- Amazon.co.jp ・本 (402ページ)
- / ISBN・EAN: 9784065168189
作品紹介・あらすじ
クジラ=AIと対峙せよ――
さもなくばヒトの創作は、終わる。
AIの下請けとなった元作曲家に
自殺した天才作曲家が残した謎は未完の新曲と“指”だった。
『虹を待つ彼女』で横溝正史ミステリ大賞を受賞し、
ますます活躍の場を広げる逸木 裕による心揺さぶる音楽ミステリー!
☆☆☆
ヒトはもう、創作らなくていい――
人工知能が個人にあわせて作曲をするアプリ「Jing」が普及し、作曲家は絶滅した。
「Jing」専属検査員である元作曲家・岡部の元に、
残り少ない現役作曲家で親友の名塚が自殺したと知らせが入る。
そして、名塚から自らの指をかたどった謎のオブジェと未完の新曲が送られてきたのだ。
名塚を慕うピアニスト・梨紗とともにその意図を追ううち、岡部はAI社会の巨大な謎に肉薄していく――。
私達はなぜ創作するのか。この衝動はどこから来るのか。
横溝正史ミステリ大賞受賞作家による衝撃の近未来ミステリー!
感想・レビュー・書評
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2016年発表の処女作『虹を待つ彼女』で横溝正史ミステリ大賞を受賞した逸木裕の長編4作目にして最新作の本書。
僕は著者の本を処女作の『虹を待つ彼女』から、2作目『少女は夜を綴らない』、3作目の『星空の16進数』と順番に全部読んでいるが、本書は前3作と全く雰囲気が異なり『人工知能による作曲』というテーマを中年にさしかかった元作曲家からの視点で描く小気味よい文学エンターテインメントとして仕立てた秀作だ。
本書の舞台は近未来の日本。
都内に走行するタクシーの8割が自動走行の無人タクシー、コンビニのほとんどの店舗が無人営業をしている。そして発着ポートを有しているマンションにはドローンが宅配便を配達するという感じのごく近い未来の日本だ。
そんな世界で音楽界においては革命的な音楽ソフト、クレイドル社の「Jing(ジング)《中国語で『鯨』の意》」が開発された。
このJingは人工知能であり、Jingがリスナーの好みに合わせて音楽を作ってくれるのだ。
コンピューターにインストールされたJingがリスナーの音楽的好みを解読し、音楽を生成していく。人間の声や楽器の音色についてもモデリング音楽やヴォーカロイドで本物と錯覚するような声や楽器の音が再現できてしまう。
そのJingの性能は、イタリアの高名なオペラ歌手であるルチアーノ・パヴァロッティが歌った歌とJingが合成したオペラ『トゥーランドット』の有名なアリア『誰も寝てはならぬ』を専門家に聞き比べさせたところ、正確に回答できたのは2名だけだったというくらいの性能である。
本書の主人公は、岡部数人35歳。元作曲家でピアニスト。
ベースを弾く益子孝明とあらゆる楽器を使いこなし、作曲もこなす名塚楽と共に即興演奏を専門とする音楽ユニット『心を彩るもの』を組んで音楽活動をしていた岡部であったが、Jingが台頭し、自らの作曲の才能にも限界を感じていた彼は、益子と名塚にユニットからの脱退とJingの為に音楽データの『検査』を行う『検査員』になるということを告げ、岡部は作曲の世界から姿を消した。
それから5年後、クレイドル社で検査員を続けていた岡部に名塚が自殺したというニュースが入る。そのニュースには続きがあった。人気作曲家となっていた名塚が作曲に使っていたスタジオの外壁に、自殺前に名塚本人が作曲したと思われる楽曲データの入ったシールが名塚の指紋データと共に貼付されていたということだ。
かつてのメンバーの自殺に混乱する岡部の元に一つの荷物が配達される。差出人は名塚楽。荷物の中身はスタジオの外壁に貼られていたものと同じものと思われる楽曲データのシール。そして名塚の指のシリコン模型とそのスタンプ台だった。
名塚はなぜこんなものを?ヤツの死は自殺じゃないのか?
岡部は、名塚の死の原因を調べ始める。調査をする岡部の影にはJingを開発したクレイドル社の現会長・霜野鯨の姿が見え隠れしていた・・・。
著者の逸木裕氏は、フリーランスのウエブエンジニア業を行う傍ら、小説を書くクリエーターだ。逸木氏は、職業柄かAIやコンピューター関連の描写を得意としており、処女作の『虹を待つ彼女』も人工知能がテーマであり、第3作『星空の16進数』もウエブデザイナーである17歳の女の子を主人公にしている。
本作は人工知能が作った音楽をテーマにしながら、中年の域にさしかかった男の悲哀と復活を正面から丁寧に書き上げ、いわゆる美少女をヒロインとした前三作とは全く異なり、本作は中年男の渋さを感じられる小説に仕上げている。出版先も前3作を出版した角川書店から講談社に変え、表紙イラストも同じく前3作を担当していた美少女イラストを得意とするloundraw氏から変更してきたのも、もしかしたらこのあたりが関係しているのかもしれない。
僕は、本書がテーマにしている音楽業界には疎いが作曲や楽器の演奏をかじったことのある人には本書はかなり響く作品なのではないだろうか。
本書に流れるテーマは「人工知能は芸術面でも人間を超えることができるのか?」というものだが、音楽に疎い僕でさえ、本書を読みながらいろいろと考えさせられるものあった。
主人公の岡部は、自分の作曲する音楽など、その気になればすぐにAIに模倣され、さらにより優れたモノに作り替えられてしまうと考え、自ら作曲をすることを辞めてしまう。
しかし『人間にしかできないことだってあるはずだ』と、Jingに対抗して作曲を続けてきた名塚のような男もいる。
名塚が自殺したのは、結局、Jingに勝てないと悟ったからなのか?そうなのか名塚?
