耳に棲むもの

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  • 講談社 (2024年10月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (136ページ) / ISBN・EAN: 9784065368329

作品紹介・あらすじ

耳の中に棲む私の最初の友だちは
涙を音符にして、とても親密な演奏をしてくれるのです。

補聴器のセールスマンだった父の骨壺から出てきた四つの耳の骨(カルテット)。
あたたかく、ときに禍々しく、
静かに光を放つようにつづられた珠玉の最新作品集。

オタワ映画祭VR部門最優秀賞・アヌシー映画祭公式出品
世界を席巻したVRアニメから生まれた「もう一つの物語」

「骨壺のカルテット」
補聴器のセールスマンだった父は、いつも古びたクッキー缶を持ち歩いていた。亡くなった父と親しかった耳鼻科の院長先生は、骨壺から4つの骨のかけらを取り出してこう言った。「お父さまの耳の中にあったものたちです。正確には、耳の中に棲んでいたものたち、と言えばよろしいでしょうか……」。
「耳たぶに触れる」
収穫祭の“早泣き競争”に出場した男は、思わず写真に撮りたくなる特別な耳をもっていた。補聴器が納まったトランクに、男は掘り出したダンゴムシの死骸を収める。
「今日は小鳥の日」
小鳥ブローチのサイズは、実物の三分の一でなければなりません。嘴と爪は本物を用います。
残念ながら、もう一つも残っておりませんが。
「踊りましょうよ」
補聴器のメンテナンスと顧客とのお喋りを終えると、セールスマンさんはこっそり人工池に向かう。そこには“世界で最も釣り合いのとれた耳”をもつ彼女がいた。
「選鉱場とラッパ」
少年は、輪投げの景品のラッパが欲しかった。「どうか僕のラッパを誰かが持って帰ったりしませんように……」。お祭りの最終日、問題が発生する。

感想・レビュー・書評

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  • あなたは、お悔やみに訪れた人が不意に『骨壺』の蓋を開けて『骨片』を取り出しはじめたらどうするでしょうか?

     (*˙ᵕ˙*)え?

    昨今、お葬式というものに出席すること自体、数が減ったと思います。かつては、職場の同僚の親族であっても参列する場合がありました。時代は変わり、家族葬が一般化し、親戚であっても必ずしも参列しない場合も多くなりました。そんな時代にあっては、お通夜、お葬式、そして火葬といった一連の儀式はどこか他人ごとにも思えてきます。そもそも『骨壺』というもの自体目にする機会も多いとは言えないでしょう。

    私は父親を亡くし、『焼き場』でお骨を拾うという体験をしました。かつて目にした姿がこのような『骨片』へと変化してしまった現実にはなんとも言えない思いが込み上げました。そして、『骨壺』へと収める中に一つの区切りを感じもしました。

    そんな『骨壺』というものは家の中で独特な存在感を醸し出します。その存在感の大きさはサイズからは計り知れないものだと思います。無闇やたらと触れるものでもありませんし、ましてや家族以外には聖域な存在だと思います。

    さてここに、お悔やみに訪れた一人の男性が、そんな『骨壺』に触れるばかりか、『ためらいもなく蓋を取』り、さらには『骨片』を取り出していく…と展開する場面を描いた物語があります。『補聴器販売員』に光を当てるこの作品。どこまでも静謐に描かれるこの作品。そしてそれは、「耳に棲むものたち」の存在に光を当てる小川洋子さん最新作な物語です。
    
