- Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
- / ISBN・EAN: 9784065174166
作品紹介・あらすじ
ちょっぴり怖い、だからおもしろい。
これぞエンタメ!!
前代未聞の「ミステリー短編バトンつなぎ」
「宮辻薬東宮」(みやつじやくとうぐう)
宮部みゆきさんお書き下ろし短編を辻村深月さんが読み、短編を書き下ろす。その辻村さんの短編を薬丸岳さんが読み、書き下ろし……今をときめく超人気作家たちが“つないだ”ミステリーアンソロジー。
感想・レビュー・書評
-
「人・で・なし」
宮部みゆき上手いよねえ。
極めて普通の(もしかしたら宮部自身が遭遇したかもしれない)居酒屋の、よくある話から、「人でなし」のワードを引き出して、ひとつの現代の「怪談噺」が始まる。まあ、やり過ぎ(ありきたり)のオチだったけど。リレー・アンソロジーどうなるんだろ?
「ママ・はは」
宮部からバトンを受け取ったのは、辻村深月。話の導入方法と「表題」「写真」というキーワードを引き継いだようです。果たして何処を引き継いで何処を引き継がないのか。ちょっと推理したくなりました。
「わたし・わたし」
辻村からバトンを受け取ったのは、薬丸岳。初めて読む作家。確か実際にあった犯罪に取材した小説が多かったかな。今回も見たような犯罪。ショートなんで捻りが足りない。コレ、結局写真繋がりのホラーということなの?
「スマホが・ほ・し・い」
薬丸からバトンを受け取ったのは、ホラーなんて書いたことがないという東山彰良。しかも写真が出てこない!なんなんだ?でも、東山さんらしく、なんかの冒険小説の序章に思える。現代台北の話というのも大変魅力的。
「夢・を・殺す」
東山からバトンを受け取ったのは宮内悠介さん。AI繋がり?初めての作家さん。本来SF作家で、ホラーを書くような人でない。だけど、PCに取り憑いたバグが機械の幽霊なんではないか、という展開から、まさかの宮部みゆきさんにバトンを渡したのでした。
因みに、宮部みゆき文庫本は一部例外(絵本とアンソロジー、ボツコニアンシリーズ)を除いて、コンプリートするというマイルールを設定している。だから本書は除外してもいいんだけど、彼女はどうも本作品を自分の短編集に組み込む意思は無さそうだ。よって、いつかは読まなくてはいけないとは思っていた。
果たして、記念写真は撮れたのでしょうか?
無理だろうな。みんな忙しいから。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「みやつじやくとうぐう」と読むんだそうです。
好みの作家さんが名を連ねていて、その豪華な面々に、思わず即買い。
ミステリーというよりはホラー寄り。勝手にリレー形式のミステリーだと思っていたので、連作短編集のようなものをイメージしていましたが、それぞれが独立したアンソロジーですね。
リレーだと思うと、前の作品を強引に入れ込んだでしょ感が出ちゃってる。でも、宮内さんの作品のラストは秀逸でした。リレー形式ならではの〆だと思います。
アンソロジーって、好きな作家さんの作品を、濃密に、いいとこどりしたような感覚で楽しめるのはもちろん、知らなかった作家さんや、興味はあったけれどまだ読めていなかった作家さんの作品も楽しめるのが好きです。さらに、その作家さんの作風だとか強みを出してくれるので、その作家さんの背景を知れたり。例えば東山彰良さんの作品は、「なんで中国!?」と思いもしたけれど、東山さんご自身が台湾出身だってことを知ったり。宮内悠介さんの、ド文系には何を言っているのか分からなかったプログラミング用語も、宮内さんご自身がプログラマーだったということを知ったり。今回のアンソロジーで、今のお二人の作品がすごーく刺さってきたかと言われるとお答えしにくいのですが、こんな風にお二人の背景や生い立ちを知っていると、次に本屋さんでお二人の作品を目にした時、わたしはきっと、立ち止まってあらすじと舞台を確認してしまうだろう。
