いつもそばには本があった。 (講談社選書メチエ)

  • 講談社
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本棚登録 : 75
レビュー : 2
  • Amazon.co.jp ・本 (128ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065150122

作品紹介・あらすじ

1冊の書物には、それが大切な本であればあるほど、たくさんの記憶がまとわりついている。その本を買った書店の光景、その本を読んだ場所に流れていた音楽、そしてその本について語り合った友人……。そんな記憶のネットワークが積み重なり、他の人たちのネットワークと絡み合っていくにつれて、書物という経験は、よりきめ細やかで、より豊かなものになっていく──。
本書は、そんな書物をめぐる記憶のネットワークを伝えるために、二人の著者がみずからの経験に基づいて書いたものです。ただし、これは「対談」でも「往復書簡」でもありません。
キーワードは「観念連合」。ある考えやアイデアが別の考えやアイデアに結びつくことを示す言葉です。一人が1冊の本をめぐる記憶や考えを書く。それを読んだ相手は、その話に触発されて自分の中に生じた観念連合に導かれて新たなストーリーを綴る。そして、それを読んだ相手は……というように、本書は「連歌」のように織りなされた全16回のエッセイで構成されています。
取り上げられるのは「人文書」を中心とする100冊を越える書物たち。話題がどこに向かっていくのか分からないまま交互に書き継がれていったエッセイでは、人文書と出会った1990年代のこと、その後の四半世紀に起きた日本や世界の変化、思想や哲学をめぐる現在の状況……さまざまな話が語られ、個々の出来事と結びついた書物の数々が取り上げられています。本書を読む進めていくかたたちにも、ご自分の観念連合を触発されて、新たなネットワークを交錯させていってほしい。そんな願いを抱きながら、人文書の衰退、人文学の危機が自明視される世の中に、二人の著者が情熱をそそいだこの稀有な1冊をお届けします。

感想・レビュー・書評

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  • 國分功一郎と互盛央が交互に書き綴る、一種の読書エッセイ。
    文中に挙げられている本は基本的に哲学や思想などの人文書である。
    序盤に『読書ガイドではない』と宣言されているのが面白い。しかし『違う』と言われるとガイドとして使いたくなるのが人間というもので(天邪鬼)、ページ下部に載っている書影をチェックしているのだった。
    文庫化されているものもけっこうあるが、人文書は品切れにならずに細々とでも売り続けられていることが多いので、取り敢えず本屋に行ってみるか……。

  • 國分先生の本ということで飛びついて買った。一気に読んだ。
    互さんとお二人で連歌のように「本」について語っていくという試みがまず面白い。互さんは、國分先生のことが大好きなんだと思う。國分先生も互さんを信頼し甘えている節がある。ガイドブックではないということだが、紹介されている人文書の数々には未読のものの方が多い。お二人の読書遍歴を追体験したくて、図書館で予約したり、ネットで注文したりした。「知っている」と「知らない」の間を楽しむ充実した時間をいただいた。たった一箇所、参照を促された『ドゥルーズの哲学原理』は「いつもそばにあったけれども読んでいなかった」ので最後まで読もうと思う。

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著者プロフィール

1974年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。高崎経済大学経済学部准教授。哲学。著書に、『スピノザの方法』(みすず書房、2011)『暇と退屈の倫理学』(朝日新聞社、2011)『来るべき民主主義』(幻冬舎、2013)ほか。訳書 デリダ『マルクスと息子たち』(岩波書店2004)コールブリック『ジル・ドゥルーズ』(青土社2006)ドゥルーズ『カントの批判哲学』(ちくま学芸文庫2008)、共訳 デリダ『そのたびごとにただ一つ、世界の終焉』(全2巻、岩波書店2006)フーコー『フーコー・コレクション4』(ちくま学芸文庫2006)ガタリ『アンチ・オイディプス草稿』(みすず書房2010)。

「2016年 『他の岬 [新装版]』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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