- Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
- / ISBN・EAN: 9784087205039
作品紹介・あらすじ
ブルースロック、グラムロック、アメリカンロック、ジャズロック、ブリティッシュロック、ハードロック、プログレッシブロック、日本のロック-。一九六〇〜七〇年代の黄金期を俯瞰する、本格的なガイドブック的側面に加え、エッジの効いた文章に乗せながら「ロックとは何か?」という根本的な命題を探求した、萬月流ロック論。本書で、著書が導きだした解とは?初心者必読、そして自称「通」のあなたも、それぞれのロック体験史の空白を埋めてくれる一冊。
感想・レビュー・書評
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芥川賞作家の花村満月のロックエッセイ
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ロックミュージシャンは世間知らずの若造や田舎者だからたとえルックスがよくて曲を作れてギターがひけて、歌えても、それだけではレコードを作ることは難しい。そこでプロデューサーが登場する。
音楽業界はアメリカでも日本でも差別された人がやっていた。 -
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音楽への愛情が感じられる。
文章にリズムがあって読みやすい。
マイルスデイビスは3枚組のベスト版を借りただけになっていたけど、これを読んでちゃんと聴いてみたいと思った。あと今までほぼノータッチだったジャズやブルースとかにも興味が沸いた。
レ二ークラビッツとかについても書かれてたりしたのが、ちょっと意外。(自分は30代にして最近の音楽はあまり受け付けなくなっているので)
まだまだネタはありそうなので、続編とか書いて欲しいと思ってしまう。 -
新宿でキャデラック・レコードを観た。
一言で言えば、演奏される荒削りな魅力に満ちたシカゴブルースやR&Bを聴くだけでも、おつりがくるような映画だ。監督は、Darnell Martin.
1950年代シカゴ・ブルースの黄金期にMuddy Waters, Little Walter, Howlin’ Wolf, Chuck Berry, Etta Jamesなどの黒人の才能を束ねたのが、ポーランド移民の子であるユダヤ人のLeonard Chessだった。
Chessが屈指のジャズギタリストMuddy Watersと出会うところから映画は始まる。Muddyの兄弟分の天才的ブルースハープ奏者Little Walterが新興チェスレーベルを成功させていく。Chessは印税代わりのように、ミュージシャンにキャデラックを与える。当時の黒人たちにとってはきわめてわかりやすい成功の証だった。
実話に基づくといわれても、かなりアメリカ大衆音楽史の教養がなければ、チャック・ベリー以外は知らないというのがあたりまえのような時代である。ただ、この映画が繰り返し伝えるメッセージだけは明らかだった。
アメリカのポピュラー音楽を作ったのは黒人の魂であり、それが漂白される過程で、全世界の一般大衆を巻き込んでいったという歴史的事実である。ある時期までは、この事実は確信犯的に隠蔽され、その後は、時間の経過の中で、どうでもよくなったという形で忘却されるままになっていったのだろう。
Muddy Watersに憧れるイギリスの青年たちのバンド、ローリングストーンズとの交流など、楽しいエピソードなども挿入される。(映画の最後に、演奏者たちのその後がテロップで流れるところで、Howling Wolfの墓地代をクラプトンが支払ったというあたりなど最高だった。)
この映画自体、かなりハリウッド的に漂白された意識の中で撮られているが、それでも、やはりこの映画の根幹は、白人プロデューサーのLeonard Chess (Adrien Brodyが差別意識のない解放者であり、搾取者でもあるという矛盾した存在を、淡々と描いていて素晴らしかった)とMuddy Waters(Jeffrey Wright)との利用しあいながら、信頼しあいながら、あくまでも黒人と白人であるという痛切な関係性を見事に描いていた。
薬漬けで最後には暴力沙汰で命を失うLittle Waltersの葬儀に現れるHowlin’ Wolf (演じているEammonn Walkerのブルースは凄い迫力だった)が、ChessとWatersに言うセリフが痛切だ。Wolfは常に、Chessに依存しつづけるMuddyに批判的だった。
