大きな鳥にさらわれないよう (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 415
レビュー : 34
  • Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065174463

作品紹介・あらすじ

遠く遙かな未来、滅亡の危機に瀕した人類は、小さなグループに分かれて暮らしていた。異なるグループの人間が交雑したときに、、新しい遺伝子を持つ人間──いわば進化する可能性のある人間の誕生を願って。彼らは、進化を期待し、それによって種の存続を目指したのだった。しかし、それは、本当に人類が選びとった世界だったのだろうか? かすかな光を希求する人間の行く末を暗示した川上弘美の「新しい神話」。

感想・レビュー・書評

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  • 短編集であるけれど、すべての話は一つにつながっている。

    章が変わるたびに、ものすごく強い引力に引っ張られ、別世界に連れて行かれる。最初は戸惑いながらも、やがて探究心が芽生えて、もっといろんな世界へ連れて行ってほしいと思ってしまう。それほどにこの本には魅力がある。

    「人間が工場で作られる」という、不思議な世界から始まる物語は、まるで絵を描くようにして、近づいたり離れたりしながら全体像に向かっていく。

    まるで連作のように、設定は深く、登場人物が多い。そして、読んでいる自分は別世界を俯瞰した気持ちになっていることに、知らず知らずのうちに気づく。

    自分が普通だと思っていることは、見る人によってはものすごく異質で、それを受け止められるかどうかも違う。
    異質なものに対しては、どちらかといえば興味をもつ自分にとっては、登場人物の行動に時折不可解な感覚を抱くけれども、共感はできる。

    この本では、時間という概念が薄く、関係性は明記されても、いつのことだかは全くわからない。
    ただここに、明確な意図があり、解釈が許されているように思える。
    だから、人類が迎えるかもしれない遠い未来を書いたこの話は、もしかしたらずっと昔にすでに起こったことなのかもしれないと考えてしまう。

    この物語の全ての真実を知った今、もう一度読み直してみようと思う。

  • 冒頭の一文。
    「今日は湯浴みにゆきましょう、と行子さんが言ったので、みんなでしたくをした」。

    「湯浴み」という言葉。
    いきましょう、ではなく「ゆきましょう」。
    行子さんが言ったから、でなく「言ったので」。
    仕度と漢字で書かずにひらがなの「したく」と。

    冒頭から魅了される。
    川上さんの小説は物語以上に文章が魅力的だ。助詞やひらがなの使い方や句点の位置など、磨き抜かれた文章を一文づつ噛みしめて読むから、なかなか進まず読み終わるのが遅い。

    それでも進むと文章だけでなく世界観にも圧倒される。人類が滅んだ後の世界とヒトという種が描かれる。徐々に謎や秘密が明らかになる章立ての構成が巧い。まるでパズルのピースがそれぞれカチッ、と音を鳴らして合わさってゆく感動と快感がある。

    滅んでも変わらない人間という種。人を愛し、憎み、争い、共同体を作り、異なる存在を受け入れられない。その不変性。それすらも愛しいと思わせるのは、この作家の筆力が為せる技である。

    そして人は変わらずに祈る。祈らずにはいられぬ人間という存在。


    <あなたたち。いつかこの世界にいたあなたたち人間よ。どうかあなたたちが、みずからを救うことができますように。>
    最後の文を読み終えたとき、冒頭の一文に連れ戻された。まるで生ある者の胎内を潜り抜けた妙な感覚に襲われた。数千年後の未来を描いたSFだが、これは神話であり、祈りの記録である。

  • 平たく言うとSFなのに、川上弘美が言葉を編むと、不思議な柔らかさを持つ物語になるのだ。

    ぐにゃぐにゃというか、むにゃむにゃというか、そんな柔らかな世界で、絶滅に瀕している人間は「母たち」に育まれているのだった。

    争いの源である愛や憎しみから隔離された、柔らかな世界で。

    読んでいると、描かれた世界に対する違和感と、そういう世界を構築することを選んだ誰かの決意を思ってしまう。
    人間が生み出した叡智である「見守り」や「母たち」よりも、人間はどうしようもない一面を持っていて、それを捨てられずにいる。
    けれど、その捨てられない、どうしようもないものにも、意味があると思う自分がいる。

