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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784065346440
作品紹介・あらすじ
大反響!たちまち15万部突破!
一度きりの人生を後悔なく経営したいすべての人へ――。
世界の見方がガラリと変わる「新時代の幸福論」
●老後の人生「大失敗する人」の共通点とは?
●なぜ優秀な部下が無能な上司に変わるのか?
●頑張れば頑張るほど成果が遠のくのはなぜ?
●飲み残しを放置する夫は経営が下手?
●注意書きを増やすと事故も増える理由とは?
●人間とサルの違いは経営にあった?
仕事から家庭、恋愛、勉強、老後、科学、歴史まで、
東大初の経営学博士が明かす「一生モノの思考法」
【本書の主張】
1 本当は誰もが人生を経営しているのにそれに気付く人は少ない。
2 誤った経営概念によって人生に不条理と不合理がもたらされ続けている。
3 誰もが本来の経営概念に立ち返らないと個人も社会も豊かになれない。
「結論を先取りすれば、本来の経営は『価値創造(=他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること』だ。
この経営概念の下では誰もが人生を経営する当事者となる。
幸せを求めない人間も、生まれてから死ぬまで一切他者と関わらない人間も存在しないからだ。他者から何かを奪って自分だけが幸せになることも、自分を疲弊させながら他者のために生きるのも、どちらも間違いである。『倫』理的な間違いではなく『論』理的な間違いだ」――「はじめに:日常は経営でできている」より
AIがまとめたこの本の要点
この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
経営の視点から日常生活や様々なテーマを軽やかに探求する本書は、思わず笑ってしまうエッセイの数々を通じて、読者に新たな気づきを与えます。著者は、経営を単なる利益追求ではなく、価値創造と共同体の豊かさを目...
感想・レビュー・書評
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世の中のあらゆる出来事は「経営」で出来ているという本書。だが、本書は「経営学」では出来ていない。経営という概念でいろんな事が看破できるみたいな話だ。
目次を並べていくと…貧乏も家庭も恋愛も勉強も。虚栄、心労、就活、仕事、憤怒、健康、孤独も。老後も歴史も。全て経営でできていると。ここまで来ると、好き勝手に経営経営言っているだけに見えるが、実際その通りの内容で、最後「本書は他力でできている」で締められる。結局は、著者の日常に感じた四方山エッセイである。
そこまで言われると、気になるのは“経営とは何か“。調べると、「事業の継続的な発展を目指し、事業目的を達成するために、ヒト・モノ・カネといった経営資源を効果的に活用して、計画的に意思決定を行い、組織を管理・遂行すること」とある。
で著者の定義では、本来の経営は「価値創造(=他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること」のようだ。だとすれば“心労や虚栄、孤独“は本当に経営だろうか。
ー 本当は誰もが人生を経営しているのにそれに気付く人は少ない。誤った経営概念によって人生に不条理と不合理がもたらされ続けている。誰もが本来の経営概念に立ち返らないと個人も社会も豊かになれない。
家庭や健康が経営と言われるなら分かる気もするが… 結論、本書の“経営”は、経営学ではなく人生論としての比喩概念で、実体は著者の生活エッセイ。「人生を経営する」というメタファーは、この本を経営の足しにとする商業主義的アプローチにより説得力を増し、それ故に他力本願か。他力を期待することもまた、経営の本質かも知れないが。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「経営」視点でさまざまなテーマを捉えた軽いエッセイ集。ちと軽薄な気もするが、筆者の言う「令和冷笑系エッセイ」の成果であろう。リーダブルではあったし、「経営」についても興味がわいた。幸い、同筆者の「経営教育」を積んであるので手に取ろうか、とは思えた。
