保守と大東亜戦争 (集英社新書)

著者 :
  • 集英社
3.93
  • (10)
  • (22)
  • (6)
  • (2)
  • (1)
本棚登録 : 190
感想 : 24
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087210415

作品紹介・あらすじ

戦争賛美が、保守なのか? 「リベラル保守」という旗印を立てた気鋭の政治学者が、戦争体験をもつ戦後直後の保守論客たちの言動をふりかえり、現代のエセ保守=歴史修正主義者たちの欺瞞を撃つ。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • ●保守=大東亜戦争肯定論 を疑ってみる。
    ●戦前・戦中の時代を成人として生きた保守主義者たちの回想を読むと、多くの人たちが戦前の軍国主義的な風潮と政治プロセス、超国家主義という思想に批判的。
    ●保守は理性への驕りを戒め、ゆったりとした変化を進めようとする。理性に懐疑的な保守は、超国家主義のユートピア思想を共有することができないのでは?
    ●大東亜戦争をどの年代で体験したかにより、歴史認識や戦争認識に差がある。成人だった人は既に鬼籍に入り、現在語られる戦争体験は、ほとんどが幼少期の空襲体験、疎開体験だ。
    ●竹山道雄『昭和の精神史』ビルマの竪琴の作者。戦前の軍国主義拡大の原因は、封建制度と天皇制だという史観に反論。まず原理ありきでの歴史認識は、都合良く抽出、解釈され、間違った結論に導かれると。
    ●昭和前期の日本で、革新イデオロギーによって天皇制が乗っ取られたのが原因か。
    ●1920〜30年代にかけて、テロクーデターが頻発。原敬暗殺や515…彼らの基本構想は、天皇のもと、全ての国民は一般化され平等化されるという考え方。
    ●226は実質的な革命。気づかぬうちに天皇の性格が変えられた。青年将校たちは、戦争で死ぬ事に意味を求めていた。今のままでは腐敗した政党財閥のために死ぬ事となる。機関説の天皇ではなく、現人神である天皇のために死にたいと。
    ●田中美知太郎。死ぬのは嫌と言うだけの戦争反対を断固として拒絶。敵国の不当な暴力に対しては、やはり戦わなければならず、戦後の絶対平和論も退けている。そんな彼でも大東亜戦争は肯定できない代物だった。
    ●戦中に国体を叫んだ人間と、戦後に平和を叫ぶ人間が同根の存在であると認識し距離を取った。
    ●猪木正道。亜流のマルクス主義というソ連の国定イデオロギーから、日本の学生を救出しなければならない。

  • ★一つは少々辛いとは思うが、著者の今後に期待して敢えて苦言を呈したい。ちなみに評者は骨の髄まで保守的な人間である。近代保守思想の祖バークに遡って理性の濫用を戒め設計主義への懐疑を説くのはいい。だがそうした態度はあくまで保守の「心構え」である。それが「原理」となり「主義」となっては保守は「頽落」する。

    保守は理性を過信せず歴史の風雪に耐えた知恵や慣習を重んじるが、決して改革自体を否定しない。それが復古との違いであり、バークは自らを漸進主義者と呼ぶ。だが漸進主義は保守の真髄であると同時に躓きの石でもある。漸進と急進を分ける基準など何処にもないからだ。バークの思想を最も洗練された形で理論化したハイエクもその基準を示せなかった。つまり伝統を大切にしつつも、最後は自分の頭と感性で判断するしかないのだ。だが「リベラル保守」とやらは何の屈託もなく取り敢えず中間を選ぶ。中庸と言えば聞こえはいいが要するに思考停止だ。それが「主義」に堕した保守というものだ。確かに多くの場合中間で事足りる。歴史が巡航速度で進行する平時にはそれで大過ない。だが歴史は時に過去が参照基準となり得ない地殻変動を伴う。そこではもはや漸進も急進もない。あらん限り目を見開き、知性と経験と直観をフルに動員して、現実との格闘の中で解を見出し行動するしかない。おそらく中島氏にはそんな経験はないと見える。

    国体概念を弄び急進的な改革を叫んだかつての青年将校と、観念としての平和を奉じる戦後の進歩的文化人が同根だという中島氏の指摘に半分は同意する。だが先の戦争を観念論の虜になった青年将校の暴走だけに帰するとすれば、それ自体が空疎な観念論だ。国全体が一部の軍人の思想に染まることなどあり得ない。彼らの挫折の後にそれでもなお戦争にのめり込んでいったのではなかったか。それを聖戦とみるかどうかは保守や革新とは関係ない。いろんな見方があるというに過ぎない。確かなことは、勝てない戦さと知っていた指導者はもとより、軍人を嫌悪した知識人も大衆も結局は流されたのだ。それが山本七平の言う「空気」だ。山本が批判したのは観念論自体ではなく、本気で信じてもいない観念論に不作為の同意を与える付和雷同と責任感の欠如だ。国の危機に当たって寛容だの中庸だの何ら指針たり得ない御託を並べるのは、体を張って「空気」に抵抗することを回避した知識人の自己欺瞞に過ぎない。中島氏にそれと全く同じメンタリティを感じる。

