歴史戦と思想戦 ――歴史問題の読み解き方 (集英社新書)

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  • 集英社
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レビュー : 37
  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087210781

作品紹介・あらすじ

内田樹氏、津田大介氏 推薦!

「『歴史戦』と称する企てがいかに日本人の知的・倫理的威信を損ない、国益に反するものであるかを実証的に論じています。
山崎さん、ほんとはものすごく怒っているのだけれど、冷静さを保っているのが偉いです。僕にはとても真似できない」――内田樹



今、出版界と言論界で一つの「戦い」が繰り広げられています。

南京虐殺や慰安婦問題など、歴史問題に起因する中国や韓国からの批判を「不当な日本攻撃」と解釈し、
日本人は積極的にそうした「侵略」に反撃すべきだという歴史問題を戦場とする戦い、すなわち「歴史戦」です。
近年、そうしたスタンスの書籍が次々と刊行され、中にはベストセラーとなる本も出ています。

実は戦中にも、それと酷似するプロパガンダ政策が存在しました。
しかし、政府主導の「思想戦」は、国民の現実認識を歪ませ、日本を破滅的な敗戦へと導く一翼を担いました。
同じ轍を踏まないために、歴史問題にまつわる欺瞞とトリックをどう見抜くか。豊富な具体例を挙げて読み解きます。

【主な内容】
◆産経新聞が2014年から本格的に開始した「歴史戦」
◆「歴史戦」のひとつ目の主戦場:戦時中の慰安婦問題
◆「歴史戦」ふたつ目の主戦場:日本軍による南京での虐殺
◆なぜ大日本帝国の否定的側面を批判する行為を「自虐」と呼ぶのか
◆第一次世界大戦後の日本軍人が着目した「総力戦」と「思想戦」
◆思想戦の武器は「紙の弾丸、声の弾丸、光の弾丸」
◆「歴史戦」の論客の頭の中では今も生き続ける「コミンテルン」
◆「戦後の日本人はGHQのWGIPに洗脳された」という「ストーリー」
◆児玉誉志夫は「思想戦」の独善的側面に警鐘を鳴らしていた

【目次】
第一章 「歴史戦」とは何か
第二章 「自虐史観」の「自」とは何か
第三章 太平洋戦争期に日本政府が内外で展開した「思想戦」
第四章 「思想戦」から「歴史戦」へとつながる一本の道
第五章 時代遅れの武器で戦う「歴史戦」の戦士たち

【著者略歴】
山崎 雅弘(やまざき まさひろ)
1967年大阪府生まれ。戦史・紛争史研究家。
『日本会議 戦前回帰への情念』(集英社新書)で、日本会議の実態を明らかにし、注目を浴びる。
主な著書に、『「天皇機関説」事件』(集英社新書)『1937年の日本人』(朝日新聞出版)『[増補版]戦前回帰』(朝日文庫)ほか多数。
ツイッターアカウントは、@mas__yamazaki

感想・レビュー・書評

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  • 「従軍慰安婦はいなかった/本人の希望だ」「南京虐殺はなかった」と言い放ったり、他国に対する蔑視や嫌悪を煽るような発言をしたりする人たちと、それに追従する人たちは何なんだろう、と怒りと共に思って来たけれど、この本を読みながらそうなる理由が少し解明できた。
    できたところで怒りは増すばかりなんだけど。
    筆者はそれ系の、一冊、いや一文だって読むのにうんざりするような本、説を一つ一つ丁寧に、こういう手法で自分たちに都合よく読者を誘導していると具体的に解説していて頭が下がる。
    それを彼らは聞きゃしないんだろうけど!
    しかし最後にあったように、うんざりしようが相手が聞き入れなかろうが、放っておいてはいけないのだよね…。
    また、終戦後の「戦争は悲惨なものだから二度としてはならない」という国内の大前提自体はともかく、その悲惨を主に軍や政府の上層部や空襲・原爆の被害者として、にしてしまったために、日本はきちんと「戦後」すら始められないままなのではないか、とも思った。

