- 講談社 (2021年6月1日発売)
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感想 : 38件
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Amazon.co.jp ・本 (178ページ) / ISBN・EAN: 9784065225158
作品紹介・あらすじ
第一詩集で中原中也賞を受賞した注目詩人による、初めての小説集。
児童養護施設に暮らす小学5年生の集(しゅう)。園での年下の親友・ひじりとの楽しみは、近くの淀川にいる亀たちを見に行くことだった。温もりが伝わる繊細な言葉で子どもたちの日々を描いた表題作と、小説第一作「膨張」を収録。
みんなの感想まとめ
児童養護施設で暮らす小学5年生の少年たちの日常が、繊細で温かい言葉で描かれています。彼らの視点からは、諦めや希望の微妙なバランスが浮かび上がり、強さと危うさが共存する様子が伝わってきます。特に、友人と...
感想・レビュー・書評
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児童養護施設で暮らす小学生の少年達の、
自分たちの立場から絡まる諦めや、
そこから注ぐ大人への目線、
日々のあらゆるものに倣いながらも、
失くさないでいる希望に目を細める。
強さと危うさ。
繊細で独特な感性が、川の流れが光を受けて揺れるように煌めいている。
関西弁の調和のとれたリズミカルリアル。
彼らが息をどのくらい吸って、
どのくらい吐いているのかを感じ取れるくらい、
そこにある空気の質感ごと描き切る。お見事。
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『ここはとても速い川』 詩集を手に取る気持ちで読んでみてください : |本の泉|有隣堂|
https://www.yurindo-izum...『ここはとても速い川』 詩集を手に取る気持ちで読んでみてください : |本の泉|有隣堂|
https://www.yurindo-izumiblog.jp/archives/59048684.html2022/03/08
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著者、井戸川射子。やや変わった名だが、「いどがわ・いこ」と読む。本名かペンネームかわからないが、なかなか尖った名である。
高校の国語科教師をしていて、詩が最も教えにくく、自分で書いたら理解できるかと書き始め、私家版で出した詩集で中原中也賞を受賞。
本書は、著者初めての小説集。野間文芸新人賞受賞。
本文170ページほどに、表題作「ここはとても速い川」と、小説第一作の「膨張」を収める。
さほどボリュームのある本ではない。が、するする入ってくるかというとそうではなく、咀嚼に少し時間がかかる。
比較的短めの文が改行なしでぽんぽんぽんと綴られる。
例えば、表題作の冒頭はこんな感じ。
抜けていった乳歯は昔バザーで買った、カバン型の指輪ケースに入れていってんねん。水色で金色のビーズが付いて、開く音が気持ちいいやつ。溜まったんを両手に出して時々トイレで洗ってるん。福田先生がこの前授業で自分のへその緒を見してくれたけど、あんなんただの黒いかたまりやんな。全部がそろってるわけちゃうけど根もとの尖りがそれぞれ違って、ばあちゃんが見せてくれたことある象牙のブローチみたいな色やわ。・・・
本作の主人公・語り手は児童養護施設で暮らす少年、集(しゅう)である。少年の独白がこの調子で延々と続く。
取り立てて大きな事件は起こらない。少年の父も母も出て行ってしまい、祖母は病院暮らし。それで少年は施設で暮らしているわけである。けれどもその境遇を恨むとか苦しむとかではなく、彼は日々を生きる。生き生きと、というほどエネルギッシュではないが、淡々と、というほど達観している感じでもない。ただ何だろうか、彼は「現実」を「ありのまま」に生きている。
友だちの「ひじり」はどうやら父親に引き取られるようだ。施設の女の先生の中で、「ひじり」にだけ性的な話をしたがる人がいて集はちょっと気になっている。セクハラかというと微妙な感じ。そこが逆に生々しい。
少年の日常はさまざまな事柄で彩られる。
池のカメに餌をやる。ベーブ・ルースやファーブルの伝記を読む。「ひじり」と一緒に川で足を取られて流される。病院に見舞いに行くとばあちゃんが小銭ばかりでお小遣いをくれる。