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図書館の貸出ランキングで上位に入っていて、かつ面白いタイトルだったので読んでみた。(缶コーヒー・ジョージアの名キャッチコピー「世界は誰かの仕事で出来ている」を思わせるタイトル。)
ジャンルとしては、橘玲と土屋賢二と岡田斗司夫を足して3で割ったような、気軽に読めて、笑えて(ときどきすべって)、身も蓋もない話、が中心で、好きなタイプだ。ブクログのスコアがそうでもないのは、人によって好みが分かれる本ということだろう。
作者の経歴がとてもユニーク。中卒で陸自、高認(旧大検)で慶應大学、東大大学院で初の経営学博士、現職慶應大学准教授36才。
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経営学ではない。その点を留意して読めば、まあまあ読めるけど、噛み砕いているだけだ。
途中からなんでこの本を読んでいるのか、自分の目的やモチベーションがなくなっていることに気づいてしまった。
書いてあることはその通りということだが面白いとか為になるというものは薄かった。 -
最近話題の新書です。
タイトルに経営とありますが、企業経営や金儲けのことではない、と著者が冒頭に述べています。著者は、本来の経営とは、「価値創造(=他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること」だと定義した上で、それが現在失われているから、様々な問題が起きていることであり、それを取り戻す必要性を、いくつかの場面で指摘しています。
とはいえ、なかなか評価が難しい一冊だと感じます。著者の独特の言い回しに加え、章ごとに展開される内容は、本書の目的に沿っているのか、ただの著者の感想なのかとも思い、すべての章が理解できる、というものではないと感じました。個人的には歴史の章が面白かったので、ここは読む人によって感じるポイントは違うのではないでしょうか。
著者の主張である、対立を解消しながら作り上げる知恵と実践の必要性は最後で繋がったという印象でした。自分にとって関心のある、また困っているテーマを読むことができ、話題になるだけの内容だったかなと思いました。
▼日常は経営であふれている。
仕事にかぎらず、恋愛、勉強、芸術、科学、歴史・・・などあらゆる人間活動で生じる不条理劇は「経営という概念への誤解」からもたらされる。
▼むしろ世の中に経営が不足していることこそが問題なのである。
▼本来の経営は「価値創造(=他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること」だ。この経営概念の下では誰もが人生を経営する当事者となる。
▼本書の主張
①本当は誰もが人生を経営しているのにそれに気付く人は少ない。
②誤った経営概念によって人生に不条理と不合理がもたらされ続けている。
③誰もが本来の経営概念に立ち返らないと個人も社会も豊かになれない。
▼本当の意味で政権や王朝を弱体化させる原因は国家経営の失敗である。すなわち巧拙こそが歴史を動かす。
▼国家は国民が共同で作り上げた虚構であり、国家自体は究極の目的にはなりえない。究極の目的になりうるのは「国民一人ひとりの幸せ」のはずである。国家も、政治体制も、政治理念も、人間が作ったもの=人工物である。本来ならば、人間を幸せにしない人工物は捨てられるだけである。しかし、このことはいつでも忘れられる。そのたびに大混乱が起こり歴史に新たな一頁が足されていく。
▼特定の王国や文明が稚拙な国家経営によって弱体化したとき、まるで狙ったかのように危機(異民族の侵略、大災害と飢饉、内乱と革命などなど)がやってくる。これは当たり前の話である。常に危機は存在していて、政権が弱体化しないと危機は危機にならないだけだ。
▼このように、歴史を眺めてみると、国家や政権は本来の目的を忘れるか、目的に対する手段が古くなるか、あるいはその両方によって滅びていく。ローマ帝国も侵略による属州拡大という政治戦略が通用しなくなった段階で滅んでいった。
▼世界から経営が失われている。
