フォン・ノイマンの哲学 人間のフリをした悪魔 (講談社現代新書)

著者 :
  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065224403

作品紹介・あらすじ

21世紀の現代の善と悪の原点こそ、フォン・ノイマンである。彼の破天荒な生涯と哲学を知れば、今の便利な生活やAIの源流がよくわかる!

「科学的に可能だとわかっていることは、やり遂げなければならない。それがどんなに恐ろしいことにしてもだ」

彼は、理想に邁進するためには、いかなる犠牲もやむを得ないと「人間性」を切り捨てた。

<本書の主な内容>

第1章 数学の天才
――ママ、何を計算しているの?
第2章 ヒルベルト学派の旗手
――君も僕もワインが好きだ。さて、結婚しようか!
第3章 プリンストン高等研究所
――朝食前にバスローブを着たまま、五ページの論文で証明したのです!
第4章 私生活
――そのうち将軍になるかもしれない!
第5章 第二次大戦と原子爆弾
――我々が今生きている世界に責任を持つ必要はない!
第6章 コンピュータの父
――ようやく私の次に計算の早い機械ができた!
第7章 フォン・ノイマン委員会
――彼は、人間よりも進化した生物ではないか?

********

ノイマンがいかに世界を認識し、どのような価値を重視し、いかなる道徳基準にしたがって行動していたのかについては、必ずしも明らかにされているわけではない。さまざまな専門分野の枠組みの内部において断片的に議論されることはあっても、総合的な「フォン・ノイマンの哲学」については、先行研究もほとんど皆無に等しい状況である。

 そこで、ノイマンの生涯と思想を改めて振り返り、「フォン・ノイマンの哲学」に迫るのが、本書の目的である。それも、単に「生涯」を紹介するだけではなく、彼の追究した「学問」と、彼と関係の深かった「人物」に触れながら、時代背景も浮かび上がるように工夫して書き進めていくつもりである。
――「はじめに」より

********

 ノイマンの思想の根底にあるのは、科学で可能なことは徹底的に突き詰めるべきだという「科学優先主義」、目的のためならどんな非人道的兵器でも許されるという「非人道主義」、そして、この世界には普遍的な責任や道徳など存在しないという一種の「虚無主義」である。

 ノイマンは、表面的には柔和で人当たりのよい天才科学者でありながら、内面の彼を貫いているのは「人間のフリをした悪魔」そのものの哲学といえる。とはいえ、そのノイマンが、その夜に限っては、ひどく狼狽(うろた)えていたというのである。クララは、彼に睡眠薬とアルコールを勧めた。          
――第5章「第二次大戦と原子爆弾」より

********

人類史上 最恐の頭脳!

感想・レビュー・書評

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  • 名レビュアー渡辺由佳里氏が運営するサイト「洋書ファンクラブ」を閲覧していた時のこと。
    天才数学者フォン・ノイマンをテーマにした小説“The Maniac”のレビューにあった一説に目が行った。

    「歴史に詳しい(映画『オッペンハイマー』の)視聴者の中からは『なぜNeumann(ノイマン)のことが描かれていないのか?』という疑問の声も上がっていた。というのも、オッペンハイマーは原爆の開発を後悔して水爆の開発に反対して公職から追放されたのだが、フォン・ノイマンのほうは水爆の開発に積極的であり続けたからだ」

    自分も映画を鑑賞したが、確かにノイマンという人物はワンシーンたりとも登場していなかった。「『マンハッタン計画』の科学者集団の中心的指導者」だったにも拘らず、だ。
    しかしそれ以前に自分は、彼の名前すら聞いたことがなく…。試しに”The Maniac”を調べてみたが未邦訳だったので、代わりに本書を手繰り寄せた。

    難解ワードが頻出するだろうと身構えていただけに、ちゃんと読み進められて拍子抜けした。時代背景や関係者の解説を交えながら彼の価値観および人物像を浮き彫りにしているので、評伝と呼んでも良い。
    難解ワードもバランス良く盛り込まれていて、「歴史と数学、両方の世界を熟知しているからこそこんなにも分かりやすいのか」と著者の力量に敬服した。