    『お忙しい時間に申し訳ございません』、『お父さまにもう一度、最後のお別れを、と思いまして』と『白衣姿のまま』現れた『L耳鼻咽喉科医院の院長先生』を迎えるのは主人公の『私』。『父とは、私が生まれる前からの長い付き合いだった』という院長は『父の遺影と骨壺の前で』お祈りをします。『補聴器製造会社の営業部に勤めていた父は、仕事柄、大勢の耳鼻咽喉科の医者と付き合いがあったが、家の近所にあるL医院を最も信頼してい』ました。そして、『朝、ベッドの中で冷たくなっていた父のもとに一番に駆け付け、万事的確に取り計らってくれたのも院長先生』でした。『苦しみはありませんでしたよ。ご覧なさい。静かな音楽に耳を澄ましているようなお顔をなさっている』と『慰めの言葉をかけてくれた』院長先生は、『お父さまは実に立派な補聴器販売員でいらした』、『単に物を売るというのではなく、お一人お一人に本当に必要な音を届けておられた』、『なかなか世の中に、そのような補聴器販売員はおられません』と父のことを語ります。『子どもの頃、副鼻腔炎や中耳炎になるたび、L耳鼻咽喉科医院にかかっていた』という『私』は、『お利口さんでした。ご褒美にこれをあげましょう』と、『治療が終わると、のど飴を一粒もらえること』を『何より楽しみにしてい』ました。そして、今『遺影』を前にして『父はもの静かな人でした』、『耳鳴りがひどかったのです』、『内側で鳴っている音の方に耳を傾けている方が、心が落ち着いたようです』と語る『私』に、『よく分かります。こんなわたくしでも一応は、数えきれない方々の耳の中を覗いてきましたから』と言う院長先生。そんな中、『不意に院長先生が、身を乗り出し、骨壺を持ち上げると、包みの紐を解きはじめ』ます。それを『ただ驚いて、目を見開くばかり』という『私』の前に、『包みの中から白い陶器の壺が姿を現し』ます。『焼き場でまだ温かい骨を箸でつまみ、壺に入れた時の光景』を思い出す『私』。『「立派な大腿骨をお持ちだ。長い道のりを歩いてこられた方の脚だ」と、焼き場の係の人がお世辞を言うような口調で繰り返』す『院長先生は、骨壺を両膝の上に抱きかかえ、ためらいもなく蓋を取』ります。『息を呑む私になどお構いなく』、『白衣のポケットから耳用鉗子を取り出し、ぎゅうぎゅう詰めになった骨の中に、それを深く突き刺してい』く院長先生。『骨壺の奥から骨と骨のこすれ合う音がし』、『それを聴いているとなぜか、骨がまだ温かいかのような錯覚に陥った』という『私』。『院長先生の腕に抱かれた父の骨は、あまりにも濁りのない密度の濃い白色をしていた』と院長先生の手元を見る『私』は、『二人の間に漂う骨の音に耳を傾ける以外』『できることは何もな』いと思います。そんな時、『一瞬、院長先生の目つきが変わり、指先と手首がこれまでにない大胆な動きを見せ』ます。そして、『鉗子がゆっくりと骨壺から引き抜かれ』ると、『二股の舌先には、小さな骨片が一つ、挟まってい』ました。そして、『同じ動きがあと三回繰り返され、『四つの骨片』が取り出されます。『どれも形が異なり、掌の窪みにおさまるほどの大きさしかなく、繊細な姿をしていた』という『骨片』。『院長先生はその四つを掌に並べ、捧げ持つようにして私の眼前に差し出』すと、『お父さまの耳の中にあったものたちです』、『これほど完全な形で残るのは珍しい。特別な補聴器販売員であった証拠と言えましょう』と語ります。院長先生と『私』が父親の『骨片』を前に語り合う姿が描かれていきます…という最初の短編〈骨壺のカルテット〉。この作品でキーとなる『補聴器』の販売員だった『私』の父親の存在が静かに浮かび上がる好編でした。

    “2024年10月10日に刊行された小川洋子さんの最新作でもあるこの作品。”発売日に新作を一気読みして長文レビューを書こう!キャンペーン”を勝手に展開している私は、2024年7月に町田そのこさん「わたしの知る花」、8月に望月麻衣さん「京都下鴨神様のいそうろう」、そして9月には藤岡陽子さん「森にあかりが灯るとき」と、私に深い感動を与えてくださる作家さんの新作を発売日に一気読みするということを毎月一冊を目標に行ってきました。そんな中に、静かな物語世界の中に独特な魅力が漂う小川洋子さんの新作が出ることを知り、これは読まねば!と発売日早々この作品を手にしました。

    そんなこの作品は、内容紹介にこんな風にうたわれています。

     “耳の中に棲む私の最初の友だちは 涙を音符にして、とても親密な演奏をしてくれるのです。 補聴器のセールスマンだった父の骨壺から出てきた四つの耳の骨(カルテット)。あたたかく、ときに禍々しく、静かに光を放つようにつづられた珠玉の最新作品集”

    小川洋子さんの作品というと、モノに対するこだわりが一つの特徴とも言えます。それは、身体の部位でも言え、これまでにも「まぶた」、「薬指の標本」、そして「掌に眠る舞台」というように、身体のいずれかの部位を書名に含む作品を刊行されていらっしゃいます。そんな小川さんがこの作品で取り上げるのが『耳』であり、その中心となるのが『補聴器』であり、それを長年販売してきた『販売員』の姿です。では、『耳』の描写から見てみましょう。まずは『耳たぶ』へのこだわりです。『これと言って特徴のない平凡な顔立ち』という男の『耳たぶ』にこだわる主人公。

