生まれてきたことが苦しいあなたに 最強のペシミスト・シオランの思想 (星海社新書)

著者 :
  • 講談社
3.94
  • (9)
  • (3)
  • (2)
  • (1)
  • (2)
本棚登録 : 322
レビュー : 9
  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065151624

作品紹介・あらすじ

ペシミズムとは「生きる知恵」である

「ペシミストたちの王」シオラン。この陰鬱な思想家の思索と執筆は、つねに厭世的なことがらに捧げられてきた。怠惰、死、自殺、憎悪、衰弱、病気、人生のむなしさ、生まれてきたことの苦悩……。ことほどさように、シオランは「暗い」。しかし、あるいはだからこそ、彼の清々しいほどに暗い言葉の数々は、生まれ生きることに苦しみを抱く私たちが人生を楽にし、生き延びるために役に立つ。本書は、気鋭のシオラン研究者が、彼の言葉と時に批判的に伴走しながらその思想をひもといた、待望のモノグラフである。いまこそ読まれるべき、魅惑的な思想家のすべて。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 生まれてきたことが苦しいあなたに 最強のペシミスト・シオランの思想。大谷崇先生の著書。悲観主義で生きるよりは楽観主義で生きる方がきっと楽。でも本当の意味での楽観主義を知り、楽観主義を極めるためには、悲観主義を知り、悲観主義を極めることが必要だと思う。最強のペシミスト・シオランの思想を学ぶことは楽観主義者への道なのかも。

  • ほぼタイトル買い。シオランやペシミズム自体、今回の本で初めて触れました。冒頭はシオランの生涯を繙く。第1部では『怠惰と疲労』『自殺』『憎悪と衰弱』『文明と衰退』『人生のむなしさ』『病気と敗北』をトピックに挙げシオランの思想を紹介。第2部では「批判編」としてシオランの思想が一体どういうものなのかを批判的に展開していく構成となっています。とにかく読んでて面白い。特に『自殺』『人生のむなしさ』『病気と敗北』は共感しかなかった。第2部ではシオランの失敗、挫折、中途半端な思想家であることを軸にペシミズムを論じていく。結局、ペシミズムは幾ら生を厭うていても、生きざるを得ないということだ。『生への憎悪であるペシミズムは、自分が消滅させたがっているものを憎むことによって、生を消滅どころか復活させてしまう』という反転矛盾した結論に至ってしまう。その点がとても面白くて感じられたし、興味深い。著者があとがきで書いているように「彼を求める人とは、いわば自分の毒を持てあますあまり、もっと強い毒を摂取しないとおかしくなってしまう人たち」は生きることに違和感を覚えている人たちだ。失敗した、挫折した、中途半端な思想家、ペシミストであるシオランの言葉に触れることで何かが見えてくると思う。シオランの本は読んでみたい。

  • 死と自殺
    突然訪れる死と自ら選んだ自殺

  • 『生まれてきたことが苦しいあなたに』大谷崇 星海社 2019.12
    記録:2020.2.7

    エミール・シオラン 1911年生まれ。ニヒリズムの思想家。
    トランシルヴァニア地方の小村ラシナリに生まれた。オーストラリア・ハンガリー領だったがWW1でルーマニア領となり、シオランもルーマニア教育を受ける。
    ドイツ語を習得した。のちにフランス語作家にわざわざなる必要がなかったのだ。
    ブカレスト大学に入学。学生たちはフランス語を話し、シオランはあまり仏語を話せなかった。大学図書館で哲学の本を読む。

    1933年、ドイツ留学、ベルリンでナチスに熱狂するドイツ国民に魅了される。
    ルーマニアの雑誌にヒトラー礼賛の記事を寄せて政治的な論説を書いていく。
    ルーマニアの地位の低さがコンプレックスだった。ドイツの国民革命のようなものをルーマニアで起こることを期待した。
    パリに一カ月留学して魅了されてまた戻ることを決意する。
    ドイツ留学後、ルーマニアで兵役義務を終えたあと高校教師になるが1年で辞める。働きたくないという意志は生涯全うする。
    1937年。パリに留学。
    1942年。占領下のパリで生涯の伴侶、シモーヌ・ブエに会う。
    この時期、友人フォンダーヌを収容所で失う。ルーマニア生まれのユダヤ人で詩人・哲学者だった。
    シオランは友人たちと移送を阻止に成功するが妹までには及ばず、妹を見捨てることを拒否したフォンダーヌは兄妹で収容所で殺害される。

