- Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
- / ISBN・EAN: 9784065310083
作品紹介・あらすじ
一人の男を好きになった。
自分にとって最後の恋になるだろう、という強い予感があった。
人として、女として、生きるために。
直木賞作家が描く「最後」の恋。本当の、恋愛小説。
「素直な感動に満たされた。窪さんがこんな小説を書くなんて」ーーー唯川恵「解説」より
赤澤奈美は四十七歳、美容皮膚科医。
夫と別れ、一人息子を育て、老母の面倒をみながら、仕事一筋に生きてきた。
ふとしたことから、元患者で十四歳年下の業平公平と嵐に遭ったかのように恋に落ちる。
頑なに一人で生きてみせようとしてきた奈美の世界が、色鮮やかに変わってゆく。
直木賞作家、渾身の恋愛小説。
感想・レビュー・書評
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『女』のあなたにお聞きします。
“あなたは、『女』になりたいですか?”
(*˙ᵕ˙*)え?
う〜ん、なんとも意味不明でいて、それでいて意味深な質問から始まったこのレビュー。そもそも性別=『女』であるにもかかわらず、『女になりたい』という言葉が一般的な言葉としておかしいとも言えないところにこの言葉の奥深さがあるように思います。
今の世にあっては、人の人生を簡単に示すこと自体難しいものだとは思いますが、『女』としてこの世に生まれた人の一生を敢えて綴るとした場合、『女』として生まれ、恋をして『女』になって、結婚して『妻』になって、子を産んで『母』になる。このような言い方はできると思います。しかし、そこに不思議なことに気づきます。『女』として生まれ、『女』であり続ける人生を送っているにも関わらず、結婚、出産によって『妻』、『母』という新たな立場が『女』に置き換わってしまっていることです。当たり前のようであってどこか不思議なこの立場の変化。改めて考えるとなんとも興味深いものです。そして、そんな変化の中でその人自身の心にはどのような思いの変化があるのでしょうか?
さてここに、『一人の男を好きになった』という先に『私は女としてもう一度生きてみたい』、『もう一度、女になりたい』という思いを募らせていく一人の女性が主人公となる物語があります。そんな女性の心の内の変化を具に見るこの作品。そんな女性の変化に生命の芽吹を感じさせるこの作品。そしてそれは、『これが自分にとって最後の恋になるだろう、という強い予感』の先へと突き進む『女』の思いを感じる物語です。
『痛みがあったらおっしゃってくださいね』と、患者さんの『左頬から光をあてていく』のは主人公の赤澤奈美(あかざわ なみ)。『渋谷の高級住宅街と呼ばれるこの場所にクリニックを開いて三年近くになる』と、三人のスタッフと共に『美容皮膚科』で『雇われ院長』を務める奈美は、『今夜会う』オーナーの佐藤直也のことを思います。そんな奈美は午後から『over40』が読者層の女性誌の取材を受けます。『人気美容皮膚科のおすすめ施術!』という見開きに『二、三ヵ月に一度は登場』している奈美。そんな取材の中に『先生、本当に綺麗。本当に本当に四十七なんですか?』と『女性ライター』に問われ『正真正銘の四十七です』と返す奈美は、『レーザー治療、ボトックス…』と『半ば、自分の顔を実験台にして生きてきた』過去を思います。そして、取材が終わり、『先生、もう少し貪欲になってくださいよー』、『先生の顔写真の善し悪しで患者さんの数も変わるんです』と三十八歳で子育てをしながらスタッフを続ける柳下に言われた奈美は、雑誌が発売されると『私と三人のスタッフではさばききれないほどの患者さんの予約が殺到』するという記事が掲載された後の反応を思います。そんなクリニックに七十代の常連の箕浦がやってきます。『いかにもおばあさんの手』をなんとかしたいと言う箕浦に『両手でヒアルロン酸を二本』、『施術料と併せて二十五万円』という料金を説明する奈美。それに『いいのよ、値段なんて。このしわくちゃな手が綺麗になるのなら』と答える箕浦に早速施術をする奈美。『先生は魔法使いね』と箕浦は上機嫌で帰っていきました。『女の、若返りたいという欲望には底がない』、『女たちの欲望に自分の技術を使って応えているというプライドと自負はある』と思う奈美。