  • 従軍慰安婦、南京大虐殺、大東亜共栄圏に対して、保守派論客達の主張を、冷静に反論していく著述に、著者との真剣勝負しないければならない新書。
    愛国や郷土愛において、本来の日本と大日本帝国とは、別に考えなければならないと教えてくれる。
    本作のお陰で、当面、刺激的な愛国主義風のエセ歴史本を衝動買いしなくてすみそうだ。

  •  本書の題名が気になったのと,帯に「内田樹氏,津田大介氏推薦!」の文字が躍っていたのとで,読んでみたくなったのだが,なかなか面白かった。
     産経や日本会議など,アベの支援者(というか,アベもその落とし子だが…ここでアベとカタカナにしたのは,漢字を使うのがもったいないから…金子兜太に倣った)たちが発している「大日本帝国バンザイ史観」(これはわたしの造語)は,その「史観」を示すべく,真面目に(たぶん本人たちは真面目なんだと思う)諸外国(中国,韓国はのぞく)に理解を求めようとすればするほど,今の日本国にとり,マイナスにしかはたらかなくなることがよく分かる。本当に,今の日本国と日本の伝統を守りたいのなら,大日本帝国時代に行ったことを,今の日本国の人間がしっかり総括し,それを国際社会に示してこそ,である。
     この大日本帝国バンザイ史観のメンバーたちは,今の日本国への愛国心なんかないんだろうな。自分たちの言論や行動が,国際社会から日本国を浮きだたせている事さえ気づかないんだろうな。この人たちが持っているのは,愛「日本国」心ではなく,愛「大日本帝国」心だから,無理もない。

     本書を読み終えて興奮してしまって先の文章を書いてしまった。が,本書は,とても冷静に「バンザイ史観」のメンバーたちの著作を読み解き,その中にちりばめられている論理の飛躍や事実の歪曲,プロパガンダなどについて語ってくれる。

     バンザイ史観の人たちから見ると,わたしたち現代の日本人は,いまだにGHQに洗脳されているそうだし,コミンテルンにもやられているらしい。そういうことに,大部分の日本人は気づいていないという。そう,それくらい今のわたしたちは馬鹿だと言っている。

     自然科学の分野でも,非科学的な著作がでても,プロの科学者たちは,面と向かって批判はしない。それは馬鹿馬鹿しくてやってられないからだろう。「どうせ,消える,ま,娯楽だし」とも思っているのかもしれない。しかし,「水は何でも知っている」といいながら学校現場の道徳の時間にまでそれが入ってきたときには,黙ってはいなかった。おかげで,「水にありがとう」と聞かせる実践は学校から消えた。
     社会科学(たとえば歴史学)の分野でも,こういうトンデモ類のことにいちいち反応している暇はないかもしれない。が,最近のように,「従軍慰安婦はいなかった」「南京虐殺はなかった」と言い切るようなことが市民権を得そうになったときには,ちゃんとプロの世界から糺してくれる人が必要だ。教科書にまで影響するようになっては,ね。

     それにしても最近の出版状況は気持ち悪い。
     日本の経済力が頭打ちになったのを誤魔化そうとして,(大日本帝国の頃のことを持ち出して)韓国や中国を自分たちより下に見て,少しでも優越感を得ようとしているのが見え見えだからだ。この浅ましさが,本来の道徳からはほど遠いことに気づかないのだろうか? 道徳教育の教科化を進めた人たちの心には,どんな道徳心があるのか,本書で引用されている文章を読んでみるとよく分かる。
                ☆
    河添 売春婦の経営が好きなのも,中国系や韓国系の黒社会でしょ? …『「歴史戦」はオンナの闘い』より
                ☆
     日本では,売春婦の経営をしている人,いないの? たくさんいるじゃん! こんな風な決めつけがあちこちに。
                ☆
    本当に脳疾患ならお気の毒ですが,呆れてしまいます。
    …ケント・ギルバート著『まだGHQの洗脳に縛られている日本人』
                ☆
     他国の人をつかまえて「脳疾患なら…」などと言うってどういうこと? これが,「日本人の心を取りもどせ」といっている人なんですが,このような表現をする人に与することなんてできるわけないよ。