     『ただし、耳だけは別だった。それはくっきりとした大きな輪郭を描いていた。思わず写真に撮ってみたくなるような、柔らかくて分厚い耳たぶを持っていた』。

    そんな『耳たぶ』が気になる主人公は、『すぐ目の前に耳たぶがあった』、『男の手つきと耳たぶを交互に見やりながら言った』と『耳たぶ』を強く意識していきます。小川さんが描くと『耳たぶ』の存在だけで短編が一編書けてしまうことに驚きます。次は、『補聴器販売員』です。『鞄の中身は、補聴器の見本だった。彼はもう五十年近く補聴器を売り歩いてきた』という『販売員』がこの作品では一つのキーになります。

     『自分の提供した補聴器で、顧客の耳の穴が塞がれるたび、セールスマンさんはなぜか安堵を覚えた。仕事をはじめてすぐの頃からずっと変わらずそうだった』。

    『耳の穴が塞がれるたび』『安堵を覚えた』という『販売員』はこれだけだと怪しさ満点です。しかし、この作品の作者が小川さんであることが、そんな『販売員』の違和感を消してもいきます。

     『洞窟の小部屋の扉は閉じられた。ああ、これで、耳の奥に棲むものたちがこぼれ落ちる心配はない。安全な居場所に閉じこもることができた。そんなふうに声にならない声でつぶやいていた』。

    なんとも独特な感覚が綴られていきます。この作品は5つの短編から構成されていますが、この『販売員』は内4つで登場します。上記で冒頭の短編の最初の部分をご紹介する中には、そんな『販売員』が亡くなっていることが描かれていますが、他の短編では、そんな彼の生前の活躍が多々描かれています。そこには『補聴器』が登場するが故に『耳』に光が当たってもいきます。一見、グロテスクな表現の登場含め独特な雰囲気感に包まれたこの作品。最新作でも小川さんの生み出される世界に一点の翳りもないことを再確認するに十分な作品だと思いました。

    もう一点、モノにこだわる小川さんと言えば忘れてはいけないのがモノを単純に羅列する表現です。こちらも見てみましょう。

     『その耳用鉗子は、豆、ビーズ、種子、蟻、綿球、囊胞、腫瘍、血腫、垢…、さまざまな異物や病変部を迷路から引っ張り出してきた』。

    冒頭の短編〈骨壺のカルテット〉に登場する表現がこれです。この短編では院長先生が『耳用鉗子』を使って『骨壺』から『骨片』を取り出す様子が描かれていますが、院長先生が耳鼻科の診療行為として『耳用鉗子』を使ってさまざまなモノを取り出す様をこのようにその羅列で表します。こんなモノが耳の穴に入っていたとは…ちょっと怖くもなりますね。もう一点、これはモノというより『小鳥の死骸』を羅列する表現です。(注: グロテスクな表現が苦手な方はワンブロック飛ばしてお読みください!)

     『落ち葉にくるまり、平和な夢を見るように息絶えているシジュウカラもいれば、猛禽に襲われ、羽根をむしり取られて血まみれになったスズメもいます。親に巣から突き落とされ、嘴から舌先をのぞかせているヤマガラ。ネズミか何かに腹を食われ、眼窩からミミズがはい出しているモズ…』。

    いやあこれは強烈です。モノを単純に羅列する表現は小川さんの作品に頻出、欠かすことができないものですが、こんな風に『小鳥の死骸』をグロテスクに羅列していくとは驚きです。これが他の作家さんならこんな人の作品二度と読まない!と思いもしますが、小川さんだと思うとどこか冷静に一字一句読んでしまうところが不思議です。まさしく”小川洋子ワールド”な世界がここに形作られているのだと思います。

    そんなこの作品は『補聴器』で繋がる連作短編といった面持ちを兼ね備えています。元々は、「群像」2023年10月号、12月号、2024年2月号、4月号、6月号に連載されていたもので、紛れもない小川さんの最新作でもあります。冒頭の短編は上記でご紹介しましたので残りの短編についても見てみましょう。