場面は変わり、『指定された渋谷駅直結のホテルの高層階』を訪ねた奈美を『まあ、まずは飲もう…おつかれさま』と迎えたのは佐藤直也。『渋谷の高級住宅街にオープンするクリニックの美容皮膚科医を探している』と友人から紹介され知り合った佐藤から『毎月、いくら欲しいのか』と訊かれ希望を超える額を支払ってもらえるようになった奈美。『月に一度、仕事の話のあとに僕とつきあうのなら』という条件の下指定された場所で会うことを続けています。しかし、『君が考えているようなことを僕が君にすることはない』と言う佐藤からは『何かされる』こともなく『いつ終わるともしれない佐藤の会話を』『ただ黙って聞』くということを続けています。『僕の言うことを聞きなさい。君は一流の美容皮膚科医になるんだ』と言う佐藤。
再度場面は変わり、『患者さんからの強い要望』の先に『内服薬と外用薬を使った薄毛治療をスタートさせ、一ヵ月が過ぎた』というある日、『三十三歳、会社員』の業平という患者がクリニックを訪れました。『十二月の結婚式までになんとかしたい』という希望に則り、早速施術を行う奈美は、さまざまに会話する中に『彼が三十三ということは私の十四歳下、ということか』と思います。そして、施術終了後、『じゃあ、二週間後にまた』と送り出した奈美は『結婚式を控えたただの患者さんの一人』としか業平のことは思っていません。『彼と深い縁を結ぶことなど想像もしていなかった』という奈美。そんな奈美が『私は女としてもう一度生きてみたい』、『もう一度、女になりたい』という思いの先に業平との十四歳差の恋に目覚め『女』として生きる奈美の姿が描かれていきます。
“赤澤奈美は四十七歳、美容皮膚科医。夫と別れ、一人息子を育て、老母の面倒をみながら、仕事一筋に生きてきた。ふとしたことから、元患者で十四歳年下の業平公平と嵐に遭ったかのように恋に落ちる。頑なに一人で生きてみせようとしてきた奈美の世界が、色鮮やかに変わってゆく”。そんな風に内容紹介に記されるこの作品。”直木賞作家が描く「最後」の恋。本当の、恋愛小説”という宣伝文句の”最後”という言葉が好奇心を掻き立てます。その一方で、「私は女になりたい」という書名の意味も考えてしまいます。“私は○○になりたい”という言葉は、子供が大人になってどんな職業に就きたいか、そんな将来の夢を語る場を思い起こさせます。しかしその一方で、”私は貝になりたい”という、かつて1958年に放送されたという伝説のテレビドラマのタイトルも浮かびます。この言葉を発する人物の強い意志を感じさせる“私は○○になりたい”という言葉。その”○○”に『女』という言葉が入る時、そこにはどんな物語が展開するのでしょうか?
さて、この作品を見ていくにあたってまずは三点を挙げてみたいと思います。まず一つ目は、この作品の主人公が『美容皮膚科医』である点です。このことに関して〈解説〉の唯川恵さんがとても興味深いことを書かれていらっしゃいます。
“主人公・奈美の職業を美容皮膚科医に設定したことに、まず窪さんの意図を感じた。これがもし美容整形外科医だったら、物語に対する印象はまた違っていたに違いない”。
えっ?というのがこの〈解説〉を読んだ私の正直な感想です。テレビに散々にイメージ告知が展開される『美容』クリニックのCM。私は訪れたことがなく、そもそも論がわかっていなかったことに気づきました。『美容』”○○”には、『美容皮膚科』と『美容整形外科』がある…なるほど。そして、この作品の主人公・奈美は『美容皮膚科医』であるというこの説明。このレビューを読んでくださっているあなたは、何をそんな当たり前なこと言ってるのかしら?と呆れられているかもしれませんが、唯川さんはこの二者についてこんな風に語られます。
”どちらを選ぶかによって女の心の在り方が推察できる”
ドキッ!とされた方もいらっしゃるかもしれません。必ずしも全員が全員そんな選択で二分されるとも思いませんが、直木賞作家でもある唯川さんの言葉が強い説得力をもって伝わってきます。これから読まれる方には是非この唯川さんの〈解説〉も含めてこの作品をお楽しみいただければと思います。物語を読んだ読者の思いを一段深くするとてもよくできた〈解説〉だと思いました。そして、そんな物語は、『美容』”○○”のさまざまな側面に光を当てます。
『昔の女ならば五十が寿命だ。老人、といってもいいだろう。けれど、今は美容皮膚科や美容整形の施術で表面的な若さを保つことができる』。
『五十』を『老人』と言い切ってしまう一文には、暴動が起きないか?心配にもなりますが、『美容皮膚科医』視点で語られる物語は、『フォトブライトフェイシャルは、私のクリニックで一番人気のある施術だ』…と、今の世の中の最先端の施術を描写していきます。『肌の老化は二十五から始まる』とドキドキっ!とするような言葉もさらりと挟み込みながら物語は展開していきます。そんな物語の背骨の部分を支えるのが次の一文です。
『綺麗になりたい、という欲望には年齢など関係ない』。
