言葉の風景、哲学のレンズ

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  • 講談社 (2023年11月9日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (160ページ) / ISBN・EAN: 9784065336809

作品紹介・あらすじ

言葉のコミュニケーションは、希望と切実さと複雑さに満ちている。

「紀伊國屋じんぶん大賞2023」第2位『言葉の展望台』著者が贈る、最新哲学エッセイ!

「痛み」を伝える言葉、webの中の私の「言葉だけの場所」、「どういたしまして」の可愛さ、当事者視点からの語りかた、「からかい」が起きる場面、メタファーが見せてくれるもの、定義することへの懐疑、カミングアウトの意味とその先……。

さまざまな哲学の概念や理論はそれぞれが一個のレンズで、このレンズを使って見た風景と、別のレンズを使って見た風景と、その両方を通した風景はすべて違っているかもしれないし、そのどれかが正しいわけではないかもしれない。でもいろいろなレンズを通してみることで、裸眼で見たのとは違う風景の可能性に気づき、新しい仕方で物事を理解したり語ったりしていくきっかけになるかもしれない。(本書「はじめに」より)

【目次】
痛みを伝える
言葉だけの場所
「どういたしまして!」の正体
該当せず
からかいの輪のなかで
たった一言でこんなにもずるい
給料日だね!
言葉のフィールド
カミングアウト
ぐねぐねと進む
安全な場所ーー『作りたい女と食べたい女』
命題を背負う
一緒に生きていくために

みんなの感想まとめ

言葉のコミュニケーションの奥深さとその影響力が探求される本作は、心や体に違和感を抱える人々の声を通じて、社会の理解や受容について考えさせられます。読者は、著者のカミングアウトを通じて、個々の立場や力が...

感想・レビュー・書評

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  • 同氏による著書『言葉の展望台』が面白かったので本書を手に取った。どちらも哲学エッセイで面白いのだが、本書ではややカミングアウト後のトランスジェンダーの生き辛さに触れる私的な内容が多かった気がする。

    哲学は視点を増やすと同氏はいう。ものの見方を多様化するには、いろんな角度から考える作業が役に立つのだろう。そうした「役に立つ」という利点に目を向ければ確かにそのような効用がある。私は、カントの永遠平和の思索が国連の理念に、マルクスの思想が社会主義国家を、ルソーの一般意思が共和制を、ジョンロックが議会制民主主義をという具合に、哲学が制度設計に繋がっている事例を考えると、個人的な利得の話に限定されない哲学の偉大さを感じることができる。

    しかし、そんな壮大な視座ではなくとも、トランスジェンダーとして「ものの見方」に嵌まらない自分自身の生き辛さの方がよほど重要だという感覚も良くわかる。我々は世界平和よりも、先ずは自らが飢えず、暴力を避け、平和に生きられることを望む。

    ― 「からかいの政治学」では「からかい」が「遊び」の文脈にあること、それゆえ女性やその他のマイノリティへの攻撃に「からかい」という装いを与えることで、それに対する抗議を「おとなげないもの」や「理不尽なもの」として無効化する働きをすることが論じられていく。さらに女性がもともと性的な「からかい」の対象とされてきたがゆえに、女性解放運動への「からかい」に対する真面目な主張や抗議は、特有の仕方で意味を捻じ曲げられるという。

    一文を引くが、「からかい」とか「茶化し」というのは私も日ごろから気になっていた内容だ。コミュニケーションのテクニックとして認められる部分もあると思うが、対象を自らの編集範囲の対象として捉えることで、自分自身を落ち着かせるために相手を利用する作法だという気がする。それは「あだ名」にも似ている。本来、私はあなたの世界の住民ではない。しかし、これらのテクニックにより、私はあなたの世界に無理やり引きずり込まれるのだ。そしてその世界が嫌だと拒む事が「おとなげない」とされる。これは暗黙の了解のような礼儀作法やマナーの延長にあり、それは、上下関係等の比較が前提としてあるものだ。

    トランスジェンダーが否応なくこの上下関係に組み込まれるために、生き辛さを感じるのだろう。哲学のレンズは、異なる世界を見せる。時々、そのレンズを付け替えてみるべきなのかもしれない。

  • 三木 那由他 Nayuta Miki | 現代ビジネス
    https://gendai.media/list/author/nayutamiki

    傷つく覚悟で「ここにいます」三木那由他さんがほどくカミングアウト:朝日新聞デジタル(有料記事2023年9月4日)
    https://www.asahi.com/articles/ASR914SFSR80ULLI00D.html