    正しい繁栄なんて、幻想だ、きっと。
    けれど、正しく繁栄しなければ、私たちは私たちに潰されるのか。

    万事上手く回る世界に、幸せしか生まれない世界に、調停者がいるだなんて、誰が思うんだろう。
    苦しくて、辛くて、逃れ難い世だからこそ、そこに神さまは生まれるのかもしれない。
    何度も。

    アーイシャが生まれた「奇跡」から、物語は一気にスパートをかける。
    章題は「愛」「変化」「運命」。

    そして、「なぜなの、あたしのかみさま」で世界が変調する。ルービックキューブをガチャガチャと回して色彩が変わったかのように、衝撃。
    この流れがものすごく面白かった。

  • 文庫になったので手元に置きたくなって再読。
    前回読んだ時何かわかった気がしていたのに、結局何もわかっていなかった。今もよくわからない。
    「母」たち、見守り、人間たち、生きること、神など。切なくて寂しくてでも暖かい私たちの世界。

  • おそらくずっとずっと未来、人類は滅びかけて、存続のために新しいシステムを作り出す。わたしたち、母たち、大きい母、少数の男たち、見守り役。世界の各地で分断されて小さな集落を営む彼らの中に、やがて特殊な超能力を持つ者や、外見の変異をきたす者たちが現れ・・・。

    連作短編形式で断片的なピースを集めて最後に大きなパズルを俯瞰で見降ろすような構成。中盤あたりからだんだん全体像が見えてくるのだけれど、個人的には序盤の、なんだかわからないなりに独立した不条理短編としても読めてしまう「形見」や「水仙」が好きだった。「形見」はアンソロジーで既読だったのだけど、既存作品からの抜粋かと思っていたらそのアンソロジー(岸本佐知子編『変愛小説集』)用に書き下ろした「形見」をベースに発展したのが本作という順番だったらしい。

    超能力者みたいなのが現れはじめたあたりは、竹宮恵子『地球へ…』のミュータントを思い出した。そういう意味ではSF的な設定なのだけど、そういう印象を残さないのは川上弘美の文体ならでは。「Interview」の一族は、反射的に「アンパンマン…」と思ってしまった(笑)

    システムを作り出したというヤコブとイアン(=読み方によってはヨハネ)、治癒能力を持つアーイシャを処女懐胎で産んだという母マリア、エリとレマの姉妹の名はイエスの最後の言葉「エリエリレマサバクタニ」が元ネタだろうし、聖書的なモチーフが各所に散りばめられている。本文中にもあるように、歴史は繰り返し、人類が何度も同じ過ちをおかすことを象徴しているのかもしれないし、むしろ逆に、これは遠い未来の話ではなく、今現在自分の生きている世界の遠い遠い過去の話なのかもしれない。

    最終話「なぜなの、あたしのかみさま」で、箱庭をみつめる神の目線が生まれて、1話目の「形見」に戻る、その瞬間に味わわされる一種のカタルシスが素晴らしい。『神様 2011』とも地続きの世界のように感じたのだけど、つまりそれは今自分が生きている世界とこの小説が別世界ではなく地続きだということ。

    ※収録
    形見/水仙/緑の庭/踊る子供/大きな鳥にさらわれないよう/Remember/みずうみ/漂泊/Interview/奇跡/愛/変化/運命/なぜなの、あたしのかみさま
    解説:岸本佐知子

  • 「自分と異なる存在をあなたは受け入れられますか」
    人間って人間に近くてでも絶対に理解できないものを一番に恐れませんか。幽霊とかAIとか人でもそう。
    人間よりも理性が強くて穏やかな存在からしたら、わたしたち人間だってみんな可愛くみえるかな。わたしたちが猫とか犬を無条件に可愛いと思うのと同じに。