    オーストリア・ハンガリー帝国はブダペストの生まれ。
    オッペンハイマー同様、幼少期からとんでもなく頭脳明晰で運動が苦手だった。家族はそんな息子に惜しみなく愛情を注いだ。
    幸せなエピソードを知っていくたびに辛くなる。「どうして将来あんなことをしたのか」と。

    「フォン・ノイマンは、我々が今生きている世界に責任を持つ必要はない、という興味深い考え方を教えてくれた。[中略]それ以来、僕はとても幸福な男になった」

    専門の数学以外でも標的を正確に狙う確率を計算する、プログラム内蔵方式のコンピュータを考案。現在も戦闘機などにそれが応用されている。(冒頭に書いた”The Maniac”は、ノイマン考案のもとで開発されたコンピュータの名前)
    広島・長崎に投下された原爆の設計を考えたのもまたノイマンだ。他の研究者らが使用を躊躇する中、「科学的に可能だと分かりきっていることはやり切るべきだ」とのちの水爆同様に積極的だった。まさに「人間のフリをした悪魔」をよく表している。

    「日本も何故もっと早く降伏しなかったのか」と日本側の事情も深掘りされているので、アウェイ感にならなくて済んだ。「ドイツの直後に降伏していれば投下は免れた。間接的にであれ、日本の戦犯者は原爆で国民を更に虐殺した」と著者は語る。

    ノイマンの死因はガンで、核実験で何度か浴びた放射線が原因と言われている。他人の介入する隙を見せなかった、彼らしい最期だったのかもしれない。
    それに一方的に命を奪われた日本国民とは違って、死を実感しながら自分の研究・信念の正しさを今際の際まで信じていられた…。
    最後までとうとう、彼を人間として見ることができなかった。

    • kuma0504さん
      それは確かに不思議ですね。
      「オッペンハイマー」を観たならわかるのですが、水爆開発の首謀者としては、ウイリアム・ボーデンという科学者が、寧ろ...
      それは確かに不思議ですね。
      「オッペンハイマー」を観たならわかるのですが、水爆開発の首謀者としては、ウイリアム・ボーデンという科学者が、寧ろ「作れるのならば作るのが科学者の使命だ」とばかりに登場しています。悪役を二人にすると、話が広がりすぎると思ったのでしょうか?

      それにしても、この映画、核兵器の恐ろしさは熱線であるような作り方をしています。最初の実験でも、皆熱線の恐ろしさだけに気をつけています。あの近さならば、風下にもしいたならば、皆深刻な放射能病になると、日本人ならば多くは心配しますが、科学者なのに、その可能性に言及した者は一人もいません。

      私は、この映画、日本人からのアンサー映画が必要だと思います。私としては小手鞠るいさんの「ある晴れた日の夏の朝」を映画化してほしい。これならば全世界に発信できる。
      2024/04/17
    • ahddamsさん
      kuma0504さん、こんばんは。
      専門外でも突出した才能を見せ、抜群の未来予想能力(第二次世界大戦の終息年をピタリと当てていたそうです…)...
      kuma0504さん、こんばんは。
      専門外でも突出した才能を見せ、抜群の未来予想能力(第二次世界大戦の終息年をピタリと当てていたそうです…)をも備えた大天才だったので、主人公のオッペンハイマーを食ってしまうからだと自分は思っていました汗
      映画では公聴会・聴聞会の尺が長く取られていたので、開発そのものよりも国の動きにフォーカスしたかったのでしょうか…?考えようによってはオッペンハイマーよりも重要人物なのに、本当に不思議です…

      やはり気になりますよね⁉︎
      スピーチの後にオッペンハイマーが見た「幻影」から判断するに、放射線病よりも熱線の方を気にしていたのかもしれません…

      『ゴジラ-1.0』の山崎貴監督もインタビューで仰っていましたね!日本からのアンサー映画は自分も必要だと思います。『ある晴れた夏の朝』も同じく脳裏をよぎりました。
      アンサー映画ではありませんが、二重被曝された山口彊さんの生涯をジェームズ・キャメロン監督が映画化するという話が、個人的には引っかかっています。2010年頃の時点で「構想の段階」みたいですが、(もし実現するなら)『オッペンハイマー』で感じたような居心地の悪さがないことを願います。
      2024/04/17
  • 【感想】
    フォン・ノイマンの名前は、マンハッタン計画に従事した原爆開発の第一人者として、そして「コンピュータの父」として、多くの日本人に知られていると思う。
    彼は「20世紀最高の頭脳」と呼ばれるほどの超天才であり、論理学、量子力学、気象学、ゲーム理論、コンピュータ開発、原爆開発など、功績を残した分野は多岐に渡る。

