日本の大転換 (集英社新書)

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  • 集英社
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レビュー : 54
  • Amazon.co.jp ・本 (160ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087206067

作品紹介・あらすじ

大地震と津波、そして原発の事故により、日本は根底からの転換をとげていかなければいけないことが明らかになった。元通りの世界に「復旧」させることなどはもはや出来ない。未知の領域に踏み出してしまった我々は、これからどのような発想の転換によってこの事態に対処し、「復興」に向けて歩んでいくべきなのか。原子力という生態圏外的テクノロジーからの離脱と、「エネルゴロジー」という新しい概念を考えることで、これからの日本、そしてさらには世界の目指すべき道を指し示す。

感想・レビュー・書評

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  • 中沢新一の原子力論。ポランニーやラカンを引用しながらの独特の議論だが、ぼくは原子力を特殊、特異に見ることには違和感を感じるので、うーん、と思いながら読んだ。

  • 原発問題を宗教論や経済学と絡めて論評してた。
    こういう見方がある事を知って、目からうろこが落ちた。
    これから日本が進むべき道についていろいろ考えさせられた。

  • 東日本大震災後に著された、社会基盤であるエネルギーと資本主義の関係性、日本の社会の在り方についての本。原子力発電への依存度を低減させる必要があるが、そのためには日本社会・日本文明のあり方も根底から見直さなければならない、という提言。
    甚大な被害を(特に原発事故により)被った日本だからこそ、新たな世界をリードできる。キリスト教などの一神教社会ではなく、仏教徒神道が共存する多神教の日本だからこそ新たな道を見出せる。

  • 社会
    宗教
    思索

  •  先日、『大津波と原発』(中沢さんと内田樹さんほかの鼎談)を読んだ際、「この鼎談をベースに、中沢氏に東日本大震災の思想的意味を深く掘り下げた大著をものしてもらいたい」とこのブログで書いたが、本書はまさにそのような内容。
     ただ、150ページ程度の薄い本なので、読み足りない。大震災をめぐる思索をまとめた大著を今後出すとしたら、本書はその「序論」という印象だ。

     とはいえ、薄くても内容は刺激的。東日本大震災と原発事故が人類史上においていかなる意味をもつのかを、中沢さんならではの視点から思索した内容となっているのだ。

     とくにスリリングなのは、原子力技術が過去のエネルギー技術とはまったく隔絶した技術であることを、一神教とのアナロジーから解説したくだり。
     火の利用から石油に至る過去のエネルギー革命は、「生態圏から直接的に採取可能な燃料を使って」いた。ところが、原子力だけは生態圏に属さない「外部」から持ち込んだエネルギーであり、宗教でいえば一神教的だというのである。

    《ほんらい生態圏には属さない「外部」を思考の「内部」に取り込んでつくられた思想のシステム、それはほかならぬ一神教(モノティズム)である。「第七次エネルギー革命」の産物である原子力技術の、宗教思想における対応物が一神教なのである。
    (中略)
     一神教が重要なのは、それに特有な「超生態圏」的な思考が、西欧においてキリスト教の衰退後に覇権を握った、世俗的な科学技術文明の深層構造にも、決定的な影響を及ぼしているからである。》

     東日本大震災と原発事故は、現代文明そのものの一大転機であり、人類は新しい文明のありようを模索していかなければならない……というようなことは多くの論者が言っているわけだが、それをこんな角度――エネルギー革命の深層にある宗教思想を抽出する――から論じた人は中沢さんしかいなかった。

     『日本の大転換』とは、「原子力発電からの脱却」の動きが、エネルギー技術の転換であるにとどまらず、「私たちの実存のすべてを巻き込んだ、ラジカルな転換をもたらす」という見立ての謂である。

     太陽光エネルギーなどの自然エネルギーへのシフトによる、来るべき「第八次エネルギー革命」。それは原子力発電という一神教的技術から、仏教的技術への転回でもある、と中沢さんは言う。

    《どのエネルギー革命も、それに対応する宗教思想や新しい芸術をもっているものである。たとえば、第一次エネルギー革命にはプロメテウス型の火の神話群が対応し、第五次から第六次エネルギー革命には印象派から抽象芸術への展開が対応している。それならば、来るべきエネルギー革命については、どうであろうか。誤解を恐れずに宗教思想とのアナロジーを用いてみよう。すると第八次エネルギー革命は、一神教から仏教への転回として理解することができる。
    (中略)
     仏教は、生態圏の外部の超越者という考え方を否定する。そして、思考におけるいっさいの極端と過激を排した中庸に、人類の生は営まれなければならないと考えた。》

     たしかに、太陽光発電などの自然エネルギーは、草木の中にも仏性を見出す仏教と親和性が高いといえよう。
     中沢さんは、「あとがき」で次のようにも言う。

    《「自然エネルギー」をビジネスの話で終わらせてはいけないのだ。私たちは、ビジネスも包み込むことのできるほどに強力なビジョンをもち、それを実現させていくための見取り図を、あらかじめ描いておかなくてはならない。そうでなければ、今回の大震災と原発事故によって受けた日本人の深い傷は、癒されることがない。》

     ただ、本書のみでは、中沢さんのビジョンは直観の域を出ていないようにも思う。エネルギー革命を今後どう進めていくべきかなど、個別の各論をさらに掘り下げ、緻密に展開する必要があるだろう。
     中沢さんは現在、本書のビジョンの経済革命の側面を掘り下げた(ものになると思われる)著作『黄色い資本論』を準備中だそうだから、期待したい。

