南朝全史 大覚寺統から後南朝へ (講談社学術文庫)

  • 講談社 (2020年2月12日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784065187746

作品紹介・あらすじ

謎多き南朝。その実像は、政治・文化的実体をともなった本格政権だった!

大動乱の時代として日本史に深く刻まれた南北朝時代。しかし南朝の実像は謎に包まれてきた。
室町幕府に対し劣勢に立ちながら、吉野山中に長きにわたり存続できたのはなぜか。
厖大な史料を博捜し、政治・文化的実体をもつ本格政権としての南朝に光を当て、
起源である鎌倉時代の大覚寺統から後南朝まで「もうひとつの朝廷」三百年を描き切る決定版。

【本書より】
本書は、こうした南朝研究の課題と研究手法上の特殊性をふまえて、南朝の前史から説き始め、ピークというべき建武の新政、その後身としての南朝をへて、北朝に吸収された後の抵抗運動としての後南朝の段階をふくめた、いわば南朝の全部をひっくるめた総合的な叙述をすることを目指している。そうすることによって、南朝をつらぬく原理というか、真っすぐ通った一本の柱のようなものの存在を明らかにすることができる。

【本書の内容】
第一章 鎌倉時代の大覚寺統
 大覚寺統の成立
 両統対立の開始
 両統対立の展開
 両統の相剋
第二章 建武の新政
 綸旨万能の成果と限界
 軍事指揮と恩賞宛行
 王統からみた建武の新政
第三章 南朝の時代
 南北朝の併立
 後村上天皇の時代
 長慶天皇の時代
 後亀山天皇と南北朝の合体
第四章 南朝を読みとく
 南朝史料としての『新葉和歌集』
 南朝の組織と制度
 南朝と地方との関係
 大覚寺統傍流の末路
第五章 後南朝とその終焉
 後南朝の皇胤たち
 室町幕府の内紛と後南朝
 両統迭立の終焉

※本書の原本は2005年に講談社選書メチエより刊行されました。

感想・レビュー・書評

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  • 鎌倉時代から室町時代に亘った約200年の歴史を持つ、南朝。
    大覚寺統の始まりから建武の新政、そして消滅までを解き明かす。
    第一章 鎌倉時代の大覚寺統  第二章 建武の新政
    第三章 南朝の時代  第四章 南朝を読みとく
    第五章 後南朝とその終焉
    研究文献目録、南朝年表、索引有り。適宜、略系図や図表有り。
    始まりは兄と弟。
    それぞれの子孫、大覚寺統と持明院統の両統迭立と、
    鎌倉幕府の調停と斡旋が重要だったのだが、
    子孫は増えるし、同じ系統だっていろいろあるしで、
    天皇、上皇、法皇、東宮、親王が入り乱れての、皇位継承争奪戦。
    そこに登場したのが「一代の王」後醍醐天皇。
    「王権至上主義」と倒幕への執念で鎌倉幕府滅亡へ。
    建武の新政の夥しい綸旨の発行と皇子派遣による全国制覇の夢。
    だが、武家社会の支配、綸旨万能主義での混乱と失墜。
    離反した足利尊氏+持明院統=室町幕府と北朝の成立に。
    そして後醍醐天皇は三種の神器を抱えて吉野へ。
    ついに南朝と北朝が併立する事態に。
    後醍醐天皇が築いたその朝廷は、彼の遺言に縛られる。
    表舞台の京へ・・・彼の執念と怨念の凄まじきこと。
    観応の擾乱での幕府のごたごたで、正平の一統で北朝を廃し、
    京都を制圧した南朝の、半年の束の間の夢へ。
    その後、満を持しての足利義満による南北朝の合体だが、
    皇位の両統迭立の不履行は、旧南朝側の皇位の
    問題への不満となり、諜叛を引き起こすことになる。
    幕府の将軍たち、義満、義持、義教と、代が替わるにつれての
    後南朝へ対する厳しい状況・・・隔離と出家での忍従と服属。
    対して、禁闕の変では三種の神器の一つ、神璽の奪取。
    更に応仁の乱にまで関わり、徐々に南朝の者たちは消えていく。
    「闇の歴史、後南朝 後醍醐流の抵抗と終焉」を読んで、
    更に南朝に興味を持っての選書です。
    後南朝だけでなく、南朝時の代を重ねる毎に乏しくなる史料。
    それらを粘り強く読み解き、推察する過程が垣間見えます。
    特に「新葉和歌集」から読み解ける南朝を構成した、
    公家や僧侶たちの存在、朝儀や儀式。
    綸旨等から分かる武者所や訴訟制度の聴断の存在。
    政治や軍事、宗教、文化の実体を備えた朝廷であったこと。
    九州の制西府と日明貿易や倭寇との関係、
    地方との関係も推測されていきます。
    南朝とは、思ってた以上に複雑で、一筋縄では語れない
    存在だったのだなぁと、感じました。