    研究者総覧 - 大阪大学
    https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/5ca8c68965722b75.html

    言葉の風景、哲学のレンズ 三木 那由他(著・文・その他) - 講談社 | 版元ドットコム
    https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784065336809

  • 今読みたい本だった。
    トランスジェンダーの方が更年期障害の治療のため婦人科で医療行為を受けようとしただけで、医師にセクハラをしに行こうとしてるんだ、露出狂なんだと決めつけられる国、
    政治家が、同姓カップルなんて見たくもないと発言する国、そんな国に住んでいるんだなあと思った。
    心や体に違和感を抱えている人が、心に合わせて生きようとしただけなのに医療機関に断られるのは、人権侵害だと思う。理解できない人たちを無理に理解させるのは難しいと思うが、理解できる人だけでも社会を変える努力ができたら良いなと思った。

  • 初めてこの著者の本を読んだ。
    タイトルに魅かれて手にした。

    言葉のコミュニケーション、
    話し手の言葉は、その人そのものがどんな立場でどんな力があるかによって、聞き手の人に伝わり方が違うと思う。
    時には、話し手の真意が捻じ曲げて取られることも少なくない。
    とくにSNSの中では、いい事も悪い事、拡散される。

    コミュニケーションをとる前提に、話し手と聞き手の人間関係がどうなのか、重要に思う。

    著者がカミングアウトをして、家族や友人に受け入れられたことはとてもよかった。
    母親は、幼少期からきっと気づいているものだけど。
    世界中でたった一人でも味方がいれば、心強い。

    よく、色眼鏡で見る、というが、
    誰しも、レンズには多少の色は付いている。
    哲学の透きとおったクリアなレンズで物事が見られたら、ありのままで受け入れられるだろうに。
    法律や憲法ではけして決められない、人の生き方。
    全ての人がその人らしく、ありのままで生きられる世の中になりますように。

  • 「からかいの輪のなかで」
    芸人の世界では、いじられることを「おいしい」と表現する。
    それって本心なんだろうか、なんだろうな。
    自分が若い時、ノリで茶化されることを、笑って流したり、気の利いた一言で場を沸かせた経験は何度もある。
    でも、そういうコミュニケーションで得られたものって何なんだろう、と思うと、意外と何にもないのかもしれない。

    「安全な場所」
    私も「つくたべ」の一ファンなので、こんな風に取り上げて語ってもらえて、嬉しい。
    私は「つくたべ」が、途中からレズビアンのテーマを見せてきたことには、実はあまり賛成ではない。
    そうしたことを抜きにして、二人の食卓が縛られることのない「安全な場所」だと感じていたからだと思う。
    登場人物たちが、そんな思惑を脱して自由恋愛をするのだから、それはそれで良い。

    「一緒に生きていくために」でもあるけれど、自分の身の回りにジェンダー的な悩みを持っている人はきっといる。
    私自身も、性を変えるほどの強さではないにしろ、強いられることに否定的だったことがある。

    安易に共感するな、という言葉はある意味残酷だ。
    本当のことなど何も知らないくせに、と拒絶から始まる関わりが、どれほど実を結ぶだろう。

    私にも、この程度かもしれないけど、分かる部分がありますよ。
    そういう些細な共感を、大切にしたい。

  • 事前には、言語哲学をベースにしたエッセイみたいな本かなと思ってたので、読み始めてちょっとびっくりしました。トランスジェンダーである著者からみると、世界はこんな違和感に満ちていますよ、ということを語っていたからです。多くの哲学的エッセイって、著者は無色透明な研究者、みたいなことが多いので、著者自身の色がかなり濃く彩られているのが驚きの原因でした。
    ジェンダーに関連する話題が多いですが、あまり感情的な話に偏ることなく、冷静に議論しているので、ジェンダー論の論調に苦手意識をもつ私でもすっと読めたし、なるほどと思うことが多かったです。「哲学を学ぶと、物事を理解するための視点のレパートリーが増える」(1)。この本がすっと読めたのは、そういう視点のレパートリーをうまく使ってくれているからだと思いました。【2024年6月27日読了】