子供の視点は揺らがない。集の話をそうか、そうかと聞く。
1文1文が詩のようでもある。
動画ではなく、ばばばばばと撮られた連続写真をずっと見ているような印象も受ける。
2作目「膨張」は1作目よりざらりとした触感である。
主人公は、住所不定で塾講師として働く若い女性あいり。同性愛者である。今の恋人はサディスティックなところがあるが、あいりは彼女に陶酔している。親族との関係は切れてはいないが、母親はあいりの生き方(アドレスホッパー)が理解できずにいる。恋人が女性であることも親族には告げていない。日々漂い、漂い続ける毎日。ある時、母に頼まれて実家に泊まった際、アドレスホッパーの懇親会で知り合った親子も一晩泊めてやる。だがその晩、子供が行方をくらませてしまう。そのあたりから、あいりの人生の軸が揺らぎ始める。
「膨張」とは、身体に溜められた想いが膨らみ張りつめ、やがて破裂を予感させるタイトルである。
1作目同様、短文が改行なしで綴られる。濃密さがやや息苦しい。
全体にやはり、「詩」のような小説だろうか。
その区分そのものに意味がないのかもしれないが。
著者は言葉で、一瞬一瞬、世界を描き取ろうとしている。
言葉が流れる。風景が流れていく。-
私は改行無しの文章に馴染めず、読書一時停止状態です。
おっしゃる通り、一文一文を詩として読んで行けば、読み進める事ができるかと思うます。
...私は改行無しの文章に馴染めず、読書一時停止状態です。
おっしゃる通り、一文一文を詩として読んで行けば、読み進める事ができるかと思うます。
読書再開してみます。2023/02/08 -
yuusanyusannさん
著者さん、先日別の作品で芥川賞受賞されましたね。
流れに乗るまでちょっと時間がかかりましたが、いったん...yuusanyusannさん
著者さん、先日別の作品で芥川賞受賞されましたね。
流れに乗るまでちょっと時間がかかりましたが、いったん乗れるとなかなかおもしろい読書体験だったと思います。
どうぞ楽しまれますように☆2023/02/09 -
返信ありがとうございます。
芥川賞作家に興味があり、トライしましたが、今のところ前進できていません。
もう少し突破力をつけて再度ぶつかろうと...返信ありがとうございます。
芥川賞作家に興味があり、トライしましたが、今のところ前進できていません。
もう少し突破力をつけて再度ぶつかろうと思っています。2023/02/09
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こんなにも心にずっしりくる小説に久しぶりにであった。
子どもは子どもというだけで大人の対立項ではないし幼く無垢で純粋なだけのきれいな生き物でもない
生ぬるい息遣いをすぐそばに感じる
題名について考える
何度も読もうと思う
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新聞かなにかの書評を見て読んでみる。
短編二つだった。一つ目は児童養護施設で暮らす小学五年男子の目線で、ある日常が語られる。
二つ目はアドレスホッパーと呼ばれる生活をしている塾講師の女性の話。同じくアドレスホッパーのパートナー(女性)がいる。どっちかというとこちらの話の方が読みやすかった。自分の心情的に結果オーライなエンドもしっくり。
どちらも改行のない、思いがつらつらと語られる文体で、起伏も少な目なので、読みやすい本が好きな人には向きません。読んでいて、芥川賞受賞作などから良く感じる文学的素養高めオーラありました。
文章は美しいので、そこは個人的に良かったです。
アドレスホッパーの生き方はやはり日本社会にはそぐわない気がしますが。でも一つの選択肢としてあるのかなぁ。椋鳩十が初期に書いていた山窩の生き方とか、海外の海の上で暮らしている人、モンゴルの放牧民なんかだとわかるけど、そんな時代じゃないし。ちょっとアンテナはって実際の生き方例知りたいなと思いました。
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“バスは速い車に合流していく。どれも追い越されたり曲がったり、できるだけ当たらんようにそれぞれ走ってる”
中原中也賞を受賞した詩人の初めての小説集。
「ここはとても速い川」
児童養護施設で暮らす小学生達の日々。関西弁で喋るテンポが、まるで声が聞こえてきそうなほどぽんぽんぽんぽんと話題がコロコロ変わり、みな真剣だ。
