中華思想と現代中国 (集英社新書)

  • 集英社 (2002年10月17日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (192ページ) / ISBN・EAN: 9784087201642

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プレミアム

みんなの感想まとめ

内政や外交、歴史認識の複雑さを考察する本書は、中国についての理解を深めるための貴重な一冊です。第一章では中国人が求める「徳」について、第二章では経済的豊かさが自由より優先される現実を探ります。第三章で...

感想・レビュー・書評

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  • 愚民主義から始まり、同著者の本が面白かったので立て続けに積読本を読破。
    しばらく中国という国の流れを見てきている身にとっては、非常に腑に落ちる説明と共に、中国政治の思想が書かれている。同著書は2002年に書かれているが、2025年現代の状況は、著者にとっては想定の範囲内なのだろうと思う。確かに中国には中国のロジックがあり、また日本との衝突の場面において、日本のロジックもあり、お互いの理解度・解像度が低いとの指摘はその通りかもしれないが、少なくとも中国的なロジックは仮に理解ができたとしても、今の国際社会において受け入れられるものではないように思える。だが少なくとも日本は、第二次世界大戦後の国際秩序を守ってきて、そのルールにも適応していると思う。著者の主張は、理解をして譲歩せよと言っているように聞こえなくもなく、その点に関してはそのまますっと受け入れるのは難しいように思う。

    しかし時の為政者は、いろいろな論理やら過去の聖人の言葉を都合よく使い、時が来たら翻してきたんだなというのがよくわかる。

    P.14
    儒教思想、孫文思想、毛沢東思想、最近の鄧小平理論という名称と内容は異なるものの、一つの価値観で中華世界を統合するという考えは共通しているのだ。(中略)マルクス主義というきわめて西欧的、ある意味ではキリスト教的価値観が中国に編入されたが、それが中国の特異な政治、文化風土のなかで換骨奪胎されて、毛沢東思想、鄧小平理論へ変質してしまった。中国的なマルクス主義というよりは、マルクス主義に啓発された中国思想といって間違いない。中国とはそういう意味で、あまり変わっていない。

    P.15
    昔は、憲法や法律があっても、政治優先主義がまかりとおっていたから、それらを無視して、共産党の意思が優先された。だから共産党の親分である毛沢東の鶴の一声で、超法規的に決定された。それではまるで前近代の皇帝のような独裁者と変わらない。それではいけないと毛沢東の個人独裁を批判して、政治的民主化を唱えた鄧小平も、最後は毛沢東と同様に鶴の一声で決定するようになってしまった。

    P。16
    最近は法治が叫ばれると同時に、個人的な道徳が重視される徳目が強調され、厄介なことに徳治が強調されるようになったのだろうか。一つは、共産党独裁が続き、「権力は腐敗する、絶対的権力は腐敗する」という鉄則が中国でも貫徹し、政治的腐敗が方向しはじめたからである。(中略)政治的、経済的腐敗は共産党支配の正当性を揺るがし、社会不安を引き起こす。共産党幹部が信頼されなくなる。
    そこで立派な指導者になる条件として、いかにも中国的であるが、儒教的な徳目が復活したのだ。こうして特を備えた人物が収める徳治が叫ばれはじめた。
    政治的腐敗は、腐敗する人物が正しい行いをしていないからだ、という考えに依拠している。徳を高めれば、人間は腐敗しないという考えである。そこは徳のない人格が堕落するから腐敗するという論理がある。そこで道徳項目を強調し、腐敗しないような立派な人物になろうというのだ。