    最後にもう一点。世代論を持ち出すことに必ずしも反対はしない。身をもって戦争を体験した世代の意見に耳を傾けることは大切だ。だが歴史のただ中にいる人間には見えないこともある。当事者には歪んで見えることもあるだろう。軍人への嫌悪や自らが被った理不尽な仕打ちから、その罪悪を過大視してはいまいか。戦争を直接経験しない一歩引いた世代だからこそ見えることもある。それは忘れるべきでない。

  • 116ページ
    田中美知太郎と反時代精神のところ。
    民主政治は、「劣悪者」を指導者に選ぶと、途端に「最悪の独裁政治に転化」してしまいます。そして、独裁政治は「組織の末端において愚劣さは倍加される」ため、国民はさらに劣悪な状況に置かれることになります。


    戦争中に声高に「国体」を叫んだ人間と、戦後に「平和」を叫ぶ人間が同根の存在であると認識し。その両者からの距離をとることを言論の核と据えました。118ページ。

    林健太郎1968年全共闘と対峙した東大文学部長
    歴史修正論争歴史認識論争は1993年頃から始まっており、様々に力強く日本の侵略戦争であることから目を逸らすなと論争を冷静に繰り広げた。
    自己の誤りを認めることを自虐などと言って拒否するのは自卑、すなわち自己を卑しめかえって自己を傷つけるものであることを忘れてはならない。というまさにまさに、正論である言葉を投げかけている。

    あまりものを考えたり読んだり検証したりしないでぼんやりTwitterやすっかり三流の新聞雑誌テレビマスメディアをみているとうっかり、ネトウヨ的な人ら、自民党政権の者も含めてを、保守と勘違いしてしまう人もいるだろうが、
    改めて、昨今のレベルが低い人間として浅はかなネトウヨ的保守自称の存在が、保守とは無関係保守の本流ではないことがよくわかり、
    頭がおかしな保守気取りのネトウヨも何かといけてない左翼オールドスクールも、なぜ駄目か、どこがダメか、どうしてこうなったかという戦後史がよくわかる一冊。ためになった。
    空気とはまことに大きな絶対権をもった妖怪である。山本七平。今もなお同じ妖怪に絡め取られそうな日本。

    保守的な人間観。
    それは人間に対する懐疑的な見方。人間は過ち間違い誤謬誤認から解放されることはない永遠に不完全な誤謬を抱えた存在である。そんな懐疑主義的人間観を保守は共有する。
    さて今の日本では、保守ではないものが保守を自称しておられるような。
    為になった。

  •  私が戦争の歴史認識をする上でバイブルにするかもしれない一冊である。 革新右翼が軍国主義を生み扇動して、軍部が日本を破滅に導いた。 軍国主義も戦後の共産主義も大衆の熱狂と言う意味でコインの裏表であること。 海軍も陸軍統制力を強めるためサディストによるリンチがあったこと。 そして軍人的断言法による言葉を奪うことによる絶対的服従が行われていた。 戦場では大本営の場当たり的な判断で日本軍が狂気になっていたこと。 アジア諸国の欧米の植民地からの解放は成り行きにすぎずこれは私見だが 日本はアジア諸国を沖縄の基地のごとく扱っていたこと。 アジア諸国に対して主従関係を確立しておいて人種差別の抵抗とは言えない。 他にも数えきれないテーマがあるがこの本は歴史を知るという意味でスタートにすぎない。 更に読書を広げる意味を感じた。

  • 戦時中に大人だった世代が言う保守論法と、
    終戦後に育った世代が言う保守論法はこんなにも違うのだな

    そして今、自虐史観だ!と声を荒げることがもはや時代遅れになってる

    世代によってこれだけ感じることが違うと知れる良い本だった

  • 右=保守のイメージがあるけど、そうではない。
    もともと戦前の「保守」は今の自民党のような思想とは全く異なるものだった、ということ。
    人間を不完全な存在とみなし、人間の意思決定を全て理論的で正しいとする見方に懐疑的であることから保守思想はスタートする。

    “本来の保守はリベラルと価値観を共有する。このリベラルとは左翼ではなく、多様な価値観に対する「寛容」と思想信条に対する「自由」だ。”

    政治思想の勉強に読んだけど、日本が戦争に突き進んだ「時代の空気感」みたいなのも見えて怖かった。

  • 著者の「保守/革新」の捉え方は、様々な論考で一貫しており、納得できる。本書においては、竹山道雄についての論考が特に面白かった。

  • 保守とは何か。
    色々と考えさせられた。

  • 保守と最近の右翼を区別なく漠然と使っていたが、そこには大きな違いがある事を再認識した。
    歴史の事実を直視することのできないエセ保守が大勢を占めてしまったことに非常に危機感を覚える。保守を標榜している方々、特に自民党の代議士はこの本を読むべきだ。

全24件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1975年大阪生まれ。大阪外国語大学卒業。京都大学大学院博士課程修了。北海道大学大学院准教授を経て、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。専攻は南アジア地域研究、近代日本政治思想。2005年、『中村屋のボース』で大佛次郎論壇賞、アジア・太平洋賞大賞受賞。著書に『思いがけず利他』『パール判事』『朝日平吾の鬱屈』『保守のヒント』『秋葉原事件』『「リベラル保守」宣言』『血盟団事件』『岩波茂雄』『アジア主義』『保守と立憲』『親鸞と日本主義』、共著に『料理と利他』『現代の超克』などがある。

「2022年 『ええかげん論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

中島岳志の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×