     論理的な批判ではなく,感情的な批判がいっぱいの大日本帝国バンザイ史観の人たちの本。買って読むのはもったいないので,図書館で借りてみるかな。

     山崎雅弘さん,非科学的な文章につきあってくれてありがとうございます。頭の中がスッキリしました。

  • 戦後の「日本人」が戦前・戦中の「大日本帝国」を批判するのは「自虐史観」ではなく「民主主義的な歴史観」。

    「皇国史観」とは、主権在民や言論の自由、思想信条の自由などの考え方を否定するもので、あらゆる価値判断の基準を天皇に置く。国民は個人の自由や権利を主張せず、天皇のために奉仕し、必要なら喜んで犠牲になるという戦前戦中の大日本帝国の思想。皇国史観の対極は民主主義的な歴史観である。

    なぜ自由な日本国よりも、精神的に不自由な「大日本帝国」と自分のアイデンティティを同一化するのか。何が魅力なのか。

    不安や孤独を伴う「自由」よりも、高揚感や充実感を味わえる「権威への服従」の方が好きだという権威主義者にとっては、戦後の日本国は軟弱であり、日本国憲法も軽蔑と攻撃の対象となる。

    建国神話に始まる気宇壮大な物語によって権威化された大日本帝国は、権威主義者にとっては理想的で魅力的な従属と自己同一化の対象となる。

    また大日本帝国やナチス・ドイツなど権威主義国では時の国家指導者や国家体制を「国」そのものと同一視し、それへの絶対的忠誠や献身、犠牲を自発的に行わせ、それに反抗するものを「国家の敵」と見なす思考形態が見られる。

  • 本書の特徴と意義は著者が「おわりに」で書いています。
    「・・・大日本帝国時代の『負の歴史』を否認する言説の論理構造や、そこで多用される論理のトリック、認識の誘導などのテクニックをわかりやすく読み解くこと・・・」(p289)。

    例えば、よく使われるトリックで南京事件の虐殺数が30万人というのはありえない、故に虐殺はなかったと論理が飛躍する点です。

    また、基本的事項として気づかされた事は「日本」の具体的な概念とは?という事です。「日本」は現代の日本と戦前の大日本帝国の両方を含んでおり、どの日本を意識して語るかが重要です。

    全体を通じて、著書は産経新聞が主張する歴史戦を起点に、歴史戦の主要著書に対して具体的かつ論理的に反証を提示していきます。

    歴史を専門とするプロの研究家たちが積み上げてきた研究成果を、素人たちが見て見ぬ振りをして、自分たちの言いたいことを言っています。故に敢えて素人にもわかるように再度わかりやすく説明している構図に見えます。おまけにこの素人たちは、産経新聞を始めとして、いくつかの発表の媒体も持っており、それなりに影響力もあるので始末が悪いです。

    プロ対素人の関係性の中で語られる言説であり、プロ側から見れば何の知見も得られない、何の生産性もない不毛な議論(というのもおこがましいですが)という事です。
    逆に素人がプロに喧嘩を吹っかけているわけです。

    プロである歴史学者は、意見の違いはあれど、新たに発見された歴史の事実を基準にそこから何かを学び、未来へつなげていく志向は同じです。故に、同じ土俵での議論が可能となり、その場から多くの知見を得ることができます。
    「・・・歴史研究が尊重するのは個々の『事実』であって、最終的に導き出される『結論』ではありません。まず『事実』があって、それを適切に配列した結果として導き出されるのが『結論』です」(p70)。

