はじめての人類学 (講談社現代新書)

  • 講談社 (2023年8月23日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784065328576

作品紹介・あらすじ

「人間の生」とは一体何なのか。今から100年前、人類学者たちはその答えを知ろうとしてフィールドワークに飛び出した。マリノフスキ、レヴィ=ストロース、ボアズ、インゴルドという4人の最重要人物から浮かび上がる、人類学者たちの足跡とは。これを読めば人類学の真髄が掴める、いままでなかった新しい入門書!

感想・レビュー・書評

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  • 「構造主義」はこうして生まれた…20世紀最大の人類学者、レヴィ=ストロースが辿り着いた「人間の本質」(奥野 克巳) | 現代新書 | 講談社(2023.08.22)
    https://gendai.media/articles/-/114875

    奥野克巳のホームページ
    https://www2.rikkyo.ac.jp/web/katsumiokuno/

    『はじめての人類学』(奥野 克巳):講談社現代新書|講談社BOOK倶楽部
    https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000380075

  • はじめての人類学 奥野克巳

    人類学者の紹介と、彼らが人類学者としてどんな実績を積んできたかが章ごとに説明されている。

    ぶっちゃけ難しくてよく分からんかった。笑

    最終章に全てまとめられているので、初めに最終章を読んでから、序盤に戻り、掘り下げて読んでいった方が分かりやすいかも…。

    人類学とは、自民族以外の民族を研究する学問である。
    フランスでは「民族学」と呼ばれている。
    日本の「民俗学」とは違う。

    序章を読んで気づいたのが、この本を手に取った私の根本的な勘違い。
    もっと、精神論的な「人類とは」みたいな研究かと思っていたよ笑
    そういったものは、やはり哲学や精神分析論とかになるのですかね。

    ですが、手に取った以上は、読みます!!笑

    【ブロニスワフ・マリノフスキ】キリリとした丸眼鏡の若干頭の薄いイケおじ。
    ポーランドの学者。
    彼は、フィールドワークの実践を提唱した。
    頭でわかっていても、実際そこに行って住み始めると、現実は違うということです。

    【クロード・レヴィ=ストロース】四角い黒縁眼鏡の頭の薄い国会議員とかにいそうなおじさま。
    フランスの人類学者。後にアメリカに亡命。
    同じく、現地経験を推奨する。
    彼は、人間の中に意識されないまま潜んでいる「構造」だけではなく、人間を超えて自然の中にある「構造」にまで踏み込みます。
    私たちが「未完」「野蛮」だと思っている社会には、最初から完成されている精神があり、それらもまた同じ人間の精神の所産だと説く。

    ふーむ、封建村系の小説を思い出すが、人間の精神の所産だと言われると、食人も正当化されてしまう笑

    【フランツ・ボアズ】眼鏡かけたアインシュタインみたい。
    ドイツからアメリカに移民。
    アメリカの人類学を大きく発展させた方。
    ネイティブ・アメリカンと呼ばれる先住民の調査研究を大きく進める。
    内部に混在する多様な文化と、遠く離れた外部の文化を比較する中で、文化の概念を練り上げ「文化相対主義」を打ち出す。

    はい。なんのことやら。

    「文化相対主義」とは、すべての文化には価値があり、敬意が払われるべきであると言う考え方。
    未開と文明を問わず、あらゆる文化は対等である。

    つまり、文化の差に優劣はない。と。

    人類学における「文化」とは、
    知識、信念、技術、道徳、法律、慣習など。

    戦後のアメリカに強い影響をもたらしたそうです。

    アメリカの人類学は、「文化人類学」と想定。
    文化の概念は特に重要なものであり、「生のあり方」こそがアメリカの人類学での研究対象らしい。

    これじゃん?私が読みたかったのって…^^;

    【ティム・インゴルド】良いお父さん風
    イギリスの学者。
    父が英国菌類学会の会長。
    彼は独自の観点から人類学を進める。
    人類学とは、人が生きていること、生に関わる学問だったということが見えてきた。
    参与観察に基づくフィールドワークをもとに研究することであり、異文化理解を目指す学問ではないと主張している。

    データを収集はすれど、語ることではないと。

    異文化とともに、哲学すること。と提唱。

    ふむふむ。
    『人類学とは』に重きを置いた本な気がした。

    自国は自国、異文化は異文化。
    それぞれ干渉し合うものではない。
    共に歩もうではないか!的なのが理想。

    異文化で特に興味深かったのは、

    ーーーーー

    トロブリアンド諸島の母系社会では、人は死ぬと「トウマ」と呼ばれる死者の島へ行き、幸福な生活を送ると考えられています。死者の霊は、トウマでの生活に飽きると、現世に戻るために「霊児」になるとされます。そしてトロブリアンド諸島に戻り、女性の体内へと入っていくのです。つまり、女性が妊娠して子どもを出産するのは、霊児が彼女の身体に宿ったからだと考えていたわけです。血液は子どもの身体をつくるのを助ける働きがあります。だから、妊娠すると月経が止まるのだとトロブリアンド諸島の人々は説明します。(本文より)

    ーーーーー

    科学がなければ知り得ない事なので当たり前なのだが、それでも人間は本能で繁殖し、独自の解釈を作り出し進化してきた「動物」なのだと実感した。

  • 文化人類学ぐらいしか馴染みがないけど、一体「人類学」って何をしているの?と思って手に取った一冊です。

    本書では。人類学における四人の重要な人類学者、マリノフスキー、レヴィ=ストロース、ボアズ、インゴルドの紹介を通じて、人類学とは何なのか、主に20世紀の歩みを辿っています。

    それぞれの人物の人生や人類学への歩み、どのようなことを考えたのかなどが順番に紹介されていくだけで、最後まで読み進めていっても、この本を読むきっかけとなる「人類学ってどういう学問なのか?」にはなかなか辿り着かない。と言うよりも全然分からない。
    でも、終章の「これからの人類学」で、そこまでの流れを総合して人類学のこれからと今後のがまとめられている。ここで、ようやく少し「人類学って何?」に対する答えが見えてくる。そういう意味では、「はじめに」の次に、終章を読んでから、四人の中から興味のある人を読んでいくような読み方が良いような気がした。

  • 参与観察
    実際に参加・参与しながら観察をしてデータを収集する調査研究の手法
    構造とは要素と要素間の関係とそれからなる全体であって…一連の変化過程を通じて不変の特性を保持する
    仏教のサマーディの音写の三昧
    徒歩旅行と輸送
    アリとクモ
    人類学の探求の技術、現在生じていることに次々に即応できるように知覚を研ぎ澄ますこと、世界との関係を調整すること
    人間の生と会話する
    普段の思考の外部へと連れ出してくれる