    終戦後にルーマニア語を捨ててフランス語作家になることを決意する。

    シオランは旅行好きだが、飛行機に絶対乗らなかった。アメリカからの誘いも断り、生涯ヨーロッパから出なかった。
    最新技術との相性が悪く、テレビは置かないし、車も嫌った。
    1966年。自殺するつもりで訪れたスペインのイビサ島のタマランカ。
    美しい風景そのものも非現実的なのだと悟った時、彼の希死念慮は消えた。以降この体験を仏教の「空」に結びつけ思想の中で重きを増す。
    1995年。亡くなる。93年から発症したアルツハイマーとの闘病のすえ。

    暗い本を書くが明るく、人と話すのが好きだった。
    書物では自殺を進めているが、実際に自殺を考えている人と話すときは自殺を勧めなかった
    一貫して労働を拒否して怠情を礼賛している。

    「世間の人はあらゆる行為から解放された精神に対してより殺人者に対するほうが寛大である」『崩壊概論』
    パスカルの部屋にとどまれないから不幸になる引用がある。シオラン「私たちの屈従はすべて飢え死にするだけの決心ができないことから由来する」

    サルトル「死者であることは聖者たちの餌食になることである」

    シオランは自殺を考えることは健康に良いことだという。「1冊のの本は延期された自殺である」。
    絶えず自殺の事を考えることで逆説的に生き延びたのだった。

    不眠に苦しむ彼に母親は知っていれば生まなかったのにといった。シオランは喜んだ。自分は偶然の産物なのだと。

    シオラン「若いころ敵を作るのに優る快楽はなかった。いまはどうか。ひとりでも敵を作ると、とっさに考えるのはその敵と和解することだ。

    憎しみは無関心よりも行動への活力を与える。
    「芸術も哲学も怨恨なしにすまされない。考えるとは知恵を絞って復習することだ。」
    行動や新年の圏域から抜け出すと人は空っぽになる。

    大谷「私は人生はむなしいと確信している。人生に生きる価値を見出す人を見ると驚く」

    シオランは勇気ある人も臆病な人も物事に対する明晰力ある蔑視が欠けているという。
    世界の全ての物事を自分に結びつけて、祝福されてるとか、呪われてるとか考える。

    人生に意味がないという喜び。生きる理由になる。逆に人生に意味があることは恐ろしい。

    シオランは病気がちだった。生涯にわたるリューマチ。しょっちゅう風邪をひいていた。胃腸も悪い。不眠症に最後はアルツハイマー。
    病気がちな作家を好きになるのも無理はない。ドストエフスキーが好きなのは彼曰く、病気と金がメインテーマだからだという。

    ニーチェのルサンチマンの作法は、酸っぱいぶどうはシオランにも当てはまる。4年に一度本を出すが『崩壊概論』を超える話題にはならなかった。
    当然落ち込み、逆に自分の失敗を考え居することになる。
    「人に認められる屈辱よりも深い屈辱は知らない」
    書かないと失敗できない。賢者になることに失敗したことで作家になれた。
    とはいえ売れないことで傷ついていることはシモーヌが明かしている。

    病人や敗者は全然人畜無害ではない。いたるところに怨恨を募らせている人がいる。
    「健康である限り人は存在しない」「苦しんだことのない者は存在しない。せいぜいのところ個物だ」

    解脱は人生からの解放。生の内部に存在したまま生を克服することだ。生きたまま死者になること。

  • 1:怠惰、から炸裂している。反出生主義的だが、さらに意義深い。
    2:自殺、もよい。論点が豊かだ。
    5:人生のむなしさ、も心惹かれる。

    シオランという思想家を初めて知ったが、その生き様、思想の軌跡は私にとって計り知れない思索の糧をもたらしてくれた。

  • なぜかハマらなかった。言っていることのスケールがでかいのか、身近な感じがせず、共感することがなかったというか。

  • あ、シオラン関連書なんて珍しい★と図書館へ予約を入れたが、届いてビックリ。ラノベな装丁もさることながら(著者もあとがきで愚痴ってるけど)このタイトルはないよなあ。オバさんは返却するのが恥ずかしいじゃないか。何考えてるんだ、星海社。シオランをさおだけ屋と一緒にするなよ…ってアレは光文社か。

