政と源 (集英社オレンジ文庫)

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  • 集英社
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レビュー : 109
  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784086801355

作品紹介・あらすじ

東京・下町。つまみ簪職人・源二郎の弟子である徹平の様子がおかしい。昔の不良仲間に強請られたためと知った源二郎は、幼なじみの国政と共にひと肌脱ぐことに……。ハチャメチャ痛快人情譚!

感想・レビュー・書評

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  • 『人生の秋どころか冬に足を踏み入れたからこそ、秋のよさがわかるようになったのだろうか』

    あなたの好きな季節はいつですか?という質問にどの季節を挙げるでしょうか?”春”に始まりを感じる一方で、対になる”秋”には収穫とともに終わりを感じる、それぞれの季節にはそのようにイメージというものがあります。そして、どの季節が好きかという質問の答えもそんなイメージに左右されるようにも思います。それもあって年代によってどの季節を一番好きと答えるかも異なってくるようです。ある調査によると、”秋”が好きという答えは年齢に関係なくほぼ一定の割合なのに対して、”春”が好きという答えの方は、年代が上がれば上がるほどに好きと答える割合は高くなるようです。年齢が高くなればなるほどに、生命の始まりを感じさせる”春”に惹かれる気持ちが強くなるというその結果。それは青春という人生の”春”のあの日々を懐かしむ憧憬の感情なのかもしれません。

    さて、ここにそんな青春の日々を共に過ごし、今まさに、人生の秋、人生の収穫の秋に差し掛かった二人の『おじいさん』が主人公の物語があります。それは、『おい、源』『なあ、政』と呼び合う、そんな二人が長年に渡ってつちかってきた友情を熱く感じる物語です。

    『告別式の会場に入ってきた堀源二郎を見て、有田国政はむせそうになった』という冒頭。『いつもどおりの飄々とした足取りで歩み寄ってくる』源二郎は『よう』と低く挨拶をして、国政の隣に座りました。『「よう」じゃない。なんだその頭は』という源二郎は『耳のうえにわずかに残った頭髪を真っ赤に染めていたのだ』というインパクトのある出で立ち。『おまえ、自分をいくつだと思っているんだ』と言う国政に『まさかミツねえさんが死んじまうとはなあ』ととぼける源二郎は『染め直すわけにもいかねえだろう。先週、マミちゃんに赤くしてもらったところなんだ』と意に介しません。『だったら剃ってこい』と迫る国政に『てめえがうまく総白髪になったからって、いい気になってねえか?』と揉めそうになったところで『僧侶が祭壇のまえに座ったので、会話はひとまずそこで終わった』という展開。『出棺を待つあいだ、国政と源二郎は表の駐車場で煙草をふかし』ながら『急なことだったな』、『なあに、大往生さ』と亡くなったミツのことを話します。しかし『素直にうなずけなかった』という国政は『若いころより死が身近になったぶんだけ、怖れも増したからかもしれない』と感じます。『これまで出会い、さきに死んでいったひとたちの記憶もまるごと、俺が死んだらきれいさっぱり消えるのか』とも感じる国政に『またすぐに会える』と言う源二郎。『それもそうか』と国政は思います。その後運河沿いを歩く二人。『運河の護岸の手すりに寄った』源二郎は『おまえも乗ってけよ』と国政を誘います。『船外機つきの小船に、吉岡徹平が乗っていた』という小船に乗り込む二人。『東京の東部にある墨田区Y町は、荒川と隅田川に挟まれ、ちょうど三角州のようになった地帯だ』という国政と源二郎が生まれ育ったそのY町。その河原で『羽二重にひいた糊の乾き具合を、徹平が確認している』のを見る二人。『二十歳か』と徹平のことを見て『俺は二十歳のとき、どんなことを考えていたのだったか。なにしろ半世紀以上まえのことなので、うまく思い出せない』と考える国政。そして家に帰るも『「ただいま と言っても答えるものはない』というその暮らし。『九時まで時間をつぶし、あとはもうすることもなく布団に入った』という一日の終わり。しかし夜が明けて『新しい一日がはじまったからといって、活力がみなぎるわけでもない』と思いつつ眠りにつく国政。そんな国政と友人で『つまみ簪』の職人でもある源二郎の二人の友情の物語が描かれていきます。