    P.17
    大きな問題が横たわっている。政治腐敗が構造腐敗であるという視点がないことだ。
    長い共産党の一党独裁が、いわば金属疲労を起こし、支配秩序がガタガタとなり、段々昨日しなくなってきている。だから、組織よりも個人の私的欲望が優先され、経済発展とともに腐敗が蔓延しはじめている。
    ところが、中国では共産党の支配が悪いとはいえない。そこで代わりに腐敗する個人が悪いということになり、その個人の人格を徳目で叩き直そうといいはじめたのだ。ここに構造的な危機感がない。構造改革の視点がないのだ。
    ではなぜそうなったかといえば、実は伝統的な政治観と深くかかわっている。
    「正しいこと」ができるのは「正しい人物」であるという考えである。いい換えれば立派な指導者であって、はじめて立派な政治ができるという考えである。(中略)こうして、一方で法治国家の建設が叫ばれながら、他方では立派な人物が統治すべきであるという人治の発想があらわれてくるので、人治主義はなかなか克服できなくなる。
    何が正しいことか正しい人物が判断するわけで、まさに仁・義・礼を修めた正人の出現が優先される。(中略)次に「政治理念」とは何かという問題が残っている。それは正しい人物が正しいことを実行することである、というと、何も説明してないことと同じだ。
    正しいことを行うとは、庶民の安寧な生活を実現するということである。理想をいえば、政治は賢人に任せ、一般人民は政治のことなどを心配する必要がないほど社会が安定することだ。

    P.19
    中国には「至善」ということばと「軟善」という恋とばがある。英語でいえば、ベスト(BEST)とベター(BETTER)ということになろう。有名な『大学』という経書のなかに、「至善に止まる」という言葉がある。何事も至上至善をきわめ、その地から動かないおように努力することだ。政治も同じで、究極的な善を希求しなければならない。相対的な善ではなく、絶対的な善の希求である。(中略)それは西欧の三権分立の理念と対極にあるものだ。(中略)人民の選挙で選ばれる指導者が、いつも最高の徳をもった政治家である保証はない。ときに政治的野心が強すぎ、傍若無人に振る舞う可能性がある。民主主義はこうした危険をはらんでいる。そこで三権分立の相互チェック体制を築き、最悪の指導者にならないように防止するわけだ。民主主義体制は、必ずしも至善の人物が指導者になるという前提ではない。ベストではなくても、少なくともベターな政治を実現しようとする体制である。ワーストな政治を防止する考えなのだ。中国的にいえば、軟善の政治を目指すのが、西欧的価値観である。(中略)中国の政治理念では、軟善の政治を目指してはいけないのだ。常に最高の政治理念を実現できる最高の指導者が必要なのである。(中略)ある人物が悪いことをすれば、その人物が、もともと悪い人物であったとされ、追放、あるいは粛清される。その悪い人物に代えて立派な人物を選ばなければならない。誰が良い人であり、誰が悪い人であるかは、賢人集団の共産党が決めるのであって、無能な人民が決めるわけではない。

    P.22
    中国は「世界人権宣言」といった普遍的価値から日本の侵略を糾弾しているだけではない。中国的価値観に照らして、日本の過ちを糾弾しているのである。(中略)近代化の過程で、中国的道義を失った西欧的帝国主義の論理で、中国を侵略したことに避難の刃を向けている。経済的な大国が、経済的後発国を侵略して植民地化することは、弱肉強食の西欧的帝国主義では当然である。正確にいえば当然だった。敗れた弱小国の方にこそその侵略された責任があるということになる。
    中国は経済的な弱さをもっていたが、道徳的には立派な国家であるという自負がある。日本の侵略は、その自負を粉々にしてしまった。そのような経験を味わった中国からみれば、日本は経済大国であり、軍事大国であっても、道徳的には野蛮な国なのだ。中国的正義を蹂躙した野蛮な国家である。
    中国は日本を非難するとき、日本の歴史認識が間違っている。あるいは正しい歴史認識が欠如しているという。(中略)正しい歴史認識を求めるのだから、正しさが複数あっては、それは中国の政治理念に違反する。

    P.25
    グローバリゼーションが進む現在、中国的価値観が普遍化されることはないだろう。中国もその価値観を修正していかなければ、世界で生き抜くことはできない。(中略)中国を激しく批判しすぎれば、中国は逆にかたくなになって、世界秩序に挑戦することになる。(中略)日本は自己批判の眼をもちながら、同時に中国的価値観の特殊性を認めつつも、希保的には批判すべきところは批判すべきであろう。自己を絶対化して中国を批判すれば、それは同じ轍を踏むこととなる。