  • 哲学は結構好きだけど、時折痛いところを突かれることがある。
    日常的に言葉を扱っているくせに深く考えずに発言しているんだよな。
    『からかいの輪の中で』を読むと、嫌な気持ちと後ろめたい気持ちが同時に沸き上がる。
    何故あの子はあんな顔をしたのか。
    どの言葉に引っ掛かりを覚えたのか。
    答えを知る術は無いのに今でもモヤモヤすることは意外と多い。
    毎度の事ながら、こういうモノの見方があるんだなあと気づかせてくれる三木さんの著書は好き。

  • ※エッセイなので評価をつけることはしない

    そんな風に考えるんだ〜とか、考えすぎやん!とか、自分は考えなさすぎなのかなとか色々思った。

    言葉一つに無数の風景がある。

    読んでいて、うんうんとうなづく部分と、うーんそれはどうなんだろうと首を傾げる部分があり、
    読みながら自然と自分の考えと向き合っていた
    批判ではなく自分自身の考え、思い込みを客観視できた気がする

  • ぼくは基本的には自分の意志で、自分の思ったことを言葉にして語ると考える。だが、その自由意志から生まれる言葉はすでにその言葉を介してどこかへ人を誘導させ、動かそうとしているとも考えられる。つまり、人をコントロールするように仕向けるのが言葉を放つ目的とさえ言える、と。著者はそうした言葉の持つ強制力/政治力に実に敏感だ(この美質はあの精緻な『会話を哲学する』でも発揮されている)。いや、そのコントロールする指向性とは「当たり前」のものなのだとも言えるかもしれないが、その「当たり前」で躓く著者の繊細さに共感を覚える

  • 【メモ】
    著者による告知記事。
    https://mikinayuta.hatenablog.com/entry/2023/09/02/193000

    【書誌情報】
    『言葉の風景、哲学のレンズ』
    著者:三木 那由他
    出版社:講談社
    版型:46 160ページ
    価格:1,300円+税
    ISBN:978-4-06-533680-9

    【目次】
    痛みを伝える
    言葉だけの場所
    「どういたしまして!」の正体
    該当せず
    からかいの輪のなかで
    たった一言でこんなにもずるい
    給料日だね!
    言葉のフィールド
    カミングアウト
    ぐねぐねと進む安全な場所ーー『作りたい女と食べたい女』
    命題を背負う
    一緒に生きていくために

  • 信州大学附属図書館の所蔵はこちら→ https://www-lib.shinshu-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BD04630061

  • 言語哲学の本だと思っていたので、どの話にもジェンダーがベースに出てきたことに単純に驚いた。本の紹介文や「はじめに」に、記載しておいていただけるとありがたい。
    哲学を実生活に落とし込むような試みが興味深い。失礼な言い方にはなるが、ごちゃついているような印象を受けるのも生活感があった。
    色々と思考している著者と比べるとカケラも考えていない自分がヒトとして同時に生きていること自体、面白いなあと思うような内容だった。

  • さっくりほっこり言語哲学、でもきちんと内容はハード。言語活動の主体としての人間観。

  • 「会話を哲学する コミュニケーションとマニピュレーション」の作者のエッセイと知り、手に取りました。

    日々のコミュニケーションのなかで引っかかっているけど上手く言語化できないことについて、コミュニケーションについて考えている哲学者だからこその視点で言語化されていると感じました。

    印象に残ったのはあとがきで、筆者自身のことを「そんなに整理のついていないごちゃごちゃした人間」と述べていたことでした。
    整理された人間なんていないのかも、と考えさせられました。

    引用されていた「布団の中から蜂起せよ」にも興味が湧きました。

  • 自身がトランスジェンダーであるからこそ、日常の何気ない会話で生じる違和感から、対話の本質がどこにあるかについて、常に考え続けているのだろう。
    本書は言語哲学者の気取らないエッセイだが、著者のパーソナリティを色濃く反映したものになっている。

    対話とは、単なる情報の伝達を通じた相互了解ではなく、ある種の約束事の構築と、それに伴うお互いの行動の擦り合わせや調整であると規定する。
    言いかえれば、安易に理解しあうことよりも、お互いの立場を尊重し合うことを優先するということ。

    トランスジェンダーである自分が婦人科に診察に行くことに対して、医師にセクハラしに行くに違いないと曲解する人たちとどう折り合えるか?
    言葉を尽くして理解してもらえるとは到底思えない人たちに対して。
    それより理解されなくて全然構わないから、この社会に身の置き場を作れるように、向き合い方を変えてもらえないか。
    これはトランスジェンダーの人に対してはこのように振る舞うべしという知識の獲得ではなく、よくわからないけど一緒にやれるように配慮するよといった、某かの行動の変容を期待したもの。
    それがコミュニケーションの本質ではないか。

