- Amazon.co.jp ・本 (448ページ)
- / ISBN・EAN: 9784065214640
作品紹介・あらすじ
その島では多くのものが徐々に消滅していき、一緒に人々の心も衰弱していった。
鳥、香水、ラムネ、左足。記憶狩りによって、静かに消滅が進んでいく島で、わたしは小説家として言葉を紡いでいた。少しずつ空洞が増え、心が薄くなっていくことを意識しながらも、消滅を阻止する方法もなく、新しい日常に慣れていく日々。しかしある日、「小説」までもが消滅してしまった。
有機物であることの人間の哀しみを澄んだまなざしで見つめ、空無への願望を、美しく危険な情況の中で描く傑作長編。
感想・レビュー・書評
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少しずつ色々なものが消滅していく島。
リボンや鈴といったささやかなものから、次第に
鳥、バラが消滅してきたあたりから、おや?もしかして、人間が生きていく上で絶対に必要不可欠なものではないけれど、あると心が豊かになるものが消滅しているのかなぁと読者は気付き始める。
そして、とうとう必要不可欠なものまで消滅する。
怖いのは、島の人たちは従順にそれを受け入れ、消滅したものを自ら捨てて、最終的に消滅したものが存在していたことさえ忘れてしまうこと。抗わずに身を委ねてしまうこと。
島から出るフェリーはとうの昔に消滅してしまっていて、虚な目をしながらもこの島で生きていく人たち。
“自分“を見失っていく怖さを閉じ込めた一冊。
こんなに怖さを秘めた物語を、おとぎ話のようなノスタルジックな筆致で描く小川洋子さん。すごいなぁ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
この島では、大事なものが一つずつなくなっていく。
それらは私たちの知っている他愛のないものばかりで、そんな日がほんとうにやってくるのかと思うと、背筋がゾクゾクしてくる。
そして、ニ、三日もすれば、何をなくしたかさえ思い出せなくなっている。
なくすということは、忘れるということ。
小川さん独特の美しい世界に、また足を踏み入れてしまった。
静謐すぎて、読み進むのがもったいないと思ってしまう。
そして、ある意味狂気さえも孕んでいる。
記憶を失わない特殊な人間は、記憶狩りに連れ去られてしまう。
小説を書いて暮らしているわたしは、船の中に住んでいるおじいさんに、編集者のR氏をかくまってあげたいと告白する。
父が昔書庫として使っていた小部屋は、まるで隠れ家のようで、「アンネの日記」を思い出させる。
バラ、写真、木の実、そして小説までもが容赦なく消えていき、物語の結末は衝撃的で、主人公の書き上げた小説があまりにも残酷で、声も出せないくらいだった。
この世には、何事にも抗えず、事実を受け入れることしかできない者がたくさんいるということを知って、胸が痛みます。 -
温かくて優しいのに、冷たくて寂しくて残酷。
消滅を強要されることも、それを平気で受け入れるのも寂しくて、怖しい。
そして、私にとっての「密やかな結晶」とは何だろうかと考えてみる。 -
最初から最後まで穏やかで静かに物語は進む。その内容はとても心を乱されるようなものなのにどこか冷静なまま読み終えた。これはコロナ禍を経験してきたからだろうか?「消滅」することやものが生活の中で小さくない割合を占めることがどんなことか、経験した部分もあるしそうでないことは少なからず想像できるからだろうか?それとも自分の心のどこかが欠けているのだろうか?
解説では、演劇や映画、芸術、文化などが少し触れられていた。他の業界でも日常生活でも何かしらの影響を皆が受けただろう。生活が変わり、今では慣れて現在の環境に適応している。もしかしたら、全ての人が必ずしもそうではないかもしれないが。この物語のように「消滅」がずっと続いていくなら、果たしてずっと乗り越えていけるのだろうか?などと考えてしまった。
詳細は避けるが、この物語の中では全ての人が記憶を失っていくわけではない。だが、だからこそ幸せであるにはどうしたらいいのだろう?と考える。そして、またここでも解説を読んで、描こうとしていたことが何かを知り『密やかな結晶』に込められた思いを知る。自分にはそれが何かはっきり浮かばず、あるようなないような宙ぶらりんな気分だ。 -
物語は不思議で言葉も綺麗なんだけど、どうしてもわたしは入り込めなかった…
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「記憶狩り」。例えば帽子や木の実といったものの記憶がなくなる。人々はそれらを廃棄して、初めから無かったものにする。亡から無へ。記憶警察なるものが厳しく取り締まる。だれがなんのためにそれを行うのか?疑問符が飛ぶ突拍子もない設定。でもすいこまれてしまう、完結した、童話のような空間。
静けさの中に沈む怒りを感じた。湖に、擦ったマッチを落とす、みたいな。冬が終わっても雪に包まれる島に、消滅のためにものを燃やす炎があがる。理不尽な搾取と隔絶。それにより消されてしまったものの数々。それらは、かつては確固として美しく存在した。雪の結晶のように。
主人公は小説家。
小説も消滅させなければならなくて、たくさんの本を火に放るときの場面がある。ここがとても心に残った。一本の曲線を描いて炎に入る本を、むかし父と眺めた飛翔する鳥に喩えている。ここの描写は、特に素晴らしいと思った。 -
うわーなんだかすごく哀しくて切ない物語だった…。少しこわくもある。。
舞台となる島に次々に訪れる“消滅”により、島に住む人々からラムネや香水、フェリーや帽子、鳥にバラの花、小説などの記憶が消えていく。消滅したものは全てその日のうちに燃やしたり川に流したりして処分しなければならない。
消滅したものの処分漏れや、一部の記憶が消えない特殊な人々を取り締まる秘密警察による“記憶狩り”が横行している。ナチスや憲兵隊のような官憲の横暴。
消滅が自然の摂理の一部として描かれていて、島の人々誰もが消滅をあまりにも当たり前のものとして受け止めている姿が悲しさを誘う。諦めですらない無抵抗な受容。昨日まで大切にしていたものが急に世界から失われてしまう、こんな不条理な話なんか無いのに。
不条理な世界に絶望することなく日常を生き続ける人々の強さと美しさ。
小説家である主人公の「わたし」が最後に残した物語には、数々の消滅を(本当に衝撃的なものまで失ってしまう)経たからこそ生まれた結末がある。
『パーフェクト・センス』という映画を少し思い出した。 -
少しずつ記憶が消失していく島で暮らす小説家にまつわる物語
情報統制や同調圧力で自由を失いつつある昨今の情勢と重なる部分もある
静かで美しい文章で綴られるディストピア小説として読んだ -
良かった。小川洋子さんの作品は「博士の愛した数式」しか読んでなかったので、こんな素敵な世界を書く方とは知らず、まだまだ未読の作品がたくさんあることにワクワクしています。
ファンタジーのようでありホラーのようでありおとぎ話のようであり。何回も読みたくなる作品でした。 -
この作品の読書感想文を書くには、私の文章力はとても足りない。
それくらい圧倒されるのです。
小川洋子さんの紡ぐ言葉たちは小川さんが作り出す物語同様、優しくて繊細で儚い。
一文字も逃したくない洗練された文章。
この物語の世界はとても寒くて淋しくて不安で切ないけれど、そんな状況下で蝋燭の火をぽっと灯したような、懐かしい温かさがある。
それは登場人物たちの優しさや気遣いであったり、私自身の思い出を思い起こさせてくれる力があったりするからなのかな。
ハッピーエンドではないしどうしたって哀しくなってしまうけど、その温もりを感じたくて、何度でも読んでしまう。