小学生男子の関西弁ひとり語りなので、考えていることと、目の前で起こること、これが、段落も変わらず、流れるようにさらさらと描かれていく。
小学生男子といったら、ご飯と寝ることと、ふざけることしか考えていないかと思いきや、周りの人たちの動きや、気持ちをよく見ていて、ホントにこんな感じの優しさを持ってるんだろうな、と思える。夢や希望も過剰に持たず、現実をしっかり受け止めてる。全然やわじゃない。
「膨張」
住所を決めず、移動し続けながら暮らす“アドレスホッパー”の物語。塾講師をしながら、ゲストハウスやホテルを転々と、荷物を持って移動する。
同じアドレスホッパーとゲストハウスで顔を合わせるようになり、イブとウオの親子と実家の留守番に同行してもらうことになる。
「こういう暮らし、どう思ってるの?」
「思って、変わる?」
ウオはそう答えた次の日、いなくなった。
どちらの中編ぐらいの小説。
独特のテンポで、ひとり語りの頭の中を追っているみたい。不思議な世界で、でもありそうな世界。言葉の流れも独特で、いつシーンが切り替わったのかもわかりにくい。けど、私の頭の中もこんな感じの流れだな、と思ってからは不思議とぐっと入り込んで読んだ。 -
2つの短編が収められている。2編に共通するのは「寄る辺なさ」。表題作はそれに加えて、子供の頃の、無垢ではないが純な心持ちを思い出させてくれて特に良い。
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私には文章が読みづらかった。主人公「集」が延々と日常生活のあれこれを喋り続ける感じ。集の目線は面白いし、共感できたりできなかったり、決してつまらないわけではない。ただ、起承転結がないので読み続けるのがつらい。
川上未映子の『乳と卵』に文体が似ているなと思った。
大阪弁というのも偶然にも一緒。-
私も馴染めず、一時中止状態です。どなたかが、文章ではなく、詩 として読んでみたら読み進めて行けるかもしれません。私も馴染めず、一時中止状態です。どなたかが、文章ではなく、詩 として読んでみたら読み進めて行けるかもしれません。2023/02/08 -
2023/02/09
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返信ありがとうございます。今回、芥川賞受賞した作家さんなので、初めて読もうとしましたが、別な作品も読んでみます。
また違った印象かもしれま...返信ありがとうございます。今回、芥川賞受賞した作家さんなので、初めて読もうとしましたが、別な作品も読んでみます。
また違った印象かもしれませんので。2023/02/09
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表題作と『膨張』の2作。
表題作は、児童養護施設で暮らす少年と彼らの周りの大人たちとの関係を子供目線で描かれている。どうにもならない現実への諦めや望みを託す心情。大人の身勝手さに翻弄され、それでも自分たちの置かれている立ち位置をしっかり見つめる様が、関西弁で淡々と語られる。
『膨張』はアドレスホッパーの人たちの話。なぜ彼ら彼女らがそのような生き方を選んだのかは私には理解できませんでしたが、何か規定された社会へ抗っているようにも感じた。
一つ一つの言葉が飛び跳ね流れているようで美しい。 -
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私には理解できない世界観。それでも興味深く読ませてくれた、繊細な文章の力は、さすがに詩人のものだと納得。基本的に、独り言が続く。説明は何もない。何かが解決するとか、わかりあうとか、納得のいく結末とか、そういう小説的な終わりはないと思って読むべき。
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教師であり、詩人であり、詩では表現できないことを小説にしたというような記事を読み、興味を持った。
読んで、ああ、詩人だな、と思うところがいくつもあった。
