女性たちの戦争―命 (コレクション 戦争×文学 14)

  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (704ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784081570140

作品紹介・あらすじ

「銃後」という名の戦場を生き抜いた人々の物語。

感想・レビュー・書評

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  • 「コレクション 戦争×文学(せんそうとぶんがく)」は、図書館の新着棚でみかけると、ぱらぱらとめくっていたが、借りてきて読むのはこれが最初。壺井栄の「おばあさんの誕生日」というのが入っていて、まずそれを読む。

    迪子(みちこ)と年子(としこ)の姉妹が、初めてもんぺをつけて、おばあさんに見せたとき、「なんちゅうかっこうだね、そりゃ」「わかいむすめが、そんなびんぼうくさいかっこうをするのかい」と言ったおばあさん。

    昔気質のおばあさんは、女学校を間もなく卒業する迪子が就職することを、どうしても承知してくれない。片田舎といっても、男にかわってはたらく部門はいくつもあって、卒業後にどこへ行くのかと友人に問われて「まだきまらないのよ」と言うときに迪子はひやりとする。「やっぱり、おじょうさんね」と言われると、肩身の狭い思いにかられた。

    そんな姉のきもちをくんで、妹の年子は「わたしが、おばあさんをときふせてみせるわ」と胸をたたく。その晩、年子はおばあさんの肩をもみながら、おばあさんが、迪子のはえぎわは自分とそっくりだと言うのを聞く。「じゃ、おねえさんも五、六十年たつと、こんなしらがになるというわけね」とおばあさんに話しかけながら、跡取り娘の姉さんは、その頃やはりこの部屋でおこたにあたって孫に肩をもませるかしら、そして昔話をするかしらと二人の話は続く。

    年子は、自分や姉の昔話は、おばあさんのように行灯やおはぐろ、寺子屋、初めて汽車を見た話と違うだろうと言う。
    ▼「…おねえさんがおばあさんになったときには、大東亜戦争の話や、配給の話や、それから女も挺身隊で工場にいって、飛行機をつくった話よ。そしておねえさんはしわくちゃになった手を孫たちに見せてね、この手で兵器をつくったのだよって、じまんするわ。年子だってそうよ。孫どもにいってやるの。日本の女はやさしい顔をしていても、いざというときにはえらくなる。わたしのおばあさんはわかいときに後家さんになって、ひとりでこの家を守ってきた女丈夫だった。そのおばあさんにはんたいされながら、わたしたちは戦争に勝つためには女学校の途中で学業を休んで、お国のために工場へいったのだよって。…」(pp.319-320)

    年子はそう言って、私たちは挺身隊に入らなくちゃならないのよ、あきらめてと、おばあさんを説きふせるのに成功する。

    この「おばあさんの誕生日」の初出は、「少女の友」1944年10月号だという。年子や迪子たちのような、この頃の女学生たちは、おばあさんになって、孫たちに兵器をつくった自慢をしただろうか。壺井栄がこの物語を書いてから、もう70年近いいま、あの戦争下で「お国のために」と信じた少女たちは、戦後にどんな思いを抱いただろうかと思う。

    700ページもあるごつい本だが、一つひとつの作品はそう長いものでもなくて、おしまいまで全部読んだ。

    「ぽぷらと軍神」という、タイトルだけは以前から知っていた作品を初めて読んで、高校のバスケットボール部での体罰事件のことを考えたりもした。高橋揆一郎のこの作は、陸軍伍長出身の教師"加藤ばんじゃあ"の組になってしまった級長の順吉の眼をとおして、学校の中でも「人間は痛いめに会わなければいいものにならない」という軍人精神がのさばっていたことを伝える。

    叩く蹴るは朝飯前の"ばんじゃあ"に、順吉はじめ子どもらは震えあがり、職員室では校長や同僚の先生方が叩く必要があるのか、程度があるのではないかと質しても、"ばんじゃあ"は自分の方針だと一喝し、かかわりあいになりたくない先生方は目をそらしているという。

    級長は、まず真っ先に"ばんじゃあ"に殴られる。順吉の心は重い。頭の想像のなかでは"ばんじゃあ"を殺そうとしていたりする。とうとう"ばんじゃあ"が、つんぼの田村くんまで殴ったのは、順吉にはあまりにつらかった。避難訓練で大騒ぎで校庭に集まり、点呼をしていると、田村くんがいなかった。校長先生が演説する頃になってのこのこ出てきた田村くんを、教室に帰って、"ばんじゃあ"は「このかたわ野郎」「大恥かかせやがって」とびんたを張った。田村くんは耳が聞こえないのになぜなぐるのだろうと順吉は思うが、だれもどうすることもできなかった。