    改めてシオランの生涯をさらうと、意外に健全。自転車旅行に長時間の散歩。そうか、80年代〜90年代前半って、日本でプチブームだったのか。ドンピシャだった自分に今更ながら唖然とした。尚、本題のペシミズムについてはノーコメントとさせて戴きます、悪しからず。

    著者は早稲田のドクター在籍中でルーマニア留学中…ん?10年前に大学3年生??お幾つ?まあ哲学者は社会が食わせていくモンだろうけど…いい身分やなあ。

  • 《私たちのいる世界は、みんなが全力を出しながら、交互に奴隷になったり暴君になったりしている、錯乱した世界である。行為や実現を拒否することで、行為の悪にも世界の錯乱にも同調しないことを示すこと、これこそがシオランの言う、怠惰の高貴さなのである。》(p.87)

    《ルーマニア人は自分で考えることをせず、他の人が何を言ったかについて関心を持つ。だからルーマニアには要約や解説の本しかないと。》(p.29-30)

    《怠惰とは物事を横にすることであり、また自らも横になることである。》(p.94)

    《生彩ある対立劇を生じさせない国家や民族は、人の注意を惹かない。人が国や民族を記憶するのはなんらかの事件による。そして事件とは往々にして否定的なものだ。あるいは否定的でない事件は事件の名に値しないとも言える。幸福な事件など、たんなるアネクドート、逸話、こぼれ話にすぎない。そしてこぼれ話は私たちに少しの間ほっと息をつかせるだけだ。世界に何も事件を起こさない国、そのような国は幸福かもしれない。しかしそれは人々にその存在を忘れられるという代償を払ったすえの幸福である。》(p.131)

    《他者の立場を「理解する」などという行為は、最低限でもある程度の無関心を必要とする》(p.149)

    《要するに、例えばダブルスタンダードなどを考慮したり、それに悩んでしまう人間は、衰弱した人間なのだ。》(p.154)

    《無関心という形態でもって現状の自由を肯定しているのだ。逆に彼らの無関心が破られるときこそが不穏と混乱の時期、すなわち自由が失われるときだろう。》(p.201)

    《人間は人間でいる限り奴隷であり続けるしかない。しかしこれを言い換えてみよう。人間が人間であることによって奴隷であるならば、人間の解放は、人間性の放棄によってしかもたらされない。つまり、人間の解放には人間をやめることが必要だということだ。
    (‪⋯‬)
    ユートピアをも、アポカリプスをも期待しないこと、窒息しながらも、無為のうちにとどまること。それもある種人間をやめることではないだろうか。》(p.208)

    《シオランは苦しみとは「距離の産出者」であると言っている。》(p.251)

    《ペシミズムは嫌悪と呪詛に固執してしまう。言い換えれば、人生と世界を憎むことを愛してしまう。》(p.328)

全9件中 1 - 9件を表示

著者プロフィール

1987年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学第一文学部総合人文学科哲学専修卒業。同大院文学研究科人文科学専攻哲学コース博士後期課程在籍中。2018年よりルーマニア国立バベシュ・ボヤイ大学に留学中。戦間期ルーマニア思想史およびシオランの思想を専門とする。おもな著作に、共著『交域する哲学』(月曜社、2018年)、論文「精神の敵対者としての政治:戦間期ルーマニア若手知識人の「政治」および「精神」概念の分析」(『東欧史研究』第41号、2019年3月)などがある。

「2019年 『生まれてきたことが苦しいあなたに 最強のペシミスト・シオランの思想』 で使われていた紹介文から引用しています。」

生まれてきたことが苦しいあなたに 最強のペシミスト・シオランの思想 (星海社新書)を本棚に登録しているひと

ツイートする