辛い小説だった。表題作も辛いけど、もう一つの「膨張」はもっと辛い。アドレスホッパーという住居を定めずに生きている若者たちが描かれている。皆独身なのだが、その中に五歳の息子を連れた母親がいる。アドレスホッパーという生き方は別に本人が良ければよいと思う。リスクは分かってやっているのだろうし。主人公(語り手)は仕事もあるし、実家も(居づらいけれど)ある。しかし、子どもはなあ…。やっぱりボロくても帰る家があった方がいいと思うよ。五歳と言えばまだ幼児。それが母の元を自ら離れるって尋常じゃない。まだ言葉も覚束ないから、言葉にできない怒りや不安や悲しみでいっぱいの彼の胸中を考えるだけで胸が潰れる思いがする。
二つとも、小説としては好きだ。表題作も児童養護施設に暮らす子どもだけでなく、そこで働く「先生」と呼ばれる人たちのやるせない思いも伝わり、児童養護施設に暮らす子どもを描いた小説はいくつか読んだけど、これが一番リアルな感じがした。
これだけの悲しみを抱えて生きていかねばならない人生って辛い。本人(子ども)がさほど意識してない(日常だから)ところも辛い。
しかし、なんか読んでいて紋切り型ではない文章がぐっとくる。そこが好きだ。
詩も読んでみたい。 -
豊崎由美が激賞しているので、期待値高めで読んだ。
(たぶんそこがいけなかった)
川上未映子の「わたくし率 イン 歯ー、または世界」を想起させる関西弁の主人公の独白。(たぶんそこもいけなかった)
「わたくし率」を読んだ時の衝撃と比較してしまい、二番煎じ感が拭えない。
自分の読書力が足りないせいなのかな、この程度の少年の孤独感の表現のはずはない、もっと面白いはずと思いつつ読了。
次に収録されている「膨張」を読んで、筆者はあくまで詩人であり、小説には向いていないのでは?と思った。
あるいは、私は、余白をここまで多く取る作品は好みではないのかな、とも。でも、レベッカ・ブラウンみたいな微分して表現する文章も好きなのだけどな。
小説だと思わずに詩だと思って読んだら、また味わいが違ったように思う。が、小説としてもう読み終わってしまったので、情景がよくわかる場面の方は感情移入できるが、情景を描かないで書かれた部分は申し訳ないが独りよがりな感じが拭えなかった。
でも豊崎由美があれほど誉めているのだから、私の読みは甘いのだろうな。きっと。
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短編「膨張」を読みました。文章全体がやや読みにくく感じましたが、特に終盤、定食屋で女性に掴みかかるシーンのリアリティと臨場感は際立っており、非常に引き込まれました。
しかしながら、作中のアドレスホッパーとして描かれている人々の描写に現実味がなく、その設定にはイマイチ共感できませんでした。特定のシーンの描写力は素晴らしいものの、テーマと設定のリアリティには疑問が残る作品でした。 -
「ここはとても速い川」は関西が舞台のようだ。
自宅の近くに淀川が流れているが、川を渡ろうとすることが出来る場所は、三川合流からすぐ下流の京都よりかもしれない と思いながらイメージを膨らませた。
児童福島施設に暮らす子どもたちの日常を暖かい視線で捉えた作品で、日常を淡々と描いているが、物語に変化が少なく平坦過ぎる感じがした。 -
二つの中篇が収められている。
表題作は施設で暮らす小学生の男の子が主人公で、自分が「事情がある家の子」と思われていることを頭の片隅で意識しながらも、平凡な日々の中で仲良しの友達と楽しみを見つけようとしている。父や母のことをなるべく考えようとせず、入院中の祖母をひとりで見舞い、やけに大人びた考えを身につけざるを得ない様子が幼い関西弁で淡々と語られる。
もうひとつの中篇『膨張』は、塾の講師をしながら持ち家を持たずに漫画喫茶や安宿を転々としている若い女性が主人公で、ひょんなことから同じような境遇の母子の二人連れと出会う。”アドレスホッパー”と格好よく自称しているが、根無し草の不安定さとそれを意識しまいとする不安が言動の端々に感じられる。
いずれも、孤独から目を背けようとする姿とそれでも切羽詰まってほとばしる声に、強い孤独と悲しみを感じた。 -
「ここはとても速い川」
様々な事情で家族と住めない子供たちが集められている施設で暮らす子供たちの話。近所の大学生モツモツとか自然な感じで子供たちと接していてなんかよかった。施設の妊娠してる先生が不快。
「膨張」
難しいし、感覚的にもあまり好きではなかった。
アドレスホッパーと呼ばれる、定住する場所を持たずゲストハウスやネットカフェ等を転々としている人たちの話。 -
子供の頃は自分のいる環境が世界の全てで、その中で疑問を持つこともなく淡々と生きる。読んでいて悲しいのに穏やかな気持ちになるのが不思議。
著者プロフィール
井戸川射子の作品
