、実質友人と呼べる者はただのひとりもいなかったので、この秋恵のふやけた言い草がひどく可笑しなものに思えたのである。が、次に秋恵が、 「大事なともだちだよ。昔は、一緒によくドライブ旅行とかして、パーッとお金を使ったこともあるんだから」  と意外なことを言いだすと、ふと口辺に浮かべていた皮肉な笑いを消し、 「何、ドライブだと? おまえはドライブなんか、楽しむ趣味があったのか?」  その表情に、微かな動揺めいたものがあらわれる。 「別に、いいじゃない。普通のことなんだし。大学の頃は、ゴルフサークルのみんなとも、車であっちこっち行ったよ」

     貫多は、この予想だにもしなかった新事実には、かなり打ちのめされるかたちとなってしまった。  彼自身は秋恵と違って、大学はおろか高校にも行かず、中学を出て以降は主として日雇いの港湾人足でその日暮しを送ってきたので、表向き、それで金がなかったが故に、今日まで運転免許を取りそびれたことにしている。だがその実際は、もともと彼は江戸川辺の小さな運送屋の伜だったことが、その免許不取得の経緯には少なからずの関係があるようでもあった。その彼が小学生の頃に父親は強姦の連続犯として捕まり、刑務所に送られたのだが、すぐさま離婚の途をとった母親に連れられ夜逃げするまでの、彼にとってのその生育の家の記憶と云うのは、昼間でも異様に薄暗かった家続きの運送事務所内の陰気な情景であり、その前面の車庫に停められていた鬱陶しい数台の大型トラックであり、更にそこから住居口の玄関付近にまで無数に転がり、散らばっていた古タイヤや、荷台にかける灰色やカーキ色の厚手のシート等、どれもこれも車に関する殺風景なものばかりである。加えてかの父親と云うのが、えらく見栄っ張りな車道楽の男で、一、二年毎にジャガーやムスタングなぞ、高価な外車を買い換え(その父親が捕まったときの愛車は、当時、下町では珍しかったメタリック・グリーンのシボレー・カマロで、これを犯行の足にも使っていたようだったが)、それが因で貫多は、学校では一貫して金持ちの坊っちゃん風にからかわれていたのが不快だったこともあり、彼はいつしかそれらイヤな記憶の象徴めいた車と云ったものには、その運転も含めて、半ば意識的にも何んの興味も持てないようになっていたのである。

     貫多はこれに、何やら秋恵から手痛く裏切られたような、辛い気分になってきた。その思いは、もしかしたら件のゴルフサークルと云うのが縁で仲を深めたものかも知れぬ、彼女の処女を破った例の男への云いようのない怒りをも喚起させ、更にそこには、その季節の点景人物であった久美子に対する激しい憤懣も混じり込んでくる。

     しかし彼は、引き続きこの件には一切無関心でいることを決めていた。それは、葉書を盗み見した上でそれを黙っていると云う後ろめたさもあるにはあったが、こうした久美子のような胡乱な女を、友人として大切にしている秋恵の寂しい心情が、貫多には妙に哀切なものに思われた為でもある。これは友情の類に無縁な貫多には、所詮、表層的な理解にしか過ぎぬものであったろうが、思えば彼女には、貫多の知る限りで、他に現在も交遊の続いている友人と云うのは皆無のようでもある。

     また秋恵には、そうした友人のいない自身の状況を、ともすれば世間一般並みの風潮に照らし合わせて、惨めな、慊いものと思ってしまう、自分に自信を持てぬ弱い面が確かにあり、だからこそ久美子のような者にも未だ友人としてすがりつかざるを得ない、駄目な彼女が何んとも悲しく、それだけに日頃貫多の為に、いっそ献身的、と云ってもいいくらいの世話を焼いてくれている彼女へのせめてもの思いやりとして、この件では、もはや口を差し挟むのは控えることにしていたのである。

     前夜、やけに思いきり悪く晩酌の杯を重ね、明け方近くに眠った私が目を覚ましてみると、隣りにひいてある女の夏布団は蛻の殻になっていた。  私は少しの間、今日は何曜日だったかと考えを巡らせながら、無造作にめくれ上がっている傍らの寝具を眺めていたが、頭がはっきりしてくると同時に急激な尿意が起こり、これに促されて起き直ると、六畳の寝室のすぐ横になる後架に入ってパンパンにたまっていたものを放出した。

     また女の出勤シフトが変わりやがったな、と再び舌打ちする思いだったが、すぐとそのことを自分が全く把握していなかった事実に、何かうら寂しいものを覚えてきた。以前の女であれば、月毎に二時間単位で変動する勤務シフトについては、逐一私に報告してくれていたものである。

     ことほど左様に、女は私に対していつからか、と云ってもそれはごく最近からには違いないのだが、しかしその端緒となったのは一体いつ頃のことからなのか、妙に他人行儀な接しかたをするようになっている。この六歳年下の女とは、共に棲んでちょうど一年が経とうとしていたが、その間にはこちらの性格や本性も十全に飲み込み、その上でまだ一緒にいるのだから、それは彼女の方でも相応の離れがたいものを私に感じていることだろうし、少なからずの愛情も抱いてくれているに違いない。実際、普段の大半の場合の彼女は、従来通りに笑顔も見せるし、うるさいくらいの無駄口を利いてくるときもある。家事全般も相変わらず普通にこなし、はな行き渋り、何かと云えば辞めたがっていたパート勤めも今ではすっかり堂に入り、毎日当然のように出かけていっては、夜、疲れた風もなく帰ってくる。

