撮るあなたを撮るわたしを 自撮りとスクショの写真論

  • 講談社 (2024年7月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784065333495

作品紹介・あらすじ

気づけは猫の写真ばかり撮ってしまうのは、なぜ?

高性能化するスマホのカメラ、SNS、生成AIの登場。
まったく新しい視点を私たちに授け、
存在そのものも変化し続ける
「写真」とはそもそも何なのだろうか。


はじめに ”自撮り猫”の登場前夜に

第1章 戦争と疫病の写真
 自撮りをするゼレンスキーと、しないプーチン
 コロナと顔をめぐる写真論
 年賀状写真とオンラインミーティングの顔
 戦前・戦争写真のカラー化は何を見えなくしたのか

第2章 スクショと四人称のリアル
 写真はスクショに「戻った」
 スマホ越し写真と四人称のリアル
 カメラと祈りの方角

第3章 顔と自撮り 
 顔のランドスケープ 一八世紀のスマートフォン
 月食とポートレイト
 触角と視覚、前後と左右

第4章 スマホ画面と写真の原理
 「プレビュー」の誕生と消滅
 手のひらと移動する写真
 写真はなぜ四角いのか
 生成AI・プロパティ化する顔写真

おわりに カメラの想像力

感想・レビュー・書評

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  • 写真好きの友人はいつも高そうなカメラを持っていて、一緒に食事をする時には、本当に美味しそうな一枚を撮ってブログに上げています。同じ料理を自分がなんの工夫もせずにスマホで撮影しても同じには見えません。カメラの写真とスマホの写真って、そういうクオリティの違いだと思っていました。その友人から今年、食べ物の写真じゃないけどメチャすごい風景写真がSNSで送られてきて「これ、どんなカメラでどうやって撮影したの?」って返信したら、「今、スマホで設定いじれば撮れるんだよ!」と。そう言えば新しいiPhone出るたびにカメラの個数増えて行っています。今、写真がカメラからスマホに劇的にシフトしているのはわかります。その変化は何を変えているのか?を考察する本です。副題になっていますが、自撮りとスクショはそう言えばスマホ以前にはなかった撮影行為…このすごく刺激的な論考です。旧来のカメラへのメッセージのプーチンと自撮りのゼレンスキーの対比とか、なるほどなるほど。ちょっと揺さぶられます。デリケートな差異にナイーブなところ、なんか知っている感じがしましたが、一年前に読んだ「モールの想像力 ショッピングモールはユートピアか」の作者でした。

  • 何気なく便利さで撮っているスマホでの写真。この本では、スマホ、SNSの組み合わせが従来の写真を大きく変えたと提言。一つ目はスマホによってカメラが驚くほど高性能になった。二つ目には写真が低コストになった。三つ目は誰でもカメラを持っている事。四つ目はスマホにはインカメラがついている、つまり自撮りが可能になった。当たり前のことで、これが何という感じですがこれが実に重要なことなんです。

    その場で、安易に撮れる、そうなんです改まってではなく、気楽に撮れるので、SNSなどやっている私も日常の中で速やかにシャッターを押せる、その気安さが逆にSNSなんぞを後押ししてくれている。

    自撮りするゼレンスキーと、しないプーチン。デモとSNS。顔認識の怖さ。唯一無二の「個性」を表す顔が、国によっては、独裁者によっては、中央集権的国家の管理と抑圧の為の便利なツールとして利用されてしまう。

    顔こそが指紋以上に個人の識別に利用される時代。単なる肖像権ではなく、個人情報とすれば、顔を出して歩くということは、丸裸で歩いているのと同様であるそんな時代がもう既に訪れている・・・。
    ああ、これからは更に自己というものを大事にして生きなければなりませんな。

  • 『撮るあなたを撮るわたしを』は、現代の写真文化に疑問を投げかけるだけでなく、写真を通して私たちの「生き方」や「在り方」についても考えさせられる一冊でした。スマートフォンやSNS、そして生成AIが発達した今だからこそ、写真の役割や意味を改めて問い直すことは大切です。

    日々の写真撮影に慣れすぎている私たちですが、この本を手に取ることで、何気ない一枚に込められた意味や、写真を撮る行為そのものの本質を深く考えることができるでしょう。写真好きな方や、SNSとの向き合い方に悩んでいる方に、ぜひ一度読んでいただきたい一冊です。