他の三名の作家さんも、それぞれ作風と強みがすっっごく現れていて好きです。宮部さんは、わたしはどちらかというとミステリーが好きですが、最後たたみかけてくるところはミステリーとは別の意味でゾクゾクさせられたし、さらにそこでタイトルの「人・で・なし」の意味が激変する。この短いアンソロジーの最初に、ものすごいインパクトと個性を残して去っていく。他の作品が気にならないわけがない。辻村さんは、「母子」という根深いテーマを、このアンソロジーという短い作品の中にぎゅっと詰め込んで、スミちゃんの言葉でいちいち読者を刺してきながらも、「ちょっぴり怖い」を落としどころとしているところはお見事だし、薬丸さんはやはり少年事件を扱っていて、こんな風に、初めてその作家さんに触れる読者への自己PRのようなものも意識してるんだろうな。
で、結局やっぱり、宮部さん辻村さんがダントツ、続いて薬丸さん、という感じかなあ。 -
5人が共演する書き下ろしアンソロジー。
次へ次へと作品をバトンタッチしていく「リレー・ミステリー・アンソロジー」だそうな。
自分が手を出したのは、同じ「宮部みゆき」の「リレー小説」だった「運命の剣 のきばしら(https://booklog.jp/users/hanemitsuru/archives/1/456957243X)」が印象深かったから。一本の日本刀が打たれてから折れるまでを7人でリレーしたこの本は無類に面白く、それ以来あまり多くはない「リレー小説」が読める機会を待っていました。
ですから、この本は期待感いっぱいで手に取りました。
だいたい、タイトルからして「大極宮」と同じ命名規則でつけられているので宮部みゆきが引っ張っているに違いない。ところで、どっちの宮が宮部みゆきなんだろう…、お題を決めたほうか、アンカーか…なんて思いながら頁を繰り始めたのです。あ、宮部みゆきは前のほうの宮で、後ろのほうは宮内悠介でした。
この「宮辻薬東宮」は、「のきばしら」のように「一本の刀」という明確なバトンが決まっているわけではなく、前の走者から受け取るものは、テーマとかプロットとか、それか読後感でしょうか。
だから、先頭走者の宮部みゆきは好き勝手に、と言ったら語弊があるかもしれませんが、どのテーマやプロットがバトンタッチされるかわからないまま短編を書き上げただけ(でも、「心霊写真」については後書きを使って一押ししています)。
そして、このアンソロジーの色を決めたのは第二走者の辻村深月さんということになります。受け取ったバトンは、「・(なかぐろ)」が入ったダブルミーニングタイトル、物に関わるホラーというジャンル、意志を持たないモノが人間を変質させていくというテーマ、写真の変化につれて現実が変化するというプロット、そしてモンスタークレーマーというトッピング。
でも、受け渡されたバトンは走者の手を経るにつれ、伝言ゲームよろしくどんどん形を変え、解像度を落としていきます。アンカーの宮内悠介さんに渡った時点では「タイトルに「・」、物にまつわるホラー、の二点しか残っていませんでした。ただ、最後の最後にきちんと第一走者にバトンを返す離れ業を見せて締めくくって見せてくれました。ああ、本のタイトルが「宮辻薬東宮」の最初の宮と最後の宮が繋がって環になった、作品ごとではなく、アンソロジーのタイトルまで使ってリレーしてるじゃん、と嬉しくなりました。
ということで、区間新記録を出した第二走者、アンカーの2人に対し、第三走者はバトンを落っことし、第四走者は回ってきたと思ったらバトンのはずがタスキで割を食った感じです。「日本刀」というしっかりした柱があった「のきばしら」と違って、プロットと「ホラー」だけがリレーされるのは難しいんでしょうかね。
以下、収録作品別に感想を書いておきます。
ネタバレあります。ご容赦ください。
「人・で・なし」 宮部みゆき
「リレー・ミステリー・アンソロジー」を標榜しているのに実はホラー、というこの本の企画を引っ繰り返してしまった一本。
人ではない、道具に祟られて起こった悲劇。そして被害者は感情を封印して人でないものになった、という意味をが込められたタイトルが見事。
人のような感情のない(人ではない)道具にかかずらわって人でなしになってしまった、というダブルミーニングですよね。
ひとでなしのモンスター社員、栗田君の印象が鮮烈です。「ある場面でプチ人でなし的ふるまいをするんじゃなくて、オールウェイズのタイプ」、こんな表現ができるようになりたいなあ。
栗田君の話をしようと入った居酒屋でクレーマーと遭遇したので、「名もなき毒」のような展開を少し予想したら思い切り外しました。