     その良い例が、今日のこの食卓上である。ここ最近、めっきり殺風景になった、この食卓上である。数箇月前の女だったら、私がまだ寝ている間に勤めに出る際には、大抵、そこにはメモ用紙が置いてあり、それは〝行ってきます〟とか〝今日は節煙するように〟なぞ云う類の、他愛ない内容の走り書きではあるものの、ときには私の鬚面の似顔絵や、自分の笑顔のイラストみたいなものも添えてあって苦笑させる一方、何んとも云えぬあたたかい気持ちにさせてくれ、それと共に簡単な昼食も用意しておいてくれたものである。それがここ最近は、実際いつ頃よりか、メモ類はまるで姿を消してしまい、昼食も私の方で外へ食べにゆくことを好みだしたのちは、こちらから頼んでおかない限り、義理にも何んの支度もしてくれぬ状態になってしまった。

    「何をこの野郎! 調子に乗りやがって。何が、だから、だ!」 「自分でも分かってんでしょ。あんたが女性から一番嫌われるタイプだっていうのは。前にそんないじけた話を自分でしてたときがあったじゃない」 「黙れ、不妊症。てめえみてえな低能と、カンバセーションしてやるぼくじゃねえぞ。何が、セクハラ、だ。昨日今日覚えた言葉を得意気に振り廻すな!」 「……やっぱあんたは、本当にアウトだよ。最悪のセクハラ男だよ。一種の、性犯罪者だよ」  一種の性犯罪者、との言葉に私は激しいショックを受けて一瞬思考が止まる。が、すぐと、 「黙れと言ってるんだ、この、オリモノめが! 聞いた風なことをぬかすなと言ってるのが分からねえのか。口で言って分かんなきゃ、てめえはまたアバラをへし折ってやるぞ!」

  • 私のブログ
    http://blog.livedoor.jp/funky_intelligence/archives/1993469.html
    から転載しています。

    西村賢太作品の時系列はこちらをご覧ください。
    http://blog.livedoor.jp/funky_intelligence/archives/1998219.html

    本当に西村賢太にハマりまくり。本書は短編4作品だが、後半2つは読了済みのもの。

    「陋劣夜曲」
    20歳の貫多が、肉欲の希求を語り、箸にも棒にもかからない現状を打破すべく年末に青果市場にて短期間のアルバイトをするも、大八車の車輪で足を踏むという事故を起こし、アパートの家賃も滞納して家主に毒付き、更にはアパートの住人と一触即発っていうシーンで終了。お馴染みのダメ貫多が味わえる。


    「羅針盤は壊れても」
    表題作。23歳になる中卒の貫多が、いよいよ同級生が大学を卒業する時期に差し掛かり、完全敗北を認め出す。そして就いた仕事が「蔵乃味噌」における味噌の訪問販売(押し売り)。そこでは貫多以上にダメな奴、ずるい奴、権利主張し過ぎる女子と様々な人間模様が繰り広げられる。これもかなり面白い。

    「廃疾かかえて」
    「瘡瘢旅行」
    「廃疾かかえて」により読了済み。
    http://blog.livedoor.jp/funky_intelligence/archives/1993664.html

  • これは小説そのものを楽しむよりも、本の造りや付録も含めて楽しむべきでしょう。

  • 表題作が最高。半年で高校中退してバイトしていた身としては共感できるとこが多数。そして未だに「まだ大丈夫なはず」と思い続けている。
    (貫多に言わせれば中卒と高校中退は全く違うものだが)
    既に読んだ2篇も再読して再度面白い。全然積読してないけど、何回読んでも面白い。

  • 「陋劣夜曲」
    連休のつなぎにありついたバイトはまったく勝手が分からずあげく労災に遭う、家賃を溜め込んでる大家とは気まずいところでやたらと会う。あげく酔っ払いのヤジに荒く返したら相手がキレてくる。
    いくら貫太とはいえ、あまりに巡りが悪すぎてちょっと一緒にため息をついてやりたくなる作。
    「羅針盤は壊れても」
    貫太が港湾人足にうんざりした一時の「転職」で味噌の押し売りをやる話。
    その味噌会社の面々がなんとも濃く、貫太は傍観者気味なのが新鮮だ。
    「廃疾抱えて」
    再読。冷酒を飲んで暴力に向けてギラつくラストはやはりいいな
    「廃疾旅行」
    再読。やはり地味な作。

  • 【再読了日】2024年9月20日

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著者プロフィール

西村賢太(1967・7・12~2022・2・5)
小説家。東京都江戸川区生まれ。中卒。『暗渠の宿』で野間新人文芸賞、『苦役列車』で芥川賞を受賞。著書に『どうで死ぬ身の一踊り』『二度はゆけぬ町の地図』『小銭をかぞえる』『随筆集一私小説書きの弁』『人もいない春』『寒灯・腐泥の果実』『西村賢太対話集』『随筆集一私小説書きの日乗』『棺に跨がる』『形影相弔・歪んだ忌日』『けがれなき酒のへど 西村賢太自選短篇集』『薄明鬼語 西村賢太対談集』『随筆集一私小説書きの独語』『やまいだれの歌』『下手に居丈高』『無銭横町』『夢魔去りぬ』『風来鬼語 西村賢太対談集3』『蠕動で渉れ、汚泥の川を』『芝公園六角堂跡』『夜更けの川に落葉は流れて』『藤澤清造追影』『小説集 羅針盤は壊れても』など。新潮文庫版『根津権現裏』『藤澤清造短篇集』角川文庫版『田中英光傑作選 オリンポスの果実/さようなら他』を編集、校訂し解題を執筆。



「2022年 『根津権現前より 藤澤清造随筆集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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