    P.29
    孫文はその賢人を「先知先覚」者という。多くの民衆は「不知不覚」者である。だから中国革命は最終段階に結成される「憲政」(大衆参加の立憲議会制)の実現が理想であるが、そこにいたる過度期においては「不知不覚」の大衆を政治から排除した「訓政」(革命党指導の独裁制)段階が必要であるという。(中略)真理を知った「先知先覚」の革命児が、生まれたての赤児と同じ「不知不覚」の大衆を養育、教育する期間が必要であり、その間は革命党独裁を実行する、という論理である。

    P.33
    個人崇拝は二つの側面から論じることができる。一つは、まわりが偉大な個人をたたえて尊敬、崇拝することである。(中略)もう一つは、権力を集中した個人が、その政治的権威を利用し、上から個人崇拝を押し付けるケースである。自己に反対する人物を粛清し、みずからが神殿の主として君臨する個人崇拝の強要は、ソ連のスターリンが典型である。
    毛沢東は前者を正しい崇拝として肯定し、後者を間違った崇拝として否定した。

    P.38
    非難される指導者は、徳がなかったからという理由で非難される。政策が間違っていたから人心を失ったのではなく、人格が「正人君子」にふさわしくなかったから人心を失ったと糾弾される。いかに悪辣な人物であったかが語られ、その人格が全否定され、挙げ句の果てには粛清される。

    P.40
    論者が口々に指摘するのは、中国が市場経済に踏み切った弊害が表われ、その弊害を正すために、渡口政治の強調が必要である、ということだ。(中略)市場経済に踏み切った中国は、それを「社会主義市場経済」と表現しているが、実際は資本主義市場経済と変わりない。だからその弊害は、資本主義経済が内包している当然の帰結である。市場経済は「弱肉強食」の競争経済であるあから、勝つためには非常な競争があり、敗北者を生み、人間の精神世界、物質世界を侵食していく。(中略)市場経済の導入は、中国を発展させると同時に、深刻な道徳的、精神的堕落を生みだした。
    それをある人は「道徳の真空」状況と呼ぶ。

    P.42
    弱肉強食の競争原理に基づいて、急速に豊かになった連中は、ますます富を集中させた。貧しい者はさらに貧しくなる。その過程で、腐敗がはびこる。金儲けの雰囲気が蔓延すれば、まさに自己中心主義、拝金主義がはびこり、権力者が権力を利用して金儲けに走り、権力と財力の癒着が発生した。
    このままあでは社会が荒廃すると同時に、共産党の権威が揺らぐことになる。そうした危機感を共産党は抱いている。
    だからといって、「改革・開放」政策を中止するわけにはいかないし、市場経済を廃止できない。矛盾する社会主義的平等志向と、市場経済的競争志向とを、どこかで折り合いをつけなければならないのだ。
    その折り合いをつけるために、もちだされたのが、伝統的な徳治政治である。

    P.53
    中国は、個人の人権を議論する場合、まず強調することは、人権よりは国権が大切であるという。国家や民族が独立し豊かになることができる「国家の権利=国家主権」あるいは「国民の権利」が大切であり、その国権が保障されてはじめて人権が議論できる、と主張してきた。(中略)中国は近代国民国家の競争社会で、基本的な国家主義が侵害され、外国から武力侵略されて人民の生活が悲惨となり、民は人間的な生活をすることができなくなり、生きることさえ困難になった。人間としての尊厳を取り戻すためには、何よりもまず侵略をはねのけ、自立した国家の主権を回復させることが優先されるべきであり、国権を樹立、確立してはじめて人権の向上をはかることができる。(中略)完全に独立した中華人民共和国建国から五〇年以上たった現在でも、まずは国家が豊かになることが人権向上の第一条件に挙げられているのである。