    『編集者さんから「おじいさん二人の話はどうですか」というオファーをいただいて、それはいいなあ、と思ったところから』始まったと語る三浦しをんさん。”Cobalt”という雑誌に五年に渡って連載されたこの作品は六つの短編からなる連作短編の形式をとっています。そして、二人合わせて『百四十六歳だ』という国政と源二郎という東京の下町に暮らす二人の『おじいさん』が主人公となって物語は展開していきます。そんな物語を読んでまず気になるのは物語の前半の重さです。おびただしい『死』という漢字が登場するその内容。あまりにたくさん『死』という文字が登場するので、こういう場合数えずにはいられない私は早速その数を数えてみました。
    第一章: 12、第二章: 41、第三章: 1、第四章: 10、第五章: 1、第六章: 5 合計70
    という大量の『死』という文字。そして、第二章に集中する『死』という文字。五年という歳月にまたがって連載されたこの作品では、三浦さんの意図されるところが微妙に変化していったのかなとも感じられるその偏りです。そんな『死』という文字がこれだけ登場する第二章はとても影を感じる内容になっています。『死後の世界がもしあるなら、それは運河の果てに広がっているのだろうと思っていた』と考える国政。『いつかきっと、俺も流れに運ばれ、流れによって結ばれたさきで、また親しいひとたちに会えるだろう』というような感じで、相当な分量を使ってその死後の世界を語っていく三浦さん。この展開を読んで頭に浮かんだのは三浦さんの「天国旅行」という作品でした。同作品は最初から最後まで『死』と対峙し続けることを読者は求められる、とても読み応えのある作品ですが、この「政と源」の第二章もそれ同様に41ヶ所にも登場する『死』に向き合うことを読者は求められます。そして、この作品で特徴的なのは、それが”老いと死”であることです。銀行員としてがむしゃらに突っ走ってきた国政。そして、『七十三年生きてきた結果』が『妻と娘たちは家を出ていき国政と連絡を取りたがらない』と今を憂う国政は『老後というのはすることがない。国政はきわめて退屈な日々を送っていた』という日常の中で、時には『もういっそのこと、俺の心臓なんて今夜停まってしまえばいいんだ』とさえ感じる時もあります。そんな中で『死んだ人が行くのは死後の世界なんかじゃなく、親しいひとの記憶のなかじゃないか』という独自の考え方を源二郎の言葉を通して語る三浦さん。『死んでも、親しいひとのなかに生きる。そうだな、源。それはいい考えだ』と納得感を得た国政は『記憶のなかの死者とともに、せいぜい長生きしよう』と思うに至ります。『うしろ向きだとは思わない。新たに出会う生者より、死んだ知りあいのほうが多い。そんな年齢に、とっくになっているのだから』とある意味達観とも言えるその考え方が展開するこの章は、三浦さんらしい死生観を垣間見ることができたとても読み応えのある章だったと思います。

    そして、そんな『死』というものを意識せざるを得ない物語は、第三章以降急に雰囲気を変えていきます。そこから感じるのは”下町に生きるパワフルなおじいさんコンビのはちゃめちゃ物語”といった面持ちです。今の世にあって73歳という年齢はまだまだ現役という方もたくさんいらっしゃると思います。実際、この作品でも駆け回ったり、大立ち回りを演じたりの大活躍を見せる二人には『おじいさん』という雰囲気はあまり感じられません。もちろんその一方で腰痛で寝込んだりといったやむを得ない老いの一面は見られますがそれにしてもパワフルです。第二章で三浦さんの「天国旅行」を思い出したと書きましたが、後半になって感じたのは、三浦さんの代表作である「まほろ駅前多田便利軒」の世界観でした。多田と行天という味のある二人のコンビがパワフルに人生を切り開いていく、活き活きとした日常の面白さを描いた世界観が、この作品の国政と源二郎の関係と重なるのを感じました。それは二人の対照的なこれまでの人生と、そもそもの二人の性格の違いにもよく現れています。『家族を顧みず働いてきたつけ』が回ってきたと感じる国政は、かつて『昔ながらの職人の世界に身を置く源二郎』のことを『やや軽んじる思いすらあったかもしれない』と感じています。そんな『国政と源二郎とでは、正反対と言っていいほど生きかたも考えかたもちがう』という二人。『どうして源二郎とのつきあいがつづいているのか』わからないという国政に、『そりゃおめえ、惰性ってやつだよ』と答える源二郎。『そういうものかもしれないな』と納得してしまう国政。人間関係というのはとても不思議なものです。「まほろ」での多田と行天もやはり対照的な二人の生きかたが描かれていました。そんな正反対コンビが描かれる「まほろ」と「政と源」という両作を読んで私が感じたのは、”なんという名コンビなんだろう”という二人の組み合わせの絶妙さでした。現実世界においても必ずしも生きかたや考えかたが同じだからといっていい組み合わせになるとは限りません。人間関係とはそんなに単純なものではないからです。この作品を読んで人と人との出会いとその関係の面白さには無限の可能性があるのではないか、合わないと思った二人の間にこそ、かけがえのない、一生を共有できる友情が生まれていく可能性もあるのではないか、そんな風にも感じました。

