深い河 新装版 (講談社文庫)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065234488

作品紹介・あらすじ

愛を求めて、人生の意味を求めてインドへと向かう人々。自らの生きてきた時間をふり仰ぎ、母なる河ガンジスのほとりにたたずむとき、大いなる水の流れは人間たちを次の世に運ぶように包みこむ。人と人のふれ合いの声を力強い沈黙で受けとめ河は流れる。純文書下ろし長篇待望の文庫化、毎日芸術賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 1.著者;遠藤氏は小説家。12歳の時に伯母の影響でカトリック協会で受洗。日本の風土とキリスト教の対峙をテーマに、神や人種の問題を書き、高い評価を受けた。「白い人」で芥川賞、「海と毒薬」で新潮文学賞・毎日出版文化賞、「沈黙」で谷崎潤一郎賞・・等を受賞。「狐狸庵山人」の雅号で軽妙洒脱なエッセイも多数執筆。ノーベル賞候補に上がる程で、今でも読み継がれている作家の一人。
    2.本書;世代・考え方・環境が異なる5人の男女が人生の意味を求めて、インドのガンジス川ツアーに参加。深い悩みを抱えた5人がツアーで巡り会い、道しるべを探し求める物語。遠藤氏は、その一人一人に自身の人生を重ねている。カトリックの家に生まれ育った大津、結核を患う沼田、この二人は遠藤氏の人生の一部だ。遠藤文学の礎となるキリスト教、汎神か唯一神か。「深い河」は最終章。十三章構成で、毎日芸術賞受賞。氏の遺志で「沈黙」と共に、棺の中に納められた。
    3.個別感想(印象的な記述を3点に絞り込み、感想を添えて記述);
    (1)『六章;河のほとりの町』より、「(大津)日本人として僕は自然の大きな命を軽視することには耐えられません。いくら明晰で論理的でも、このヨーロッパの基督教の中には生命の中に序列があります」・・・「(大津)神とはあなた達のように人間の外にあって、仰ぎ見るものではないと思います。それは人間の中のあって、しかも人間を包み、樹を包み、草花をも包む、あの大きな命です」「(南仏の修道院の先輩)それは汎神論的な考え方じゃないか」
    ●感想⇒「ヨーロッパの人達の信仰は理性や意識で割り切れぬものを、受け付けません」とあるように、欧米の考え方は、道理や論理を重んじます。日本はこの合理主義的な思想を学び、戦後に世界に類を見ない経済発展を成し遂げました。しかし、物的豊かさを享受した半面、心の豊かさを満たしたかは疑問です。我が国は経済的に豊かになったと思いますが、競争社会を助長し、貧富の差が拡大したのも確かです。宗教は多くの人々を救うと同時に迫害や対立を生じさせています。今も宗派の違いにより、各地で民族問題や地域紛争が起きています。「人間を包み、樹を包み、草花をも包む、あの大きな命」こそ、遠藤氏の宗教観(どの宗教もお互いに寛容であるべきだ)であり、耳を傾ける時だと思います。