もし、そうならJingに協力している自分が名塚を殺したも同じではないのか・・・。
岡部は葛藤する。
現代の作曲家たちが岡部と同じような気持ちを抱くようになるのは何年後だろうか。15年後か、10年後か。
実際に自動運転の自動車はもうそこまできているし、AIによる作曲もかなりのレベルまできているらしい。流石に本書にでてくるJingほどではないだろうが、こちらもそう遠くない未来には実現されるのであろう。
人工知能の台頭により、人間によるクリエイティブな活動は衰退していくのだろうか。
本書はあくまでもミステリーではなく、登場人物達の生き様を描いた文学作品だ。
主人公の岡部も、自殺した名塚も、クレイドル社の会長・霜野鯨もそれぞれ理想の生き方とは違った人生を進み、挫折を繰り返しながら懸命に命を燃やす。
本書は、AI音楽をテーマとした人間の未来の葛藤を描いたドラマなのである。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
2021/03/17読了
#逸木裕作品
AIに仕事を奪われたアーティスト。
自殺した天才作曲家の謎。
逸木さんお得意の近未来ミステリー。
本当に起こりうる世界観で
危機感や期待感にドキドキワクワクする。
相変わらず面白くて個人的にツボ。 -
革命的音楽ソフト「Jing]をめぐって展開する近未来SF。既存の作曲家、演奏家たちの仕事を奪ってしまうほどであり、実際に起こりうる未来かもしれない。天才的音楽家のみが生き残れるかもしれないという状況の中で、元作曲家の岡部は急展開する事件に翻弄される。普通の人間なら自己嫌悪に陥り、意気消沈し、絶望するだろう。しかし、岡部は何度も立ち上がる。強い!なぜここまで強いのか、ちょっぴり納得できない気持ちもあったが、ぐいぐいと読ませる小説ではあった。一応明るい結末ではあるが、意外性がもっと欲しかった。うーん、これでよかったのかなあ。いろいろな問題提起をまだまだ残しているような気がする。
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天才の孤独のようなもの。彼の真意と物語の結末はわりとすっきりしていた。
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単純なSFかと思いきや、ミステリ要素も加えつつ…
近い将来なるかもしれない未来を見た気がした。想像では鯨と作った会社とドンパチするのかと思ってたけど…静かに、戦うわけでもなく、音楽とは、音楽をすること、作ることとは何なのか、新しい音楽は生むことができるのかという課題を見てきた気がする。
主人公が大抵の場合煮えきらなくて、人間くささがあって好きな感じ。 -
AIが音楽を創ることで壊れるものと新しく生まれるもの.創造に関わる者の苦しみや葛藤そして何よりその喜びが繰り返し語られて,しぶとく立ち上がる主人公岡部に呆れながらも最後は希望の感じられる世界観で終わる.クジラの歌を聞いてみたい.
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最終章まで頭の中をぐちゃぐちゃにされ、読み終わった瞬間、
ふ〜!とため息が出た。
読みながら、自分が「Jing」の検査員(岡部)になったようになり、頭の中で異様な音楽が流れているような錯覚に陥った。
AIは人間を超えるか? 参考になる近未来ミステリーである。
結果は面白かった。
印象に残った文章
⒈ 音楽は、人を動かす。
⒉ 霧野は何の目的で、あんなことをしているんだ?
⒊ この巨大な音楽の壁は、彼が起こした波及によって生まれたのだ。 -
文庫化になる前に読んだ本。
AIが音楽を作り、それがスタンダードになっている近未来。
AIには創造はできない、という概念が覆された世界。
今、AIが絵画を書くようになってますます人間の感性に近づいてきている。
タイムリーな文庫化だと思うし、今が読み時かもしれない。
個人的にソフトカバーの単行本のイラスト、空を飛ぶクジラの装丁が好き。 -
コンピューターテクノロジーが進化を極め、作曲家も演奏家ももはや必要とされないのではないかという近未来を描くSF。と見せかけて、天才作曲家の自殺と友人に送られた音楽データ。彼はなぜ死に、音楽データを残したのかというミステリー融合型。本当にありそうな近未来と、音楽の新天地が垣間見られる良作。
余談だが、霜野鯨会長がスタートレックのジャン リュック ピカードに見えるのは私だけだろうか。登場の舞台設定と滔々とした傑物っぽい、人物像のせいかもしれないが…。
著者プロフィール
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