     ・〈耳たぶに触れる〉: 『その男を見かけたのは、収穫祭の会場だった』と、『大勢の人々で賑わっていた」場へと出かけたのは主人公の『僕』。『早泣き競争』に出場していた『男』を目にした『僕』は、『男』が『本気で泣こうとしている』と確信し、『インスタントカメラを構え』ます。そんな場が終わると、『いいカメラだね』と『男』が話しかけてきました。『誕生日に、両親に買ってもらいました』と答える『僕』。そんな『僕』は『男』の顔を『これと言って特徴のない平凡な顔立ち』だと思いますが、『耳だけは別』と感じます。『思わず写真に撮ってみたくなるような、柔らかくて分厚い耳たぶ』だと思う『僕』は…。

     ・〈今日は小鳥の日〉: 『今日は小鳥の日』と、『小鳥ブローチの会』の集いを『レストランの二階大広間で開くのは『二代目会長』の『私』。『発足当初からの会員の一人』という『私』は、『ブローチ』の作り方を説明します。『材料は粘土で、それを成形し、竹串で模様を描き、着色して…』と手順を語る『私』は、『どうしても譲れないこだわりが一つあ』ると語ります。それが『実物のサイズの正確な三分の一』という『縮尺』であることを説明する『私』は、『作業はまず小鳥の死骸を手に入れるところからはじまります』と続けます。『夜明け前、誰にも見つからないよう小屋を抜け出し、森林公園に忍び込んで、死骸を…』と語る『私』。

     ・〈踊りましょうよ〉: 『サービス付き高齢者向け住宅”ビレッジ・コクーン”の人々は皆、住人も職員も、彼のことをセールスマンさん、と呼』んでいます。『年季の入った黒革の鞄を提げた』『セールスマンさん』。そんな『鞄の中身は、補聴器の見本』でした。『もう五十年近く補聴器を売り歩いてきた』という『セールスマンさん』は『お客さんたちのどんな要望にも応えられるよう、常にあらゆる種類の補聴器を持ち歩いてい』ました。『どんな具合ですか?』と、『お客さんの部屋を一つ一つノックして回』る『セールスマンさん』。そして、住人たちは『どうにかして』彼を引き留め、『自分の補聴器を見てもらおうとし』ます…。

     ・〈選鉱場とラッパ〉: 『ラッパが欲しかった』というのは『少年』。『輪投げの景品として、テントの奥の棚に置かれてい』ます。『六つの輪を投げ、縦横斜め、一列そろえば景品がもらえる』という『ルールもまだよく理解できないくらいに幼かった』という『少年』は、『それでもラッパが、どうしても欲し』いのでした。そして、『神社の秋祭りの夜』、『輪投げ』をする人たちを見る『少年』は、『どうか、ラッパを選びませんように。どうかお願いします』と『神様に祈』ります。『三段ある棚の一番上、向かって左手寄りに置かれてい』る『ラッパ』を見て、『ラッパにかなうものは何一つな』いと思う『少年』は…。

    冒頭の短編を含めた5つの短編はそれぞれに独特な世界観を有しながら展開していきます。一見直接的な繋がりはありませんが、上記してきた通り『耳』を起点に『補聴器販売員』の存在が物語の一体感を醸し出していきます。そんな『販売員』は不思議なことを口にします。『補聴器のお仕事はセールスマンさんに、ぴったりですね』と言われた『販売員』。

     『耳に蓋をして、その奥にある大事なものを守ることができるのですから』

    『補聴器』の役割をこんな風に説明する感覚は摩訶不思議です。それは、一般的な『補聴器』の役割ではあり得ないものです。しかし、彼は続けます。

     ・『私は、閉じ込められているもの、閉じこもっているものに、愛着を覚えるのです』

     ・『閉じ込められ、誰からも見捨てられ、忘れ去られたものを救い出すのと、閉じこもっていたいものに、それが求める小さな空洞を与えてやるのは、私にとって同じことです』

    独特な感覚で語られていく物語は読者の感覚をこの世界にどっぷりと浸らせてくれます。”小川洋子ワールド”全開に描かれていくこの作品。そこには、「耳に棲むもの」という一見摩訶不思議な感覚で語られる静かに密やかに綴られる物語の姿がありました。

     『自分の提供した補聴器で、顧客の耳の穴が塞がれるたび、セールスマンさんはなぜか安堵を覚えた』。

    『補聴器販売員』の男の存在が短編を一つに紡いでいくこの作品。そこには、モノにこだわる小川洋子さんらしさ満載の物語が描かれていました。グロテスクな表現がさりげなく登場するこの作品。それでいてどこまでも静かに描かれていく物語の美しさに酔うこの作品。