    (2)『十章;大津の場合』より、「(磯部)人生というものはまず仕事であり、懸命に働く事であり、そういう夫を女もまた悦ぶと考えてきた。そして、妻の中に自分に対する情愛がどれほど潜んでいるか、一度も考えなかった。・・・だが臨終の時、妻が発した譫言(私必ず生まれ変わるから、この世界の何処かに。探して、私を見つけて、約束よ)を耳にしてから、磯部は人間にとってかけがえのない結びつきが何であったかを知った」
    ●感想⇒「人生というものはまず仕事であり、懸命に働く事であり、そういう夫を女もまた悦ぶと考えてきた」。世間には、私を含めこうした考えの人が多いと思います。私は本書を読んで、遠藤氏の持論に覚醒しました。生活と人生は違う事を。「生活は優劣の差がつく競争社会、人生は権力差がなく競争の無い社会」です。生活は能力や立場が平等でないが、人生は平等なのです。「人間にとってかけがえのない結びつき」即ち、人と出会いながら、本当に心を通わせられる人と交流し、今を生きることが大切。日本社会では、欧米のモノ重視と個人主義が横行し、孤独になって苦しんでいる人がどんどん増えていると思います。宗教に限定する事無く、誰にも言えない苦しみを分ちあい、寄り添えるモノがあるといいですね。
    (3)『十一章;まことに彼は我々の病を負い』より、(ガンジー語録集より)「本能的にすべての宗教が多かれ少なかれ真実であると思う。すべての宗教は同じ神から発している。しかしどの宗教も不完全である。なぜなら、それらは不完全な人間によって我々に伝えられてきたからだ」「様々な宗教があるが、それらはみな同一の地点に集まり通ずる様々な道である。同じ目的地に到達する限り、我々がそれぞれ異なった道をたどろうとかまわないではないか」
    ●感想⇒NHKの「日本の信仰調査」によれば、“無宗教→49%、宗教を信仰している→39%(仏教→38%、キリスト教系→0.9%)”。他の調査でも、日本は人口の29%が神を信じていない無神論者。日本人の信仰心は薄いと言えます。私は、宗教の目的は二つあると考えます。「普段から心を安定させる」「困った時に心を奮い立たせる」です。但し、これらを充足する方法は「宗教」以外にも方法があると思います。信頼のおける人(親族・友人・知人・・)、先人(の言葉)等です。私は無宗教派です。心の安定と奮起には、❝先人に学ぶ❞事と❝尊敬する先輩諸氏のアドバイス❞を参考にしています。個人の考えは一様ではないので、宗教にだけ捕われる事なく、「熟慮し、自身に見合った方法を見つけ、信じること」でしょう。それが、「同じ目的地に到達する限り、我々がそれぞれ異なった道をたどろうとかまわない」のだと思います。
    4.まとめ;遠藤周作研究で著名な、山根道弘氏は、本書を「遠藤の文学と人生の総決算」と言ってます。「諸々の宗教はお互いに敬意を払いながら、❝寛容さ❞を持つべきだ」というのが、遠藤氏の思いなのでしょう。私はキリスト教徒ではありませんが、遠藤周作は好きな作家の一人です。遠藤氏を理解するには棺の中に入れられた「深い河」と「沈黙(レビュー済)」は必読です。蛇足ですが、純文学者・遠藤氏のもう一つの顔である狐狸庵山人として、執筆されたエッセイ「現代の快人物(狐狸庵閑話)」や「勇気ある言葉」等は、肩ひじ張らずに楽しく読めるので私のお気に入りです。(以上)