  • 人類学とは、人間について研究する学問で、国により分類が多少異なるということを冒頭で知ることができます。
    イギリスでは、「自然人類学」「先史考古学」「社会人類学」の3つで構成されています。アメリカでは、上記3つに加えて「言語人類学」が加わるそうです。
    フランスでは、社会人類学を「民族学」と呼ばれてきたそうです。
    この人類学を年代別に重要な役割を果たしてきた人物を紹介すると共に、その書籍から何を導き出してきたのかを知ることができます。
    クロード・レヴィ=ストロースさんと、ティム・インゴルドさんの名前は聞いたことがありましたが、ブロニスラフ・マリノフスキさんやフランツ・ボアズさんは存じ上げませんでした。それぞれの学者が残してきた書籍は、参考文献として掲載されています。本書を手に取り人類学に興味を持った人への道案内にもなっています。
    最高にかっこいい学問の一つ人類学を学びたくなりました。

  • 人類学における4人の巨人を中心にどのような考え方が主流として扱われてきたのかについて述べている。
    本質的に人類学とは相対的哲学なのかなと思ったし、大袈裟かもしれないが誰しもが普段の生活の中で「内部」と「外部」を意識することで人類学的な参与観察に似た過ごし方ができるんじゃないかと思った。

  •  おそらく「自然人類学」ではなく「文化人類学」の入門書。新書でインゴルドを推すのはこの本が初?

    【書誌情報】
    『はじめての人類学』
    著者:奥野克巳(1962-)
    シリーズ:講談社現代新書
    定価:990円(税込)
    ISBN:9784065328576

     「人間の生」とは一体何なのか。今から100年前、人類学者たちはその答えを知ろうとしてフィールドワークに飛び出した。マリノフスキ、レヴィ=ストロース、ボアズ、インゴルドという4人の最重要人物から浮かび上がる、人類学者たちの足跡とは。これを読めば人類学の真髄が掴める、いままでなかった新しい入門書!
    https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000380075

    【簡易目次】
    はじめに 人類学とは何か
    1章 近代人類学が誕生するまで
    2章 マリノフスキ―「生の全体」
    3章 レヴィ=ストロース―「生の構造」
    4章 ボアズ―「生のあり方」
    5章 インゴルド―「生の流転」
    終章 これからの人類学

  • 文化人類学の流れを知りたくて読んだ。
    マリノフスキ、レヴィストロース、ボンズ、インゴルドの四章に分かれており、流れをつかむのにちょうどよい入門書であった。何回か読み返したい。

  • 人類学という学問は20世紀前半から盛んに研究されるようになった。その考え方の変遷がまとめられた本。
    最近の学問だったのか。


    ・重要人物
    ブロニスワフ・マリノフスキ:生の全体
    クロード・レヴィ=ストロース:生の構造
    フランツ・ボアズ:生のあり方
    ティム・インゴルド:生の流転

    ・変遷
    15世紀:大航海時代、海の向こうの世界と出会う、「他者」についての学問が始まる
    17、18世紀:人間の本質、人間社会の成立への関心が高まる
    19世紀:進化主義的な考え方が広まる
    20世紀:フィールドワークによる新しい人類学が始まる


    ・機能主義:文化の見取り図
    制度や慣習の機能を、文化と社会の関連において解明する。様々な「部分」が、「全体」に対してどのように働いているのかを探り、全体がどのように成り立っているのかを理解しようとする。

    ・参与観察:
    現地の人々が働いたり話をしたり、儀礼をおこなったりしているところに実際に参加しながら、他方で観察を行ってデータを収集する調査研究の手法。
    参与だけで観察するのが疎かになると十分なデータが得られない。観察ばかりに徹して参与をしないでいると、中途半端な見通しだけで現地の人を理解してしまうことになりかねない。


    ・構造主義:
    私たちが生活している社会や文化の背後には、目に見えない構造があり、人間の活動はその構造によって支えられている。人間の精神は進歩するのではなく、最初から完成してしまっている。
    遠く離れた辺境の地に住む人たちを未開人(文明から取り残されている人)と見下してきたが、それぞれの社会に「生の構造」がある。


    ・クリスマスの起源
    古代ローマやケルトなどの異教の祭り。太陽の力が弱まり、秋が深まる時期に、死者が生者を攻め立てるように夜が昼を脅かす。その時期に死霊に贈り物をしてあの世にとどまってもらう。それが、いい子にしていると家の外の闇から贈り物を与えてくれる存在に取って代わるようになった。
    人類の普遍的思考:野生の思考

    ・(ボアズ)文化とは環境との関連や移住の経緯、隣接する文化からの借用など、歴史の積み重ねによって形成されるもの。
    文化相対主義:すべての文化には価値があり、そのすべてに経緯が払われるべきである。


    ・菊と刀
    欧米の「罪の文化」:善悪の絶対的な基準を用いて良心の啓発を説く
    日本の「恥の文化」:世間の目によって自分の行動を決める

    ・(フィールドワークのインフォーマント/情報提供者が作り話をしていたことが後々発覚した事件)
    フィールドにおける真実というのは、いったいどこにあるのでしょうか。何が真実で何が嘘であるかという判断は、どのようになされるべきなのでしょうか。嘘や冗談を見極めて人類学者が真実に接近するためには、いったいどんなことをしなければならないのでしょうか。


    ・(インゴルド)人類学とは、世界の真っただ中に分け入って、人々「とともに」考えること。
    フィールドの人々は情報提供者としてのみ位置づけられることが多い。調査した人々「について」語る。
    ではなく、フィールドで人々「とともに」研究することが生きる方法を探る人類学。


    ・人類学は、それを真剣に学ぶならば、私たちをふだんの思考の「外部」へと連れ出してくれます。
    外部というのは、知らない町や県、これまで行ったことがなかった国や地方、身近にありながら触れることがなかった集会や店。新たに興味を持った昆虫や土や山塊の世界だけでなく、風や宇宙など森羅万象まで開かれています。
    実際に出かけてみて体験してみると、当の「外部」は、訪れる前に思い描いていたのとは違っていることに気づくでしょう。そしてそのことを手掛かりとして、自分自身の生の問いをより一層深められるでしょうし、自己を変容させていくこともできるでしょう。

  • いい本でした。入門編の新書だからサクッと、とはいかず内容が濃くて熟読してしまう。
    マリノフスキ、レヴィ=ストロースのことは少し知っていたけれど、ボアズらのアメリカの文化人類学はほぼ知らず。5章のインゴルドはやはり圧巻ですね(インゴルドはまだ最近読み始めたところだけど)。