    各短編にさりげなく挿入された挿画が醸し出す雰囲気感にも魅了される印象深い作品でした。

  • 妖艶に熟しきって鳥肌がたつような観察眼ですべて見透かされ逃れられないような畏怖を感じる小川洋子さんの新作を借りてきました。今回は補聴器のセールスマンってかなりレアでピンポイントなところ攻めてくるんですよね。百科事典のセールスマンとかもあったと思いますがこうゆう設定好きですね。
    そして、骨とか死骸、標本とか化石とか。かつて命を宿していたものの欠片も好きなんですよね。鉱物とかも。小鳥のブローチ作る表現なんか猟奇的に思えるのですが乾燥してくると生々しさが和らいで愛おしく思えたり、感性が右に左に大きく振られました。
    移動式のメリーゴーラウンドに露店とか輪投げとかレトロに懐かしい雰囲気もぶち込んできてもて遊んできます。
    そして彼女の観察眼にかかれば、耳骨さえもカルテットとして不思議な振動を醸しだし取り憑かれそうで、一つ一つのパーツ単位に解剖されてゆく。異様に映る耳鼻咽喉科の老先生の行動にも恐怖を凌駕しあっけにとられる感じです。耳の中に棲んでいたものたちって表現も悪しき者たちのようでお祓いして欲しくなる。アメ玉の缶に仕舞うところも不気味に童心還りしててヤバそうです。
    ここに出てくる補聴器ですが聴覚障害者のアシスト的役割に使用するものじゃなく、外界から塞いで棲む者たちを護る役目に使うように感じられました。
    一歩一歩近づく孤独感に不安感といったノイズを遮断し、懐かしい光景に包まれ心地よく響き渡る音符に中毒性の邪悪を感じてしまいます。手に入れたラッパも紛い物で吹き鳴らすことなく奥底へ仕舞い込まれ忘れ去られる感じが象徴的でした。
    実に奇妙に謎めいて腐敗臭漂うサイレント映画を見た目覚めの悪さに、迷宮に迷いこんでしまいそうで、レビー小体型認知症の初期症状のような幻覚をみせられた感じでした。

  •  小川洋子さんが書き下ろしたオリジナル原作を、山村浩二さんがVR映画化した短編アニメーション『耳に棲むもの』‥、知りませんでした。本作は、その世界を膨らませた5篇の連作短編集のようです。

     人や動物の死、骨や死骸が頻繁に登場し、少し不快で不穏な雰囲気を漂わせながらも、品位を保ち、静謐で温かさも感じさせる小川洋子さんの世界が広がっています。私的には文章の肌触り重視で、内容の理解が追いつかないので合わない、とはなりません。
     幻想的な異世界に紛れ込んだ感覚とともに、孤独と哀しみが自分にだけ聴こえるささやかな演奏に変換され、優しい音楽を醸し出す世界に引き込まれます。

     補聴器のセールスマンが主要人物。彼が亡くなり、親交のあった医師が彼の骨壷から、耳の中の小骨片を4つ(耳の中に棲んでいたものたち)取り出します。
     第2話以降は時間が遡り、生前のセールスマンと関わった人々の話です。決して描かれない登場人物の内面が、読み手に委ねられるからこそ、イメージが膨らむのですね。

     苦しんでいる時、それも孤独な自分と向き合っている時、励まし勇気づけてくれるのは、優しく響く内なる声・音楽なのでしょうか‥。耳を澄まし、聴き取りたくなる物語でした。



     ※山村浩二さんのアニメーション『耳に棲むもの』は、オタワ国際アニメーション映画祭2023のVR部門最優秀賞の他、多くの海外映画祭に出品され、多数受賞ノミネートされているようです。
     VR映画ってどんなものなのでしょう? 35分の短編を、実際に新宿のNEUUで観てみたくなります。

    • フリージアさん
      本とコさん、こんにちは!
      どんな映像なのか、気になりますね。
      自分がうまく表現できないところを、本とコさんが的確にレビューされているのを読ん...
      本とコさん、こんにちは!
      どんな映像なのか、気になりますね。
      自分がうまく表現できないところを、本とコさんが的確にレビューされているのを読んで、勝手にスッキリしてます♪
      2024/11/14
    • NO Book & Coffee  NO LIFEさん
      フリージアさん、こんにちは♪
      ほぼ同じ時間に本作を読んでたんですね(^^)

      私自身いまいち(我がレビューに)納得せず、モヤモヤ‥
      でも、小...
      フリージアさん、こんにちは♪
      ほぼ同じ時間に本作を読んでたんですね(^^)

      私自身いまいち(我がレビューに)納得せず、モヤモヤ‥
      でも、小川さんの文章の肌触りが好きなので、まいいか?