    そんな彼の生涯を、幼少期から晩年まで辿ったのが本書だ。
    一章から四章まではノイマンの生い立ちや実績、私生活について記載されているが、タイトルにもなっている「人間のフリをした悪魔」の詳細については、第二次世界大戦と原子爆弾について書かれた五章以降に説明がある。

    ノイマンの思想の根底にあるのは、科学で可能なことは徹底的に突き詰めるべきだという「科学優先主義」であった。そして、目的のためならどんな非人道的兵器でも許されるという「非人道的主義」も掲げている。
    第一次世界大戦で使われた「毒ガス兵器」を開発したフリッツ・ハーバーは、こんな言葉を残している。「毒ガスで戦争を早く終わらせる事で、無数の人命を救う事ができる」。ノイマンは、このフリッツ・ハーバーの思想に影響を受けた可能性があると語られており、彼が科学の発展を、道徳や人命よりも上位に置いていたことは疑うべくもない。

    ただ私は、ノイマンは「人間のフリをした悪魔」などではなく、むしろ使命感に燃えていた常識的な科学者であったという印象を受けた。
    戦争という動乱期を経験すれば、思想が多少なりとも過激になることは致し方ないと思う。事実、ノイマンは原爆に賛成しながらも、戦争行為自体には嫌悪感を見せている。軍に協力したのは、アメリカの戦略に寄与することで早く戦争を終わらせるためであり、一種の合理的な決断であった。
    日本は原爆による直接の被害者であることから、ノイマンへの評価は「人間性が無い」という、多少辛辣なものになるかもしれないが、本書で述べられている部分を読んだだけでは、そうした印象は見受けられなかった。(どちらかというと、WW2へのアメリカ参戦に喜び、原爆投下の片棒を担いだチャーチルのほうが「悪魔」という印象がした)
    また、ノイマンは周囲の人間に気を配り、ジョークで場を和ませる明るい人物だったと言われている。偏屈な人間が多い界隈の中では、相当に人間が出来た人だったのではないかと思う。

    いずれにせよ、ノイマンという人物がいかに優れた頭脳を持ち、現代の基礎技術に貢献しているかを知れる一冊であった。

    ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
    【本書のまとめ】
    1 ノイマンの生い立ちと哲学(まとめ)
    ノイマンは22歳にして、大学を卒業すると同時に大学院博士課程を修了し、博士論文も完成させて、前代未聞の「学士・博士」になった。この論文によって、天才数学者ノイマンの名声は、ヨーロッパの数学界に響き渡った。

    ノイマンは、量子力学であろうと数理経済学であろうと、いかなる分野であろうと、既存の概念や偏見に左右されずに、新たな視点から数理モデルを定式化して、効率的な成果を導くための筋道を切り開き、長年の未解決問題でさえ、あっさりと解いてしまうという離れ業を得意にしていた。

    ノイマンの思想の根底にあるのは、科学で可能なことは徹底的に突き詰めるべきだという「科学優先主義」、目的のためならどんな非人道的兵器でも許されるという「非人道的主義」、そして、この世界には普遍的な責任や道徳など存在しないという一種の「虚無主義」である。彼はまさに人間のフリをした悪魔だったのだ。
    「我々が今生きている世界に責任を持つ必要はない」と言い放ったノイマンは、犠牲者に対する人道的感情とは無縁だった。


    2 第二次世界大戦と原子爆弾
    1939年9月に、「核分裂のメカニズム」が掲載される。当時はドイツがヨーロッパ侵略を企てている最中であり、原爆のメカニズムの公表はドイツに開発の契機を与えてしまうのではないか、と懸念されていたが、「科学的事実は世界の科学者で共有すべきだ」というボーアの理念に基づき、リーゼ・マイトナーの発見した「核分裂」以降に発見された理論や情報が、すべて記載されていた。