  • 写真論というかエッセイ

  • 大山さんの文章、好きだなあ。スマホで写真を見ることが普通の今、時代や文化、写真やカメラやSNSなどの特性や仕組み、様々な視点から分析されていて、「確かにそうだな」「その発想はなかった!」と考えさせられることが多く、全く飽きない。私は写真を見るのが好きだ。SNSの写真や、写真メインの本などで写真に触れて、楽しんでいる。写真を撮ることも人並みにある。でも、そういうとき、私は、写真そのものついて、あんまり、というかほとんど、というか全く、考えていない。だから、この本を読んで、写真の世界って…面白!!となった。国境を超え時代を超え、数えきれない人を巻き込んで、何度も形を変えながら、変えられながら、日常に繋がっているんだ。自分が知っている写真が、いかに狭い範囲のものだったか気づかされた。この一冊で、かなり写真の奥深さを感じたから、きっともっともっと写真の世界は広いんだろうな。大山さんの観察力や文章力の巧みさに、ため息が出る。

  • 世界は猫に侵されている。
    が面白かった。

  • 初出は雑誌ということで、途中少し抑揚が無く感じられたが、「おわりに」で綺麗にまとめられていたので読後感は良かった。
    写真やカメラはつくづく西欧近代の産物だなぁと思う。

  • いまスマホで撮っているものは、「写真・映像」ではなく、「画像・動画」なのだという。前者が記録としての機能を持つ一方で、後者はコミュニケーションの機能がある。後者のシェアの時代に至るまで、長らく写真は「見られないもの」であったという考え方が面白かった。

    自分が子どもの時によくあったインスタントカメラでは、シャッターボタンを押すという概念が実際にボタンを押すことで成り立っていた。そして少し前から、目的に沿って必要なものを選別して残りを消去するという「プレビュー」ができるようになった。さらに時代が進むと、Googleフォトのように枚数制限のない格納サービスも出てきて、プレビューして削除をすることもなくなっていく。そして「一年前のあなたの思い出」というようにAIが思い出を決める時代になったと記載される。これらの段階がそれぞれ革命的な話だなと思いつつ、思い出すら外注化することができるようになったとのかと言葉にしづらいモヤモヤ感がある。

    SNSの「いいね」 によって自分がいだく感情を認識させてくれる時代になった。これも「感情の確認」のアウトソースと書かれていて、目の前の風景や出来事に対する感情を他人へのシェアによって判定してもらえるようになったそう。SNS登場以降に無意識レベルでこれをやっていることばかりだなと思ったりもするので、何かの事象や出来事に対して、まず自分がどう考えたかを他人の見解(いいね、他人の感想など)に触れる前に記しておく必要があるなと改めて実感する。良いものを他人の判断で決めることが当たり前になっていくと、どのように生活は変化していくのだろうという問いは定期的に自分に問うようにしておきたい。

  • 選書番号:752

  • 本屋で幾度も見かけながらも、このタイトルと装丁と帯から、勝手にカメラ初心者に向けたHOWTO本だと間違いしてスルーしていたが、敬愛するライターさんが今年読んだ本のイチ推しに挙げていたので買ってみたら、すこぶる面白かった。

    「スマホで写真を撮ること」を中心に展開する写真論、社会論。こんな風に解像度高く世の中を分析して表現出来るのは羨ましい。色んな気付きや視座を得た。まさに知の遊戯。

  • 【本学OPACへのリンク☟】
    https://opac123.tsuda.ac.jp/opac/volume/722970

  • 背ラベル:740-オ

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著者プロフィール

写真家/ライター。1972年生まれ。工業地域を遊び場として育つ。
千葉大学工学部卒業後、松下電器株式会社(現Panasonic)に入社。シンクタンク部門に10年間勤めた後、写真家として独立。出版、
イベント主催なども行っている。
著書に『工場萌え』(石井哲との共著、2007年)、『団地の見究』(2008年)、『ショッピングモールから考える』(東浩紀
との共著、2016年)、『立体交差』(2019年)など。
Instagram: @ken_ohyama、Twitter: @sohsai、Facebook: 大山顕(Ken Ohyama)。

「2020年 『新写真論 スマホと顔』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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