プルーストを読む 『失われた時を求めて』の世界 (集英社新書)

  • 集英社 (2002年12月17日発売)
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  • 本 ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087201758

作品紹介・あらすじ

プルースト研究の第一人者が『失われた時を求めて』の重要なテーマをスケッチしながら作品を紹介・解説する入門書。「いいとこ取りのダイジェスト」は密度が濃く、大部な作品を堪能した充実感。

感想・レビュー・書評

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  • 作品を全巻読破したのは、学生時代。しかし展開される世界はなかなか難しく、登場人物は数多く、内容の全てを把握できたのか自信がありません。
    自分が所蔵する翻訳を手掛けた著者による解説本を読み、久しぶりに作品世界に浸ってみることにしました。

    私は、膨大な作品の収斂情報を求めて読みましたが、入門書として書かれているため、作品を読む前のガイドラインとして目を通すのもよさそうです。

    この新書を読んで、オリジナルを思い返すと、読んでいた当時は(最高の魅力的な人々が織りなす、最高の世界が描かれている長編作品)と夢中でしたが、実際には、見栄や虚勢を張っていたり、差別意識が甚だしかったりと、お付き合いをするには芳しくない人物が次から次へと登場してくるものだと気付かされました。
    その辺りをくまなく描写する作者の冷徹な目が、シニカルで、スノッブな人々の様子はときに滑稽さを誘います。

    優雅で上品な世界の裏にうごめく猜疑心や嫉妬や嫌悪感というものも、プルーストはあまさず書き連ねています。
    そういった場面が多いため、読者は読んでいて気力体力ともに削がれてしまうのでしょう。

    美しさ、あでやかさは存分に描かれていながら、爽やかさを感じないのは、著者の指摘する「語り手を含めて、プルーストの作中人物は誰もかれもが競い合って嘘をつく」ためだと気付きました。
    誰もが口先の美辞麗句を並べたて、後に現実との対比がなされます。
    語り手は、恋人の嘘から嫉妬、不信を抱き、監禁するに至ります。
    結局、嘘か本当かわからないこともしばしば。
    恋人の本心は、明かされないままに終わります。

    同性愛的側面にも焦点を当てて言及しています。
    なんといっても特筆すべきはシャルリュス男爵。
    世間的に忌み嫌われてきた同性愛をここまで描写したとは、当時は相当にスキャンダラスだったのではないでしょうか。
    ちなみにジッドは同時期、「コリドン」という同性愛擁護の話を出したものの、反響を恐れて匿名出版したそうです。

    同性愛以上に衝撃的なのが、男爵による暴力的な性倒錯描写があることです。
    社交界の隠蔽された影の部分、醜い部分もきっちり描き切るという作者の意図が反映されているようです。

    そんな忌み嫌われるべきシャルリュス男爵は、しかしながらダンディな紳士の手本としても描かれ、複雑な両義性もしくはダンディのデカダンさが浮き彫りにされるという効果を出しています。
    読んだ当時は、なぜ彼にそこまで着目し、描写を割くのか謎でしたが、おそらくは当時の社会性を暗に表したかったためなのでしょう。

    社交界への憧れに胸を焦がし、想像の翼を存分に広げた語り手が最後に抱く感情は、決まって「幻滅」だという方式も、著者により知りました。
    この作品は、壮大な夢と現実、憧れと幻滅を抱いた叙事詩といえるかもしれません。

    不思議な魅力を放ち続けるこの作品。
    読み通すのは本当に大変ですが、また再読してみたいと思わせるまとめ方になっています。

    ところで、プルーストは、喘息持ちで病弱のため、コルク張りの部屋に閉じこもって執筆した超インドアな人物だと思っていましたが、年表に「森でジャン・ロランと決闘をする」とあったので、驚きました。
    彼にアルフォンス・ドーデの息子との同性愛を暗示する記事を書かれたのが理由だそうです。
    ということは、彼の方から決闘を申し込んだのでしょう。
    そんな活動的な人だったとは。ちなみに弾がそれて、両者とも無事だったそうです。

  • 鈴木道彦のプルーストと作品への批評は読んでいて、作品と作者や読者と作品の関係性などを踏まえていて、すごく面白かった。ただし「失われた時を求めて」全体のあらすじみたいなものもあればよりベストだった。

  • 二十世紀を代表する大作文学作品「失われた時を求めて」の重要なテーマを解説した入門書。意識や夢、記憶、愛、ユダヤ人、同性愛など作品が持つ様々な側面を理解し楽しむための解説があり、現在この大作に挑戦している自分にとってありがたい内容でした。これで、ますます深くプルーストの世界に入り込めそうです。