    P.54
    中国では人民の政治的権利は国家が上から与えるもので、人民がしたから克ち取るものではない。国家が政治的権利を保障するのであって、しかもそれは国家に従う「公民」としての権利を定めたものにすぎない。(中略)もし共産党に反対する政党を新たに組織しようとするならば、それは国家反逆罪として逮捕されることとなる。(中略)地方の村長や町長、市長の選挙で、ようやく直接選挙が実施されはじめたことが、民主化の目玉として声高に強調されているが、複数の候補者が立候補できても、共産党政治に意義を唱える候補者は立候補できない。

    P.59
    孫文は民権主義を語るが、人民に絶対的な政治的権利を与えているわけではない。ちょっと複雑だが、主権は主人公としての人民に所属するが、「政権」(ここでは政治的権利という意味)は政府にあるという。人民が政府を選出すれば、すべての個人的な政治的権利は政府に譲り、政府が自由に政治的権利を履行できるようにしなさいという。政府は人民に縛られず、独裁的な英断を下していけという。(中略)孫文はジンみに国家の主役としての主権を認めるものの、それは抽象的な権利であり、人民が自由な主権をもった主体として認めていないからだ。(中略)国家を支える主体とみなすことができなかったからである。それほど信用できなかった。だから独立した人権をもった人民という想定をすることができなかった。
    こうして孫文は中国人の個人の自由を認めず、むしろ「個人の自由」より「国家、民族の自由」を優先した。個人主義を徹底的に批判し、嫌悪した。

    P.62
    ヨーロッパの専制は人民に抑圧的だったが、中国の専制は人民に寛容だったという。(中略)孫文は、次のように説明する。中国では秦の始皇帝が人民を過酷に弾圧したため、あっという間に滅亡した。この経験を学習した歴代王朝は人民に寛容だったという。(中略)人民は誰が皇帝になろうが、租税さえ納めれば人民の責任を果たしたとしていた。(中略)あとは人民が自然に生まれ、そして死んでいくのにまかせていた。(中略)そこで中国人民はどうなったのか。(中略)中国に不幸をもたらした。中国人に団結力を生み出さないからである。中国人は自由すぎたために、本来の自由とは異なる勝手気ままな個人主義が横行し、皆で団結する力を失い、「一握りのバラバラな砂」になってしまった。
    だから中国革命の目標は、自由のための闘争ではなく、団結のための闘争である。そのためには個人の自由を束縛する必要がある。

    P.68
    生存権を優先して経済建設に邁進すれば、いずれも中国の民衆も社会主義の魅力より自由の有り難さを感じるようになる。(中略)中国が豊かになれば、いずれパンよりも自由を求め、中国も自由世界を実現し、普遍的人権も確立する。(中略)この仮説は、中国が伝統的な大中華世界を形成する特殊な国家であるという現実を無視し、普通の国家と同一視する無理がある。中国が自由を嫌悪するのは、単に中国が貧しいからではない。自由が中華亜世界の存在理由と矛盾するからである。
    中国は「バラバラの砂」という孫文の表現は、今日の中国でもあてはまる。本来、中国人には個人主義的色彩が濃厚である。だからこそ、国民党や共産党は、民族の「統一と団結」を叫び続けた。叫び続けなければ、バラバラになる危険があったからである。近代的な責任感が確立した個人主義ではなく、身勝手主義であるから、付和雷同的な行動にでやすい。文化大革命が発生すれば、ドドッと向かう。脱社会主義となれば、あっという間に人民公社が解体される。
    「改革・開放」政策で、「バラバラな砂」を無理矢理(?)一つにまとめていた集団経済システムが解放されると、悪しき身勝手主義が横行するようになる。(中略)団結力を失って中国人が再び「バラバラな砂」になりはじめると、その危機を克服しようとして、孫文と同じように個人の自由を犠牲にして、団結と統一が優先されることになる。