  • 「ぼくの死体をよろしくたのむ」以来に川上弘美さんの作品をよんだ。
    うーん難しい、どういうこと?という感覚をもちながらも章を読み進めていくと、いつのまにか遠いところまで来てしまった..未来のような、過去のような。リアルなような、嘘のような。小さな集落のはなしをしているようで、いつのまにか、ありえなく壮大な歴史のはなしをしていた。気持ち悪さをかかえながらも、どうしてかとてもなつかしい、とてもいとしく感じてしまった。岸本佐和子さんの解説がとても素敵。解説をこんなにも熟読してしまったのははじめてかもしれない。

  • なんだかよく分からない、分からないままに読み進める。
    それが本を味わうということなんだろうな、と思いながらページを進めた。
    短編毎に、語り手も、描かれる世界も変化し、時間軸や空間軸まで異なるのでは?と思わせるほど。
    未来の人類史、ともされるこの小説は、人工知能や遺伝子といった理系的な概念も登場するが、書き手の表現力で柔らかくまとめられ、堅苦しさを感じずに読むことが出来る。
    音楽でいうと中村佳穂さんの『きっとね!』や、kiki vivi lilyさんの『カフェイン中毒』といった曲の世界観に重なる。
    ぜひ聴きながら読んでみて欲しい。

  • とても好きな世界でした。面白かったです。
    緩やかに滅びていく。
    人は、愛することと争うことをやめられないから。自分と違うことを受け入れられなくて排除しようとするから。
    なんとか生き延びさせようとしていた「母たち」が、「もうおしまい。」と決めるところは悲しくもありほっとしたところでもありました。
    これは遠い遠い話のようで、でも実はすぐ近くのことかもしれない。
    でも、それでも…という祈りも感じました。優しい眼差し。
    川上さんのお話は時に神話のようです。

  • 小説でしか描けない世界だと思う。

    都度変わる語り手はどんな時代のどんな街に住み、どんな姿をしているのか、断片的に語られる情報をつなぎあわせてその世界を想像する、そういう小説独自の良さが凝縮された作品だった。

    進化を求めながらも変化を受容できずに、自分基準の普通から外れた人間を排斥しながら同じ運命をめぐりつづけ、ゆるやかに衰退するおろかな人類の本質が、さまざまな語り手を通してどこか客観的に、ありありと描かれている。
    工場で作られた人間、たくさん存在する「わたし」、造形の不明瞭な「母たち」と「大きな母」、見慣れない数字の名前に、当たり前のように何百年と生きる人、クローンと人工知能。
    描かれる世界が私にとって異質だと思ったとき、ああ私もまたおろかな人類のひとりなのだと自覚し、この世界の行く末をただひたすら読み進めていくうち、ああ私はこの物語の「見守り」なのだと錯覚する。

    全編を通してアイデンティティとか、多様性とか、愛とか神とか、運命とか、さまざまなテーマが緻密な計算のうえに構成されていて、だからこそ「作者はなぜこれを表題作にしたのか」が気になった。掘り下げ甲斐のある作品なので論文一本くらいは書けそうな気がする。

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著者プロフィール

作家。
1958年東京生まれ。1994年「神様」で第1回パスカル短編文学新人賞を受賞しデビュー。この文学賞に応募したパソコン通信仲間に誘われ俳句をつくり始める。句集に『機嫌のいい犬』。小説「蛇を踏む」(芥川賞)『神様』(紫式部文学賞、Bunkamuraドゥマゴ文学賞)『溺レる』(伊藤整文学賞、女流文学賞)『センセイの鞄』(谷崎潤一郎賞)『真鶴』(芸術選奨文部科学大臣賞)『水声』(読売文学賞)『大きな鳥にさらわれないよう』(泉鏡花賞)などのほか著書多数。2019年紫綬褒章を受章。

「2020年 『わたしの好きな季語』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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