  • 本当に この通り 転換して、日本は良くなるのだろうか。他の選択肢は ないのだろうか、と思った。原子力を専門にする学者の反論を聞いてみたい

    レヴィストロースの野生の思考を 原発エネルギーからの転換に つなげるか例示した本

    原発エネルギー=一神教システム=無媒介
    太陽エネルギー=仏教的な中庸=バランス、媒介

    原発エネルギーは 生態系に属さない外部を、内部に取り込んだ一神教のシステム。プリコラージュは 一神教システムでは 機能しない

    一神教は 外部を自立させて、そこに 超越的な神が存在し、神が無媒介に生態系に介入する世界

    仏教的な中庸思考により 太陽エネルギーを媒介させて、生態系に組み込むことが重要

  • 地震は生態系の中で起こるエネルギー現象であり、元の生態系に戻ることが出来る。ところが原発事故による放射能放出が起こると、その土地では生物は何年もの間にか生存することが困難となる。それは原子力発電そのものが生態系の外部からエネルギーを取り出す技術であるからだ。がんばればなんとかなるレベルはとうに超えてしまった。危機の本質を知り、文明の大転換をしない限り、日本文明は衰退の道へと踏み込む。太陽エネルギーへの大転換が必要だ。この新しい世界では贈与の原理の上に生産と消費をコントロールする交換の原理が乗る。

  • 福島の原発事故以降の日本がとるべき道筋について、宗教哲学者の著者が語った本です。

    著者は、一神教と多神教の違いを文明論的な原理に拡張し、また、これからの日本に必要なエネルギー政策を生態圏の原理から導こうとしています。中沢新一といえば、浅田彰と並ぶニューアカデミズムの旗手であり、フランス現代思想を自在に駆使しつつチベット仏教について論じる思想家として知られていますが、本書での著者の語り口はまるで梅原猛です。もっとも、アカデミズムの枠を飛び出す存在であるという意味では、はじめから両者は近かったといえるのでしょうけれども。

    梅原に関していえば、アカデミズムではとうてい許容されないであろう、文明論的な大風呂敷の議論に対する多くの批判を浴びながらも、現実に中曽根内閣の政策決定にかかわろうとし、国際日本文化研究センターの設立に漕ぎつけるだけの「胆力」がありました。一方著者は今のところ、批判的知識人という、ある意味で気楽なポーズを崩してはいないようですが、もし今後著者が本書の示すような方向へと進んでいくのであれば、梅原のように生臭い現実の政治に積極的にかかわっていくことをいとわないでほしいと思います。

  • 核融合とか核分裂という原子力は太陽圏のものであって
    相対性で成り立つこの世の生態系の外にあるもので
    媒介するものなしに直接繋がることは破壊を容認することであり
    在ってはならないことだろう
    これは一成る完璧な存在を想定して
    トロイの木馬のように驚異的な暴力となる猛毒を
    抱え込むことと同じように
    依存するしか無い環境に溺れることでしかない

    資本主義も自然界に対する所有意識を正当化して
    外部からの力に直接依存している点で
    一神教や原子炉と同じ搾取と支配にオンブという構造上の欠陥を持つ
    生命維持の生態系と意識上の生態系に対してリスクを発生する

    資本主義は3つのリスクをもたらすという
    市場におけるメカニズムが暴走して人間社会を破壊へ導きかねない
    資本主義は自転車操業で搾取し続けていなければ転ぶ構造である
    そのため無駄に生産と消費を続けることを要求する
    従って資源を際限なく使い捨て生態系のバランスを破壊すると同時に
    その廃棄物と二酸化炭素の大量排出で自らの首を絞めることになる

    惑星である地球の生態系に属さない恒星である太陽のみが持つ力を
    あたかも地球環境の自然として内側に取り込んで
    仲間を支配するための武器として
    操縦不能な核発電という「小さな太陽」を作り出してしまったが
    その道具に逆襲されて共倒れの「飼い犬に手を噛まれ」て
    「敵を呪わば穴2つ」に陥る

    産業革命以前の市場は集合意識にコントロールされて過不足のない
    需要と供給で循環する生命維持を可能にしていたが
    産業革命以後の限りない不安による物欲と余剰生産物によって
    集合意識を無視した権利意識と競争原理でお互いの信頼を壊し
    敵対心に溺れてしまった社会には価値として計れない縁という
    所有と無縁の繋がりの意識があるが

    核発電という小さな太陽を持つことで人間は益々
    外部から無償で与えられる太陽光線という贈与のエネルギーを
    切り離してトーラスに閉じられた交換=搾取の自滅的な
    資本主義の体質で人間社会を飲み込んでいく

    こうして自らの首を絞めた資本主義は核発電を手放し
    太陽の一方的な贈与性にすがることで
    脱核発電に伴って脱資本主義を迎えることになる
    次なる新しい自然エネルギー革命には自律した中庸性によって
    外に開かれ無償で与えられる太陽エネルギーを受け入れることで
    成り立つ経済システムへと転換していく

    それはリムランド文明の再生となって
    エネルゴロジーと名付けた贈与の関係を生み出していくのだという
    そもそも太陽光線からなる膨大なエネルギーを利用している光合成を
    応用することになり
    それは今現在に属す進行形の波の力であり水の流れであり風であり
    バイオマスであり地熱の利用であり化学と物理の変化という
    再生可能で移ろいながらも永久に循環する調和の姿であろう

  • 読了。

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著者プロフィール

一九五〇年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。明治大学野生の科学研究所所長。思想家。著書に、『チベットのモーツァルト』『雪片曲線論』『森のバロック』『カイエ・ソバージュ』シリーズ『アースダイバー』シリーズ『野生の科学』ほか多数

「2019年 『レンマ学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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