    P.91
    一九四九年、中華人民共和国は東西冷戦のなかで誕生した。(中略)いわゆる中ソ蜜月時代を迎え「ソ連一辺倒」が謳われた。毛沢東は「人民民主主義独裁について」で次のように強調した。
    「『きみたちは一辺倒だ』。まったくそのとおりである。・・・・中国人は、帝国主義一辺倒か社会主義一辺倒かのどちらかであり、絶対に例外はないのである。二股膏薬は通用せず、第三の道はない」(中略)毛沢東の特徴は、情勢の変化により、その対象が変動する柔軟性にある。(中略)毛沢東時代の国際統一戦線の変遷を次のようにまとめることができる。
    ①親ソ反米民主主義統一戦線 ②広範な反米統一戦線(中間地帯論) ③反「都市」の国際「農村」統一戦線(人民戦争編) ④ソ連排除の反米統一戦線 ⑤反米帝国主義・反ソ修正主義統一戦線 ⑥反米反ソの反帝国主義統一戦線 ⑦ソ米両覇権主義国に反対する反覇権統一戦線(三つの世界論)(中略)日本はどの位置にあるのか。これも変動する。①では、資本主義国の人民は味方であり、日本国政府と区別する日本人民が味方ということになる。②では、第二中間地帯の資本主義国家は味方であるから、日本は中国の敵ではない。ところが③となると、日本は工業が発達した「世界の都市」国家であるから、再び敵になる。⑦では日本は米ソの第一世界とは対立する第二世界であるから、これもまた中国の味方となる。中国は勝手に日本を味方にしたり、敵にしたり、目まぐるしく変わるので対応が大変である。(中略)このように変動するのは、対外的な国際統一戦線論が国内の政治闘争とリンクしているからである。社会主義建設をめぐる路線対立の変動で、日本は敵になったり味方になったりした。だが一貫してみられる視点は、伝統的な「以夷制夷」戦略の適用である。アメリカ、ないしはソ連を制圧するために、それらと矛盾関係にあるとみなす国家が利用対象となる。(中略)基本は外国を利用し、外交に対抗する戦略である。

    P.97
    中国が独自で世界をコントロールでkりう巨大な国家にならない限り、伝統的な「以夷制夷」戦略は継続して採用されるだろう。二一世紀の中国が、かつての強力な中華帝国を再現することができれば(中略)、「以夷制夷」戦略は克服できる。(中略)ロシアが現在の混乱を克服し、再び中国に対抗できる強国として登場すれば、中有か帝国は北狄の脅威にさらされる。歴史は繰り返されるに違いない。

    P.121
    中国共産党はやはり「中国の共産党」であった。共産党も中国的な価値観から自由ではあり得なかった。「少数民族の自決権」を「承認する」共産党から、「承認しない」共産党へ「変節」してしまった。「国情」が異なれば、マルクス主義の解釈、適用も異なってくるというのが、「変節」の理由であった。

    P.124
    ソ連崩壊で、連邦を形成していた諸民族国家が離脱し、残ったロシア共和国は超大国の地位を失ったように、多民族を抱え込んだ中華帝国が崩壊すれば、東アジアの大国としての地位を失う。それは伝統的に東アジアに君臨してきた文化大国のプライドを傷つける。(中略)何といっても、伝統の重さは拭いきれない。共産党も秩序破壊の革命政党から、秩序建設の執政政党に変わるにともない、「マルクス主義の政党」から「中国の社会主義政党」になり、さらに現在は「中国の支配政党」へと変身してきた。
    それは「全面欧化」論から「半面欧化」論へ、そして「中国化」論への変遷の歴史でもある。まさに「伝統への復帰」を軌を一にしている。