それは、世の女性の切実な思いが根底に流れ続けているからこその説得力なのだと思います。しかし、『美容皮膚科医』としての強い説得力をもってこんな一文も綴られます。
『若くできるのは体の表面だ。内臓を若返らせることはできない。若くみえても、私たちは確実に老いている。外と内の年齢差はどうやっても埋めることはできない』。
これは紛れもない事実です。古の世から数多の権力者が手に入れようとした不老長寿は結局のところ夢物語でしかない現実がそこにあります。物語は、そんなすべての現実を知る『美容皮膚科医』の奈美が一人の男性との出会いをきっかけにそんな不可能に挑んでいく様を見る、言い過ぎかもしれませんがそんな感覚を見るのがこの作品だと思います。
次に二つ目は上記したように主人公を『美容皮膚科医』としたことに関連して、医療に絶妙に比喩した見事な表現が登場するところです。
『ひどい裂傷を自分の力で一針一針縫い、ガーゼで覆い、抜糸をし、赤みを帯びた傷が白くなるまで、それほどの時間が必要だった』。
これだけ読むと何かの医療行為をする場面のように見えますが、これは『あの人と別れてから五年の月日が経った』と、作品冒頭に触れられる『あの人』との別れによる心の傷を癒す奈美の心持ちを巧みに比喩したものです。非常によくできた比喩だと思います。
・『時間というのは残酷だ。魂がちぎれる、とまで思った痛みすら、研磨して滑らかにしてしまう』。
・『そう考えると、胸の奥深くに長くて細い針を刺されたような気持ちにもなる』。
他にもこのようにさまざまな痛みを絶妙に比喩していく表現も多々登場します。この作品は全編にわたって主人公の奈美視点で語られていく物語です。そうであるが故に一貫性のある美しい比喩表現が奈美という人物の心の内を暗示しているようにも感じました。
そして、三つ目は各章の章題です。物語は〈序章〉を含めた6つの章から構成されていますが、すべての章には花の名前がつけられているのです。正直なところ読んでいる途中には、これは花の名前だけど、さて?としか思わなかったのですが、まさか!と思い、読後にそれぞれの花の”花言葉”を調べてみました。
・〈序章 バイカウツギ〉: 思い出
・〈一章 アスチルベ〉: 恋の訪れ
・〈二章 アザレア〉: 恋の喜び
・〈三章 オシロイバナ〉: 恋を疑う
・〈四章 アネモネ〉: はかない恋
・〈五章 ユーカリ〉: 追憶、新生、再生
ご承知の通り、一つの花には複数の”花言葉”があると思いますが、物語に合いそうな言葉を選んで並べてみました。しかし、書いてしまってからヤバいことに気づきました。なんと、各章の概要を書いたわけでもないのに、物語の概要がここに浮かび上がってきてしまったからです。これは、ヤバいです。私は単に目次を転記して、花言葉をご紹介しただけですので、ネ、ネ、ネタバレの意図は全くございません。私は無実です(笑)。
それにしても窪さんが章題一つにものすごくこだわられていることが改めてよくわかりました。なお、〈五章〉につけられた『ユーカリ』についてはコアラが食べる植物という印象しかありませんでしたが、なんと立派に”花言葉”まであるんですね。ちなみに、『ユーカリ』の種は、山火事のあとの雨で発芽すると言われているんだそうです。なるほど、う〜ん、深い…(とこの作品を読まれた方はここにこの植物の名前を章題にされた窪さんの上手さに驚かれると思います)
さて、そんなこの作品ですが『私は雇われ院長』と、自虐的に語る『美容皮膚科医』の奈美がそんなクリニックでスタートした『薄毛治療』に訪れた一人の患者と繋がりを持つ先の物語が描かれていきます。『十二月の結婚式までになんとかしたいです!』と『つむじのあたりが薄くなっている』と説明する患者の業平公平。普段圧倒的に女性の患者に対応している中に現れた男性患者を施術する奈美はふとこんなことを思います。
『彼が三十三ということは私の十四歳下、ということか』
その時にはそれ以上でもそれ以下でもないこの思いがやがて奈美の中で大きな部分を占めるようになっていきます。
『懐かれてしまっている、というのが私の最初の公平に対する感情だった。年下の男に懐かれている。結婚直前でダメになった若い男になぜだか懐かれてしまっている。彼は寂しいのだ』。
そんな関係性からスタートした二人ですが、その時の奈美の感情を窪さんは絶妙な比喩を用いて表されます。
『鏡面の湖のような生活のなかに、ぽん、と小石が投げられ、その波紋が広がっていくようなそんな気がした』。
これは絶妙としか言いようのないものです。”花言葉”で”恋の喜び”を表す〈二章 アザレア〉に描かれていく二人の物語は本来若返ることなどできないはずの人の内面が芽吹いていく様子を強く感じさせます。そこにこんな思いに囚われる奈美。
