オスマン帝国全史 「崇高なる国家」の物語 1299-1922 (講談社現代新書)

  • 講談社 (2025年3月21日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (528ページ) / ISBN・EAN: 9784065391884

作品紹介・あらすじ

多民族・多宗教の大帝国はいかに栄え、そして滅びたか?
600年にわたる興亡を、小説家にして気鋭のトルコ文学者が描ききる!
渾身の「オスマン帝国史」が幕をあけるーー!!


「文明の発祥地であり東西南北の人とモノが目まぐるしく行きかう西ユーラシアにあって、しかもイスラーム教と正教、ユダヤ教、カトリック教を奉ずる異教徒同士が混住する東地中海と中東の只中に産声をあげ、従って富とともに常なる外寇と内訌(ルビ:ないこう)に晒(ルビ:さら)されるはずの地域に成立しながら、かほどの遐齢(ルビ:かれい)を見た国家は世に類を見ない。
本書は、現代から見れば、到底一つの政体が統合できるとは思われないこの世界を、実際に統治してみせたオスマン帝国の歴史を、最新の研究成果に拠りつつ辿る通史として編まれた(「はじめに」より)」


歴史のダイナミズムをとことん味わう、野心的な歴史大作!


【本書の構成】

はじめにーー崇高なる国家、あるいはオスマン世界
第一章 辺境の君侯
第二章 海峡をまたぐ王朝
第三章 大征服時代、世界帝国の誕生
第四章 壮麗王の帝国
第五章 成熟の帝国
第六章 改革の世紀
第七章 専制と革命
第八章 帝国の終焉
終章 オスマン語が語る世界

みんなの感想まとめ

多民族・多宗教の大帝国がいかに栄え、そして滅びていったのかを、約600年にわたる歴史を通して描いた作品です。著者はトルコ文学者であり、最新の研究成果を基に、オスマン帝国の興亡を小説のように読みやすい形...

感想・レビュー・書評

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  • アナトリアで産声をあげ、その後、バルカン、北アフリカ、中東に跨がる多民族・多宗教・多言語国家として600年の時を誇ったオスマン帝国の盛衰を辿る通史。
    本書を彩り、特徴付けているのは、支配の主流だったトルコ民族のトルコ語を含む、帝国内の民族が各々母語として使用し続けた口語言語とは一線を画し、すべての母語の「上」に存在する、多民族を統治するための「王朝統治選良ための装置」、つまり、行政語・公用文語として使われた「オスマン語」の成立やその特異な発展、トルコ共和国成立後の意図された凋落とその後を一つの大きな主題に据えている点。

    トルコ人のオルハン・パムクの小説「雪」の中で、登場人物の一人が演じたトルコ共和国初代大統領ケマル・アタテュルクについて描写された際に、「彼が読んでいた書物は、正確には、アルファベットで記された現代トルコ語ではなく、アラビア文字で記された旧トルコ語だった」というような内容の表記があったことを思い出した。当時はそんな注釈的な文章がわざわざ挿入されているのをとても不思議に感じて、それでかえって覚えているのだけど、当事者たるトルコ人にとって、100年を経ても重要な問題ということなのだろう。

    著者の宮下さんによると、現代において、「オスマン語」をトルコ語の一種とみなすが否かは視点をどこに置くかによって全く意見が食い違うために激しい論争があり、永久的に答えの出ない交わらない問題となっているそうだけど。

    あちこちで大規模な戦争と征服を繰り返し、紆余曲折ありながらも多民族を取り込みまとめ上げるために変化し続けた「緩やかな統治制度」と「(立身出世のためには習得が欠かせなかった)優位のオスマン語」を両輪としながらも、西欧的な近代化の波に乗り切れず、そして、民族意識と運動の高まりの中で崩壊したオスマン帝国。

    本書を読み進める中で、このオスマン帝国の歴史の先に、旧帝国構成地出身の近代作家による、民族特有の意識の流れがあることを考えるようになった。

    西欧文化の受容と消えない対抗意識の相剋というトルコ人の自意識を繰り返し書いたパムクや、自分の力では変えられない支配的な組織や風習に押しつぶされそうになり不安に駆られながらも自我を模索した人々の姿を書いたアルバニア人のイスマイル・カダレがいるように。

