国体論 菊と星条旗 (集英社新書)

  • 集英社 (2018年4月17日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (352ページ) / ISBN・EAN: 9784087210286

作品紹介・あらすじ

戦前の「国体」は敗戦で消えた? 否、戦後も「国体」は、天皇制の頂点にアメリカを鎮座させ、永続している! この異形の「国体」は我々をどこに導くのか? 二度めの破局から日本を救い出す、警世の書!

感想・レビュー・書評

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  • 2018/8/10読了
    ちょっと恐ろしすぎて感想が書けない。

    2018/8/23再読了。
    三十年近く前の学生時代のこと、つまり「失われた二十年もしくは三十年」が始まる頃だが、男に貢いで尽くしてセックスの道具のように使われて、捨てられそうになっても懲りずに尽くし、また抱いてもらって「こんなにいい男とセックスしている自分は他の女よりすごい」と歪んだ承認欲求の満たし方をする非常にみっともない女が主人公の恋愛小説を書いた先輩がいた。恋愛というよりも、極端に自己肯定感が低いというか自己承認ができない女のセックス依存症を描いたとしか思えないその代物を、「これ日米関係だろ」と見抜いて評価した別の先輩がいて、恋愛関係に国際関係の隠喩を込めて何の意味があるのだ、こいつら何言ってんだと当時は思ったものだった。
    ところが最近、接待ゴルフの最中にバンカーで派手に転げたにも関わらず、接待相手にそのことを気付いてももらえずに、這うように追いすがって歩く自国の総理大臣の姿を見たときに、ああこのことかと、不意にその恋愛小説のことを思い出した。ここまでマンガじみた光景で象徴してもらわなければ三十年間も腑に落ちなかった己の不明を羞じた。
    なぜこの二つがつながるのか。その理路の整然たる説明が本書には書かれている。「アメリカに抱かれる日本」のキーワードは目にしていたはずなのに、ここまで丁寧な説明を読まなければ三十年間も腑に落ちなかった己の不明を羞じた。
    それで改めて分かったのは、本書の言う「愚かな右翼」に限らず、もう少しライトかつナチュラルに天皇制とアメリカニズムを受け入れている一般的な日本人のメンタルの在り方つまり国体意識は、確かに依存型の関係に陥って捨てられがちな者の病んだ恋愛体質に似ている、ということだ。本人が端からは無自覚あるいは盲目的に見えるところ、そういう恋愛を繰り返しがちなところ、破綻期にDVのような暴力やリストカットのような激発を伴いがちなところ、などがよく似ている。誰か大統領と総理大臣のBLを書いてくれないか。

  • 2018年4月。同年6月に朝日新聞で評されている。
    天皇制を国体とした日本は敗戦後、アメリカ(に従うこと)が国体となった。憲法よりも日米安保が上位に位置付けられている実態。
    本書の冒頭と最後に繰り返される平成天皇のお言葉、それへの敬意と、お言葉の中に、闘っている烈しさを感じるという姿勢。大胆で明快な見方、頭がすっきりする。

  •  「国体」と聞けば,神国ニッポン,教育勅語,万世一系の天皇…など,戦前の日本を覆っていた「国民を統合するための思想」「国民をしばっていた雰囲気」「はみ出しを許さない社会」などを思い出します。ところが,本書の副題には「菊と星条旗」と書かれています。「菊」は分かるけど,「星条旗」って,あの国の旗のこと? 一体どんな内容なのだろう…気になるタイトルですね。
     戦前は天皇,戦後は米国…その連続性について書かれています。そう,日本人は,敗戦後変わったのですが,変わっていなかったのです。これまで「天皇バンザイ」だったのが「アメリカバンザイ」になっただけ。国民を縛り付ける(雰囲気も含めて)もの,それが「国体」なんでしょうね。
     本書は,2016年8月8日の天皇の「お言葉」から始まります。天皇は,なぜ,あのような意思表示をしなければならなかったのか。そこから見えるものは…。
     「国体概念」がなぜ有効なのかという段落では,次のように述べています。

    当初,共産主義対策を意図した国体護持の手段であったはずの対米従属は,共産主義の脅威が消えてもなお生き延びた,というよりもむしろ強化されることとなった。「国体としての安保体制」は,その存在根拠を失ってからこそ,それが「国体」である所以を露わにし始めたとも言える。(59p)

     それにしても,オキナワ米軍基地の普天間と辺野古をめぐる騒動を見るにつけ「そもそも米軍に出ていってもらうことが無理である」という出発点でしかないことが「星条旗が国体の国体たる所以」を物語っています。

  • 隠蔽されがちな事実を把握しておかないと何に支配されているか気付けないってことなんだが、生まれた時点からそういう状況に置かれていることに対しては怒るべきだと思うんだよな。

  • 「国体」という視点から日本を見つめる.国体とは何か.名言はされていないが,「国のかたち」と言えば良いだろうか.戦前は天皇を頂点として,時に近代国家設立のため,時に戦争で勝つために利用されてきた.戦後,天皇は日本国の象徴となり,代わりにアメリカを頂点とする国体が出来上がってきた.
    確かに,戦後はアメリカ様のための日本になったように思う.外交も沖縄の基地問題も.強き者に従うのは楽だが,国家がそんなことで良いのか.日本に強い政治家が生まれてることを祈る.(自分が「そんな政治家になる!」ではない辺り,私も結局強き者に従う人間なのだと思う...)
    読むと現代日本を憂い,絶望的な気持ちになる本であるが,その分本質をついているのだとも思う.