    大学で出会った文化人類学はその後のデザイナー人生に多大な影響を与えていて、要所要所で視界に現れる。出会いから数十年経ってまたこうして新たな地平に出会える幸せ。

  • 本屋で購入

    マリノフスキー
    レヴィストロース
    ボアズ
    インゴルド
    を紹介しています。分かりやすい

    参与観察している研究者の日記って面白くて好きなのですが、マリノフスキーが元祖だったとは

  • 一言要約:人は何故「生きづらさ」を感じるかに「we」で向き合う学問

    人としての倫理や道徳こそが社会を構成する我々の「構造の骨格」であり、これらは時代や環境、条件に合わせて組み替えが起こるものと捉える一方で、超マクロに(時間・空間を拡大して)見れば不変である
    この骨格構造内で生じるミクロ変化が「理(倫理や道徳)から外れる」ことが起きれば社会の歯車がずれて問題が噴出すること、これが昨今の企業の不祥事などであろう
    自分たちの行いがマクロで見た際に根底の倫理や道徳を外していないものであるのかの自戒が必要であり、ここに人類学が示唆を与えてくれると考える

    後半のまとめがことごとく刺さったが、人類学の変遷も三現主義を欠いた在り方から現地に赴くエスノグラフィへ、自身の目で確かめる現実主義、そして人を「研究対象」として見るのではなく自分たちと同じweと捉える「現物」化(彼らも自分たちと同じ生きている)、これがインゴルドの主張で信念、人類学を本質的な域へと戻し上げた偉業なのだろうと思慮

    人は何故学び、知を探求するのか、全て現状への「不満」つまりは「生きづらさ」を解消し、より良く(楽に)がその答え(本質目的)と捉えた
    この答えは結局は自分の中にしかないのだろうが、自分を「I」としてしか捉えていないとおよそ見つけられなく、他者から見た自分、つまり「me」や、他者を含めた自分「we」で捉える、この脳内回路を形成するにも、人類学は多くの示唆を与えてくれると感じた
    元来、人は社会的な存在(一人では成り立たない)であって自然の中で生きる生物的な面を分断する二面的な捉え方に異議を唱えた姿勢には強く共感する
    まさに自身が人類学に関心を抱いたポイントで、科学的な経済学に心理学が加わって行動経済学となったように、社会学的な「人」と生物学的な「ヒト」を一元的に考えることが多様化する現代に必須な姿勢と確信している

  • 入門書なので当然だが、この本を読んで人類学が俯瞰できるわけでもないし、難しくてわからないまま終わるところもある。
    でも、人類学は何を学ぶ学問なのか、なぜ必要とされているのか、著者の熱量がとても伝わってきた。
    人類学の基礎知識がなくても、深く学ぶ気がなくても、今の自分の生き方を振り返るきっかけとして、とても良い本だと思う。文量もライトで読みやすい。
    個人的にはもっと色々な人類学の本を読んでみようと思わせてくれるきっかけになった。

  • マリノフスキ、レヴィ=ストロース、ボアズ、インゴルド

  • これまで意識していた、哲学など既存の社会学は、人類学という形に変化していることがわかりました。人は、知らないことを畏怖します。しかし、それを積極的に捉えることはしません。でも、好奇心があるから畏怖する。この矛盾の一つの解かもしれません。

  • はじめての人類学 (講談社現代新書)

    人類学が誕生して以来、この学問が問い続けてきた本質は何も変わりません。それは「人間とは何か」という問いです。
    人間とは何か。その根源的な問題を追い続けて、人類学者たちは悩み、悪戦苦闘してきたのです。そして彼らが見つけ出してきた答えは、今を生きている私たちのものの見方や生き方を変え、現実を生き抜くための「武器」にもなり得るのです。

    誤解を恐れず言えば、人類学には「絶対にこの4人は外せない」という最重要人物がいます。ブロニスワフ・マリノフスキ 、クロード・レヴィ=ストロース、フランツ・ボアズ、ティム・インゴルドです。彼らは19世紀後半から現代に至るまで、それぞれの時代を生きながら人類学において重要な概念を打ち出してきました。
    先回りして言えば、マリノフスキは「生の全体」を、レヴィ=ストロースは「生の構造」を、ボアズは「生のあり方」を、インゴルドは「生の流転」を突き詰めた人類学者と捉えることができます。

    人間の生にまつわるこの4 つの考え方は、そのまま人類学が歴史の中で勝ち取ってきた学問的な成果です。つまり4 人の人類学者を取り上げることで、人類学の歩みがー摑みにできると言えるのです。本書ではこの4人を中心に、人類学の「真髄」を押さえます。

    15世紀の大航海時代に西洋人は海の向こうに住む「他者」たちと出合いました。人類学が誕生するきっかけは、その時代まで遡ることができます。それ以降、18世紀の啓蒙主義時代を経て、19世紀になると、人類学は「人間の進化」という見方を頼りにして発展を遂げます。

    これら4 人が辿り着いた「生」に関わる諸微念こそが、人類学がその歴史の中で見つけ出した生きるためのヒントなのです。そしてこの4 人の思索を辿りながら、同時に「参与観察」や「民族誌」、「インセスト・タブー」、「貽与論」、「構造主義」、「ブリコラージュ」、「野生の思考」、「文化相対主義」など、人類学における重要ワードも押さえていきましょう。

    1章 近代人類学が誕生するまで

    イギリスでは、人類学は「自然人類学」、「先史考古学」、「社会人類学」の3つによって構成されます。
    アメリカに渡ると、これらの3つの領域の他に言語学(言語人類学)が加わります。
    これに対しフランスでは、社会人類学や文化人類学は一般に「民族学」と呼ばれてきました。
    このように、イギリスやアメリカでは諸民族の文化だけではなく、生物学的なヒトの形質も含めて探究する学問が人類学と呼ばれてきました。隣接し合った学問どうしの総合化という意識を持っている研究者は、いわゆる文化人類学を中心にやっていても、自らを「人類学者」と名乗ることもあります。

    ルネサンス期後半(16世紀) から啓蒙主義時代(18世紀) にかけて、国家というものが存在しない自然の中に置かれたら、人問はどのように暮らしていくのかという、「自然状態」に対する関心が高まったのです。
    17世紀を生きた哲学者トマス・ホッブズは、自然状態に近い社会では、人問の本性がむき出しになり「万人の万人に対する闘争」が起きると唱えました。そして、その状態を治めるために社会契約を結んで、国家がつくられたのだと説きます。これを「社会契約説」と呼びます。