    その後、ドイツ陸軍省が早い時期から原爆開発を命じていたことが明らかになると、アメリカがドイツよりも先に原爆を開発すべきであることを、アインシュタインの署名で合衆国大統領に直訴している。
    普段は感情を荒立てないノイマンが、ナチスに対しては「尽きることがないほど強い憎悪」を抱いていた。また、ヒトラーに対する自由主義陣営の「宥和政策」にも腹を立てていた。

    1940年9月、ノイマンは、陸軍兵器局弾道学研究所の諮問委員に就任した。
    アメリカの参戦後には、戦争省から「科学研究開発庁」の公式調査官に任命され、爆発研究の科学技術面の最高責任者となった。
    当時のノイマンはあらゆる軍事プロジェクトから引っ張りだこであった。海軍兵器局と陸軍兵器局、戦争省、科学研究開発庁からも相談を受け、マンハッタン計画の主軸を担う「プロジェクトY」からも出頭要請が届いた。

    ロスアラモスの科学者は、自分たちが「大量殺戮兵器」の製造に加担していることを認識し、内心に強い罪悪感を抱いている者も少なくなかった。しかし、ノイマンは「我々が今生きている世界に責任を持つ必要はない」という考えであった。

    1945年の春、普段は冷静なノイマンが自宅に戻り、狼狽えた様子で述べた。
    「我々が今作っているのは怪物で、それは歴史を変える力を持っている!…それでも私は、やり遂げなければならない。軍事的な理由だけでもだが、科学者として科学的に可能だとわかっていることは、やり遂げなければならない。それがどんなに恐ろしいことだとしてもだ。これは始まりにすぎない」
    戦争を終わらせるためなら、どんな非人道的兵器も許される。そう考えていたであろうノイマンが、初めて自分の作った兵器に恐怖した瞬間だった。


    3 コンピュータ開発
    アナログの「微分解析機」では、一発の弾道を計算するために丸一日が費やされる。そこでノイマンが陸軍を説得して開発を急がせたのが、現代にも通ずる「コンピュータ」の原型であった。
    原爆投下を目前にして、ロスアラモスの業務に忙殺されていたノイマンは、仕事の合間にコンピュータの「論理構造」を考察し続け、手書きメモによりコンピュータの計算能力を飛躍的に向上させた。

    ノイマンは現代のコンピュータの根本となる「ノイマン型アーキテクチャ」を設計している。例えば現代のスマートフォンは、1台の機械に時計、メール、カレンダー、カメラなど数多くのソフトが組み込まれている。「同じハードを使いながら、ソフトを多種に変換させる」という「プログラム内蔵方式」の概念を、史上最初に明確に定式化したのがノイマンだったのだ。

    また、ノイマン型アーキテクチャの草稿を書く間、彼はゲーム理論を発展させ、経済学における分析方法を根底から変えてしまった。

    ノイマンは、「数学はあくまで人間の経験と切り離せない」という「数学的経験論」を主張している。彼は「純粋数学」の限界を見極めて、応用数学の重要性に目を向けるべきだと主張した。「経験的な起源から遠く離れて『抽象的』な近親交配が長く続けば続くほど、数学という学問分野は堕落する危険性がある」というのが、ノイマンが未来の数学に強く抱いていた危機感だったのである。


    4 ノイマンはマッドサイエンティストか?
    戦後、第二次世界大戦で疲弊しているソ連に対し、原爆を持つアメリカが「予防戦争」を仕掛けるべきだという意見が挙がる。これが正式に表明されたのは、第二次世界大戦が集結したばかりの1945年10月。提唱者はイギリスの哲学者バートランド・ラッセルであった。
    ノイマンもこれに同調する。「ソ連を攻撃すべきか否かは、もはや問題ではありません。問題は、いつ攻撃するか、ということです」「明日爆撃すると言うなら、なぜ今日ではないのかと私は言いたい」。この言葉から、ノイマンはマッドサイエンティストであるというイメージがついた。

    予防戦争論は、ソ連がアメリカと同じぐらい早く原爆を開発できるわけがないという見込みによるものだった。しかし、1949年8月、ソ連が核実験に成功したというニュースが世界を驚愕させる。
    なぜそこまで早く開発できたのか。それは、ノイマンと一緒に原爆を製造し、共著で機密書類をまとめていた同僚のフックスが、実はソ連のスパイであり、機密情報をソ連に流し続けていたことが原因であった。