    P.132
    日本は中国の覇権的大国化に危機感を抱き、中国は日本の国家主義的趨勢に反発する。

    P.136
    日本人の台湾観形成において、指摘できることは歴史観の欠如である。(中略)とくに台湾史に関する重要な歴史事実があまり知られていない。清末、清朝政府が「台湾の蛮族は化外の民」と述べた言葉を金科玉条の如く唱え、日本政府は台湾を中国から切り離す政策に専念した。日本の台湾支配を正当化する歴史観が強要された。その結果、次のような歴史事実が日本人の台湾歴史観から抹殺された。
    ①日清戦争の「下関条約」による台湾接収のとき、接収に反対して「台湾民主国」が宣言され、激しく抵抗したこと。
    ②台湾総督府の植民地支配が、日本国内の議会制度と異なっていたこと。
    ③反日放棄計画である羅福星の「苗栗事件」や余清芳の「西来庵事件」、あるいは高山族の武装叛乱「霧社事件」などの真相が教えられなかったこと。
    ④第二次世界大戦後、台湾を支配した蒋介石軍が「二・二八事件」で台湾人を虐殺したこと。
    ⑤国民党の台湾支配が戒厳令下の恐怖政治であったこと。
    ⑥革命中国で謝雪紅ら台湾出資員の共産党員が弾圧されたこと。

    P.174
    中国共産党は日本の中国侵略に抵抗する「抗日戦争」で急速に勢力を伸ばした。当時の中国政府である国民党政府は、圧倒的に強力な日本軍との全面抗戦に消極的であった。蒋介石は「以夷制夷」戦略によって、連合国が日本軍を壊滅させることを期待した。予想通りの結果に終わったが、その抗日戦争で共産党軍は果敢に日本軍に抵抗し、その英雄的抗戦で中国人民の指示を獲得した。
    悪いのは一握りの売国政権である国民党指導者であり、共産党を中心とする中国人民は素晴らしかったと強調する。この階級史観が戦後における共産党の支配の正当性を確かなものにしてきた。
    この階級史観で長く中国人を教育してきたから、その影響で、今でも「日本国民」の戦争責任を糾弾できない。もし、一般国民を糾弾すれば、日本の中国侵略を許してきたっ中華民族全体の不甲斐なさを認めることになる。
    中国の伝統的な歴史観とも深い関係がある。これまでも中華世界はたびたび周辺の夷狄に侵略を受けてきた。その責任は、しつも夷狄と妥協した民族の裏切り者にあり、彼らは夷狄の侵略を裏で導いた民族の背信者である。これお「漢奸」という。いつも悪い裏切り者は、一握りの「漢奸」である。

    P.178
    中国の対日政策は複雑である。
    「李鴻章の対日感は複雑である。それは軽日、畏日、羨日、防日の心理が複雑に絡まって形成されたものである」という劉学照教授の言葉は、李鴻章外交だけにあてはまるものではない。
    物質文明だけが発展し、中身ががらんどうな東夷の日本を「軽蔑」しながらも、バラバラな中国人と違う日本人の団結新を「畏れ」、戦後復興をいち早く達成し、アジア最大の産業国家になった日本の現代かに「羨望」し、アジアにおける中国の台頭に障害となる日本の膨張を「防止」しようとする心理は、現在でも少しも変わりない。

  • 隣国の、底流にある伝統思想と近代化を解説

    読了日:2008.08.02
    分 類:一般書
    ページ:190P
    価 格:660円
    発行日:2002年10月発行
    出版社:集英社新書
    評 定:★★★


    ●作品データ●
    ----------------------------
    テーマ : 中華思想と近代中国
    語り口 : エッセイ的
    ジャンル : 一般書
    対 象 : 一般向け
    雰囲気 : 学術的な部分もあり
    ---------------------------

    ---【100字紹介】-----------------------
    世界的に巨大な存在になりつつある中華人民共和国だが、
    その具体的な国家の姿は表面だけ見ていても理解が困難だ。
    今なお生き続ける伝統思想に着目し、
    独自の近代化路線を分かりやすく解説しつつこれからを展望する。
    ------------------------------------------

    本書読了の2008年8月は、北京五輪が開かれる直前ということで、盛り上がりつつある中国ですが、この国を理解するのは本当に難しい…。というよりも、我々庶民は、冷静になってこの国について、いや、この国の歴史、思想、政治、経済について、理解を深めようとしているのだろうか…、と言われると、結構微妙なところかと思います。