    奴隷に関する文章は,読んでて耳が痛い.

    QT) ----------------------------------------------------
    本物の奴隷とは,奴隷である状態をこの上なく素晴らしいものと考え,自らが奴隷であることを否認する奴隷である.さらにこの奴隷が完璧な奴隷である所以は,どれほど否認しようが,奴隷は奴隷に過ぎないという不愉快な事実を思い起こさせる自由人を非難し誹謗中傷する点にある.本物の奴隷は,自分自身が哀れな存在にとどまり続けるだけでなく,その惨めな境涯を他者に対しても強要するのである.
    ---------------------------------------------------- (UQ

  • なぜ日米地位協定のほうが憲法より上になってしまっているのか、いまいちよくわからなかったのが、国体という切り口で鮮やかに説明されていた。戦前の天皇にあたるのが戦後のアメリカと考えれば、無条件降伏にあたって中身は変わるにもかかわらず国体は護持されると考えた(国民にそう思わせた)ことも納得できる。まさに「天皇の赤子」から「アメリカからの愛」へだ。この後者の刷り込まれた幻想によって、日本はいまだに独立国とはいえない。そしてその現実がオブラートにくるまれている。
    現上皇が生前退位をしたときの「お言葉」から当時の天皇の意図をしっかりとくみ取った著者の洞察力に感服する。私も現上皇は故安倍首相とそりが合わなかったのではないかと思っていたが、実際にはこれほどはっきりと対立していたとは知らなかった。

  •  1945年敗戦と共に消滅するはずであった国体は維持されたものの、内容は激変している。戦前と戦後の国体、これらを分析し、現在の国体について、2016年8月8日の天皇の「おことば」の意味するものを明らかにしようとする。

     本書のテーゼとして、著者は、「戦後の天皇制の働きをとらえるためには、菊と星条旗の結合を、「戦後の国体」の本質として、つまり、戦後日本の特異な対米従属が構造化される必然性の核心に位置するものと見なければならない」と述べる。(序文5頁)

    象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(2016年8月8日)
    https://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/12

     アメリカを事実上の天皇と仰ぐ国体において、日本人は霊的一体性を本当に保つことができるのか。
     もし仮に、日本人の答が「それでいいのだ」というものであるのなら、それは天皇の祈りは無用であるとの宣告にほかならない。われわれがそう答えるならば、天皇はその地位と職務を全うする義務を自らに課し続けるであろうか、それは甚だ疑問である。(終章 338~339頁)

  • 第二次世界大戦の終結とともに崩壊したとみなされている日本の「国体」という概念を、「戦前の国体」と「戦後の国体」という二つの概念に再編することで、過去から現在までをつらぬく日本の問題と、その変容の過程をえがいた本です。

    「戦前の国体」が、「天皇の国民」「天皇なき国民」「国民の天皇」という枠組みの変化をたどっていったのと同様に、「戦後の国体」はかつて天皇が占めていた位置にアメリカが置かれることになり、「戦前の国体」とパラレルな変化をたどったと著者は考えます。そして、日本のナショナリストたちがもはやアメリカへの追随をかくすこともなく全面的に主張するにいたっている現在の日本の状況が生まれた経緯を解き明かしています。

    戦後のアメリカ追従という問題について深い考察をおこなった人物としてただちに思い浮かぶのは、批評家の江藤淳です。むろん江藤は、本書のキーワードである「国体」という概念を中軸にして考察をおこなったわけではありませんが、小島信夫の『抱擁家族』を参照しつつ、近代日本の家父長制が敗戦によって決定的な変容をこうむったことに目を向けており、文学の領域における「アメリカの影」について鋭い考察をおこないました。本書では、文学にかかわる人物としては三島由紀夫がとりあげられていますが、もっぱら三島が直接的な行動に出た理由について検討するにとどまっており、あえて著者は文学の問題に立ち入ることを避けたのかもしれませんが、著者とは政治的立場の異なる江藤の議論について、著者がどのように評価しているのかということが、個人的には気になっています。

  • 文字通り戦後の日本とアメリカの関係について。

    文章のせいか、著者の言いたいことがわかりにくかった。

  • 非常に刺激的な論説。
    今を生きる我々日本人の国体とは何か、そんな考え方をしたことはなかった。しかし「史劇は2度繰り返される」のならば、そして、戦前の国体の最終段階が二・二六事件を引き起こしたのならば、戦後の国体は今、何に向かっているのか。考えないわけにはいかない。
    僕にとっては少し難しいと感じたので、星4つ。