    一方、18世紀の政治哲学者ジャン=ジャック・ルソーは、自然状態の人間とは、自己愛と同情心以外の感情は持たない無垢な精神を持つ存在だと捉えました。ルソーよりも20年あまり早く生まれたのが、啓蒙思想家のシャルル・ド,・モンテスキュ—です。1721年の『ペルシャ人の手紙』は、架空の2 人のペルシャ人の旅を描いている点で、後の「民族誌」の先駆けであったとも評されることがあります。1748年の『法の精神』は、政府の形態や諸国民の気質に気候が与える影響に関して、世界中の事例を用いて考察しています。

    19世紀の進化論的な人類学者として、アメリカのルイス・ヘンリー・モーガン、イギリスのエドワード・バーネツト・タイラーとジェイムズ・フレイザーの3人を取り上げてみたいと思います。

    モ—ガンは、父母だけではなくオジやオバをチチやハハと呼び、イトコをキョウダイと呼ぶような体系を「類別的体系」としました。
    類別的体系とはつまり、直系尊属(父、母など)と傍系尊属( 叔父、叔母など) の名称が区別されていない社会のことです。モーガンはこの体系を文明的に「遅れた」ものとみなします。そして直系と傍系の親族名称が明確に区別された体系を「進んだ」社会のあり方として捉え、「記述的体系」と捉えます。

    タイラーは1871年に刊行された『原始文化』の中で、宗教の起源とは何かを考察しています。彼は宗教の最小限の定義を「諸々の霊的存在への信念」と定め、人類の精神の深層に横たわる諸々の霊的存在についての教理を「アニミズム」と名づけて理解することを提唱しました。

    タイラーの人類学への貢献に関して、もうひとつ特筆すべきなのは、『原始文化』の中で文化の定義を行ったことです。
    <文化> または<文明> とは知識、信念、技術、道徳、法律、慣習など、社会の成員としての人間が身につけるあらゆる能力と習慣からなる複合的な全体である。
    タイラーの議論は、後に細分化していくことになる宗教人類学、法人類学、芸術人類学などの地盤を用意したことにもなります。

    もう一人、後の人類学に多大な影響を与えたフレイザーにも触れておきましょう。彼の著作として有名なものは、なんといっても『金枝篇』です。『金枝篇』は、古代ローマのネミ湖のほとりにある神聖な森の祭司であり王である人物が、前任者を殺すことによってその地位を継承するという伝説を解明することから始まります。その後、この「王殺し」の解釈を拡大し発展させて、世界各地の彪大な資料を渉猟していったのです。

    フレイザーは呪術を2つの型に分類しています。ひとつは「類感呪術」です。これは呪術の対象と似たものを持ってきて、操作を加えるというものです。もうひとつは、「感染呪術」です。これは呪術の対象となるものの一部であったり、呪術の対象となる人が触ったり使ったりしていたものを用いて、呪いをかけるものです。

    フレイザーは呪術を類型別に整理しながら、人間は呪術によって様々な現象を統御し、支配することができるのだと考えました。それは科学とも似ていますが、本質的に異なります。科学が合理的な因果関係に根ざしているのに対し、呪術は誤った因果律に基づいているからです。フレイザーは、人間は呪術から宗教へ、そして科学へと至るという説を唱えました。これもモーガンと同じく、進化主義的な考え方ですね。

    彼ら20世紀の人類学者たちは、フィールドワークに基づく新しい人類学を推進していったのです。上の世代に対してこのままではいけないと危機感を募らせる若者が、自分たちの熱意によって世界を切り拓く。それはどの時代や分野にでも起きることなのでしょう。

    その立役者こそがマリノフスキでした。彼が構想した人類学は、人間の「実際の生」を直に観察し、生の全体性を描き上げようとするものだったのです。

    エミール・デュルケームは、『社会学的方法の規準』(1895年) の中で、そもそも社会学が研究対象にすべきなのは、個人の性質、選択、選好を超えたところにある「社会的が実」だと断じます。その上で、集団の中で個人を拘束するものを「集合表象」と呼び、社会学的分析の中心に位置づけました。

    「集合表象」は、未開社会と文明社会のどちらにも区別なく存在しています。デュルケー厶は、それらを比較研究することで、人間社会の特質を探り出すことができると考えたのです。彼は当時入手可能だったオーストラリアや北米の先住民社会の民族誌文献を活用しながら、宗教や儀礼に関して考察分析を進めました。

    マリノフスキはデュルケーム社会学を継承しつつ、制度や慣習の機能を文化や社会との関連において解明することを重視したのです。マリノフスキの研究はその後、「機能主義」人類学と呼ばれるようになりました。

    さて、ここまでの流れをまとめましょう。
    15世紀以降、西洋文化が「外部」の世界と接触することで、少しずつ人類学が生まれる土壊が形成されていきました。17世紀から18世紀に入るとホッブズやルソー、モンテスキューが、人間存在とは何か、人間社会とは何かを深く考察しました。そして19世紀に入るとダーウィンの生物進化論と軌を一にして、モ—ガンやタイラー、フレイザーが進化論的な人類学を発展させていったのです。

    ですが、19 世紀の人類学者たちの仕事場はあくまで書斎であり、安楽椅子に座ったままの研究に過ぎませんでした。人の「生」をありのまま捉えるには、書斎を飛び出して現地に飛び込まなければいけない。そう考えて西太平洋でのフィールドワークに乗り出したのがマリノフスキだったのです。そしてそれは、人類学にとっての新たな桃戦を意味していました。マリノフスキは、デュルケームの機能主義を携えて、新時代の人類学を切り開いていったのです。

    2章 マリノフスキ-「生の全体」

    マリノフスキは現地の人たちが行っている行事や儀礼、仕が、その他の様々な出来事に参加(参与) しながら観察を行う「参与観察」という手法を編み出しました。この参与観察は、現在でも人類学において非常に重要な研究手法として受け継がれています。彼は現場主義に徹した最初の人類学者だったのです。

    目の前で繰り広げられている出来事をその場でわしづかみにするフィールドワークは、社会が儀礼や経済現象、呪術などが複雑につながり合ってひとつの統合体として成立していることを教えてくれます。そしてマリノフスキはその複雑なつながり合いを「機能主義」として理論化し、旧来の人類学を打ち破りました。マリノフスキは、人間の生きている全体をまるごと理解することを提唱したのです。

    民族誌( エスノグラフィー)とは、ある民族(エスノ)に関して、体系的に分かるように書かれた記述(グラフィー)のことです。それは、たいていの場合、宗教や政治や経済や音楽などの特定のトピックのもとに書かれます。マリノフスキ以降、長期のフィールドワークを行った人類学者が帰国後に書き上げた民族誌が蓄積されるようになり、20世紀の人類学が形成されていったのです