本来の経営は失われ、その代わりに、他者を出し抜き、騙し、利用し、搾取する、刹那的で、利己主義の、俗悪な何かが世に蔓延っている。本来の経営の地位を奪ったそれは恐るべき感染力で世間に広まった。
▼「本来の経営」の欠如はすべての人の人生に不幸をもたらす。経営概念の誤解は個々人に実害を与え、社会を殺伐とさせる。
▼しかし現代では、経営ときいて「価値創造を通じて対立を解消しながら人間の共同体を作り上げる知恵と実践」を思い浮かべる人は少数派となった。
人間のさまざまな場面において、経営の欠如は、目的と手段の転倒、手段の過大化、手段による目的の阻害・・・など多くの数多くの陥穽をもたらす。
その理由は、「あらゆるものは創造できる」という視点をもたないと、単なる手段であるはずのものが希少に思えてしまい、手段に振り回されるからである。
▼本当の責任は価値有限思考にこそある。特定の人間のせいではなく、私含めすべての人に大なり小なり巣くっている思考のせいである。
▼本当は、価値は無限に創造できるものならば、他者は奪い合いの相手ではなく、価値の創り合いの仲間になれるのだ。
▼人間とは、価値創造によって共同体全体の幸せを実現する、「経営人」なのである。
<目次>
はじめに:日常は経営でできている
1 貧乏は経営でできている
2 家庭は経営でできている
3 恋愛は経営でできている
4 勉強は経営でできている
5 虚栄は経営でできている
6 心労は経営でできている
7 就活は経営でできている
8 仕事は経営でできている
9 憤怒は経営でできている
10 健康は経営でできている
11 孤独は経営でできている
12 老後は経営でできている
13 芸術は経営でできている
14 科学は経営でできている
15 歴史は経営でできている
おわりに:人生は経営でできている
謝辞:本書は他力でできている
タイトルはパロディでできている -
2025/4/23読了
ある日、出勤の車中で聞いていたNHKラジオで紹介されていたのが気になって購入。
内容は重たくない。まずは、著者のいうところの、“経営を「企業のお金儲け」とする誤った考え”(字面でも、「経」は物事の道筋、「営」はいとなみ、物事を行うの意であり、金儲けの意は微塵も無い。確かに、お金儲けは、企業経営のいち手段でしかない筈なのだ)をブチ壊すべく(?)、貧乏、家庭、恋愛、勉強 etc. 人生の様々な局面での「経営」の(極端? 判りやすい?)例を挙げていく。メッセージ性が高かったように思うのが、最後の「人生は経営でできている」の章。現代に蔓延る誤った経営概念の下、価値や資源を「有限のもの」として奪い合うのではなく、本来の経営概念の下、新しい価値を創造し、分かち合う事で豊かな共同体を作れる筈という主張。――ん? どこかで聞いたか読んだような話だぞ、と考えたら、福井晴敏『人類資金』の《資本共生主義》に思い当たった。まぁ、著者はコレ読んで思い付いた訳でもないだろうけど。兎も角、日常の仕事から何から色々の営みで、目的を忘れた繰り返し動作のようになっているものを見直し、なにか新しい価値を見いだせないかやってみよう、という気にはなった。 -
目的(価値創造)と手段を混同していないか、時々立ち止まって考える必要がある。
仕事に関していえば、こういった事例を挙げるのは簡単である。ついでに愚痴を言い合うのも簡単である。会社のシステムを根底から覆すのは難しいが、手段を行使するという、自分の実務レベルでの工夫はできる。
一方で、家族や恋愛や健康といったプライベート面は、まさに自分自身が「経営者」であり、大きく方針を決めたり変えたりできる。この視点に気づけば、視野が広がるのだろう。
GWの過ごし方を予め経営者視点で考えれば、休暇が終わる直前の「後悔」が少なくなるかも知れない。 -
「経営」をとおした人生哲学の本。
そういうことあるある、と思うことがたくさん書いてある。
なんでも経営という言葉でまとめているけれど、そもそも経営って何?と単純に疑問に思う。
『価値創造を通じて対立を解消しながら人間の共同体を作り上げる知恵と実践』が経営だそう。
ちゃんと経営を学んだことがないせいもあってか文章に気持ちがのらない。理解できるように、もう少し著者のことを知りたいと思った。 -
きっかけは確か「あの本、読みました?」の販売ランキングで目にしたこと。図書館で数か月順番を待って読みました。