  • リーインカーネーションは実際有り得ることなのか。幼い頃から、ずっと考えてきた。死んだらどうなるのか、無なのか?
    それとも魂は7日刻みで他の生命として宿るのか?本当にそうだったら良いなと願う。今作は死生観、転生、宗教とテーマがあまりにデカく、重たい内容かなと思ったが筆者の文才と筆力で読ませます。
    一流のエンタメとしても、大人の読み物としても、考えさせられ、楽しめ、良い読書時間を満喫できた。更にエンタメ色を求めれば、月の満ち欠けを読むことをお勧めする。

  • 『沈黙』に引き続き遠藤2作品目。(知り合いか)
    現代設定なのと、執筆が後期1990年代のためか読みやすい。沈黙では、キリスト教の拡大先で土着の信仰と交わる、あるいは交わらないことの悲劇がついぞ解決されない。この作品では一つの答えに着地している。
    それはマハトマ・ガンジーの言葉によって語られていた。

    ──あらゆる宗教の目的地は一つで、そこに到達するには様々な道がある。異なった思想でもかまわない。実際には人間の数だけ宗教があるのだ(要約)─


    これ以上ない名言。ガンジー=不服従から深掘りしなかった自分が恥ずかしい。
    どんな身分も宗教でも飲み込んでしまう広いガンジスの流れ。人間の内にあるあらゆる悲しみ、痛みの河を押し流していくもの。そのイメージ通りに話が進み、逆に遠藤の神へのラブレターから人間讃歌に変わっていくのを感じた。(遠藤いうな)


    離れて見れば普遍性をもつ真理も、しかし近づくと色鮮やかで残酷だったりする。大自然の営みが、獣の捕食する血と肉であるように、この作品の生死観もまた超ハードモード。俯瞰でないと見ていられない。

    以下はラストのネタバレ。

    幼い頃から弱虫で挫折しやすく、言葉でも立ち向かうことのできないはぐれキリシタンの男が、ガンジス川のほとりで、名もなき異教徒として死を迎えるラストシーン。これにつけて、あらー大自然だねーなんてとても言えない。
    それが作者によって唐突に思考は遮断される。え?ページがまっしろ。アプリが壊れたのかともっかい再生押してみる。

    死んだ。
    そこで終わった。

    やっと救済の境地にたどりつけたのに。
    サブキャラが獣のように殺されて物語は幕引きとなる。


    知ってる人には有名なのかな〜。この強制終了の意図が、どうか30%くらい汲めて…いてほしい。信仰が引き継がれたことで、彼は肉を供してその使命を果たしたのではないか…?
    なんせ深すぎる!!
    それでも、なんちゃって仏教徒で神棚を祀りヨガやマインドフルネスに精を出しながらカムイもいいよねーなんて言ってるゆるふわ教徒を、一つの光に紐づけてくれた名著。宙ぶらりんだった足元に地面ができたみたい。
    辿り着く先はひとつ。

    遠藤、この後年の作品も追ってみたい。()

  • インドのガンジス川であらゆる過去を持つ人々が交差する。好きなタイプな小説と思い手に取ったが、大正解だった。

    後悔や懺悔、悲しみを背負った登場人物が救いを求めている中で、ひとり信仰心を持たない美津子が、物語を牽引している。
    宗教の混沌とした矛盾そのものが、世界に争いや災いももたらしているわけで、なぜそこから脱げ出さないのかと説得する美津子こそ常識的に考えると正論な訳だけど、やはり人は後悔や懺悔、悲しみを乗り越えるためには、説明のつかない矛盾に満ちた探求や試行錯誤を経なければ救いの境地に辿り着けないということだろう。

    たとえそれが救いのない結末であったとしても、それを認め、受け入れるのがガンジス川に象徴されるなにかであろう。
    それをひとは神と呼んだり、たまねぎと呼んだり、もしくは愛と呼ぶ人もいるでしょう。

    遠藤周作はちょっと重そうで避けて通って来たけど、普遍的なテーマなのかとても現代の心にも馴染み良い素晴らしい作品でした。

  • 何かの喪失を抱え、インドの母なる河ガンジスにやってきた日本の旅行客たち。このガンジス河は死者にはじまり、どんな醜い人間もどんな汚れた人間もすべて拒まず受け入れ、そして流れていく。
    どの人間にも我々が知らない、知りようもない彼らのドラマがある。
    三條のような旅行客もまたリアルだった。

    愛・玉ねぎとか色々書き出すと、薄くなりそうだし自分の語彙力表現力ではとてもこの感動を表すことができないのが残念。本当にいい小説だった。

  • 宇多田ヒカルがディープリバーを作る際に影響を受けたと言われるだけあってとても良い作品。

  • インドに向かったある旅行者たち。各々が背負う過去を、ガンジス河はすべて受け止め、包み込み流れゆく。
    生きることとは、死ぬこととは、神とは、そして信仰とは何なのか。
    壮大なテーマは、物語を終えてなお読者に語りかける。