蛇足ですが、「家」にまつわるホラーだと、『小説講座に通っていた時代の習作』として公開されている「憑かれた家(http://osawa-office.co.jp/blog/miyabe/images/%E6%86%91%E3%81%8B%E3%82%8C%E3%81%9F%E5%AE%B6.pdf)」を思い起こします。
「昭和59年、宮部が23歳の頃の作品」だそうですが、30年後の「人・で・なし」と比べても完成度の高さでは引けを取りません。
「ママ・はは」 辻村深月
第一走者宮部みゆき「人・で・なし」のどこを引き継ぐかを決めてこの本の雰囲気を決めた殊勲の第二走者。
上のほうにも書いたとおり、『「・」が入ったダブルミーニングタイトル、物に関わるホラーというジャンル、意志を持たないモノが人間を変質させていくというテーマ、写真の変化につれて現実が変化するというプロット、モンスタークレーマーというトッピング』(毒親ですが)というバトンをきっちりと引き継いでいます。
写真の変化につれて現実が変容し、実際に起こったはずの過去は上書きされて「消えて」いく、毒親が「消える」という不気味さを、
「『私、嬉しかったんだよ』って」
「どうしてだろう――」「この着物の話をすると、必ず、今のママから電話が来るの」
なんて、平易な言葉で語られるなんてことのない日常会話から立ち上らせて、その不穏さは一級品です。
そう言えば、一度現像した写真が心霊写真的に変化していくというプロットは「小暮写眞館」を思い出しました。でも写真自体は良いほうへ、明るいほうへ変化しているのにストーリーはどんどん悪いほうへ、暗いほうへと転落していく展開ですから、換骨奪胎に大成功していますね。
あと、毒親に抑圧されている小学生の名前が「須賀田竜之介」君って物々しいのはなにかの隠喩?深読みし過ぎでしょうか。
「わたし・わたし」 薬丸岳
後書きに、ミステリーだと思って受けたらホラーだった件、そしてホラーを書くのは初めてだった件が白状されています。
まあ「リレー・ミステリー・アンソロジー」と聞いていたのに回ってきたバトンが「ママ・はは」では、話が違うと当惑したことでしょう。
そんな酌量すべき情状は多ではあるからか、前二走者の作品に比べちょっと控えめな感じ。
ヒモの男に10年前に殺された「わたし」。男に初めて買ってもらった指輪は、殺され、埋められようとする「わたし」の薬指から頑として外れず、証拠隠滅のためには指を切断するしかなかった。
その指輪が今、振り込め詐欺の首謀者に貢いでいる18歳の「わたし」の手に渡り、指につけた「わたし」は流れ込んできた「わたし」の意識に支配される。
警察に事情を聴かれていた「わたし」がしていた指輪がきっかけで、ヒモの男は10年前の殺人を自白する。指輪を外した「わたし」は「わたし」の支配から逃れるが、新たな男に貢ぐことを考え始める――。
ということで、どっちの「わたし」がどっちの「わたし」かわかりにくくなっており、やや叙述トリック風味がある作品です。
寅年生まれが18歳ですから舞台は2016年。生きていれば28歳の市川由香里が殺されたのは2006年。この10年差を、現在の「わたし」を支配している過去の「わたし」の意識が親の電話番号をスマホに登録するところにピンと来ていなかったり、市川由香里の父が一教諭でなく校長になっていたりといった描写で表現してありますが、もう少し丁寧に描き込まないと、単にわかりにくいストーリーラインだと思われかねないのでは。
あと、警察の描写も雑。
逮捕状が出ている特殊詐欺の首謀者に、「ちょっと署まで来てもらおうか」はなあ。私服刑事数人だけで拉致するように車に乗せる描写もなんだか曖昧な感じです。「わたし」の目を通した描写を意識しているのかもしれませんが…。
任意同行のはずの「わたし」の腕をつかんで車に乗せるのも、事情を聴いていた部屋に一人残して担当刑事が席を外すのも、ついでに言えば「錦糸警察」という命名も雑に思えて嫌です。「本所警察署」でいいのに。
さらに言えば、宮部みゆきから辻村深月が受け取ったバトンですが、ここでたくさん零れ落ちてしまい、残ったのは「物をめぐるホラー」「タイトルに・(なかぐろ)」だけになっちゃいました。
