乱世を生きる ―市場原理は嘘かもしれない (集英社新書)

著者 :
  • 集英社
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本棚登録 : 327
レビュー : 43
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087203189

感想・レビュー・書評

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  • 今の世の中単純な頭では切り開いていけないのは間違いない。それどころか下手すると知らぬ間に意図的な単純化による世論操作に荷担させられているおそれだってある。

    http://daily-roku.hatenablog.com/entry/2013/04/29/034626

  • 文章は平易なのに、読んでいるうちにだんだんわからなくなっていく・・・。文章のそこここで、あ、そうか、という気づきがいっぱいあって、ああ、今の問題のあれも、こういうことなのね、なんて思いながら読んだのに、読み終わった時には、ぼんやりとした?マークが。
    もうちょっとトータルで理解できる頭が必要だ・・。

  • かなり概念論が先走った内容。読みこなすには難しい。

  • 橋本節のややこし話は新書に向かない

  • 「2週間で書いた」と本人も書いているが、当時(2005年)の「時代の雰囲気」だけで資料も調べず、適当な思いつきでぐだぐだと意味不明瞭なことを書いているだけの本、という印象。読んだら損する。

  • バブルがはじけた後、どうしたらいいかわからない日本人はそのまんまだった。そんな時に、”勝ち組”と呼ばれる人は、既存秩序の外にフロンティアという未開の市場を拓き成果をあげた。

    初めはそんな”勝ち組”に反発したその他大勢も、勝ちが確定するとその下にぶら下がることで生き残りを図った。結局、何も変わらない。

    日本は利権を分け合う完成された安定したシステムであり、その利権が減り、システムが破綻しかけていても、内側からそれを改革する力は生まれない。完成されているから。

    それはつまりそれを構成する構成員が完全にシステムに同化しているから。みんな、「他人になんとかしてもらいたい」としか思っていないから。

    「市場原理は嘘かもしれない」という言葉はでてこない。それは日本には競争なんてなかった。という解釈で当っているだろうか?みんなで分け合うことが前提のシステムの中には、市場原理なんてものが介在する場所は実はなかったのだと。

    我々は「民主主義」というものをまだちゃんと自分のものにしていない。だから、「自分はどこにいて、自分のポジションはなんなのか」ということがよくわからない。我々は「我々は主権者である」という考え方に慣れていない。

    それは二十世紀のある時期まで、我々は一方的な支配を他人から受ける「地方」というところに住んでいる「戦火に踏み躙られる農民」であるという思考習慣が残っていたから。

    ECONOMYの翻訳である経済とは、経世済民の短縮形であり、経世済民とは「世を治め、民の生活を安定させること」。しかしその主語は国民、民衆ではなく為政者、支配者、統治者。

    「経世済民」を背後に持つ日本の「経済」は、だから簡単に「国家が経済を指導する」や「国家が経済を考える」になってしまいます。「経済」という言葉自体が、「国家のすること」を前提にしてしまっているからです。「民間経済」は「民間の経済」という特別のもので、「経済」の本筋は「国家の管轄するもの」なのです。

    日本の社会はそんな風に他人任せで誰かにぶら下がることばかり考えているようなオヤジたちによってできていた。システムのパーツであることに安住してきたような。

    そしてそんなオヤジたちには、”個”としての欲望さえない。

    カラッポなピラミッドに支えられてきた戦後日本はそして今もどうしたらいいかわからないまんまだ。

    日本が変わる可能性は、「社会の基本単位であろうとする義務感」なんてものを持たない、オヤジたちの次の世代にある。

    ・・・かもしれない。

  • もっと早くに読んでいればよかったと後悔した本。
    流石は橋本治、現代の経済社会を解りやすく解説。特に室町幕府末期の状況と現代を重ねるあたりが、非常に納得。

    また冒頭で、勝ち組・負け組の流行における、プロセスを紹介。勝ち組・負け組とは、単なる意識の変化にとどまらず、表現の平等性を揺るがす危険な社会の側面をあらわすという意見は慧眼!

    2005年に書かれたものとは思えないくらい、小泉改革に対する冷静な分析も非常に鋭いところを突いている。
    今後の中国経済におけるバブルとバブル崩壊の予想も、あたりそうで怖い。
    もしかして・・・。
    経済学初心者には、かなりオススメです。

  • 著者は何が書きたいかわからないまま書きはじめたらしい。正直、著者は頭が良すぎるのか言いたいことがよくわからないことも多々ある。ひとつ、歴史は繰り返すのでなくシステムを作り変えることでここまで来た。「正➡反➡合」であり経済も社会も同じシステムがずっとうまく行くようなことはない、というのはためになった。

  • 集英社新書から出版しているアンチ・ノウハウ論、サラリーマン論に引き続き、今度は経済について考察しています。とは言っても、著者の事ですからいわゆる「経済学」の土俵にのって経済を論じるわけではありません。なので、いわゆる「経済学」を期待した読者からは、概念定義がちょっと違うだとか議論や過程が乱暴すぎるとかいった不満が噴出しそうです。まあ、経済学とは一種のモデルに基づいた仮説の社会科学ですから、議論のためには統一した概念とか言葉が必要なのでしょう。しかし、こういった土俵の外からの声に応えるのも、いわゆる「経済学」の役目でしょうし、そういった役割期待に沿えなかったのが現在の「経済学」不信の一因になっているのだと思います。
    一見して乱暴な論理を持ち出してくるように見えますが、実は意外と鋭い指摘も随所に見られるのは、一夜漬けの浅薄な知識で議論を吹っかけるのではなく、沸々と長い間抱いていた疑問や洞察の賜物なのでしょう。
    で、例のごとく話が中途半端な形で終わってしまうのも、無理矢理に結論を押し付けるのではなく著者の思考へ呼びかける開かれた著者の意図なのでしょう。それが三部作の完結編という所以かもしれません。

  • 誰向けに、何のために書いたのだろうか。そういうことを考えさせられる一冊。

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著者プロフィール

橋本治
1948年3月25日 - 2019年1月29日
東京生まれの作家。東京大学文学部国文学科卒業。イラストレーターを経て、1977年に小説『桃尻娘』を発表、以後文筆業を中心とする。同作は第29回小説現代新人賞佳作となり、映画・ドラマ化もされた。1996年『宗教なんかこわくない!』にて第9回新潮学芸賞、2002年『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』にて第1回小林秀雄賞、2005年『蝶のゆくえ』にて第18回柴田錬三郎賞、2008年『双調 平家物語』にて第62回毎日出版文化賞、2018年『草薙の剣』で第71回野間文芸賞をそれぞれ受賞。
編み物にも通じており、1989年『男の編み物(ニット)、橋本治の手トリ足トリ』を刊行。自身の編んだセーターを着てCMに出演したこともあり、オールラウンドに活躍を続けた。

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