    三浦さんの死生観を垣間見ることのできる奥深い表現に魅せられ、活き活きとした登場人物たちのはちゃめちゃな活躍に夢中にもなれるこの作品。三浦さんの小説に見られる色んな要素が一冊に集約されたある意味とても贅沢なこの作品。

    『長い年月が過ぎ、Y町の風景は移ろったが、そこに生きる人々の営みは変わらない』という日常の中に、かつての『少年の日と同じように、いまも国政の隣には源二郎がいる』と感じあえる”名コンビ”。そんな何ものにも代えがたい二人の結び付きの強さにすっかり魅せられた、そんな作品でした。


  • 簪職人の源次郎と、幼なじみの国政の人情話。

    少ない髪を赤や青に染めたり、自由奔放な性格の源次郎と、銀行員を定年まで生真面目に努め抜いた国政は正反対の性格をしている。
    だが戦争を経験し、親や愛する人を失ったり、たくさんの苦楽を共にした2人は幼い頃からの親友だ。

    ————-

    物語の中で、国政の老後の不安や、源次郎への憧れを抱く描写が印象的だった。

    源次郎は見染めた人と駆け落ちし結婚したのに対して、国政は好きな人ではなく見合いで結婚した。

    国政は2人の娘をもうけたが、家庭のことを顧みない仕事人間だった。
    いつしか妻に愛想をつかされ、妻は娘の家に転がり込み、国政は家に独り残される。

    弟子の撤平を叱り飛ばしながらも充実した生活を送る源次郎と、妻に出ていかれた自分とを比べて、いつしか孤独と嫉妬に似た苛立ちを覚えるようになった。

    しかし徹平の結婚式が決まり、どうしても!と仲人を頼まれた時には、自分が何とかしてやろうと、国政は妻に毎日手紙を書いて送った。

    その手紙には普段言えなかった感謝の気持ちや、国政らしい不器用な愛情がこもっていた。

    ——————-

    結婚や明るく楽しい話と対照的に、老後の不安が見え隠れする。
    しかし、老いてなお親友と呼べる人がいるのは、なんて素敵な事だろうか。

    国政は妻の気持ちを理解したし、源次郎も充実した生活を送り、弟子の徹平は好きな人と結婚することができた。
    今後の明るい未来が予想される、幸せな終わり方だった。

  • 舞台は墨田区Y町!これは読むしかない!
    だって私の出身地だから。

    有川浩の「3匹のおっさん」に似ている。
    ここでは国政と源二郎の2匹のおっさんだが。

    この二人かなりの頑固ジジイ。
    喧嘩してもなかなか謝れない。けれど相手のことをすごく考えている。
    相思相愛である。
    もういっそのことおっさん二人が結婚してしまえ(笑)

  • 荒川と隅田川に挟まれた三角州のような、墨田区Y町。
    ここで育った、有田国政(ありた くにまさ)と堀源二郎(ほり げんじろう)は、当年とって73歳同士の幼なじみ。

    元銀行員でお堅い国政だが、仕事人間で家庭を顧みなかったツケか、妻は逃げ出して長女一家と同居している。
    少し虚無的な気持ちになっている彼は、どうかすると、死後の世界のことを考えたり、残りの人生を消化試合のように感じてしまう。

    小学校もろくに出ずにつまみ簪(かんざし)職人として気ままに生きる源二郎は、周りに人が集まるおおらかな性格だが、家と家族を空襲で失った日を忘れることはない。
    家族が欲しくて欲しくてたまらず、ようやくめとった恋女房には40代で先立たれてしまった。

    そういうわけで、ともに一人暮らしなのだが、最近、吉岡徹平という若い弟子を取って、なにやら家族同然に遠慮ない間柄になっている源二郎を、国政は心の中で羨まずにはいられない。
    その徹平も、まだ二十歳ながら、家庭を持ちたいと望んで…
    政と源は、彼らのために一肌脱ぐのである。

