- Amazon.co.jp ・本 (162ページ)
- / ISBN・EAN: 9784065150191
作品紹介・あらすじ
未曾有の災害に襲われた町。
高校生のサナエは、幼い弟を連れて避難所に身を寄せていた。
混乱の中、押し寄せるマスコミの取材にねじれた高揚感を抱くサナエ。
だがいつまでも目を背け続けるわけにはいかない、いつか訪れなければならない場所があった。
強く、脆く、そして激しく--
喪失の悲しみと絶望の底からの、帰還の旅路。
第61回群像新人文学賞受賞作
感想・レビュー・書評
-
偶々本屋で手に取って読んでみたら、ぐいぐい引き込まれていった。
母親との離別という堪え難い事実から目を背けて自分を守るために分厚い殻に閉じこめ、いつしか自分が分からなくなる。その殻に気付き、一人で潜って自己を見つめに行った結果、自分がこのどうしようもない現実を受け止めないといけない、自分で自分の世話をしなければならないという事実を受容できたのだと思う。自分を受容できて彼女が解放されたシーンは心にぐっときた。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「当事者性」などという観点がいかにくだらないかが本作を読めばわかる。現場に足を運んだことがなく、ましてや、被災者でもない作者の手になる本作であるが、震災を扱った文学として素晴らしい出来であるのは疑いがない。作者自身の属性は作品の出来不出来になんの関係もないし、しいて創作の背景に拘るのであれば、むしろ、被災者でないというそれこそその当事者性こそが、本作の熱量を相乗的に生み出している気がする。
亡くなったことに残されたものがどう向き合うのか、言ってしまえば古くからあるテーマだが、震災の風景を巧みに織り込みながら17才の女子高生の体験として書き込んでいる。今風の感性を通して、古くからあるテーマをうまく肉化し得ていると思うが如何。
出川イングリッシュなみの勢いとノリを買いたい -
第61回群像新人文学賞受賞作品。
152ページの中編だが2011年3月11日の東日本大震災を元に描いた小説と言う事で読了までに気力と体力が必要だった。
7歳の幼い弟と共に避難所に身を寄せる17歳のサナエが主人公。
物語はサナエの一人称で進んで行く。
「かわいそう」を撮る為にカメラを向けるテレビ局関係者。
サナエが感じる「報道はフィクションなんだ」の言葉が胸に重く伸し掛かって来る。
尋常ではない環境の中で歪んだ高揚感とほの暗い感情を抱くサナエの心理描写が秀逸。
もしも~だったらとエンドレスに続く後悔の気持ちに涙腺が緩む。 -
皆さんの感想を眺めていると、この作品がそもそも何故問題になったか、経緯、顛末が時間と共にうやむやとなっているようでそれはそれで又問題を感じます。
二度と起こしてはならない出版社の教訓であるはずの事件でもあるが居直ってるのには驚きです。 -
東日本大震災の津波で母が行方不明になったサナエとヒロノリ.避難所に殺到する報道陣にサナエは彼らが欲しがる健気な女のとしてのセリフを多発して有名になった.ただそれを自分で嫌悪してその後は無口な被災者になった.遺体の母と面会したサナエは弟のヒロノリにはその事実を隠した.顔見知りの奥さんは事故で息子を亡くしたが自分が怪我から回復した時には葬式も済んでいたので、衝撃を受けた由.どんな形でも息子に会いたかったので、ヒロノリにお母さんを見せなさいと諭す.奥さんの話が秀逸だ.母の姉のところに落ち着いた二人の砂浜での最後のシーンは素晴らしい.
-
芥川賞候補当時、ちょっとしたネガティブ話題に上っていたことは覚えていて、でもそのときには、実際読んでみたいとまでは思っていなかったもの。今回、ダヴィンチの豊崎・大森対談の中で取り上げられているのを読んで、俄然、内容にまで興味が沸いた。それなりにデリケートな3.11の話題に、結構大胆に切り込んでいて、読み始めはちょっとハラハラしちゃった。でも友人ママの叱咤激励から状況は急展開し、主人公自身の立ち位置を取り戻し始めてからは、強い言葉のオンパレードで、胸を打たれっぱなしだった。ピンとこない芥川賞受賞作を読むことが続いて、その全てに目を通すのは止めることにしたんだけど、『実は、候補作にこそ名作あり?』って、そんなことを考えさせられる力作でした。
-
どストレートに東日本大震災をえがいた小説。
物語は女子高生の一人称で語られる。終盤までは、文体に違和感を感じ続けた。なぜこの言葉は漢字ではなくひらがなが使用されているのか、女子高生にしてはババ臭い言い回しではないか、など。
そういった引っ掛かりはあるのだが、単純におもしろく読めた。マスコミやそれが作る物語を喜んで観ている傍観者への批判、被災者の心理や避難所生活もリアルに感じる。母親の友人である奥さんが語る話も。
主人公がマスコミに向けて作り上げた「美しい顔」と母親の「美しい顔」の対比。タイトルと物語の意味するところは、自己を生きるということだろうか。そういうテーマにも好感を感じる。
ただ、リアル以上のリアリティがあるかといえばそうではない。身をつまされるような、読み続けることがつらくなるような表現もない。
そういう意味では、私は未読であるが、盗用疑惑としてあがったルポタージュを読めば、それで充分なのではないか、とも思ってしまった。 -
東日本大地震で被災した女子高生の
生々しすぎる声に胸打たれる。
メディアの都合のいい報道には
以前より知られてはいるが
そのリアルなやり取りにも注目したい。
幼い弟が自分で行方不明の母親の似顔絵を
描いたプレートを作って探している場面は
悲しくて胸が痛くなる。