  • 九州産業大学図書館 蔵書検索(OPAC)へ↓
    https://leaf.kyusan-u.ac.jp/opac/volume/1381139

  • 情け無くなるよー

  • (天皇による退位希望の「お言葉」は)「国民の統合」の危機により、象徴天皇制について国民が考えるよう天皇自らが訴える、という異例の行動だった33

    世界史上でも稀な、途轍もなく奇妙な敗戦、すなわち、どのような敗北を喫しているのか敗者自身が自覚できないことによってそこから脱出できなくなるような異常な敗北を経験している38

    「アメリカは我が国を愛してくれているから従属するのだ(だからこれは別に従属ではない)」などという観念を抱きながら従属する国・国民など、ただのひとつもない(日本だけ)。まさにここに、「我が国の万邦無比たる所以」がある。125

    ポツダム宣言受諾で、日本の主権は天皇から国民にでなく、マッカーサーに移ったのである154

    砂川事件裁判で、日米安保条約に関わる法的紛争については、日本の司法は憲法判断を回避する判例を作った。これにより、日本の法秩序は日本国憲法と日米安保法体系の「二つの法体系」が存在され、後者が前者に優越する構造が確定した158

    「マッカーサーはへそだ。朕の上にある」by出口王仁三郎162

    日本のアイデンティティーは何がと問われれば、「アメリカの同盟国だということ以外出てこない」。結局アメリカのやることにいかにお手伝いできるが、たくさん手伝えるほうが良い同盟というしかない。by元防衛官僚 柳沢協二312

    「大君(アメリカ)の醜の御盾と出で立つわれ」313

    私たちの生きている現在はたぶん、天皇制という宗教的かつ儀礼的な構造を支えてきた物質的な基盤が、やがて根こそぎに失われようとしている未曾有の時代である。天皇という制度は避けがたく形骸化してゆくby赤坂憲雄318

    天皇制は「人畜無害の骨董品」のごときものになり、国民国家の統合原理として無力化する可能性320

    戦前の天皇制については簡にして要を得た特徴づけに成功している議論が、天皇制の現在を扱おうとするや否や甚だしい混乱に陥るのは、なぜだろうか。それは、「戦後の国体」はアメリカという要因を抜きにしては考えられないから321

    「お言葉」は、後醍醐天皇の「倒幕の綸旨」、孝明天皇の攘夷決行の命令、明治天皇の五ヶ条の御誓文、昭和天皇の玉音放送、と同様の歴史的事案338

  • 戦前と戦後に分けて「国体」の変遷を比較検討しています。日本人にとって天皇制とは何なのか、なぜアメリカの顔色をうかがい続けなくてはならないのか、なぜ鬼畜米英と叫び、多くの国民を死に追いやった勢力がいままさにそのアメリカに盲従するのか・・・ 歴史を勉強するって大事ですね。
    ですが、新自由主義とカジノ資本主義にどっぷりつかった現状で、どう反撃するのか、はやっぱり難しそうです。何しろ最も搾取されているはずの人びとが現体制を支持している訳ですから・・

  • 欧米人へのコンプレックスとアジア諸国へのレイシズムを利用すれば、アメリカへの従属を保ちつつアジアで孤立するので対日支配がうまくいくと考えたダレスの話はなるほど...!と感じた。

    天皇とアメリカから国体意識の変遷を眺めることは、日本人の精神史でもある。民衆が変わらねばならないのだとは思うが、その民衆もすぐには変わらない。226事件も学校で習った時には国に逆らったら死刑ということを何の疑問もなく教わったが、大人になった今はそうでもないと分かるようになった。教育も、メディアも、何もかも変わらないと人も変わらないが、そのエントリーポイント、発火点が自分にはよく見えない。

  • 国体とは何か、その変遷の歴史を重厚な文言で綴る。興味深いが難解。

  • 「民衆の力」をおそらく信じておられると思うので、読後感は暗くはないはずなのだが、「今」の状況で読むと、無力感をより強く感じてしまう。それがダメなんだと思うのだが…
    負けない!

  • 社会を見つめる“知性”というものが、どういうものか、この本を読んで初めて感じることができた気がします。

    明治から、こんにちまで、日本という国が抱え続けてきた、矛盾を「国体」という形で解きほぐす本。
    読後感としては、今後の日本への絶望感が強く残りました。
    どうすればいいのだろうか。

  • すごい本だ。熱さに打たれる。

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著者プロフィール

白井 聡(しらい・さとし):1977年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻博士後期課程単位取得退学。博士(社会学)。現在、京都精華大学教員。専門は、政治学、社会思想。おもな著書に、『未完のレーニン――〈力〉の思想を読む』(講談社学術文庫)、『武器としての「資本論」』(東洋経済新報社)、『永続敗戦論――戦後日本の核心』(講談社+α文庫、第35回石橋湛山賞、第12回角川財団学芸賞)、『国体論――菊と星条旗』(集英社新書)などがある。

「2024年 『「物質」の蜂起をめざして』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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