- Amazon.co.jp ・本 (266ページ)
- / ISBN・EAN: 9784065260371
作品紹介・あらすじ
偶然録画していた興味のない番組
冷蔵庫内の陣地争い 貧弱な食事ばかりのSNS画面 資料室の籠城騒動
キラキラはしていなくても、
冴えない日常は、案外愛しく、悪くない。
短編の名手がおくる 私たちの‘今’が詰まった8つの物語
怒り、あきらめ、情けないこと、ときどきは幸せなこと
“通り過ぎていくものたちのどれかは、手になじんで輝いてくれるだろう”
収録作
「レコーダー定置網漁」
「台所の停戦」
「現代生活手帖」
「牢名主」
「粗食インスタグラム」
「フェリシティの面接」
「メダカと猫と密室」
「イン・ザ・シティ」
感想・レビュー・書評
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津村さんは疲れた人の疲れっぷりを表現するのが上手な作家さんだと毎回思う。
例えば第一話「レコーダー定置網漁」の冒頭。
『リフレッシュ休暇をもらったが、もはや私にはリフレッシュする気力自体が残っていなかったのだった』という一文でもう持っていかれる。
他にも「粗食インスタグラム」の主人公が仕事で『判断すること』に疲れすぎて貧弱な食事のブログに癒されるその心境を『せめて悲しい食事で生きようとしている仲間を探して安心している』と評しているのが津村さんらしくてクスっとする。
極め付きは「メダカと猫と密室」の冒頭で主人公の先輩安田さんが係長からの電話を受けている最中に『突然気力がなくなった』と言って私に受話器をよこしてそのままいなくなるというシーン。
何とも衝撃的で主人公の横井もメモの字が大きく歪むくらいなのだが、それが何ともユーモラスなのだ。
先の「レコーダー定置網漁」では仕事で予約録画した番組を長らく見られなかった間に『刑事コロンボ』シリーズが終わっていたのだが、代わりに録画されていた後番組のユルい料理番組やらワイドショーやらにいつの間にか引き込まれ元気をもらっているし、「粗食インスタグラム」では仕事と人間関係に振り回されつつも少しずつ食事がまともになっていっているし、「メダカと猫と密室」では資料室に籠ってしまった安田さんと主人公横井と中村課長との攻防が楽しい。
こんな人いるよなぁとか、こんなことあるよなぁとか、その気持ち分かるよなぁと頷きながらも予想を超えた展開と大変なのに笑えるのが津村さんらしくて楽しめた。
かと思えば、収奪され続ける人たちを描いた「牢名主」とか殺人事件を解き明かす「フェリシティの面接」というシリアスモードな作品もある。
違う作者が描けばサスペンスだったりホラーだったり嫌ミスだったりになりそうなものをギリギリのところで踏みとどまらせるのは巧みだなと思う。
他にネットや防犯については発達した未来を描いているのになぜか宅配は人とロバとを選べるという「現代生活手帖」という変わり種もある。
そして中には難しい親子関係を描いた作品が二編あるのだが、そのどちらもユーモアの一方で繊細さも見せてくれる。
祖母、母、娘の女ばかり三代で暮らしている一家の台所戦争を描いた「台所の停戦」では主人公である母の、祖母にとっては娘であり、娘にとっては母である双方の立場と出戻りであるという引け目が分かるし、双方難しい親に悩んでいる女子中学生たちの話「イン・ザ・シティ」では主人公キヨがゲームをきっかけに親しくなったアサの家庭事情を思わず知りながら、そこに踏み込んでいいのかどうか悩む心情が細かに描いてあった。
どの作品も物事が万事解決したというわけではない。だが何故かホッとするような、そんな気持ちにさせられる。
「粗食インスタグラム」の最後の方の文章を借りれば『やはり、つまらない食事だと思う』と言いつつも『でもそれでもよかった』と言えるようになったのが良かったと思う。変わらないようで何かが変わったというその微妙さ繊細さを伝えるのが上手いなと改めて思う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
全話クスッと笑える箇所があり、テンポよく読める話だった。
ちょっと生活に疲れたという人の表現がとてもいそうな加減でしっくり来た。
強制的に期限に間に合わせるため、相手が困ってるていのメールを勝手に送ってくれるサービス、私も欲しい…
出てくる近未来的なシチュエーションは羨ましいと思う範囲で、すっと理解できた。 -
なんとも不思議な物語だった。8つの短編から成る物語だが、どれもが不思議な設定であったりして私には少し入りづらかった。
ただ、どれも面白くないか?と聞かれたらそれはNOで、面白いか?と聞かれても、NOだ。
もちろん人それぞれ感想が違うのは当たり前だし、好みの違いだとは思う。
最後の章に出てくる『インザシティ』が無性に聴きたくなったし、スケボーも始めたくなった。 -
何気ない日常を8つの短編にしているが、どれもあるようでちょっと笑えるところもあって楽しめた。
自分の中でハマったのは、冷蔵庫内の陣地争いで
なんやそれ、って突っ込みをいれたくなった。
でも当人にすればそれぞれの言い分があるのだろう…と。
それに次いで、粗食インスタグラムも夢中になってしまった。
「つらつらと何かを選ぶという判断をすることに倦んでいる。」
確かにそういう気分の時ってあるんだなぁ。
Instagramでも綺麗な器に彩りの素晴らしい料理が、これでもか、というくらいある。
それより、つまらない食事がポツンとあると、なんだこれって二度見してしまう。
それでもあるよなぁ、こんなときって思えて愛おしくなったりする。
自分の中で、情けないなぁと思ってもちょっと笑えることがあればいいのでは…と感じた。
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本屋さんで関西弁丸出しの帯に惹かれて、手に取りました。
この帯、関西だけ?地域によって違うのでしょうか。
書店員さん達の言葉に納得!