    "ばんじゃあ"が、戦場では人間の一人や二人はものの数ではない、ましてかたわになった負傷兵は捕虜にならぬうちに自殺させるか、味方が殺す、達者な者が役立たずをぶち殺すのは仕方ない、と言ったのが、順吉の胸にこたえる。これまでは、きずついた戦友を助ける話や、やさしい看護婦の話をずいぶん聞いたけれど、"ばんじゃあ"の言うように、けがをした兵士が味方に殺されるのでは強い軍人になってもしかたがないと思う。軍人が自分の都合で人を殺したり叩いたりするなら、もう強い軍人になどならなくてもいいと思う。

    この「ぽぷらと軍神」の初出は、「文學界」1973年12月号。

    夏休みに、騎兵隊が学校の校庭に野営を張ったとき、その大部隊がへんに静かなのを見て、順吉は思うのだ。
    ▼順吉はぼんやりと、こういう感じがいつもじぶんのまわりにあることに気づき始めていた。五十人もいるのに、はかばのように音のしない四年一組の教室のことだった。
     なんだか目の前の兵隊たちが、じぶんたちと同じに思われてくる。すると、順吉には兵隊たちが勇ましいというよりは、だんだんかわいそうになってきた。兵隊たちがものをいわないのは、びくびくしているからにちがいない。そうだ、みんな毎日叩かれているのだ、まちがいない!こんなおとなでも叩かれるというのは、なんてかわいそうなことだろう。(p.358)

    田辺聖子の「文明開化 梅田新道」も印象にのこった。戦争中には未来という言葉も青春というイメージもなかったのが、戦後に息を吹き返し、主人公のトキコ自身、青春とはきっとこんなんやと思う、そのほとばしるような、たっぷりした昂奮が書かれている。デモクラシイというものがやってきて、そういうのは戦争中なら不敬罪になっただろうとトキコは思う。こんなん教えてもらわなかったし、本だって手にしたことはない、全然知らんかったデとトキコは思う。そういう戦後にがらがらと変わった世の昂奮の一方で、むすうの死者の声がトキコには聞こえる。これの初出は、1965年の『私の大阪八景』だという。

    この巻は、コレクションの中でも"女性による、女性を主題とする作品を軸とする巻"として編まれている。あわせて、子どもと外国人を主題とした作品を収録して、"男性ならざる人びと、兵士ならざる人びと、日本人ならざる人びとにとっての戦争体験"を考えるものとして構成されている。

    巻末の解説にはこう書かれている。
    ▼…収められた作品は、いずれも、兵士以外の立場からの戦争体験である。そして、彼らは、戦争の周縁の存在とみなされていたがゆえに、かえって戦争とのかかわりが問われ、そのことがそれぞれの生き方や主体性とむすびつけられた。さらに、そのため、戦時と戦後では、社会における彼らの扱いに、大きな落差がみられるようになる。戦時には持ち上げられながら、戦後には簡単に見捨てられてしまう…。戦争が、戦闘者以外の人びとにも深刻な体験を強いたことが、よくうがかえる巻となっていよう。(p.662)

    そして、「大人も子供も、男も女も、年寄りも幼い者も、すべてが戦争の加害者であり被害者だった日々。しかし、それはアジアや中近東、アフリカの各地で現在も続いている現実の出来事なのである」(p.674)と。

    <『女性たちの戦争』収録作品>
    大原 富枝 「祝出征」
    長谷川 時雨 「時代の娘」
    中本 たか子 「帰った人」
    上田 芳江 「焔の女」
    瀬戸内 晴美 「女子大生・曲愛玲」
    吉野 せい 「鉛の旅」
    藤原 てい 「襁褓(おむつ)」
    田辺 聖子 「文明開化」
    河野 多恵子 「鉄の魚」
    大庭 みな子 「むかし女がいた1~3」
    石牟礼 道子 「木霊」
    壺井 栄 「おばあさんの誕生日」
    高橋 揆一郎 「ぽぷらと軍神」
    竹西 寛子 「兵隊宿」
    司 修 「銀杏」
    一ノ瀬 綾 「黄の花」
    冬 敏之 「その年の夏」
    寺山 修司 「誰でせう」「玉音放送」
    三木 卓 「鶸」
    小沢 信男 「私の赤マント」
    向田 邦子 「字のない葉書」「ごはん」
    阿部 牧郎 「見よ落下傘」
    鄭承博 「裸の捕虜」

    コレクション各巻の収録作品一覧
    http://www.shueisha.co.jp/war-lite/list/

    (2/16了)

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