  • 南朝の生まれから、歴史から消えていくまでを描く。
    吉野の山奥まで遁れ何とか命脈を保ってきたか弱い存在といった私の歴史観が、北朝と同様の統治組織を持っていたという記述で覆された本。

  • 南朝研究は、明治以来の南朝正統史問題、資料の少なさという二つの大きな問題を抱えている。
    鎌倉中期頃、後嵯峨天皇の後継者を巡り親王兄弟が大覚寺統、持明院統に分派。幕府は両統併立の立場。
    後醍醐は後宇田の謀略により31歳という異例の高齢で天皇となったが、後宇田の嫡孫への践祚のための中継ぎであった。ところが後宇田の発言力が低下し死んだため、後醍醐新政が可能となった。中継ぎを保証したのは幕府であったため、後醍醐は独裁的な新政を行い幕府に対抗した。持明院統は幕府についた。
    建武の新政では綸旨が乱発され、土地問題などに混乱が生じた。特に軍事に関する綸旨に権限を持たせた点に特徴がある。天皇自ら軍事指揮をすることは稀有である。分身として皇子を大いに使った点も特徴である。
    尊氏は後醍醐に廃位されていた持明院統の光厳と結託し、その宣旨を受け後醍醐討伐を行う。後醍醐は神器を持ち吉野に逃れ南北朝時代が始まる。
    観応の擾乱により南朝は漁夫の利を得て延命する。正平の一統により南朝が北朝を摂取するも、尊氏により短期間で北朝が再興され再び分裂。南朝三代の長慶天皇は大正時代まで即位が疑問視されていた程資料に乏しい。義満の仲裁で和議がなり南北朝時代は終わる。南朝延命の理由の一つに反幕府の地方軍事勢力の協力がある。条件は両統の併立と南朝側への経済的保証であった。
    しかし条件は履行されず南朝残党は後南朝として政治的に敗北する。両統併立もされなくなる。

  • 南北朝時代に関して多くの著作がある研究者による南朝の全体像を明らかにする著作。鎌倉時代における大覚寺統の成立、その中での後醍醐天皇の特殊な位置(「傍流の傍流」)、綸旨万能主義の統治体制としての建武の新政、地方の南朝支持勢力、特に懐良親王の征西府の動向、宗良親王が編纂した『新葉和歌集』からの南朝の制度の析出、後南朝勢力の動向…といったトピックが、乏しい史料からの手堅い史料解釈によって肉付けられている。戦前のイデオロギー的な南朝の高評価、それに対する反動としての戦後の南朝軽視をともに乗り越えて、一個の政治的・軍事的勢力としての南朝が南北朝から室町時代にかけて、日本全体の外交・内政を少なからず規定していたことを克明に描き出している。

  • 鎌倉時代の皇統分裂から後南朝までを射程とした南北朝時代における南朝の通史。史料の少なさによる研究の困難さが伝わってくる。日本史における南朝の位置づけが少しながら理解できたように思う。

