乱世を生きる ―市場原理は嘘かもしれない (集英社新書)

著者 :
  • 集英社
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本棚登録 : 325
レビュー : 43
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087203189

感想・レビュー・書評

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  • 知らなかったが、過去に読んだ「上司は思いつきでものを言う」「「わからない」という方法」を合わせて三部作なのだということ(著者曰く、何の三部作かはわからない)。
    この人の本は「わかりそうでわからない」「わからなそうでわかる」のが特徴だけど、読み進めながら薄々その理由がわかってきた。
    自分の理解をいうと、この人は複雑な話をいくつかのセグメントに分けている。そのわけられたセグメントの一つ一つの話は単純なので理解しやすい。しかし、そのセグメントを集めてきた話はいくつもの要素が重なり合っているので難しい。
    しかし、複雑な話をする時にはこういう方法をとるしかないと思う。複雑な話を単純にして「まあ、要は金の問題なのです」というのは簡単だが、複雑な話はそう簡単に単純化できないから複雑なわけで、単純化を図ることは複雑な話を説明することの責任を回避しているといえる。
    以前村上龍だったかがインタビュアーに新作のことについて「で、この本で言いたいことを一言で言うと何ですか?」と聞かれて、「それが言えたらこんな長い話を書いていない」と言っていた。結局そういうことだと思う。
    橋本治が偉いのは複雑な話を「ちゃんと」噛み砕いてくれるからだと思う。

  • 「大不況には本を読む」もそうだったが、主題は「もう経済成長を続けようとしても無理があるのだから、皆が主体的に不便さを選択して成長しない社会(=必要のみに基づく暮らし)を楽しもうよ。」と言う事だと理解した。それが「市場原理は嘘」に端的に表れている。確かにこうやって回りくどく説諭されるとそんな気にもなるのだが、ふとした瞬間に「そんな我慢はできないなぁ」と考え直してしまう。やはり欲望の力は大きいのだ。
    複雑な事象でも物事の本質を的確な比喩で分かりやすく表現する能力には脱帽。本当に頭の良い人だ。読み物としても純粋に面白い。

  • 初版の日付を見て驚く。こんな前の本だったのか。
    書いた当時よりも状況はもっと悪くなっていると思うが
    今読んでも至極まっとうな内容が詰まっている。
    橋本さんは本当に頭が良い。
    戦国武将の時代から話を始め、
    バブル後の「勝ち組負け組」の単純な言葉の裏にあるめんどくささを一つ一つほどいてみせ、
    経済とはもともとなんなのか、と根本に帰り、
    今や「フロンティア」は「欲望」にしかない、まで来た時は
    素晴らしすぎてひっくり返りそうだった。
    恐ろしい話だ。
    「必要」はもう十分に満たされ、
    それでも発展していくにはもはや「欲望」というマーケットに進出する以外の場所はない。
    「欲望」には具体的な形がないし終わりがない。
    作って売って稼ぐのはまどろっこしい。
    作って稼いでいるやつに乗っかって金を動かす方が早い。
    ダメだと思ったら手を引けばいい。
    もはや投資先なんてないのに、
    エコノミストと投資家によって動かされる世間の欲望というマーケット。
    「(昭和30年代に「商店街」という日本経済を成り立たせていた)日本人は
    "我慢”という現状に抗する力を、まだ持ち合わせていた」
    の一節を読んだ時は、目というか全身のウロコが落ちるような刺激。
    最終章でもう一度この「我慢」についての一節が入るところが橋本さんです。
    これだけの複雑な状況について、過去と現在とをまっとうさで繋げ、
    シンプルに人間の力を掘り起こす文章を書ける人はそういない。
    今橋本さんは難病を患って長く深く物を考えることができないそうだが
    こうした本が読めなくなるのは大きな損失だと思う。
    というか、もっと橋本さんの本は読まれないとマズイと思う。

  • バブルがはじけた後、どうしたらいいかわからない日本人はそのまんまだった。そんな時に、”勝ち組”と呼ばれる人は、既存秩序の外にフロンティアという未開の市場を拓き成果をあげた。

    初めはそんな”勝ち組”に反発したその他大勢も、勝ちが確定するとその下にぶら下がることで生き残りを図った。結局、何も変わらない。

    日本は利権を分け合う完成された安定したシステムであり、その利権が減り、システムが破綻しかけていても、内側からそれを改革する力は生まれない。完成されているから。

    それはつまりそれを構成する構成員が完全にシステムに同化しているから。みんな、「他人になんとかしてもらいたい」としか思っていないから。

    「市場原理は嘘かもしれない」という言葉はでてこない。それは日本には競争なんてなかった。という解釈で当っているだろうか?みんなで分け合うことが前提のシステムの中には、市場原理なんてものが介在する場所は実はなかったのだと。