    機能主義の「機能」とは、機械や組織の中で、各パーツや部署が果たす「働き」のことです。 ひとつの「部品」が全体の一部として機能し、その全体を動かしているという考え方が機能主義です。 機能主義とは要するに、様々な「部分」が「全体」に対してどのように働いているのかを探り、全体がどのように成り立っているのかを理解しようとする立場のことです。

    彼は、人間社会全体を知るためには、ひとりひとりの人問の心のありように注目しなければならないと考えたのでした。社会や文化、生理や心理のそれぞれをバラバラに捉えていたのでは、人間の「生の全体」の理解に到達することはできません。マリノフスキの文化理論は、人問を知るためには、その生理や心理の次元にまで踏み込んで考察分析するべきだというものだったのです。

    参与観察とは、現地の人々が働いたり話をしたり、儀礼を行ったりしているところに実際に参加(参与) しながら、他方で観察を行ってデータを収集する調査研究の手法です。この手法で調査を行うには、人々の住む場所に入り込んで、現地で話されている言語の習得をすることが必須となります。とうぜん言語の習得には時間がかかります。語彙の収集も重要な調査項目です。

    彼は調直研究の原理を、以下の3つに整理しています。
    1つ目が、研究者が「真の学問的な目的」を持っていること。2つ目が、そのために「ふさわしい環境」に身を置くこと。3つ目が、証拠を集め、決定する専門的な方法を用い
    ることです。

    現地に実際に出かけ、ほんとうのところを探ろうとするマリノフスキの人類学は、フィ—ルドにおける参与観察に強いドライブをかけました。マリノフスキは長期にわたって定点的な調査を続けた結果として、観察された諸要素が相互に連関しながら、より大きな全体に結びついているという閃きを得たのです。その点にこそ、外側から現地の社会を眺めるのではなく、内側から探っていくことの重要性があると言えるでしょう。

    マリノフスキは参与観察という手法によって新たな視点を発見しました。フィールドで目撃した断片的な情報が、その社会を形づくる「全体」の中でどのような役割を果たしているのか。人類学は、それを明らかにしなければならないと提唱したのです。そうした視点は20世紀以降の人類学者たちにも受け継がれ、次章の主人公であるクロード・レヴィ=ストロースにも影響を与えます。

    マリノフスキは、何よりも大事なのは他者(他人、「未開人」) のものの見方を尊敬し、真の理解を示すことだと言います。その言葉は、どんなに『マリノフスキ日記』の中で他者に対する嫌悪や憎悪が綴られていようとも色褪せることはありません。いや、むしろ誰にでも他者に対しての嫌悪や憎悪のような感情はあるでしょう。それでもなお、清と濁を併せ飲みながら他者を理解しようとする。そんなマリノフスキの姿勢は、私たちに大手な示唆を与えてくれます。

    3章 レヴィ=ストロ—ス —「生の構造」

    レヴィ=ストロースは、「構造」こそが人類に備わった普遍的なものであると主張した人類学者です。彼は言語分析の方法論を用いて親族体系や神話を研究し、人々が日々生きていく中で意識されていない「生の構造」が、そこに潜んでいるという結論に辿り着きました。

    彼が編み出した理論は人類学の理瀚だけにとどまらず、その後「構造主羨」と呼ばれる思想にまで発展しました。構造主義とは、私たちが生活している社会や文化の背後には目に見えない構造があり、人間の活動はその構造によって支えられているとする考え方です。
    構造主義が20世紀半ばの欧米の思想界に及ぼした影響は絶大なものでした。この意味で、レヴィ=ストロースは人類学において最大級の功績を残した学者のひとりだと言うことができるでしょう。

    20世紀になると、人間や社会は進歩していくのだという歴史の発展法則に基づいて、マルクス主義が進展を遂げました。それとは逆に、構造主義は人間の精神は進歩するのではなく、最初から完成してしまっていると説いたのです。その点で、構造主義はまったく新しい人間観でした。構造主義では、西洋近代社会も「未開」社会も、同じ人間の精神の所産なのです。彼の提起した構造主義により、西洋近代が「未開」社会を、遅れたもの、劣ったものとみなすことには何の根拠もなくなってしまいました。

    レヴィ=ストロースは西洋近代の知を理性的だと思い込み、「未開人」を主観的で劣った世界に住む人たちだとみなす見方を傲慢だと批判します。人間を「構造」が生み出す要素にすぎないと語る構造主義によって、人間の主体中心の思想として広まっていた実存主義は解体されてしまいました。

    このように構造主義を軸に20世紀後半の西洋思想は展開したのです。榊造主義はその後、現代社会の変化を説明しきれないという面から批判に晒されます。ですが、レヴィ=ストロースによって提起されるようになった構造主義は、現代を生きる私たちにとってもいまだに大きな知恵を与え続けてくれているのです。

    レヴィ=ストロースはユダヤ教徒の家に生まれ、母方の祖父はユダヤ教の宗教的指導者(ラビ)でした。そんなレヴィ=ストロースにとって、最初の受難は公立小中学校に通った時のことでした。ユダヤ人であるという理由だけで不当な扱いを受け、ことあるごとに拳骨が飛んできたといいます。レヴィ=ストロースはこうした苦い経験から、あらゆる信仰から距離を置くようになったといいます。

    レヴィ=ストロースはヤコブソンから、言葉は、それを使う人たちが意識しないレベルに存在する「構造」によって成り立っていることを学びました。人間の言語には無数の種類があるのですが、どれも共通の言語構造を有しているのです。

    『野生の思考』の中心的なテーマは、「裁培化された思考」である「科学的思考」に対置される、 人類に普遍的に見られる知的操作の樣式である「野生の思考」でした。アメリカからヨーロッパに入って来たクリスマスの祝い方の中にも、死霊たちとの交換という、人類の普遍的な思考形態である「野生の思考」が息づいているのです。

    レヴィ=ストロースは、19世紀末のほぼ同時期に「トーテミズム」と「ヒステリー」に関心が注がれたことに注目しています。その2 つのトピックが取り上げられたことは、偶然ではなかったのです。彼によれば、研究者たちは、自分たちの中にある都合の悪い部分を「未開人」や精神病者に投影して、自らの正常性を確かめようとしたのです。「未開人」精神病者というトピックには、研究者の願望が強く反映されたと言うのです。レヴィ=ストロースは、トーテミズムは、西洋を「未開」とは異なる合理的な世界とするために生み出された「幻想」だったと考えました。
    トーテミズムは、研究者たちの創造の産物だったのです。レヴィ=ストロースによれば、トーテミズムなど存在しません。あるのは「トーテム幻想」だけなのです。