    そう考えていたら、特に、非イスラム教国でありながら、オスマン帝国の支配下に長くあったバルカンに位置する国の作家の作品を広く読んでみたくなった。

    ネットで調べてみると、旧ユーゴスラビア構成国や、オスマン帝国の支配を抜けた先にソビエト連邦の支配下にあった国の作家とその日本語訳小説はいくつか見つかった。

    それなのに、トルコからほど近いギリシャの近代作家の日本語訳は見つからない。
    だれか、ご存知の方、ご教示ください。
    お願いします。

  • トルコ文学(史)者が書いた約600年にわたるオスマン帝国の歴史。新書ながら500ページの分量。だが小説のように読みやすく、サクサクと読み進めることができた。また、ここまで詳細なオスマンの歴史の本は初めて読んだ。帯の紹介文に「歴史のダイナミズムをとことん味わう」とあるが、多民族、多宗教の大帝国がいかに繫栄し、そして滅亡の道を辿るのか。そのダイナミズムを本当に十分に味わうことができた。

  • オスマン候国、オスマン朝、オスマン帝国といった時代に応じた呼び分け。国の発祥に関する言説が定まらないのは、国自体が建国のことを外に宣言してなかったからで、来歴がおぼろなのも流れ者で、血筋などに頼らずルームの地で力を養ってきたから。オスマン語の発祥と運用、その後の運命を折りにふれ描いてきたこと。国家の自称たる「崇高なる国家」を取り上げ、崇高だったのか?という問いを投げかけたこと。といったあたりが他の概説書に比べて特徴かな、と思った。◆スレイマン大帝期が最盛期とはとても言えない。デヴシルメにあたっての"トルコ人預け"。バヤズィト二世期の法制度、歴史編さん、海軍や火器の充実、ユダヤ人招聘といった政策。「地方から入ってくるべき規定の税収が中央政府に届かない」という問題が二〇世紀初頭まで続くオスマン帝国の宿痾となったこと。といったあたりを興味深く読んだ。◆あと、こまかいところだけど、プロフィールの専攻の「トルコ文学(史)」というのは、トルコ文学(トルコ文学史)なのか、トルコ文学(トルコ史)なのか、ちょっと気になった。なんとなく本文からすると前者なのかな。◆

  • 600年に及ぶオスマン帝国の誕生から滅法まで。
    現在の中東情勢やヨーロッパとの関わりなど。
    イスラム教徒を優位としながらも、イスラム教やキリスト教、ユダヤ教など、様々な宗教を包括してきた強権国家
    兄弟であっても、帝国を維持するために殺し合うと言った非道な一面や、どんなに高位な立場でも、失政したら処刑されるという側面は、今の中東諸国にも通じるものがある。
    栄枯盛衰。ヨーロッパ諸国を圧倒した中世の様な時代から、ヨーロッパの列強諸国に蹂躙され、滅亡に向かうことまで考えると、切ないものを感じます。

  • 東2法経図・6F開架:B1/2/2770/K

  • 多民族・多宗教という多様性が抱える難問に600年立ち向かった帝国の一生を味わう。時の権力者たちの苦闘には結果論だけじゃわからない歴史のおもしろさがある。オスマン語を裏テーマ、軸にして歴史を書き切ったのはトルコ文学者ならではの視点だ。

  • 約600年の歴史が新書1冊。こういうのが新書の良いところ。軽く歴史の流れが掴める。
    後継者になる可能性がある兄弟を殺す習慣やら有能な大宰相たちが割と簡単に失脚して処刑されたり色々独特な国。イェニチェリでスルタンの運命が左右されたりするのはローマ皇帝と変わらなかったりするのも面白い。
    バルカン半島との関係やヨーロッパ諸国とのやり取りなど分かりやすくて良かった。

  • 最新の研究成果を踏まえて、西アジア、ヨーロッパ、アフリカにまたがる広大かつ多様な地域を統治した、600年余りにわたるオスマン帝国の歴史をたどる。様々な民族的出自を有する王朝への仕官者をつなぐために形成された「オスマン語」の盛衰への着目も、本書の特色である。
    様々な転変を経て13世紀から20世紀までの長きにわたり継続したオスマン帝国について、政治史を中心に、丁寧にその軌跡を明らかにする500頁を超える労作であり、高校で勉強した世界史のよい復習になるとともに、知識がアップデートされた。
    広大な領域で多種多様な宗教や言語を持つ諸民族が曲がりなりにも共存していたオスマン帝国が、近代に入り、汎イスラーム主義や民族主義の台頭、欧化の失敗等により、没落の一途をたどり、現代の様々な民族・地域紛争を引き起こすことになったことがよく理解できた。
    また、多民族がある意味平和に共存していたというイメージもあったオスマン帝国だが、毎度のごとく皇帝の家族間での血みどろの争いや粛清があったことをはじめ、かなり流血にいろどられていたということも認識した。
    著者は、歴史学者ではなく文学者ということで、読む前はオスマン帝国の通史の執筆者として大丈夫なのかなという気も若干していたのだが、文体は文学者らしく格調高いものであるものの、脚色等は感じられず、内容は歴史学的研究成果も十分に反映された信頼に足るものだと感じた。