    これを受け、アメリカは原爆よりも強力な水爆の開発に向かう。水爆はその威力から、原爆に賛成していた科学者にも開発を反対されたが、ノイマンは賛成していた。道徳的批判に対しては、「いっさい躊躇してはならない」と平然と述べている。

  • 1.書店で見たときに、どこかで見たことがあると思ったので読みました。

    2.オーストリアで生まれたノイマンは8歳の時点で大人顔負けの数学や暗記能力を発揮しております。その才能は学校に行っても発揮され、数々の大学教授を驚かせます。大学卒業時には学士と博士の両方の単位を取得し、社会へ飛びだちます。その後は、大学教授や研究機関に所属し、年間100本ペースの論文を執筆していきます。なかでも際立った発明は原爆とコンピュータの発明です。
    このような数々の偉業を成し遂げたノイマンがどのような生涯を送ったのか、本書では本人の生い立ちと共に、友人関係と絡めながら書かれています。

    3.スティーブ・ジョブズと重ねながら読んでいました。ただ、ジョブズよりも世界に影響を与えた人物ではないかと思ってます。
    10歳の時点で既に大学生並みの知識と思考を有しており、大人になってからはコンピュータを作り出し世界に多大な影響を与えます。卓越した頭脳があってとても羨ましい限りですが、私生活を見ると、日頃のストレスの反動でかなり雑な生活を送っていました。この点については自分は納得がいかず51歳とで亡くなるのも無理はないなと思いました(当時ならば長生きに入るだろうけれど)。
    天才は凡人には考えつかないことを考えるのだから、不思議だなーと思いながら読んでいました。
    そして、
    彼から学ぶことは「とにかく考えること」「たくそんの情報に触れること」だと思いました。

  • その天才ぶりには戦慄すら覚える。
    病魔に倒れなければ、今の世界はもう少し違ったものになっていたかもしれないとも思えるほど。

  • 興味深いエピソードが多く語られるが、ノイマンの「哲学」であるという「非人道主義」、「虚無主義」についてさほど掘り下げられてはいない。
    他にも奇人変人の類いの天才達が何人も登場するので、ノイマン自身は徹底的な合理主義者ではあるものの、むしろ常識人に思えてしまう。

  • 中盤までは私達素人が知っているほぼ全ての科学者・偉人・大統領・首相・総統が登場し、超良質な科学史を読んでいる気分で(特にアラン・チューリングとフォン・ノイマンが共同でコンピュータを研究していたら世界はどうなっていたのか?なんてあたりに)大変興奮させられますが、第二次大戦以降の原水爆の話については正に「人間のフリをした悪魔」「博士の異常な愛情」そのままの世界で、人類の未来はこういう人達の手に(きっと今も)委ねられているのだと思うとゾッとしてくる。

  • コンピュータや原子爆弾を生み出す一方で、経済分野でも著名な理論を発表するなど、様々な分野で功績を残した不世出の天才フォン・ノイマン。彼の一生と、その哲学を考察した評伝です。

    エピソードとして最も印象的だったのは原子爆弾の開発をめぐるもの。
    『我々が今作っているのは怪物で、それは歴史を変える力を持っている』
    と原爆の恐ろしいまでの破壊力を知っていながらも、一方で『軍事的な目的のため、そして科学者として可能なことはやり遂げなければならない』と、原爆の開発を進めていったノイマン。そしてノイマンは後輩の物理学者にも『我々が今生きている世界に責任を持つ必要はない』と断言します。

    著者曰くノイマンの思想の根底にあったのは、化学を徹底的に突き詰めるという『科学優先主義』、目的のためなら非人道的な兵器も許されるという『非人道主義』、この世界には普遍的な責任や道徳は存在しないという『虚無主義』だということ。

    戦争終結後始まったソ連との核開発競争。その過程で生まれたのが原爆よりさらに大きな破壊力を持つ水爆。原爆開発に携わった多くの科学者が、水爆の開発に懸念を示す中、ノイマンは水爆開発にも参加し、そしてソ連に対して先制して攻撃するべきだとも進言します。