    「野生の思考」とは、非合理的で非論理的だと思われてきた「未開人」の遅れた思考法ではありません。「科学的思考」と同じように合理的であり、人類にとっても普遍的な思考法のことなのです。

    レヴィ=ストロースは、「野生の思考」は新石器時代に原始科学のもとになり、その後、農耕や牧畜、陶器や織物などの美術工芸を生み出したと言います。しかし、「野生の思考」は19世紀ヨー ロッパでは「未開人」の思考法として、近代の外側に追いやられるようになりました。「野生の思考」は、私たちの住む近代的な世界こそが合理的だとみなすために、野蛮で劣った思考であるとして語られてきたのです。レヴィ=ストロースが「野生の思考」を持ち出したのは、そんな流れに対する強烈なアンチテーゼを示したかったからです。

    レヴィ=ストロースは、そもそも人間は五感を使って感じたことから物小を体系化していったと言います。そしてそれを「具体の科学」と呼んでいます。

    「野生の思考」とは、こうした「具体の科学」に基づく思考法です。いわゆる「科学的思考」は、ごく限られた現象だけを取り上げて、まずその部分の説明を試み、次に現象の別の部分へ、さらにその次へと進んでいきます。他方で、「野生の思考」は感覚に頓りながら、できる限り最短の手段で世界を理解しようとするのです。私たちの人生においても、論理的な思考に支配されるのではなく、直観によって物事を捉え、判断したほうがよい結果を招くことがあります。それは、現代でも私たちの中で「野生の思考」が働いているからなのです。

    プリコラ—ジュとは、恨られた持ち合わせの材料や道具を間に合わせで使いながら、目の前にある状況に応じて必要なモノをつくり出すことです。その場合、人は偶然、身の回りにあるモノや、以前の仕事で用いた残り物などの、本来の用途と目的とは無関係なものを流用します。そうした器用仕事をする人が、「ブリコルール(器用人)」です。

    ブリコルールは何かをつくり上げる際、設計図を緻密に描き、材料を調達して組み合わせていく方法はとりません。すでにある材料や道具を見渡して、使えるかどうかを検討し、実行に移していくのです。

    モノだけではなく、呪術、神話、儀礼などもブリコラージュ的につくられてきたと捉えることができます。それらは別の時代に別の埸所で考えられたものが、今目の前でつくりつつあるものに再利用されるという仕組みを持っています。新石器時代の人たちや「未開」人たちは、常に巧みなブリコルールだったのです。

    そして、ブリコルールによってつくられた新たなモノも神話も儀礼も、ふたたび解体されて再配列され、どんどんと変形が重ねられていくのです。

    レヴィ=ストロースは、シュールレアリストであるアンドレ・ブルトンの言葉を引用して、ブリコラージュとは「客観的偶然」の産物だと言っています。それは、偶然のように見えても、必然を秘めているモノのことです。それは、レヴィ" ストロースによって発見された「構造」のことに他なりません。呪術、神話、儀礼というブリコラージュのリストには、シュールレアリストによって生み出された芸術を加えることもできるでしょう。

    気を付けなければいけないのは、すでに述べたように、レヴィ" ストロースが「科学的思考」と「野生の思考」を対立的に捉えていないことです。「野生の思考」はルネサンス期以降の科学の発達とともに、ヨーロッパでは迷信とされたり、非合理なものと考えられたりしてきました。しかしレヴィ=ストロースは、この2 つの様式は同等のものとして並置されるべきものだと言います。

    レヴィ=ストロ — スは1961年のインタヴユー集『レヴィ" ストロースとの対話』の中で、「未開社会」と「近代社会」を「冷たい社会」と「熱い社会」という^ 念に置き換えて語っています。そもそも彼は、社会というものは機械に似ているという直観を持っていました。その感覚に従い、「工学的機械」と「熱力学機械」という比喩を用いて、「冷たい社会」と「熱い社会」を説明しています。

    「工学的機械」とは、最初に与えられたエネルギーを用いて際限なく作動する機械のことです。他方で、「熱力学機械」は、ボイラーコンデンサーの温度差によって作動します。「冷たい社会」は、自分を初めの状態に保とうとする傾向を持つため、歴史も進歩もないように見えます。それに対して「熱い社会」は、蒸気機関を利用する社会というだけでなく、その社会搆造からして蒸気機関に似ています。
    レヴィ=ストロースは、「冷たい社会」は常に変化に対抗すると言います。「冷たい社会」では、いったん解体されたものが、元の状態に近い状態に再編成されます。どこまでも初めの状態の中に自分を保とうとする傾向を持つ「冷たい社会」は、そのようにして常に変化に抗するのです。

    レヴィ=ストロースは、「熱い社会」は、歴史的生成を自己のうちに取り込んで、それを発展の原動力にすると述べています。「冷たい社会」にあった秩序が解体を繰り返すと、「構造」がうまく働かなくなって、「熱い社会」が生み出されるのです。そうなると、「熱い社会」ではますます階層の分化が進んで、その格差をエネルギー源として生産性が高められていきます。私たち現代人は、そうした「熱い社会」で暮らしているのです。

    レヴィ=ストロースは、「熱い社会」では累積的な「熟力学機械」的な過程が進行している一方で、「冷たい社会」では、循環的な「工学的機械」的な過程が展開していると言っています。「熱い社会」は後戻りできない社会ですが、「冷たい社会」は繰り返されて、後戻りできる社会なのです。もちろんレヴィ=ストロースが注目するのは、「構造」によって支えられた「冷たい社会」のほうです。
    「冷たい社会」には、「構造」が常に隠れています。そこではまた、「神話的過去」が自然の中に潜む秩序として捉えられています

    レヴィ=ストロースの提唱した「野生の思考」は、農耕や牧畜、陶器や土器などを生み出した基にある思考形態であり、「科学的思考」と対立するものではありません。それは不変の「構造」を保持しながら、要素を解体し再構成する過程を繰り返すブリコルールの思考形態です。そうであれば、「野生の思考」は私たちの精神の奥底に潜んでいるだけでなく、いまにも踊り出そうとウズウズしているはずです。それは、論理だけではなく、直観を重視して生きています。「野生の思考」は、私たちの中に息づいているのです。

    通信革命の進行とともに、リアルとヴァーチャルのあわいで展開するものづくりは「野生の思考」に支えられています。20世紀に構造主義ブー厶が起きてから60年が経った現在においてもなお、私たちは「野生の思考」を目撃し、経験しているのです。

    4章ボアズ —「生のあり方」

    アメリカの人類学は同時期に英仏で生まれた人類学からだけでなく、その他の諸科学からの影響を受けながら発展しました。「文化」という概念に拠りながら培われたアメリカの人類学は、「文化人類学」と呼ばれます。文化とは、端的に述べれば「生のあり方」のことです。本章では、ボアズとその学生たちが築き上げていった「生のあり方」をめぐるアメリカの人類学を取り上げます。

