「私」は脳ではない 21世紀のための精神の哲学 (講談社選書メチエ)

  • 講談社
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本棚登録 : 286
レビュー : 9
  • Amazon.co.jp ・本 (392ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065170793

作品紹介・あらすじ

今、世界で最も注目を浴びる哲学者マルクス・ガブリエル。大ヒット作『なぜ世界は存在しないのか』の続編にして、一般向け哲学書「三部作」の第2巻をなす注目の書が日本語で登場です。
前作と同様に目を惹きつけられる書名が伝えているように、本書が取り上げるのは昨今ますます進歩を遂げる脳研究などの神経科学です。それは人間の思考や意識、そして精神は空間や時間の中に存在する物と同一視できると考え、その場所を特定しようと努めています。その結果は何かといえば、思考も意識も精神も、すべて脳という物に還元される、ということにほかなりません。でも、そんな考えは「イデオロギー」であり、「誤った空想の産物」にすぎない、というのがガブリエルの主張です。
「神経中心主義」と呼ばれるこのイデオロギーは、次のように主張します。「「私」、「意識」、「自己」、「意志」、「自由」、あるいは「精神」などの概念を理解したいのなら、哲学や宗教、あるいは良識などに尋ねても無駄だ、脳を神経科学の手法で―─進化生物学の手法と組み合わせれば最高だが―─調べなければならないのだ」と。本書の目的は、この考えを否定し、「「私」は脳ではない」と宣言することにあります。その拠り所となるのは、人間は思い違いをしたり非合理的なことをしたりするという事実であり、しかもそれがどんな事態なのかを探究する力をもっているという事実です。これこそが「精神の自由」という概念が指し示すことであり、「神経中心主義」から完全に抜け落ちているものだとガブリエルは言います。
したがって、人工知能が人間の脳を超える「シンギュラリティ」に到達すると説くAI研究も、科学技術を使って人間の能力を進化させることで人間がもつ限界を超えた知的生命を実現しようとする「トランスヒューマニズム」も、「神経中心主義」を奉じている点では変わりなく、どれだけ前進しても決して「精神の自由」には到達できない、と本書は力強く主張するのです。
矢継ぎ早に新しい技術が登場してはメディアを席捲し、全体像が見えないまま、人間だけがもつ能力など存在しないのではないか、人間は何ら特権的な存在ではないのではないか……といった疑念を突きつけられる機会が増している今、哲学にのみ可能な思考こそが「精神の自由」を擁護できるのかもしれません。前作と同様、日常的な場面や、テレビ番組、映画作品など、分かりやすい具体例を豊富に織り交ぜながら展開される本書は、哲学者が私たちに贈ってくれた「希望」にほかならないでしょう。

[本書の内容]
序 論
I 精神哲学では何をテーマにするのか?
II 意 識
III 自己意識
IV 実のところ「私」とは誰あるいは何なのか?
V 自 由

感想・レビュー・書評

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  • 論理的で、バランスの取れた著作。
    様々な論者の思想を暴き、批判し、人間の生、そして、哲学をあるべきものにする取り組みだ。
    特に最終章が素晴らしい。上への野蛮化が現代では神ではなく、テクノロジーに結びつき、下への野蛮化は進化論万能に結びつく。

  • 『なぜ世界は存在しないのか』に続く第二弾。前作もそうだが、挑発的とも感じられるタイトルが与えるインパクトは強い。
    それにしても、哲学者ってのは、いっつもこんなことを考えているのか……色々と凄いな(そして、その思考と、やたらと頻出する食べ物の例えのギャップがやけに面白い)。

  • 様々な哲学者の思想を簡略に書いてあるので、非常にわかりやすい本である。脳と意識の関係がとても分かりやすく書かれている。

  • 20/03/06。

  • 人間は、科学的に説明し得るのか。自然科学的探究を思考するときの「私」は、迫るシンギュラリティに備えようとし、それは説明可能性を受け入れている。一方で、答えのない未来を探究する思考に耽るときの「私」は、自然科学では構築しえないものであることを疑うことすらしない。だから、脳が単に神経回路で、内外の入出力を媒介するだけなら、「私」は脳ではない。生物的存在と社会的存在、そして、「私」にとっての世界によって、「私」が在る。ような気がする、所で一先ず。

  • なぜ世界は存在しないか?に続く二作目。全三部作。
    まだ前作読んでないので、また今度。

  • マルクス・ガブリエルの「一般向け」哲学書の3部作の2作目。

    「新しい実在論」というのが流行っているらしいのだが、どこが新しいのかは実はわからない。社会構成主義や価値相対主義を批判していて、日常のいわゆる「現実」をしっかり「現実」として位置付けるということになっているみたいだけど、本当にそうなのかな?

    いろいろな「現実」を統合する「世界」は存在しないとしているので、いろいろな側面での「現実」が「実在」することになる。

    これは、もしかすると、価値相対主義が嫌いな人には、さまざまな現実が、社会的に構成されるというほうが、まだよかったんじゃないとか、思ったりする。

    さて、「「私」は脳ではない」というキャッチーな書名だが、脳から独立した精神的な私が実在して、死後も「私」は実在するというようなことを言っているわけでは全くない。

    批判の対象は、神経・脳による「決定論」。それだけではなくて、あらゆる「決定論」への批判。

    そして、最後には、人間の「自由」を宣言する。

    構造主義、ポスト構造主義によって、終わったと思われていた「実存主義」が復興みたいな話もある。

    一見、わかりやすそうに説明しているみたいだが、肝心なところで、ロジックの展開が早くて、結局のところ今ひとつ理解できない。

    といっても、面白いといえば、面白いかな。

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著者プロフィール

1980年生まれ。史上最年少の29歳で、200年以上の伝統を誇るボン大学の哲学科・正教授に。西洋哲学の伝統に根ざしつつ、「新しい実在論」を提唱して世界的に注目される。また、著書『なぜ世界は存在しないのか』(講談社選書メチエ)は世界中でベストセラーとなった。NHKBS『欲望の資本主義』シリーズへの出演で話題に。他著書に『「私」は脳ではない』(講談社選書メチエ)、『新実存主義』(岩波新書)、『神話・狂気・哄笑』(S・ジジェク他との共著、堀之内出版)など。

「2020年 『世界史の針が巻き戻るとき』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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