    中国というと、何故か感情論で語り出す人も多いのが実情かと。それは何故?と言われるとなかなか難しいのですが…、中国には自由がない、とか民主主義じゃないとか、歴史が何だ、とか色々と人によっては色々言い出しそうではありますが、じゃあ、それは全体としてどうなのよ?、これまでずっと中国という国はそうであり続けたのか、これからどこへ行こうとしているのか…、そして、中国の人々自体はそれをどう思っているのか、さらに、中国から見て日本はどうなのか?これらについて、色々発言する人々の中に、一言二言ではなく、感情論でもなく、思想史と政治史などの歴史と国民性を踏まえた上で、きっちりと語れる人は果たして、いるのでありましょうか。結構難しいのではないでしょうか。

    菜の花はそもそも、人間社会というものに対する興味が希薄で、今までそういう知識を殆ど蓄えてこなかったので、ここはひとつ、真面目に本の1冊も読んでみようか、ということで、本書を書棚から引っ張り出してきた次第です。タイトルが面白そうでしょう?ただただ、近代中国を事実だけを語ろうとはしていないし、空想の翼を広げて、好き勝手に中国論をぶとうとしてもいない。「中華思想」という、これまで連綿とつながってきた中国の、根底に流れている思想を理解したうえで、近代中国を説明していこうではないか、そして今後の展開まで考えてみようではないか、というわけです。

    ちなみに著者は研究者。古い中国と新しい中国の中間くらいを研究しているとのこと。しかし歴史は分断されているわけではないから、その前後についての理解を深めるために書き下ろされたのが本書。

    全体に文章が、うまいのかうまくないのか…。読みにくい箇所や分かりにくい箇所がずいぶんあります。文系の学者っぽい。でも、見方が多面的かな。完全に中国側の立場からの視点、日本側からの視点。少数民族の視点、台湾の視点。色々な視点があって、そのどれもが、あ、なるほど、と。特に中国側の視点の部分では「うわ、中国の回し者ですか?」くらいで…いや、本当にそういう感じで…。公共図書館で借りてきた本書には、山ほど書き込みを消したあとがありまして、それらの文章は、ネット上でよく見かけるような気楽な(きっと中国側の事情なんて考えたこともないような)中国批判者っぽいもので。あー、きっと「中国が勝手なことを…!」とか思って書き込んだのだろうな、と。それくらい、迫真の演技…じゃない、迫真の視点なわけです。でも、ここで我々は逆も考えなくてはいけないのですよね。中国側の論理からいけば、日本や世界からの外力は、「何を勝手なことを…!」なのかもしれないではないですか。お互いがそう思って頑なになってしまっては、外交も何もなく、いつかお互いに不幸である、だからお互いを理解しあい、歩み寄り、お互いに幸せになれる道を模索しなければ、その先に待っているのは悲劇だよ、ということを、少し難しいことばや厳しいことばも使いながら、
    本書は語っているのです。

    しかし慣れない本を読むのは疲れるー。


    ---------------------------------
    文章・展開 :★★
    学 術 性 :★★★+
    簡 潔 性 :★★
    独 自 性 :★★★
    読 後 感 :★★★
    ---------------------------------

  • 中国は、相手を道徳的に裁く。私の体験・見聞に照らしてみても、目からうろこであった。日本(人)は、もっと中国を知らねばならない。そのためには、中国語を操ることができる人材を、国策としてもっと増やさなければならないと思う。

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著者プロフィール

よこやま ひろあき
1944年、山口県下関市生まれ。
一橋大学法学部卒業。朝日新聞記者を経て、
一橋大学大学院法学研究科に進学、法学博士。
明治学院大学法学部、県立長崎シーボルト大学
国際情報学部、北九州市立大学大学院
社会システム研究科で、中華民国史を中心とした
中国政治史を教える。
現在は北九州市立大学名誉教授、
上海同済大学亜洲太平洋研究センター顧問教授。
著書 『中華民国』(中央公論社)、
『陳独秀の時代』(慶應義塾大学出版会)、
『素顔の孫文』(岩波書店)、
『孫文と陳独秀』(平凡社)、
『長崎が出会った近代中国』(海鳥社)、
『長崎 唐人屋敷の謎』(集英社)など多数。

「2017年 『上海の日本人街・虹口 もう一つの長崎』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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