      それにしてもVR映画が気になって仕方ないです
      サブスク解禁には時間がかかりますかね?
      2024/11/14
    • フリージアさん
      どうなんでしょうかね?
      楽しみに待つことにします(^^)
      どうなんでしょうかね?
      楽しみに待つことにします(^^)
      2024/11/14
  • 補聴器のセールスマンだった父の骨壷から出てきた四つの耳の骨〜骨壷のカルテットから始まる5つの連作短編集。
    最後の選鉱場とラッパに出てくる少年がそうだったのかと。

    耳の中に棲むものとは…まるで秘密の箱を覗き見したような感覚。
    静かに流れてゆく描写には孤独という寂しさを感じた。


    VRアニメだと違った印象を受けるのだろうか?




  • オタワ国際アニメーション映画祭で最優秀賞を受賞した作品が元になって作られた小説なのだそう。
    そちらも観てみたけど、どちらも小川洋子さんの不思議な世界観だった。
    素敵な装丁の4人(?)のカルテットが、どうやら耳に棲むものらしい。
    補聴器のセールスマンだった父の過去が、骨壺から取り出したカルテットを通して聞こえているということなのかな?
    短くてすぐに読めるのだけど、途中で「?」となることも何度かあって…
    私が思っていたのとは、ちょっと違っていた。

  • とても不思議な世界観に包まれた感じがありました。明記されてないことも多く、想像力で補完しながら読み進める作品のようであるように思います。

    以下本作の紹介文です。(Amazonより引用)
    補聴器のセールスマンだった父の骨壺から出てきた四つの耳の骨(カルテット)。
    あたたかく、ときに禍々しく、
    静かに光を放つようにつづられた珠玉の最新作品集。

    とにかく時系列が難しくて、読み始めた時はハテナマークが浮かんでました。各章に共通して出てくる人物がいるので、何とかそれを指標に手繰ると少し構成がわかったかなという感じです。

    そういった背景もあって割と短い作品ではありますが、読み込むと味わいのある作品であるのかなと思いました。

  • 独特な世界観。不気味で不思議な話だったが、薄い本だし、一応最後まで読む。ジュウシマツを食べるなんて発想、どこから来るのだろう。

  • 『私は、閉じ込められているもの、閉じこもっているものに、愛着を覚えるのです』

    これは主人公である補聴器のセールスマンの言葉だが、これまで私が読んできた小川作品の数々に通じる言葉のようにも思えた。
    多分、小川さん自身の言葉でもあるのではないだろうか。

    『閉じ込められ、誰からも見捨てられ、忘れ去られたものを救い出すのと、閉じこもっていたいものに、それが求める小さな空洞を与えてやるのは、私にとって同じことです』

    だれも見向きもしないものや空間を丁寧に掬い取り、曝け出すのではなく新たな安らぎの場所へ導き大切に守っていく。私の好きな小川さんの世界観だ。

    だがそれは時には残酷だったり悲劇的な話になったり、美しいとは言い難いものもある。
    だがそれもまた小川さんの世界観。この二面性こそが魅力なのだろう。

    補聴器のセールスマンが亡くなったところからスタートし、彼の青年期、初老期、そして子供の頃の物語と時代を変え展開していく。

    物静かなのにその内側では様々な思いが溢れ、落ち着いているのに時に大胆、どんな人も物も言葉も思いも全て受け止め受け入れる、正に小川さんらしい世界を堪能できた。

  • 耳と補聴器がモチーフの短編集。
    小川洋子さんの世界が堪能できます。表紙のカルテットが、何を表現しているのかがわかったときに、愛着が湧いてきました。

    耳というと、なんだか迷路に入っていくような不思議な器官に思えます。そのなかでひっそりと行われていることに想いを馳せられたように思いました。文章は、繊細な部分と、ありのままの残酷さの描写がお互いをより引き立てているようでした。読んでいくほど、物語への理解が深まっていく、そんな感じがしました。