著者は経営学者ですが、本書は経営学の専門書ではありません。経営学を活かした人生ノウハウ本という印象です。
クセが強い方なのが文章においても前面に出ているため好き嫌いが分かれそう。しかしながら本質だけを切り取ると良い気付きも得られました。
覚えておこうと思った箇所を書き写し、読了後にその部分だけを読み返してみると本書では繰り返し
「本来の目的を明確化し、常に意識すること」
「目的までのプロセスや手段に振り回されないこと」
と書かれているので、そこをポイントだとしているようです。
仕事、家族、恋人、就活、科学、歴史などさまざまな項目に分けてそのすべては経営でできていると著者は論じています。
なるほど言われてみれば、手段にこだわりすぎて本来の目的が二の次になってしまうことは自身の日常でも少なくありません。これって何のためにやってるんだっけ、と立ち止まって考えることも必要だと気付かれてくれました。
ちなみに後半の科学や芸術にかかる部分についてはあまり頭に入ってこなかったので流し読みしました。 -
個人的には、まったく合わなかった。
まず、この本はビジネス書ではなく、“エッセイ”である。著者自身、この本が“エッセイ”であると言っている。
内容は、
あらゆる場面において、『論理的に考えて合理的に行動せよ』ということ。
また、『共同体を意識し、価値創造せよ』ということ。
「手段と目的を間違えるな」とか、古来からあるような話。
最後まで読んだが、
自分には合わなかった。
“冷笑系”である理由がわからず、面白いと思わなかった。むしろ、読みにくいと感じた。
また、本の表紙にデカデカと、
『上司はなぜ無能なのか?』と書かれているが、一部の切り抜きもいいところである。
これが本書の趣旨ではない。
なぜ、これをわざわざピックアップして表紙にしたのか。人の興味をひこうとして表紙に載せたのか? これが経営なのか、いや、違うだろう。
また、最後のほうで、文学の話が少し出てくる。
文学と経営を絡めて云々、ということが書かれているが、私はこの本に文学を感じなかった。
見出しタイトルを文学作品の名前からもじっているーーいやもう、それがもう全然文学ではないだろうと。
見出しタイトルは文学作品の名前からとっているって、なんでそんなことを? 私の知っている文学とは違う。
※以上はあくまで個人の感想です。失礼しました。 -
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内容が軽くてパロディで読みやすかったです。
孤独や就活、恋愛等を経営に例えると面白かったです。 -
最初と最後は読んでよかったです。苦笑
間は、全ての項目が同じリズムで書かれているのと、
小さい字で小ボケ?つっこみ?が入ってるんですが、
目のピントあわせて頑張って読んだのに
全く意味ないんかい、となりました。苦笑
全ては「経営」でできている。
うまくいかないことは、経営判断や対応をミスっている。
問題解決と価値創造。 -
「上司はなぜ無能なのか?」とタイトルよりも大きく書かれた帯。反射的に心の中で「ハイすみません!」と叫んでそのままレジに持って行った次第です。
本著、慶応商学部の准教授による「経営」というワードを軸にしたエッセイです。世の中の色々な所に経営目線が必要だが、今はそうなっていないという問題意識を軸にしつつ軽めの文体で纏めた1冊です。(自虐ネタが強すぎる感もありますが…)
さて、本著の言う「経営」は、経営学に基づく理論と言うよりは目的意識とかそういう方面のものだと思います。
例えば、1つ目の「貧乏は経営でできている」では、明確な用途が無いのに最新スマホを買って支払いに追われ貧乏に⇒自分が何をしたいのか明確化しないとね、と書かれています。
しかし、この目的の明確化、というのは経営理論の範疇なんでしょうか。経営学者の著者のどのようなノウハウが活かされているのか、イマイチわからなくなってきます。
この「経営」は、哲学者マルクス・ガブリエルが言う「哲学」と近しいように感じました。「足元の課題にどの学問分野を適用するか」を哲学で判断できる、としていて、例えば政治とカネの問題を、法律で規制するのか、選挙制度を変えるのか、監査や報道・開示を強めるのか、どれが最も良く課題を解決できるのかを判断するツールが哲学だと。そう思うと本著は哲学書でもある…?