  • 結局、人は作品の中から自分で読み取れるものしか読まない、という厳しい現実に行き着く。

  • 『失われた時を求めて』の背景がよく分かる。
    重要なテーマ、トピックをいくつか取り上げ、掘り下げていく。
    吉川一義訳の『失われた時を求めて』を読了の後、読んだが、その訳者後書きで触れている部分も多かったが、違う言い方で触れてもらう意義はある。

  • 「失われた時を求めて」を深く読めていなかったところを再びすくい上げたいと読み始めたのだけれど、大作の全容が俯瞰できたと同時に、すごく後悔した。読みながら得た、曖昧だけれども豊かな印象が、やせ細ってしまったからだ。例えば、シャルリュス男爵など、本作では特異な人物として紹介されているが、彼の特異性は、本書を読む前には、もっと豊かだった。

  • この新書はプルースト『失われた時を求めて』の紹介とおっしゃっていますが、やはり作品(抄訳でも)を読みながら読んだのでよかったですよ。またはこの新書を読み始めたら、作品を手に取らずにはいられなくなるのかもしれません。

    小説を書きながら文学を追求しているプルーストは贅沢と言えるのかもしれません。そして全訳をなさった鈴木道彦氏も(わたくしの読了した)抄訳版を三冊にまとめながら研究に励むことが出来てよろしかったのじゃございませんか。いえこの新書版の著書をお書きになったから抄訳版が出来たとか?

    解説を読んでわかったのですが、『失われた時を求めて』七篇のうち「第五編囚われの女」「第六編逃げ去る女」「第七編見出された時」はプルースト死後、弟や関係者が遺稿をまとめたものとか、とするとこの長い小説の半分近くは未完だったわけで、下書きの草稿やメモなどがあったとしても作者プルーストとしてはまだまだ書き足りない、刊行した四篇だって手を入れたかったでしょうね。

    それも
    「私にはこの未完成が、人生そのもの姿のように映る。どんな生涯も未完のまま終了するものだし、どんな人でも、意欲的に生きようとすればするほど、かならず業半ばで倒れるほかない。」
    と鈴木道彦氏はおっしゃってます。

    それにしても『失われた時を求めて』は密度の高い示唆に富んでいてストーリーの意外さは凄いですね。「何度も読みたくなる」という中毒性もあります。

  • なんだかどんどんプルーストの森の奥深くへ迷い込んで行くようだ。やはり鈴木道彦訳の集英社版全13巻は買わざるを得ないだろう。「ジャン・クリストフ」も「チボー家の人々」も「戦争と平和」も消えたのに、この作品は生き延びたのだ。面白すぎる!

  • プルーストの「失われた時を求めて」を読んでみたいけどと考えている人にはお薦めの本です。
    本編を読む前にこの本を読んでおくと本編を読むのが非常に楽になると思います。

  • 「失われた時を求めて」の入門書であり、読書中の羅針盤であり、読後の解説書でもある。集英社文庫版の訳者による解説書。長い時間をかけて読んでいるので初めの巻の内容はだいぶ忘れていた。いくつものテーマが絡み合い、円環のように最後に一回りする構造らしい。まだ最後まで読んでいないのに始めから再読したい気持ちにさせてくれる。

    解説を読んで気づいたが、主人公の想像力と知覚はデゼッセント譲り、ゲルマント公爵夫人の「才気」(エスプリ)はサンチョ・パンサの諺と同じだった。

    スノブと似て非なるダンディの言及が興味深い。ボードレールによるとダンディとは精神主義やストイシズムと境を接する「自己崇拝の一種」で「独創性を身につけたいという熱烈な要求」て、「頽廃期(デカダンス)における英雄主義の最後の輝き」であるらしい。スノブたちを書いたプルースト自身もスノブであり自覚をしていたというのも興味深い。

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著者プロフィール

1929年生。1953年、東京大学文学部卒業。フランス文学専攻。著書『サルトルの文学』(紀伊國屋書店、1963年、精選復刻版、1994年)、『アンガージュマンの思想』(晶文社、1969年)、『政治暴力と想像力』(現代評論社、1970年)、『プルースト論考』(筑摩書房、1985)、『異郷の季節』(みすず書房、1986年、新装版、2007年)、『越境の時』(集英社、2007年)、『マルセル・プルーストの誕生―新編プルースト論考』(藤原書店、2013年)、『フランス文学者の誕生―マラルメへの旅』(筑摩書房、2014年)、『余白の声 文学・サルトル・在日―鈴木道彦講演集』(閏月社、2018年)、『私の1968年』(閏月社、2018年)ほか。訳書にファノン『地に呪われたる者』(共訳、みすず書房、1968年)、ニザン『陰謀』(晶文社、1971)、サルトル『嘔吐』(人文書院、2010年)、サルトル『家の馬鹿息子』全五巻(共訳、人文書院)、プルースト『失われた時を求めて』全13巻(集英社、1996〜2001年)ほか。

「2024年 『鈴木信太郎巴里日記1954』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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