    骨壺のカルテット
    耳たぶに触れる
    今日は小鳥の日
    踊りましょうよ
    選鉱場とラッパ

  • なんとも不思議で不気味な読後感。
    万人におすすめはできないけど、
    お腹の底にずっしりと残る作品。

    5つの短編のちょうど真ん中、
    「今日は小鳥の日」
    野鳥好きなわたしはそのタイトルに大いに期待したのだけど、結果は…ああ。。

    久しぶりの小川洋子。
    やっぱり「猫を抱いて象と泳ぐ」が一番好きかな。

  • 小川さんらしい世界観の一冊。

    身体の器官の一つ、耳。
    その耳の暗い入り組んだ迷路の奥のその更に奥の小さな部屋には"カルテット"が棲むという。

    そんな想像を言葉で紡ぎ創造できるのは小川さんしか存在しない、と改めて思えた作品だった。

    そこはとても繊細で静謐な部屋。
    そしてその人の心を掬いあげ、涙や声として奏でてくれる場所。

    時に生々しいシーンあれど、一瞬で消し去り美や哀しみに変えて伝えてくれるのはさすが。

    音を拾うだけではなく奏でる部屋が存在することを言葉という旋律にのせた、小川さんらしい偏愛も存分に感じられる美しい物語。

  • 素敵な装丁に惹かれたものの、小川洋子さんの世界観に自分自身がついていけず、なんとなく取り残された感覚…

    心に余裕がある時に、ゆっくり丁寧に読めば、この世界観に入り込めるのかもしれない。

    慌ただしい日々を過ごしていると、素敵な世界に身を委ねられないことがある。

    いつか、改めて手にした時には感動を与えてくれる気がする。
    そんな日がきっとくるはず。

  • 監督・山村浩二×原作・小川洋子が送るVR作品『耳に棲むもの』制作陣が語る、“新たな挑戦”|Real Sound|リアルサウンド テック(2024.08.12)
    https://realsound.jp/tech/2024/08/post-1744556.html

    終了した催し
    アカデミー賞ノミネートアニメーション作家 山村浩二監督、芥川賞作家 小川洋子原作によるVR作品『耳に棲むもの』がNEUU(新宿)にて上映決定! | 株式会社講談社VRラボのプレスリリース
    https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000029.000057983.html

    VR映画 耳に棲むもの | 講談社VRラボ|Kodansha VR Lab, Ltd.
    https://www.kodanshavrlab.com/original/vrfilmmyinnerearquartetjp/

    ヤマムラアニメーション
    http://www.yamamura-animation.jp/Jp_FILMS_Exhibition_Game_VR_My_Inner_Ear_Quartet.html

    書き手の追伸 ~小川洋子さん~ | 【公式】大人のおしゃれ手帖web(2022.11.28)
    https://osharetecho.com/column/11694/

    小川 洋子 | 兵庫ゆかりの作家 | ネットミュージアム兵庫文学館 : 兵庫県立美術館
    https://www.artm.pref.hyogo.jp/bungaku/jousetsu/authors/a410/

    耳に棲むもの 小川 洋子(著/文) - 講談社 | 版元ドットコム
    https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784065368329

  • 大好きな小川洋子さん新刊。
    読み終えた後、自分の耳の形が気になってきます。私の耳の中には垢以外の何かが、いるのかもしれない…それを感じたいがために、そっと耳を澄ませたくなります。
    こんなに『耳』に捉われたことがあったか…読んでいくうちに作中にある『茸』という文字にすら、耳という字が隠れていたなあ、と思ってしまうほどに、私自身もすっかり耳に捉われてしまい、どんどんとまた不確かな小川洋子さんの世界へはまりこんでしまいました。

    耳といえば、耳の形を想像するけれど、小川洋子さんは補聴器を使って耳の空洞の部分を私に想像させました。
    補聴器=耳に無い部分、というイメージをもっていくとそれが耳の形のような気がして、そうやって想像して読んでいくと、どんどん『耳』の世界へハマって、耳の住民のようになってしまう自分がいます。

    小川洋子さんの作品は大好きなのですが、やはりひっそりとしていて落ち着きます。。。

    表紙も綺麗で、たまに出てくる挿し絵が、ふわっとしていて、ボヤけていて、淡い印象を与えてくれるのも良かったです。

    内容を楽しむ、というよりも小川洋子さんの作品は雰囲気を楽しむものかなと感じます。

  • 骨壺の中の骨。
    その骨は、生前、補聴器のセールスマンでした。
    骨壺から始めて、彼の物語を遡っていきます。

    耳の奥で誰かが音楽を奏でています。補聴器で塞げば、耳に棲むものがこぼれ落ちる心配はありません。
    そんな小さな世界の奥へ奥へと導かれながら、人としての原点へと帰っていくような感覚になりました。