    我々は「民主主義」というものをまだちゃんと自分のものにしていない。だから、「自分はどこにいて、自分のポジションはなんなのか」ということがよくわからない。我々は「我々は主権者である」という考え方に慣れていない。

    それは二十世紀のある時期まで、我々は一方的な支配を他人から受ける「地方」というところに住んでいる「戦火に踏み躙られる農民」であるという思考習慣が残っていたから。

    ECONOMYの翻訳である経済とは、経世済民の短縮形であり、経世済民とは「世を治め、民の生活を安定させること」。しかしその主語は国民、民衆ではなく為政者、支配者、統治者。

    「経世済民」を背後に持つ日本の「経済」は、だから簡単に「国家が経済を指導する」や「国家が経済を考える」になってしまいます。「経済」という言葉自体が、「国家のすること」を前提にしてしまっているからです。「民間経済」は「民間の経済」という特別のもので、「経済」の本筋は「国家の管轄するもの」なのです。

    日本の社会はそんな風に他人任せで誰かにぶら下がることばかり考えているようなオヤジたちによってできていた。システムのパーツであることに安住してきたような。

    そしてそんなオヤジたちには、”個”としての欲望さえない。

    カラッポなピラミッドに支えられてきた戦後日本はそして今もどうしたらいいかわからないまんまだ。

    日本が変わる可能性は、「社会の基本単位であろうとする義務感」なんてものを持たない、オヤジたちの次の世代にある。

    ・・・かもしれない。

  • 集英社新書から出版しているアンチ・ノウハウ論、サラリーマン論に引き続き、今度は経済について考察しています。とは言っても、著者の事ですからいわゆる「経済学」の土俵にのって経済を論じるわけではありません。なので、いわゆる「経済学」を期待した読者からは、概念定義がちょっと違うだとか議論や過程が乱暴すぎるとかいった不満が噴出しそうです。まあ、経済学とは一種のモデルに基づいた仮説の社会科学ですから、議論のためには統一した概念とか言葉が必要なのでしょう。しかし、こういった土俵の外からの声に応えるのも、いわゆる「経済学」の役目でしょうし、そういった役割期待に沿えなかったのが現在の「経済学」不信の一因になっているのだと思います。
    一見して乱暴な論理を持ち出してくるように見えますが、実は意外と鋭い指摘も随所に見られるのは、一夜漬けの浅薄な知識で議論を吹っかけるのではなく、沸々と長い間抱いていた疑問や洞察の賜物なのでしょう。
    で、例のごとく話が中途半端な形で終わってしまうのも、無理矢理に結論を押し付けるのではなく著者の思考へ呼びかける開かれた著者の意図なのでしょう。それが三部作の完結編という所以かもしれません。

  • じゃあ、真実は何なの?

    それを考える道しるべとして、この本を活かしてみるのもいいかも。

  • 【2008/01/04】
     現代経済の現状認識を行うきわめて"マトモ"な本。”当たり前”を疑い、考察してハッとする認識を導き出す。坂口安吾のようだというのが率直な感想。ただし彼のようにビシッと突くことはせずに、巧みな文章でかき回す。

    勝ち組、負け組の二項分類という1つの価値観に凝り固まった社会にはその危うさを説き、誰かがなんとかしてくれるという甘えた人々には「国の主権はあなたたちでしょう」とまっとうな指摘をする。そして欲望が経済を動かすのではなく、欲望はもはや世界に動かされているというところに辿り着く。著者の慧眼と先見の明に感服した。

    ・20世紀とは、「有効な理論」が存在しなくなった時代である。
    ・勝ち組、負け組という二分法を必要とするのは、投資家である。
    ・エコノミストは思想家である。
    ・独裁者は、システム破綻時に現れる。
    ・日常の生活のあり方が、家族単位から個人単位に変化している。
    ・欲望という名のフロンティアは無限である。
    ・現状に抗する力である我慢が必要。
    ・何も言わず責任をしょい込むオヤジかっこいい。

著者プロフィール

橋本治
1948年3月25日 - 2019年1月29日
東京生まれの作家。東京大学文学部国文学科卒業。イラストレーターを経て、1977年に小説『桃尻娘』を発表、以後文筆業を中心とする。同作は第29回小説現代新人賞佳作となり、映画・ドラマ化もされた。1996年『宗教なんかこわくない!』にて第9回新潮学芸賞、2002年『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』にて第1回小林秀雄賞、2005年『蝶のゆくえ』にて第18回柴田錬三郎賞、2008年『双調 平家物語』にて第62回毎日出版文化賞、2018年『草薙の剣』で第71回野間文芸賞をそれぞれ受賞。
編み物にも通じており、1989年『男の編み物(ニット)、橋本治の手トリ足トリ』を刊行。自身の編んだセーターを着てCMに出演したこともあり、オールラウンドに活躍を続けた。

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