「この感覚、なんかわかるわ〜」な短編集。
特に1つ目の「レコーダー定置網漁」。
これ、私やないか!(笑)
ひたすらダラダラして、見るつもりなかったけど見たテレビ番組で紹介されてたことをやってみて、何か気が晴れちゃったりして。
特に事件は起こらないけど、平凡な毎日が一番心地良い。
そんな1冊。
ゆるゆるな気分な時、ダラダラしたい時にオススメです。 -
津村記久子さんの短編集は初めて。
帯に"短編の名手"とあり、そうだったのか、と初めて知る。
短い物語の中でも登場人物が立っているし、展開も鮮やか。驚く。
旧友の訃報があり、目が滑る感覚が全くないわけではなかったけれど、それでもいつのまにか没入できている話も多く、やっぱり読書は現実から目を逸らす逃げ道を作ってくれる、お守りのような存在だと改めて思う。
特にお気に入りは、『粗食インスタグラム』と『メダカと猫と密室』。
どちらも仕事に疲れている女性社員にスポットを当てたお話。
前者は"選ぶ"という作業に疲弊した結果、粗末な食べ物ばかり摂取する感覚もわかるし、外面ばかりいい上司に振り回されることに辟易し、小さな自己満足のオアシスを求める気持ちにもとても共感できる。
熱が低いまま、それでも登場人物たちの生活を囲んでいるアイテムや会話たちが、ぐっと読者を掴んでくる。さじ加減が本当に上手い作家さんだと思う。 -
何か特別な出来事があるわけではない、が心に残るショートストーリーだった。
あっ、わかる、この感覚。
と感じるような所。
なんとなく安心するような感覚の本です -
淡々と生きることは意外と難しいことなのかもなあ。なんとなく人生をバランスよく生きてそうに見える人も、自分をちゃんと持ってそうに見える人も、悩んだり傷ついたりして、でもひょんなことに慰められたりして生きているのかもなとか考えちゃう本でした。
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ずっとキンドル化されるのを待っていたけれど全然なりそうにないので、紙の本をきのう買ってきたら一気読みしてしまった。
とても津村さんらしい短編集。
各短編の登場人物はとにかくいろいろなことに疲れ切っている人たちが多い。いろいろあって(ってひとことで言えば「ストレス」というものなんだろうけど)、なにを食べるか決めるのがしんどいとか、なにかするのがとてつもなく面倒だとか、友達がいないとか、SNSがつらいとか、会社がしんどいとか、人間関係のトラブルにあったとか。そういう人たちがほんの少しだけましになっていく、という話が多いんだけど、そのきっかけみたいなものが意表をついていていい。粗食の写真をアップするとか、会社でこっそりメダカを飼うとか。文章にユーモアがあって、描かれている状況はしんどいんだけれど、笑えて、けっこう楽しそうじゃん?とも思えてしまうような。わたしは本当に津村さんの文章が好きだ。
とくに中高生を書いたものがすごく好きかも。中高生って思わせないような普遍的なものがあるような。ああいう中高生だったらよかったなと思うような。
あと、近未来の話とか過去の話とかSFっぽいものもあるんだけど、ちょっとコニー・ウィリスみを感じるのはわたしだけかなあ。