    歳を重ねるにつれ「死」と「死に至るまでの苦痛」への恐怖が少しずつ増しているような気がしています。それでも、このような小説に触れることで、生死についての漠然とした不安がギュッと縮小されて手の中に収まり、穏やかな気持ちにもなるのです。
    孤独を描くことで孤独を癒し、心に寄り添ってくれるような作品でした。

  • 補聴器といえば、聞こえづらい外の音を伝えてくれるものだ。
    だが、小川洋子さんの魔法がかけられると、耳の奥で鳴っている、かすかな音楽を聴き取るための道具に思えてくる。
    そして、泣きたくなるような悲しみや苦しみに満ちた秘密が、思わずこぼれ落ちてしまわないように、そっと封印するための御守りのようにも感じられないだろうか。

    補聴器の移動販売員だったお父さんは言う。

     ”閉じ込められ、誰からも見捨てられ、忘れ去られたものを救い出すのと、閉じこもっていたいものに、それが求める小さな空洞を与えてやるのは、私にとって同じことです。”

    お父さんの骨壺の中から、かつて耳に棲んでいたものたちが四つの欠片として取り出されたとき、彼らはお父さんの胸に仕舞われていた心の声を、娘である私に話しだす。収められた四つのエピソードは、耳に棲んでいたカルテットが語る幻想譚だ。
    それは過去の記憶のようでもあり、また少し違うものでもあるだろう。
    救い出したものたちが秘めていた物語。
    そして消え失せてしまわないように、お父さんが自分の心と耳の小部屋を差し出して、匿ってきた物語たちなのだから。

    夕暮れの砂場で、写真に写った涙の粒をトレースして譜面を作る縦笛演奏家は、鉱山の選鉱場から漏れる光を辿って作った架空の星座を五線紙へ音符に置き換えていた少年と、時を超えて響きあっている。
    高齢者住宅を定期的に訪問する、年老いた補聴器のセールスマンさんと介護施設の助手である女子大生は、時や外界から隔絶された水面の世界で、耳をぴったりと重ね合わせて一つになる。
    土に埋もれた小鳥のブローチを掘り起こすことで、世間の理解など決して求めない孤独で行き場のない魂への悼みが、静かに解放される。
    すべてが、束の間だけ開いた時空のあわいに、滑り込んでしまったかのような物語たち。

    補聴器の入った鞄を下げて、町から町へと旅するように巡っていたお父さんは、もう一つクッキーの空缶を鞄にひそませて持ち歩いていた。
    クッキー缶とガラクタのような中身たちは、お父さんの死と共に消えてしまった。
    独り遺された娘は、父の耳に棲んでいたカルテットを、自身の子供の頃の思い出が詰まった、のど飴の缶に納める。
    娘の手で静かに振られた缶が奏でる音は、父の鞄から漏れていたカラカラという音と同じだ。

    亡くなった者の声を思い出せずとも、懐かしい音が親と子をつないでくれる。そのイメージが美しい。

  • タイトルと装丁からは、話の内容が想像つかないが、字面の通り「耳に棲むもの」にまつわる話だった。
    表紙の螺鈿細工のような加工が美しく、インテリアの一部になるような本だったが、、、。
    なかなか自分の想像力が作家についていけず、思わず「で?」とつぶやきたくなってしまった。
    こういう図書にのめりこめる人って、きっと芸術性も高いに違いない。
    それにありとあらゆるモノを具現化するのもうまいんだろうなぁと羨ましくなってしまった。

  • 安定の小川ワールドでした。

    装丁や挿絵が物語と馴染んでいて、忘れていた宝箱を見つけたようでした。

    帯に書かれた「映画祭」との関係は?
    挿絵が動く、音を奏でる??

  • 装丁が美しい。読後にこの表紙のカルテットが耳骨だったことに気づいた。小川ワールドが好きな人はたまらない世界だと思う。私は補聴器のセールスマンに少し期待を寄せすぎてしまいました。5つの中では『踊りましょうよ』が一番好き。

  • 補聴器のセールスマンの話。友達は耳に棲むカルテット。涙を音符にして演奏。不思議な世界観。「骨壷」死 から始まり「選鉱場」子供時代で終わる。「小鳥」ブローチがグロテスク。

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著者プロフィール

1962年、岡山市生まれ。88年、「揚羽蝶が壊れる時」により海燕新人文学賞、91年、「妊娠カレンダー」により芥川賞を受賞。『博士の愛した数式』で読売文学賞及び本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。その他の小説作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『琥珀のまたたき』『約束された移動』などがある。

「2023年 『川端康成の話をしようじゃないか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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