『彼の前にいる私は、美容皮膚科クリニックの雇われ院長ではなく、大学生の息子がいるバツイチの母親でもなく、ただの一人の女だ』。
物語はそんな奈美が『私は女としてもう一度生きてみたい』、『もう一度、女になりたい』という思いの中に突き動かされていく先の物語が描かれていきます。息を呑むほどに奈美の内面の心の機微をリアルに描き出していく窪さんの筆致は最後の最後まで物語を読む手を止めさせてはくれません。そんな先に描かれるまさかの結末。〈五章 ユーカリ〉の”花言葉”を感じさせるまさかの結末に、窪さんの作品作りの上手さを改めて感じる物語の姿がありました。
『あの人と出会う前の私は仕事だけに生きる女だった』。
『美容皮膚科医』として『雇われ院長』を務める主人公の奈美。この作品では、そんな奈美の日常に突如現れた一人の男性の存在によって奈美の日常と感情が大きく変化していく様が描かれていました。巧みな比喩表現に酔うこの作品。絶妙な物語展開に窪さんの上手さを感じさせられるこの作品。
「私は女になりたい」と名付けられた書名の奥深さに、人生は誰のためのものなのか?、そんなことを考えてもしまう、素晴らしい作品でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
窪美澄さん、先日に続き2冊目。
初読みした先日、他の作品も読んでみたくなり書店ウロチョロしていると、
文庫本新刊という事で山積みになっていたのでコチラを。
主人公は、美容皮膚科の医師アラフィフ、バツイチ。
息子、母、元夫、患者、医院内のスタッフ、医院のオーナーとの日常で物語が進んでいく。
美容皮膚科とはどうゆうことするのか?の内部も少し知れたし、美容整形外科とは違う点も物語の中のポイントとなっているような。
14歳年下の男性との物語がメインではあるものの、それだけの話ではないところが面白かった!
窪美澄さんの作品の書き方というか文章が私には合ってるのかスラスラ読めてしまう、3冊目は何を読もうかな。_φ(・_・ -
ストレートなタイトル、気になっていました。女性が社会進出し勝ち上がるためには、並々ならぬ努力が要り、背負い込んだものの大きさに苦悩をも抱えてしまうというお話。バツイチアラフィフ子持ちの美容皮膚科医、奈美。
ひょんなことで、奈美は14歳年下公平と恋に落ちる。これが最後の恋。もう子供を産むのは難しいと思いつつ、女でいることに執着するきめ細かい描写に、つい胸がギュッとなる。
更なるトラブルが奈美を襲う。ストーリーの展開はドラマをみているようで先が気になり一寸ドキドキしながら読了。
奈美の家族関係は、著者自身と重なる部分があるのかな。より気迫を感じました。
個人的には、息子との関わりがリアルで切なかった。
この年齢の女性が抱える本音みたいなものが見え隠れし、タイトルのテーマとなり面白かった。 -
窪美澄さんの作品、久しぶりに手にした。
美容皮膚科で院長をしている、赤澤奈美が主人公。
夫と別れ、息子を育て、母の介護をして、仕事もこなす。
パワーが半端なく必要だと思うが、やりがいのある仕事が支えるのか、わけあり14歳年下の彼が支えるのか!
中盤かなり心苦しくなる状況もあったが、最終的には、仕事に賭けることが奈美を強くする。
恋の再燃を感じさせるラストも良かった。 -
女が、努力して、辛抱して、仕事や地位、お金、美しさ、恋愛を手に入れた結果、バチがあたるような展開に、途中ちょっと絶望しかけた。
もっと軽やかに、女が、母が、幸せをつかめるような世の中になるといいな。 -
面白かったです。母親年代の恋愛模様?人間関係の話はなかなかないので、新鮮でした。
偶然にもラストがハロウィンで、読み終わった今日もハロウィンだったので、少し不思議な感覚になりました。
個人的に公平の元婚約者がどうなったのかが、すごく気になりました。
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家族を捨てオーナーの財力に媚びて?生計を成り立てていた主人公の生き方に共感はできないけど何故か幸せになって欲しかった
序章と最後のくだりは読者の想像力を沸き立てる -
取って付けたような理由をあれこれ並べて
女である事をやめてしまいたくなる時もあるけれど
それでもどうしようもなく女なんだよな私。
と、本を読み終わってぼんやりと思っている。 -
女はいくつになってもきれいでいたい。欲望には年齢など関係ない。☺ 美容皮膚科医の主人公の恋愛ストーリー。背負っているものが重すぎる。歳の差恋愛。憧れる。最後は、幸せになってほしい。
著者プロフィール
窪美澄の作品