「His job is to make money off you. You’re from Mississippi. I thought you would have known that.」
(チェスの稼業は、おまえをだしに金儲けをすることだ。マディ、おまえはミシシッピ出身だからそんなことはとうにご存知かと思ってたよ。)
《(アメリカのロックと)ブリティッシュロックシーンとのもっとも大きな違いは、肌の色の違う人種が常に身近にあるということで、それはよくも悪くも異文化交流とでもいうべきものが行われるということだ。ただし、黒人側から白人側に流れていくばかりで、白人側から黒人にわたされることは殆どない。なんの話かといえば音楽文化のことで、鬱陶しいことはあまり書きたくないが、搾取とは文化までをも含むということなのだ。
ロックに限らず、ある芸能を、ある文化を語るとき、この視点を忘れてはならない。搾取する側は、単純な経済的要素だけではなく、搾取される側が営々と積み重ねてきた文化までを搾取する、ということだ。
けれど俺は、そしてあなたは、白人の演奏するロックを愉しんでしまっている。場合によってはアイドル視して、憧れる。ここはひとつ、ニヒルな笑いをうかべて現状を受け容れてしまおう。原理主義を持ちだして、黒人音楽以外は悪魔の音楽であると騒ぐのは簡単だが、原理主義という画一を、つまり楽な方策を選択したとたんに、言い方は悪いが、あなたは痴呆化してしまう。
芸能でも芸術でもいい。ある文化の搾取が大きく花ひらくことがあるのである。モディリアーニが黒人芸術から盗んだからといって、モディリアーニの芸術を否定するのはどこかおかしい。現出した作品がよいものであるならば、それは幸せな混血であるそういうことなのだ。表現には結果しかないともいえる。
けれど私たちは、常に心のどこかにオリジナルに対する崇敬の念を隠しもっておくようにしよう。白人の演奏に胸を打たれたなら、ときにはそのオリジナルを辿ってみよう。》
(花村萬月 俺のロック・ステディ 集英社新書)
花村のこんな批評性を、証明するために作られたような映画だ。
(ビヨンセは見事な演技で、素晴らしい歌いっぷりだが、ほかのブルースに比べれば、あまりにも漂白されすぎていて、あるいは、非黒人の耳があまりにR&Bの音に慣れすぎてしまったせいか、他のミュージシャンのようなざらざらとした生命感を感じなかった。これはぼくだけのことかも知れない。)
ポピュラー音楽は、黒人の魂を盗むことで、奔放に咲き誇ったのだ -
6月6日読了。花村萬月による、極私的なロック論。「ブルース・ロック」「プログレッシブ・ロック」などのジャンル別の章立てになっているが、特に音楽のジャンルにこだわる人(逆説的にこだわっているのか?)ではないよう。その原始的な構造・荒削りさ、演奏の自由さ・あるいは不自由さなどからギターがロックの花形なのであり、自分で弾いてみることでロックの味わいは圧倒的に違ってくるという著者の主張は確かだと思う。批評家的にロックの歴史に目を配るよりも、「これはカッコイイ!もっと聴きたい!是非聴け!」という荒ぶる感覚の方が、本として読んでいても楽しいもんだな。
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[ 内容 ]
ロックとはリズムである。詩情である。
命である。
60~70年代の黄金期を俯瞰するガイドブック的側面に加え、「ロックとは何か?」という命題を追求した、本格ロック論。
そこで著者が導きだした解とは?
初心者も「通」のあなたも必読の一冊!
[ 目次 ]
はじめにリズムありき
ブルースロック
グラムロック
アメリカンロック
ジャズロック
ブリティッシュロック
ハードロック
プログレッシブロック
日本のロック
総括だ!
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
一流の作家が、60年代から70年代のロックを事細かに取り上げる例は少ない。自ら譜面が読めてギターを弾けるような作家がロックを語るようなことは稀であろう。渋谷や山本コウタローによる独善的でペラペラな文章でなく、これこそプロと呼べる筆力、表現力でブラックサバスやキングクリムゾンについて語ってくれた花村に感謝。我が意、得たり。