本著、ふんわりエッセイから入っていくので、読了時にグチを読んだ気持ちになり「結局この本からの学びは何だったんだろう…」となってしまったのですが、終章の「人生は経営でできている」から先に読んだ方が問題意識を持って読めるような気がしました。 -
この本は読みやすく、教養レベルで異なる面白さを提供。昭和風パロディが独特で、経営を人生に必要な視点で描く。価値創造に焦点を当て、教養の重要性を力強く伝える内容。
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「経営」の意味を改めて確認しながら解釈を広げていくエッセイ。
全体に皮肉の効いたユーモアがてんこ盛りで、クスクスニヤニヤしながら読んでいたら、終盤で一気にギアが変わって熱いメッセージに心を打たれた。
最後まで読んでから、冒頭に戻ると、著者がなぜこの本を記したのか、私なりに腑に落ちた。
「何かを有限だと思う気持ちは常にそれを失う恐怖と隣り合わせだ。
金銭も、時間も、関係性も、勉強法も、問題解決も『人生において価値あるものはすべて誰かがすでに作ったもので、有限にしか存在しない』という既成概念に取り付かれると、限りあるものを守るための短期的で局所的な思考/志向に支配されるのである。」
という言葉が胸に響く。
そして同時に、この気持ちに囚われないでいられることの難しさも強く感じる。
だからこそ、本来の「経営」の概念である、
「価値創造(=他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること」
に立ち返って、信じ続ける精神力が必要なのだな、と思う。
ふだん、「経営」の2文字が出てくるだけでちょっと身構えてしまう人にこそ、おすすめしたい一冊でした。 -
物事の本質を見極め、長期的視野で、継続的に安心安全な環境を作り出すにはどうしたら良いのかを考えている本と理解しました。コラム、エッセイとして気軽に読める本です。
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新聞の広告と題名が響いたので読んでみました。
「経営」という題名から、インプットとアウトプットを数値化して世界の出来事、仕組みを説明した本かと思いましたが、そうではありませんでした。生き方について何らかの工夫のヒントを与えてくれるような自己啓発本、というよりも軽く読めるエッセイに近い本でした。
著者の岩尾俊兵さんは経営学者で『13歳からの経営の教科書』、『日本“式”経営の逆襲』などの著書があります。お父さんが事業に失敗し、高校進学を断念して自衛官になり、退職後はアルバイトをしながら認定試験に合格して大学に入学。東大大学院では初めて経営学の博士を取ったという経歴を持っています。鉄板の経営学者ですね。
著者は「本来の経営は『価値創造(=他者と自分を同時に幸せにすること)』という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること」とした上で、以下の主張を提示します。
①本当は誰もが人生を経営しているのにそれに気付く人は少ない。
②誤った経営概念によって人生に不条理と不合理がもたらされ続けている。
③誰もが本来の経営概念に立ち返らないと個人も社会も豊かになれない。
こう書くと説教がましい固い本のように見えますが、内容は痛快とも言えるエッセイです。
著者がケーススタディとして挙げるのは15の事例。事例は貧乏、家庭、恋愛、勉強、虚栄などですべて「○○は経営でできている」という題名になっています。
そして各ケースで上記の①〜③を以下に反映させるかを説明します。
例えば「仕事は経営でできている」という項では、
1)世の中の9割9分9厘の人は仕事をしていない(例えばエクセル操作は作業であり仕事ではない)
2) 本当の仕事は(消費者だけではなく、取引先や上司、社内の別部署など広義の)顧客を生み出し顧客を満足に/幸せにして、その対価として顧客が喜んで報酬を支払ってくれるようにすること
3) だとすれば「仕事という名前がついているだけの何か」を減らし「真の意味での創造的な仕事」の割合を増やせば(中略)世の中に提供できる付加価値が増加しつつ仕事も楽しくなる
「言うは易く行うは難し」と言われそうですが、我々が本来の意味での「経営」を意識するだけで、様々な不条理や不合理を少しは回避できそうな気がします。
若干の自虐ギャグもありますが、文章は明快でストレスフリーで読めます。何よりも面白い「経営論的エッセイ」。お勧めの新書です。
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テンポの良く、テーマごとに軽いタッチで導入を始め、日常生活の疑問を経営と関連で解き明かすエッセイ風の本。高校生に是非読んでほしい。
著者プロフィール
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