    一方で歴史戦を謳う方々は、
    「・・・まず『日本は悪くない』という『結論』を立て、それに合う『事実』だけを集めたり、それに合うように『事実』を歪曲する手法をとっています」(p70)。

    著者は最後にこう述べています。
    「・・・専門家が傍観すれば、一般の人々は『専門家が批判も否定もしないということは一定の信憑性がある事実なのか』と思い、結果としてそれを信じる人の数が徐々に増加していくことになります」(p295)
    著者には面倒臭いことだとは思いますが、
    「社会の健全さを維持するための分担作業」(p296)と捉えて本書を上梓しています。非常に成熟した大人の振舞と感心しました。

    昨今の歴史修正主義者の言説は子どもの戯れ言かもしれません。大人と子どもの間には議論は噛み合わないです。噛み合わないどころか「議論」という表現自体が不適切です。通常大人達の話の中には子供は入ってはいけません。間違って入っても相手にされないか、子供がわかるように諭されるだけです。一言でいうと対等ではないんです。故に、大人と子どもの言説が両論併記される事はあり得ないのです。
    その異常さを暴露したのが、映画『主戦場』ではなかったでしょうか。本著書を読んで、構図が同じことに気づかされました。

    最後に。エーリッヒ・フロム『自由からの闘争』を題材にして、歴史戦の言説に傾倒していき、権威へ服従していくプロセスを、わかりやすく解説しています。まだ読んでいないので、早速買って読んでみます。

    • やまさん
      おはようございます。
      きょうは、快晴です。
      体に気を付けていい日にしたいと思います。
      やま
      おはようございます。
      きょうは、快晴です。
      体に気を付けていい日にしたいと思います。
      やま
      2019/11/16
  •  題名に惹かれて購入しました。歴史はいつも為政者のために都合の良いように書き換えられてきたわけですが、最近は修正主義者が増えている。誰もが自分の過去を正当化したいのですが、少なくとも南京虐殺の事実そのものをないとするのは顰蹙だ。
     ネットでは自分に心地よい情報が氾濫しているので、事実を冷静に客観的に見つめることができない人が増えている。怖い。

  • ふだんは、「歴史戦」や「思想戦」を呼びかける新聞、出版社、ジャーナリスト、国会議員などの言説に触れることがほとんどないので、彼らがいかに荒唐無稽な主張を広めているのかということを知るためには、まことに貴重な一冊であると言えよう。

  • 耳ざわりの良い言葉に踊らされる事なく、事実を事実として受け入れる思考を手に入れられる本だと思った。
    筆者の終始一貫した冷静さに救われる。

  • 東2法経図・6F開架:210.7A/Y48r//K

  • 200409歴史戦と思想戦 ――歴史問題の読み解き方 (集英社新書)
    「日本会議」に対する「論」なので主張は至極真っ当
    ただし冗長で却って理解と共感を得ずらくしている点が残念
    ①大日本帝国②アジアの解放③慰安婦問題④南京虐殺など
    双方が局地戦で打ち合って、大局と第三者の客観性が乏しいので
    不毛な議論が永遠に続く
    世界が納得する「第三者機関」に調査と判断を委ねてはいかがか

    これが戦前の話だけなら大した影響はないが、
    本質は「現代の問題」に通じているところが怖いところ
    1.CORONA問題
     日本独自の取組みを「是」として見直しされない
     ①検査の軽視②クラスター主義③水際作戦④医療制度は堅持⑤権威主義
    2.オリンピック延期3月23日からの大転換
     しかしオリンピックとCORONAは両立させていく
     戦前の陸軍と海軍のようだ
     いずれ真珠湾攻撃のように「大博打」に賭けるしかない
    3.国が滅びた後
     あの時はああするしかなかったんだ

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著者プロフィール

山崎雅弘(やまざき・まさひろ) 1967年生まれ。戦史・紛争史研究家。

「2020年 『ポストコロナ期を生きるきみたちへ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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