    ボアズによって始められたアメリカ人類学は最初から政治的な意味合いを帯びたものだったのです。「イデオロギー性」をめぐる問題が、ボアズの時代からアメリカ人類学に潜在していたと言い換えてもいいでしょう。
    ボアズが学生たちに強調したことのひとつは、あらゆるデータを集積して、社会をひとつのまとまりとしてホリスティック(全体的) に捉えることの重要性でした。このホーリズムはその後、アメリカの人類学における重要な手法となります。
    ボアズが言いたかったのは、社会をひとつのまとまりとして、ホリスティツクに調査を進め、調査地の文化をまるごと理解することの大切さだったのです。

    ホリスティツクな研究手法は、アメリカの「総合人類学」のアプローチに合致します。ボアズが提唱したとされる総合人類学の4分野とは、①自然人類学、②考古学、③社会・文化人類学、④言語人類学です。

    ディルタイを継承したボアズは、個々の文化は様々な歴史の偶然によってつくり出されており、普遍化や一般化をすることは不可能だと考えたのです。それぞれの文化を独立した個別のものとして捉え、各文化の変遷をめいめいに辿っていくボアズのアプローチは、「歴史個別主義」とも呼ばれます。

    ボアズは、文化とは環境との関係や移住の経緯、隣接する文化からの借用など、歴史の積み重ねによって形成されるものだと主張しました。ボアズにとって、文化とはひとつのまとまりとして見るべきものであり、文化の要素は他の要素との関係で理解されるべきものだったのです。

    ボアズによって提唱された人類学の重要なキーワードに、「文化用対主義」があります。文化相対主義とは、すべての文化には価値があり、そのすべてに敬意が払われるべきであるという考え方のことです。それはボアズ以降に、人類学という学問を支える世界観や心構えとして、アメリカを越えて世界に広がっていきました。

    ところで、文化相対主義の「文化」とはいったい何を指すのでしょうか?タイラーは、人類学においての文化とは「知識、信念、技術、道徳、法律、習慣など、社会の成員としての人間が身につけるあらゆる能力と習慣からなる複合的な全体」と定義しました。これが学術的すぎるのであれば、文化とは生活様式や「生のあり方」だと言っても違和感はないでしょう。

    1930年代後半、プラグマティストであるジョン・デューイは共産主義やファシズムに対抗して、民主主義こそが自分たちが守るべき「生のあり方」だと述べています。デューイにとって民主主義とはたんなる政治制度ではなく、生きていくための方法そのものだったのです。アメリカの知識人層に浸透していったデューイの捉え方とあいまって、ベネディクトやミードの「文化は生のあり方である」という考え方が広がったのだと言えるでしょう。

    アメリカの人類学は、多影な人類学へと分或していきました。しかしいくら分化・分岐したとしても、その基盤にあるのは、ホリスティックな観点から「生のあり方」の研究を進めるという、ボアズ以来の総合人類学の「伝統」です。

    5章 インゴルド—「生の流転」

    インゴルドが世に知られるようになったのは、20世紀末からです。彼は若い頃から「自然」と「社会」を切り分けて考える近代西洋の二元論的な思考法に違和感を抱き、それを乗り越える方法を探ってきました。その思索の果てに、人間を「生物社会的存在 」だととらえる考えにたどり着きました。
    つまり、人間はつねに生物学的で動物的な存在であり、同時に社会的関係の中を生きている存在でもあるということです。そのどちらが欠けても、人間の本来のあり方とは言えない、というのがインゴルドの主張です。

    インゴルド人類学のテーマは、一言で言えば、(動詞の) 「生きている」です。彼に言わせれば、「生」というのは固定された不動のものではありません。絶えず動き続けて生成と消滅を繰り返し、変化するものなのです。固定化された名詞的な「生」ではなく、流動的で動詞的な「生きている」状態、「生の流転」に目を向けるのがインゴルドの人類学です。

    人間とは生物学的な個人でもあれば、社会的な個人でもあり、その2 つがひとつになった生物社会的存在だという考えを打ち出すようになります。これは、後のインゴルドの思索を牽引する重要な出発点となり、その意味で、人類学にとっても大きなパラダイム転換への足がかりとなりました。

    インゴルドは、アートは私たちの感覚を呼び覚まし、知識を成長させてくれるものだと考えたのです。また、これまで人類学は、建築を視覚文化や物質文化の一部として扱う傾向にありました。しかしインゴルドにとっては、建築とは力とエネルギーの流動の関係をより深く考察し、人類学的な思索を深めるために欠かせない領域なのです。
    人類学とアート、建築の議論を深化させていくために、インゴルドはもうひとつの人である考古学を新たに加えています。それで「4 つのA」になったわけです。

    彼は、生きているとは、「道」や「線」に沿っていくようなものなのだと唱えます。インゴルドにとって、生きているとは、様々なモノとの関係から成る世界で、生きるやり方を見いだしていく創造的かつ即興的なプロセスなのです。

    インゴルドはまた、世界の外側に立っているだけでは知識を獲得することはできないという科学史家カレン・バラッドの言葉を重視しています。私たちは経験や見解、技能などを持ち寄って、内側から世界を絶え間なくつくり続けているのです。私であれあなたであれ、すべての存在はつねに内側から関係論的に生成するのです。

    インゴルドは論文や書籍を執筆する際、初めはまったく先行きが見えず、なんでこんなことを書いているのかと自問自答するのだそうです。我慢してなんとか书き進めると、3分の2 くらいに差し掛かったところで、それまで積み上げてきた内容が何を書けばいいかを指し示してくれて、自分はただペンを持っているだけという状態になるのだと述べています。

    フィールドで人々から学ぶには、「他者を真剣に受け取る」という姿勢が肝要です。人々が何を言おうがしょうが、私たちの「知識」を増やすためだけに、人々の言葉や行動をデ—タとして解釈するのなら、「他者を真剣に受け取る」という態度だとは言えません。「知恵」を得るとは、そのように一論を閉じてしまうのではなく、フィールドの人々の経験を真剣に受け取り、そのことによって豊かになった想像力に対して論を開いていくことなのだと、インゴルドは言います。

    人間を生物学的でありながらも同時に社会的な存在だと捉え、自然科学と人文学の統合を目指したインゴルドは、「人間の生と会話する」という人類学を宣言したのです。
    不確定な道を歩きながらも人やモノとの偶然性の出合いを受け止めて自分の生を歩みながら「ライン」を引いていく。これは現代を生きている私たちにとっても大事なメッセージです。フィールドの人々「とともに」生きていくあり方を模索し続けるインゴルドは、まさに「生の流転」を前面に押し出した人類学者なのです。