    妻の生まれ変わりを探しに来た磯辺、奔放な男性経験を経て1人の神父の行方を追う美津子、物語はこの2人を軸にして進んで行くが、他の旅行者たちもまたいろいろなものを背負っている。

    ラストが大津の危篤の報で突然終わったようにも読めるが、おそらくそれは死を迎えつつある大津に対する美津子の心情も表現しているようにも捉えられる。

    作者が伝えたかったメッセージは、時代を超えて心に響く。

  • 長年お世話になった本屋の閉店日に購入した本。
    インドのガンジス河に行く日本人観光客を中心とした物語。
    深い哀しみが存在する人生の終局を目前に、人は何を想い、求めるのか。
    古い作品でテーマは必然的に重いものの、読みにくさは無い。
    忙しい毎日を送る現代人に、一度立ち止まり、死生を考える機会を与える、印象深い本だと思います。
    1920年代生まれの、戦争を経験した著者に執筆だからこその深みがありました。

  • クリスチャン作家として有名な著者だが、実はその思想は一部の(というか割合多くの)クリスチャンから異端視されてきた。

    その一番大きな理由はおそらく宗教多元主義によるものだろう。

    しかし個人的には著者に深いシンパシーを感じてきた。それは自分自身が幼い頃から日本の文化や土壌に慣れ親しんできており、家族や親しい人達の葬儀を通して仏教にも触れ、お経なども暗誦した経験があるからだ。今でも浄土真宗の正信偈は空で唱えることができる。

    また、遠藤さんと同じように日本人のクリスチャンとしてどうやって生きていったらいいか思い悩んできたせいもある。

    このことを深く書きすぎるとクリスチャンとして良からぬ誤解を受けるので割愛するが、ともかく遠藤周作がいなければ、私ははぐれクリスチャンから戻ってこられなかったかもしれない。

    私は以前、氏が臨死体験について語った動画を観たことがある。当時、愛する人達を亡くして深い喪失感に苦しんでいる最中にあって、氏のメッセージは深い励ましになった。それもまた宗教多元主義的な内容だった。

    この小説に出てくる『はぐれ神父』の大津の思想はまさに遠藤周作のそれだ。戦時中ビルマのジャングルで苦しんだ木口が暗誦する阿弥陀経とその傍らで全てを飲み込むように流れるガンジス河の流れと光景もこの小説の主題を描いている。九官鳥に話しかける沼田の姿も魂の深いところで会話する点は同じだろう。

    神学的な面だけで見れば、この小説はクリスチャンにオススメできない。イエス・キリストの例え方も少し貧相すぎるイメージだ。あまりにも『玉ねぎ』を連呼しすぎているし、ついに最後までイエスの名が出てこなかった。また、一部のカルトは宗教多元主義を利用することがあってそのことにも注意が必要だ。

    けれどもガンジス河の流れを描きながら、人の魂を救う力をこの物語は間違いなく持っている。本当の意味での祈りとは何なのかをさり気なく問いかけている。

  • 河というのが、神聖だったり生死に対して繋がりが深いものというイメージは自分の中で形成されつつあったけど、これを読むと、ガンジス川はそういうイメージをある意味で残酷に表しているなと思った。
    最後まで、インドに来た彼ら日本人がそれぞれ抱えているものに光のさすような解決を分かりやすく見出すことはされなかったけれど、そのもどかしさと暗さが生き続けていくということだしこの本の終わり方に通じている気がした。

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著者プロフィール

1923年東京に生まれる。母・郁は音楽家。12歳でカトリックの洗礼を受ける。慶應義塾大学仏文科卒。50~53年戦後最初のフランスへの留学生となる。55年「白い人」で芥川賞を、58年『海と毒薬』で毎日出版文化賞を、66年『沈黙』で谷崎潤一郎賞受賞。『沈黙』は、海外翻訳も多数。79年『キリストの誕生』で読売文学賞を、80年『侍』で野間文芸賞を受賞。著書多数。


「2016年 『『沈黙』をめぐる短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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