    懐かしさを残す東京の風景と、人情、大切な家族との様々な形に思いをはせる。
    笑ったり泣いたり、本人にしてみれば大きな事件。
    しかし、それは、Y町の永遠の中の一部。
    死んだら、死後の世界ではなく、親しかった誰かの記憶の中に行くのだという、源二郎の言葉が良い。
    そして、誰がいなくなっても、桜は毎年咲くのだ。
    そんな風に思いながら、終りまでの日々を親しい人とゆったり暮らせたらいいな。

    鯛の指輪、かわいい。

  • 主人公が70代の老人な小説は、読んだ記憶が無いなぁ。

    短編1話目を読んだところは、IWGP系のトラブルシューティングばなしかと思いきや、そうではなく。

    下町を舞台にした義理人情話かと思いきや、そうでもない。

    かといって、中途半端なお涙頂戴ばなしでもない。

    "源"の痛快奇天烈なキャラを存分に味わい、
    "政"の悲哀を身近な人生の先輩たちや未来の自分に重ねては反面教師にしようと心に誓い、
    "ラブバカップル"の恋に心を洗われる・・・

    そんなおハナシ。

    ★3つ、7ポイント半。
    2019.04.25.古。

    ※源の一途な恋に、少しぐっときた。

    ※不器用だけど真っ直ぐな撤兵の想いと、それを包み込むようなマミさんの愛情に、心温められた。

  • ーいつだって友情はちょっと厄介で最高のものだ。

    Y町に住む老コンビ国政と源二郎は共に七十三歳。国政は、真面目でエリート、銀行に勤め、お見合い結婚、2人の子どもを授かり、無事定年退職。だが、退職後急に妻が娘夫婦の元で同居中。そして源二郎は、簪職人で簪細工以外のことには適当極まりない。そんな性格が真逆の2人は幼なじみ。
    源二郎の弟子になった二十歳の徹平が、どうやら昔のワル仲間にボコられたらしい……。
    ここはひとつ、老いぼれの肌を脱ぐとするか!

    いやー、もう最高です!
    本当に真逆の2人。でもなんだか、テンポは合うし信頼しあってるし、相手のこと分かってるし、お互いちょっと羨ましい。
    分かるなぁ〜!いいなぁ〜!老いてもこうでありたい!
    要所要所にクスッと笑えるところがあって、こういう表現とか、掛け合いはおもしろすぎる!と思わずニヤニヤしちゃいます。
    いいなぁ、この2人。楽しく読めて元気が出ました。

  • 読んでは置いて、置いては読んでしていたので時間がかかってしまった。
    源二郎のキャラクターがチャーミングだったし、国政のだめなとこがなんでだめか考え考えよんだ。

  • 下町に暮らす国政と源二郎のお話。
    性格も生き方も異なるけれど、お互いなくてはならない存在。
    大きな事件はないが、日々を大切に生きている人たちのものがたり
    国政が別居している奥さん清子さんにおくる手紙がよかったな。

  • 73才の幼馴染コンビ、破天荒な源二郎と真面目な国政。二人の活躍……というよりは、今の自分を受け入れられないでいる国政が、自分と全然違うタイプの源二郎や若い徹平と交流するうち、気持ちを整理する……っていう感じかな。終わり方も良かったと思う。
    切ないところもあるけど、国政の心のツッコミが笑えるし、破天荒な源二郎やとぼけた徹平といい、ユーモアもあって面白かった。
    源二郎がつまみ簪職人っていうのも良かった。数年前から手芸本コーナーで現代風にアレンジしたつまみ細工の本を見かけるようになったけど、すごく可愛いんだよねえ。ずっと残ってほしい伝統工芸だ。

  • 墨田区Y町、今どき舟で行き来できるところが東京にあるのかい!
    そこに住む元銀行員、典型的昭和のオトコである国政。
    戦争により天蓋孤独でありながら、破天荒で繊細なつまみ簪職人の源二郎。
    幼なじみのふたりのやり取りが可笑しい。
    源二郎の弟子、徹平とマミちゃんとの現代風カップルっぷりのあたたかさも心地いい。
    国政の視線で語られる日常は、全然楽しそうではないけれど、仲人を引き受けるため、出て行った妻むけて毎日書いたはがきがめきめき面白くなっていく。
    やっぱり本心を相手に伝えないことには、なにも変わらないってことですね。

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著者プロフィール

1976年東京生まれ。小説家。2000年『格闘する者に○』でデビュー。06年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、12年『舟を編む』で本屋大賞、15年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞受賞。

「2020年 『自転車に乗って アウトドアと文藝』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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