英仏百年戦争 (集英社新書)

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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087202168

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  • 英仏100年戦争というが、実のところ、イギリスとフランスの戦争ではない。それをつらつらと説明していく解説本だ。

    グレイト・ブリテン島は古来、ケルト民族の土地だった。かのカエサルの上陸を契機に、ローマ帝国の支配に組み入れられても、基本的な民族構成は変わらなかった。が、4世紀に始まるゲルマン民族の大移動で、アングロ・サクソン人が段階的に移住してきた。このとき辺境に追いやられたケルト民族の末裔がスコットランド人であり、ウェールズ人であり、また、アイルランド人であるといわれる。新たに渡来してきたアングロ・サクソン人が建てたことから、イングランド(フランス語ではアングルテール=アングル人の土地)と言うわけである。この国に強力な王朝が据えられたのは、ようやく王ウィリアム1世の時代からだった。王位に付いた経緯を言うと、ノルマンディ公ウィリアムは、非力なイングランド王ハロルド1世を打ち負かし、かわりに王位に付いたのだ。そして、即位したウィリアム1世は、御恩と奉公の封建制を全土に敷いて、かつてない中央集権的な国家を築く。これがイングランド史に言う、ノルマン朝の成立である。

    すんなりと読めてしまうが、よくよく考えてみて欲しい。ノルマンディ公とは、読んで字のごとく、ノルマンディを治めていたわけだが、ノルマンディという土地はフランスの一地方である。ウィリアム1世は、元を正せば、フランスを荒らしたヴァイキングの首領であり、フランスの懐柔策でノルマンディ(北の人の土地)と呼ばれる土地を与えられ、臣下とされた。ノルマンディ公のフランス語の名前はギョームであり、単純な英訳がウィリアムということであり、フランス育ちのフランス語を話す歴としたフランス人なのだ。イギリス人はウィリアム1世をイギリス人として疑わないだけなのだ。シェークスピアがそのような誤解を与えるような文学史を作り上げ、それが一般論となっただけなのだ。イングランド王国は、フランスのノルマンディ公がドーヴァー海峡をまたいで支配していた土地ということだ。

    イングランドはフランス人に征服された国だった。征服王ギョーム(ウィリアム1世)の徹底した仕事によって、この王国には、日本人の感覚にいう、外様がいなかった。イングランドでは圧倒的に王の力が強いのだ。フランスとイングランドは同じフランス人の王が、様々にかわりつつ、時にはイングランド王がノルマンディ以外の土地を征服したり、ノルマンディ公以外がイングランドを征服したりと所有がいったりきたりしていく。時間をかけて、誰よりイングランド王自身が、次第にフランス人であることを止め、ノルマンディ等の大陸の領地に固執しないようになっていった。もう外国だから、もう言葉も通じないから、海を隔てた向こうの国だから、互いに異質なものとして、もうイングランドはフランスから切り離されてしまったのだ。英仏100年戦争とは、フランスがフランスとして、イングランドがイングランドとして、さらにはイギリスとして歩む道が定められた100年なのである。英仏が100年の戦争をしたのではなく、その100年が英仏の戦争に変えたのである。

著者プロフィール

佐藤賢一
1968年山形県鶴岡市生まれ。93年「ジャガーになった男」で第6回小説すばる新人賞を受賞。98年東北大学大学院文学研究科を満期単位取得し、作家業に専念。99年『王妃の離婚』(集英社)で第121回直木賞を、14年『小説フランス革命』(集英社/全12巻)で第68回毎日出版文化賞特別賞を、2020年『ナポレオン』(集英社/全3巻)で第24回司馬遼太郎賞を受賞。他の著書に『カエサルを撃て』『剣闘士スパルタクス』『ハンニバル戦争』のローマ三部作、モハメド・アリの生涯を描いた『ファイト』(以上、中央公論新社)、『傭兵ピエール』『カルチェ・ラタン』(集英社)、『二人のガスコン』『ジャンヌ・ダルクまたはロメ』『黒王妃』(講談社)、『黒い悪魔』『褐色の文豪』『象牙色の賢者』『ラ・ミッション』(文藝春秋)、『カポネ』『ペリー』(角川書店)、『女信長』(新潮社)、『かの名はポンパドール』(世界文化社)などがある。

「2023年 『チャンバラ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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