    しかしこの対話も実は、当事者同士だけによって形作られるのではなく、その対話を見ている周りの第三者によっても作られるというのが、「からかいのサークル」に属する第三者の証言の問題。
    勝手に体を触ってくる人に対して「やめて」と言っているのに、「またまたあ」と冗談としか受け取らず、それを見ている周りの人たちも二人が戯れ合っているとか、あるいは「冗談を理解しない無粋な奴だ」というレッテルを貼ったりする。

    両者間で約束事がなかなか構築されず、ズレまくってしまうのは、必ずしも当事者間の意思疎通の問題だけでなく、こうしたサークル内での暴力的な意味のねじ曲げが起きているから。
    いじめの現場においてもたびたび見られる構図だが、必ずしも第三者の能天気な無理解ばかりではなく、上下関係といった社会的文脈を反映していることもあるのだろう。

    「議論が尽くされていない」の前提にあるものも面白かった。
    そもそも結婚の平等を求める議論が始まらないからこそ起こされた訴訟のはずなのに、判決で「議論が尽くされていない」と門前払いされた時には、なんで議論がなされていることが前提になっているのよと突っ込みたくなる。
    さらに門外漢からすれば、「尽くされていない」とされることで、「議論はなされていたんだな」「それが熟す前に判決を求めるなんてずいぶん拙速だな」といった印象を抱きかねない。
    意図してか知らずかわからないが、ずいぶん高等なテクニックだなと感心してしまった。

    もう一つ「どういたしまして!」の正体は本書のなかで最も面白かったトピック。
    ただこれは、「きれいにご利用いただきありがとうございます」というあのトイレの貼り紙のように、ある種の行動を期待し促すものという解釈には首肯しかねるが。
    よくシットコムで、連れ合いを先に通すため、扉を開いたまま脇に立つ人が、会釈もなくさも当然といった顔つきで店内に入って行く様子を見て、「どういたしまて」と皮肉を込めて一人ごちるシーンが出てくる。
    これなど感謝が適切なものになるよう期待しているわけではないと思うのだが、どうのなのだろう。
    肝心のマーベル映画を見ていないのでよくわからないが、面白いなと思ったのはこんな遠回しの当てこすりめいたことまで、言語哲学で大真面目に取り上げられていること。
    それとこの行為は、必ずしも発話相手を対象にしたものではなく、それを傍観している第三者に向けた、文脈調整の意味合いがあることの方が本筋ではないだろうか。
    そう読みながら強く感じた。

  • 学問としての哲学のものの見方や考え方を、分かりやすい例えで噛み砕くことで問題提起してくれているのだけど、やっぱりちょっと難しくて…途中何度か音読しながら理解しようと頑張らないと読め進められなかった
    ちょうどオリンピックで女子ボクシング選手の問題もあり、当たり前のことながら、一概に語れることではなく各々のケースによって状況は異なるけれど、まずは正しく知ること、考えること、思いやること、どうしても生じてしまいがちなコミュニケーションのズレを埋められるようになりたいと思った

  •  いつも利用している図書館の新着本リストを見ていて、タイトルに惹かれて手に取ってみました。哲学者三木那由他さんによる “哲学的な視座” からのエッセイ集です。
     トランスジェンダーである三木さんならではの起点からの興味深い指摘や思索の紹介が数々ありましたが、“哲学者”なら、さもありなん、と思わせるネタも印象に残りました。

  • (著者が序文で書いていた)レンズを沢山貰いました。ありがとうございます。

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著者プロフィール

大阪大学大学院人文学研究科講師。専門は分析哲学。もともとはコミュニケーションの成立条件について考えていたが、最近はそれから発展して、コミュニケーションがときに不当なものや抑圧的なものになる仕組みに関心を持っている。著書に『話し手の意味の心理性と公共性』(勁草書房)、『グライス 理性の哲学』(勁草書房)、『会話を哲学する』(光文社新書)や、『言葉の展望台』、『言葉の風景、哲学のレンズ』、『言葉の道具箱』(いずれも講談社)がある。トランスジェンダー当事者として『反トランス差別ブックレット』(現代書館)などにも寄稿している。漫画やゲームが好きで、疲れているときには黙々とゲームをしがち。

「2024年 『女の子のための西洋哲学入門』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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