    終章 これからの人類学

    橋爪は、いったいなぜいま人類学なのかを探っています。まず彼は、戦後日本では1960年代から1980年代にかけて、これまで二度の人類学ブームが起きたと見ています。
    一度目は、政治革命の挫折と高度成長という時代を背景として、西洋近代やマルクス主義に代わる 「外部」として異文化が探求された時期です。二度目は、その後、西洋がもはや模範となり得ない不安が漂うポストモダンの時代です。その時期、人類学が思想や芸術の新たな参照点となったのだと言います。

    「外部」と「内部」があいまいになり、もはやその境界がなくなりつつある現在、人類学はこれまでとは違った人問の生き方を探ろうとしているのです。その点において、人類学は、社会・文化批評をリードする学問となり得ているのではないかと橋爪は言います。

    戦後の二度の人類学ブームは、西洋的な価値観で埋め尽くされていた現代において、「外部」にある思考を私たちにもたらしてくれたということになるでしょう。しかし今回の三度目のブームでは、そのような「外部」がはっきりしなくなり、もはやなくなりつつあるかもしれないというのが、橋爪の見立てです。

    哲学は紀元前5 世紀の古代ギリシアで、ソクラテス、プラトン、アリストテレスによって始められたとされます。同じ頃にヘロドトスの著した『歴史』により、歴史叙述というジャンルが登場しました。ルネサンス期以降
    17世紀の古文書学や文献学の進展を経て19世紀になると史料批判を重視する実証史学が確立され、今日の歴史学の基礎が築かれたのです。
    18世紀後半のフランス革命後に生まれた社会に対する関心は、やがて19世紀初頭にコン卜によって社会学という学問に結実しました。プラトンにまで遡ることもできるとされる経済学はヨー ロッパ列強の経済発展とともに誕生し、資本主義経済下における現象や経済システムについての研究を進めることにより発展してきたとされます。こうした人文. 社会科学の誕生と発展に対して、人類学は、それらとは異なる経路を辿って生み落とされました。人類学の進展の淵源は、自らが生まれ育った土地の「外部」への関心にあります。

    15世紀から17世紀にかけて、ヨーロッパは、それまで経験したことがなかった規模でヨ—ロッパの「外部」を目の当たりにしました。その時代、ヨーロッパでは絶対主義国家が相次いで誕生し、国家と結びついた重商主義が発展し、大商人たちが大航海に出かけるようになったのです。そのようにして、出かけた先の様々な場所に暮らしている人々との間で関係を結ぶようになり、「外部」の情報がヨー ロッパにもたらされるようになりました。

    その後、産業革命や市民革命を経てヨー ロッパは、地球上に植民地をどんどん広げていきました。その過程で、特にイギリス、フランス、オランダでは、探検家の記録や旅行記、宣教師の報告書などが積極的に利用されて、人間をめぐる研究が進められました。19世紀になると、人間の起源をめぐる生物学的進化淪や「野蛮人」とヨー ロッパ人を分ける学説が生まれます。

    16世紀に天動説を否定した天文学や19世紀に人問がサルの子孫であると唱えた進化論などの自然科学の進展により、ヨーロッパではキリスト教の唯一神への信仰が絶対的なものではなくなってきていました。無神論とともにニヒリズムが広がる中、フリードリッヒ・ニーチェは「神は死んだ」と唱えます。彼はニヒリズムを乗り越えて、いかにすれば生きることに価値を見いだせるのかという問いを考え続けました。その上で、何者にも支配されずに、自由な心で生きる「超人」を目指すべきだと主張します。

    19世紀の科学技術の発展はまた、それまで人問を脅かしていた迷信や信仰を突き崩し、近代的な自我の確立を促しました。その時代、ジークムント・フロイトは、自我の意識の奥底に抑えられた無意識を発見したのです。フロイトは1900年に夢分析の記録である『夢判断』を出版し、20世紀初頭には人々の抱える神経の病いを治療する精神分析学を創始しています。

    科学と合理主義が進展したその時代、ヨーロッパの人々は、神の不在により居場所を失ってニヒリズムに陥り、機械制大工業の発達によって置き去りにされ、未曽有の総力戦を戦った果てにヨー ロッパ文化の幻滅に直面したのです。そうした時代に生み落とされたのが、実は、人類学だったのです。人類学もまた、時代の申し子なのです。

    ではなぜ、人類学は「生きている」という問いに挑まねばならないのでしょうか。それは、人間が本質的に「生きづらさ」や「生きにくさ」を感じているからです。地球上の人間は、多寡の差はあれ、生きていく上で悩みや困難や課題を抱えています。こうした全人類共通の課題に挑むのが人類学なのです。

  • 東2法経図・6F開架:B1/2/2718/K

  • 哲学や思想などリベラルアーツ系の本を読み進めていると、いつのまにか「文化人類学」と呼ばれる分野に手を出していることに気づきました。

    レヴィ=ストロース、マルセル・モース、グレゴリー・ベイトソンなど、思想界にその名を残す文化人類学者は数多く存在します。

    なぜ私たちは人類学を学ぶのか。

    本書はそのヒントを教えてくれます。

    本書では、マリノフスキ、レヴィ=ストロース、ボアズ、インゴルドの4名を取り上げて人類学の系譜を辿ります。

    彼らの偉大な功績は、未開の部族の中に入り込んで、外部に学び、西洋を中心とする社会を批判的に見つめたこと。

    日本の柳田國男も近代社会を憂いて、民俗学を創始したと伝えられています。

    先人が持った危機感を受け継いでいくこと。

    それが、人類学を学ぶ意義ではないか。

    入口としておススメです

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著者プロフィール

1962年生まれ。文化人類学者。立教大学異文化コミュニケーション学部教授。著作に『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』(亜紀書房/新潮文庫)、『何も持ってないのに、なんで幸せなんですか?──人類学が教えてくれる自由でラクな生き方』『人類学者K』(以上、亜紀書房)、『ひっくり返す人類学』(ちくまプリマー新書)、『はじめての人類学』(講談社現代新書)など多数。
共訳書に、エドゥアルド・コーン著『森は考える──人間的なるものを超えた人類学』(2016年、亜紀書房)、レーン・ウィラースレフ著『ソウル・ハンターズ──シベリア・ユカギールのアニミズムの人類学』(2018年、亜紀書房)、ティム・インゴルド『人類学とは何か』(2020年、亜紀書房)、『応答、しつづけよ。』(2023年、亜紀書房、単訳)など。

「2025年 『フィールドワークのちから』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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