    その思想の根底にあったのは何か。個人的には人間への絶望があったのではないか、と感じます。ナチス政権の誕生、そして多くの国が戦争を回避しようとするあまり、ヒトラーへの譲歩を続けた結果、ドイツは暴走を続けホロコーストをはじめとした残虐な行為にも手を染めます。
    ノイマンは『人間の良識に対する徹底的な幻滅を経験した』と語ったそうですが、その幻滅はナチスだけでなく、ナチスに対し宥和的だった諸外国の政策のことも指しているそう。

    そう考えると、原爆の恐ろしさを知りながらも、科学優先主義、非人道主義、虚無主義といった、人間や道徳への絶望し、手段を選ばずに冷徹な化学兵器に心血を注いだ、その心理もうなずける気がする。

    ノイマンの頭脳の恩恵というものは、現代生活を送るうえで計り知れないほど大きいものです。でもその根底にあったのが、人間への絶望だったのだとしたら、あまりにも皮肉に感じます。
    そして現在、AIやドローンによる無人兵器、クローンや遺伝子改変といった生命倫理に関わる科学技術が急速に進歩しています。その科学の進歩に、人間に対する視点は備わっているのか、考えないといけないようにも感じました。

  • なんとなくしか知らなかったノイマンについて知りたく手に取ったが、ノイマンの業績や立ち振舞いを知ることが出来てとても良かった。
    サブタイトル「人間のフリをした悪魔 」にはちょっと違和感を覚える。ノイマンに対しての内面的・哲学的考察が入っているのかと思ったが、そこについてはほとんど言及していなかった。そこを求めていなかったので、個人的にはだからと言って別に不満があるわけではない。
    ノイマン自身については化け物としか言いようがない。一応経済学部卒なのでゲーム理論等はかじっているが、ちょちょっと片手間にゲーム理論を創設するという意味の分からないエピソードもしれっと書かれていて何がなんだか分からない、バケモン以外に彼を表す表現が浮かばない。

  • サブタイトルで「人間のフリをした悪魔」とありますが、これにはやや違和感があります。彼にも血は通っている。技術を常に進化させることで世の中はよくなるという、今でいう「加速主義」の走りではないかと感じました。

    彼のような人、現代版のフォン・ノイマンはあちこちにいるのではないか。そう考えれば彼の功績を我がこととして捉え、現代の技術とそれを司る人たちとの向き合い方の答えも見えてくると思います。

    あとわフォン・ノイマンのような天才に世にどう貢献してもらい、功績を正しく評価するかは難しいですね。このようなメディアを通じて市民が知ることも一助でしょうし、政治家・国のリーダーが政策を通じてどのように方向づけをするのかも重要。我々のリテラシーも問われていると感じました。

  • 人間のフリをした悪魔というサブタイトルだが、本当にそうか。原爆への態度、科学優先主義に見えたからと言って、彼の脳内が非人道的な躊躇いを持たぬものとは決めつけられず、寧ろ達観、或いは距離感のある戦争に対し、脳が合理的に処置した結果。核を用いる事の抑止力、皮肉。今すぐにでもソ連を爆撃せよと言った『博士の異常な愛情』は、大国間の予防戦争を希求したか、それを通り越して、馬鹿げた人類への諦観、世界全体の不協和への戒めと軌道修正を期待したか。

    コンピュータの父、ゲーム理論、マンハッタン計画、数学の天才として知られるノイマン。本著にはアインシュタイン、シュレーディンガーに加え、ノイマンが天才と認める多数の超人が登場し、そのプライベートな性格を覗かせると共に、到底入り込めない火星人たちの空間を味わうことができる。

    その天才たちのドラマの中でも、ユダヤ人の凄さを垣間見る何気ないシーン。ノイマンの親友ウィグナーの妹が、ラブレターをスペルミスの指摘だけで返すような愛という感情が欠落した内向的な天才、ディラックを追いかけて子供まで作ってしまう所。天才の遺伝子のユダヤへの継承か、天才たちの世界観に圧倒された後で、その起源を垣間見た気がして、やけに頭に残った。

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著者プロフィール

國學院大學教授。1959年生まれ。ミシガン大学大学院哲学研究科修了。専門は論理学、科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

「2022年 『実践・哲学ディベート』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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