  • 太平記を読んでから、南北朝時代に関心が持てるようになりました。本書は、両統迭立から後南朝の終焉までをカバーしており、複雑なこの時代の動きが概観できます。

  • 元々弱体で、幕府としてはいつでも滅ぼすことが出来たであろう南朝勢力が、何故長期間延命することが出来た理由を、少ない残存資料から丁寧に紐解き整理した一冊。
    謎多き室町時代好きは、当然知的好奇心が疼くでしょう。

  • 歴史研究の成果の片鱗から、テーマになっている<南朝>というモノに関して説く一冊だ。読み悪い資料が列記されるというのでもなく、誰でも興味を持って<南朝>というモノのあらましを知ることが叶う好い読物だ。
    鎌倉幕府が滅ぼされ、建武新政を経て室町幕府が登場して行くという時期に「南北朝」という“問題”が生じていて、その解決を図るために長い時日を要したこと、その“問題”の故に「南北朝時代」と呼ばれる場合が在る時期が存在することは知られていると思う。他方、その“問題”の<南朝>というようなことになると、今一つ巧く説明し悪いような気がする。本書は、それが「もう少しうまく説明出来るように」という内容が紹介されている。
    時代毎に差異は大きいのであろうが「皇位継承」の有資格者は限られる。それでもその有資格者が複数在ると、争いめいたことが起こってしまう場合も在る。所謂“中世”の後期、鎌倉時代後半辺りになれば皇位を譲った上皇が「治天の君」として実権を握る“院政”も常態化していた中で、「皇位継承」を巡る諸情勢も煩雑化している。そういう中で、「持明院統」と「大覚寺統」という2つの大きな「皇位継承有資格者」の流れが出て来るのだ。更に「大覚寺統」に関しては“主流”と“傍流”とでも呼ぶべき分裂状態まで生じてしまう。
    建武新政を主導したという後醍醐天皇は、「大覚寺統」の“傍流”の出であるという。新政への反発から「持明院統」の<北朝>を擁した勢力が室町幕府を起こし、<南朝>が抵抗して「南北朝時代」という状況が生じている。この状況に関しては、室町幕府の勢威が頂点に達したような、3代将軍であった足利義満の時代に解決が図られたとされている。
    実を言えば、足利義満による問題解決以降も<南朝>というモノが絡まる事象は見受けられ、それらは<後南朝>と称される。その<後南朝>は度外視したにしても、<南朝>は何十年も続いていたことになるのだが、「どのように続いた?」という疑問を禁じ得ない。本書は、そういう疑問への回答例を示してくれる。
    後醍醐天皇は、鎌倉幕府への抵抗、更に新政の拡散と各地での定着を念頭に、「自信の分身」というような感の皇子達を「〇〇地方全権代表」というような形で方々に送り込んでいる。そういう「〇〇地方全権代表」というようなモノが<南朝>系勢力の「拠所」のようになっている。起こったばかりの明朝との外交関係樹立を目指すこととなった、九州の<征西府>というようなモノが本書でも紹介されているが、それが非常に興味深い。
    <南朝>は、そういう「地方の動き」の他方で「吉野の朝廷」での独自な活動も続けていた。本書では、そういう吉野での活動に関する考察も詳しい。
    こういうような「知っているようなつもりになっているが、実はそれ程知らないのではないか?」というような事柄に光を当てる一冊は、兎に角興味深い。

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著者プロフィール

1949年、長崎県生まれ。九州大学大学院博士課程中途退学。福岡大学名誉教授。文学博士(1985年 九州大学)。専門は中世日本の政治と文化。著書に、『太平記の群像』『闇の歴史、後南朝』『室町幕府崩壊』(角川ソフィア文庫)、『足利尊氏』『足利直義』(角川選書)、『南朝全史』(講談社選書メチエ)、『戦争の日本史8 南北朝の動乱』(吉川弘文館)、『後醍醐天皇』(中公新書)、『増補改訂 南北朝期公武関係史の研究』(思文閣出版)など多数。

「2023年 『足利義満』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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