特に写真については、後書きに「記念写真を撮りたい」と書いてまでバトンを渡しているにもかかわらず(艶消しだけどわざわざ書き起こしてみると『不気味な写真をめぐるホラーを書いたもの同士で記念写真を撮ったら、どんな写真が撮れるかな』ってシャレですよねこれ)受け取り損なっている(後書きに「記念写真撮りたいですね」と書いているけど、もうちょっとひねってください)のは残念。
「スマホが・ほ・し・い」 東山彰良
物乞いの老婆から奪い取ったスマホは勝手に電源が入り、Googleマップにピンが立つ。そこで起こることは…、という、マックで隣になった女子高生が話していても不思議がないほどよくできた現代の都市伝説。
「猿の手」や宮部みゆきの「だるま猫」に出てくる「猫頭巾」のように、呪われたアイテムが所有者に望外な力と破滅をもたらす――という王道パターンを、「ありふれた韓国製のスマホ」や「グーグルマップに立つピン」に当てはめて見せた筆力はお見事です。
舞台が日本でなく台湾で、異国の風物と中学生の誰もがスマホを使っている状況の対比が「物乞いが持っているスマホ」の不気味さに結びつき、成功しているように思えます。
でも。
ホラー短篇としては最高ですが、「リレー」という点では、「物をめぐるホラー」「タイトルに・(なかぐろ)」しかつながっていません。写真も、ダブルミーニングもどこかに行ってしまいました。
「夢・を・殺す」 宮内悠介
いきなりMSXのプログラミングの話題で始まり、Z80でパチンコ向け開発をしている零細ベンダーが直面しているデスマーチの話題へという、パンチの強い導入部。
デスマーチの主因のしつこいバグは、MSXが世界への窓だった主人公が作ったゲーム、そのスプライトで描かれたキャラクターがなぜか今表示されるようになるというもの。
だから、デバッグは「夢を殺す」こと、というノスタルジックなオチ。ということで、ホラーからも外れてしまいました。
「リレー」の部分を外し、それぞれの作者が冒頭の宮部作品を読んでアンサーソングならぬアンサー作品を自分のカラーで書く、というアンソロジーだと思えばお得な作品だったと思います。
そしてもう一点、冒頭の「人・で・なし」につながる部分を書いて見事に円環を閉じてくれました。「【宮】辻薬東【宮】」とアンソロジーのタイトルも円環が閉じているのにきっちりとオチを付けてくるという力業。
どうでしょう、次は「宮宮宮宮」というリレーアンソロジーを作ってみてはいかがでしょうか。
宮城谷昌光、宮部みゆき、宮本輝、宮内悠介で「三国志・リレー・アンソロジー」とか。 -
リレー小説って、テーマ型のアンソロジーにも、一人の作者による連作短編集にもない、独特の味わいがあるんだと知った。
宮部みゆきのパワーが半端ないのだけど、辻村深月も負けてはいなくて、どうなるかと思いきや、クローザー宮内悠介の絶妙なバランス感(笑)
あ、ちゃんと、一冊になったな、と。
個人的に好きなのは、冒頭二作だけど。
宮部みゆき「人・で・なし」。
社会小説かと思わせる出だしの、お前らが俺に合わせろ系社員栗田くんエピソードが、ある種、自分的には身近で怖い。『名もなき毒』みたいな。
ただ、そこから俺に合わせろ系「家」のホラーに変わっていく所や、居酒屋での絶妙な相槌に、スコーンと読まされました。
続く、辻村深月「ママ・はは」。
これも、前半の教育熱心なクレーマー保護者が、子供と大人の線引きや躾の在り方を滔々と述べるエピソードから。
それを友人が引き継いで、自分の家も親の支配下に私がいて……と語り始め、見事なホラーに持っていくところがすごい。
でも、こっちも本当に怖いのは、子供に過度な干渉をして、気持ちを省みずにいると、いずれ子供から「同等の」扱いが返ってくるんだよ、という示唆の方かもしれない。 -
宮部さん以外は普通。
辻村さんのは別な文庫で読んでたし、本当に文庫の中古で良かった。
普段読んだことのない作家さんだから、新たな出会いがあるかと楽しみにしてたのに残念。 -
宮部→辻村→薬丸→東山→宮内
リレーミステリーアンソロジー。それぞれの味があって恐ろしく面白く読みました。
記念写真は撮られたのでしょうか? -
人気のある作家ばかり集めたゾクっとくるホラーミステリーアンソロジー。ホラー苦手な私でも楽しめる内容で良かった。特に好きなのは「ママ・はは」と「わたし・わたし」。
-
『夢・を・殺す』はホラーっぽくないな。