  • 図書館で借りた。
    オスマン帝国、反乱ばっかりやん

  • ふむ

  • ・13c前半にルーム・セルジューク朝は最盛期を迎えるも、フレグとの戦いに敗北し、モンゴル帝国に服属するようになり、アナトリアでは諸侯が割拠。
    ・14c半ば以降、オスマン帝国のバルカン半島の組織的な征服が開始。
    ・15世紀後半にアドリア海まで到達。
    ・1514年、チャルディラーンの戦いでセリム1世がサファヴィー朝を下し、タブリーズを無血開城。
    ・次いで1517年にはマムルーク朝を滅ぼし、セリムはメッカとメディナの「両聖堂に仕える者」となる。
    ・1529年、第一次ウィーン包囲。
    ・イスラム教徒海賊の跋扈に対し、1538年に海の十字軍が結成されるもプレヴェザの海戦で撃破。
    ・1624年、バグダードがサファヴィー朝の手に落ちる。このとき、サファヴィー朝はアッバース1世の時代で最盛期。
    ・1638年、ムラト4世がバグダートを奪回。
    ・1683年、第二次ウィーン包囲で大敗。1699年のカルロヴィッツ条約でハンガリー・トランシルバニアの大半をオーストリアに割譲。
    ・1722年、ナーディル・シャーがサファヴィー朝を滅ぼす。
    ・1768年の第一次露土戦争でオスマン軍の衰勢が露呈。
    ・1798年、イギリスとインドの連絡を絶つ目的でナポレオンがエジプトに上陸。
    ・1805年、エジプト総督ムハンマド・アリーのもとで実質的にエジプトが独立。ムハンマド・アリー朝エジプト。
    ・1821年~ギリシア独立戦争。1830年のロンドン条約でギリシアの独立を認める。
    ・1839年~アブデュルメジト1世のもとでギュルハネ勅令が発布され、タンジマートが始まる。多様な臣民・地域に対する柔軟な制度運用から、均質性・平等性の担保された制度運用へ。
    ・1853年のクリミア戦争ではイギリス・フランスがロシアを破るも、改革勅令で帝国内のイスラーム教徒と非イスラーム教徒の完全な平等が課される。

  • オスマン帝国の歴史がよくわかった

  • 【蔵書検索詳細へのリンク】*所在・請求記号はこちらから確認できます
     https://opac.hama-med.ac.jp/opac/volume/487112

  • 多民族・他宗教が混在する国の統治の難しさ
    オスマン語の成り立ちと、トルコ国での位置付け
    王国における軍隊の扱いの難しさ
    現在の中東、東欧の紛争、課題の根の一部が理解できた気がする。知ることができてよかった。

  • 【本学OPACへのリンク☟】
    https://opac123.tsuda.ac.jp/opac/volume/728740

  • オスマン帝国の歴代君主を追うとともに、時代が下るごとに整えられていった国家制度と、国民国家誕生の潮流に対応し切れず、結果滅亡に至る近代までを概括。物語風で読みやすく、ひと通りの歴史を学べる有用な一冊。アナトリアの数ある部族から一線を画す存在に台頭したのは、武力は勿論ひとえに統治の巧みさゆえで、君主が囚われるほどの大敗後も解体しなかった強固な支配体制は、その後の大発展を約束してたかのよう。

  • Netflix で オスマントルコ帝国 面白かったからこの本読んでみたいな

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著者プロフィール

1981年、東京生まれ。東京外国語大学外国語学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。現在は大阪大学人文学研究科准教授。専門はトルコ文学(史)。著書に『無名亭の夜』(講談社)、『多元性の都市イスタンブル:近世オスマン帝都の都市空間と詩人、庶民、異邦人』(大阪大学出版会)、『物語 イスタンブールの歴史:「世界帝都」の1600年』(中公新書)、訳書にオルハン・パムク『私の名は赤』、『僕の違和感』、『雪』、『無垢の博物館』(いずれも早川書房)、ラティフェ・テキン『乳しぼり娘とゴミの丘のおとぎ噺』(河出書房新社)などがある。

「2024年 『トルコ語〔改訂版〕』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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