人新世の「資本論」 (集英社新書)

著者 :
  • 集英社
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本棚登録 : 3968
感想 : 325
  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087211351

作品紹介・あらすじ

人類の経済活動が地球を破壊する「人新世」=環境危機の時代。
気候変動を放置すれば、この社会は野蛮状態に陥るだろう。
それを阻止するためには資本主義の際限なき利潤追求を止めなければならないが、資本主義を捨てた文明に繁栄などありうるのか。
いや、危機の解決策はある。
ヒントは、著者が発掘した晩期マルクスの思想の中に眠っていた。
世界的に注目を浴びる俊英が、豊かな未来社会への道筋を具体的に描きだす!

【各界が絶賛!】
■松岡正剛氏(編集工学研究所所長)
気候、マルクス、人新世。 これらを横断する経済思想が、ついに出現したね。日本はそんな才能を待っていた!
■白井聡氏(政治学者)
「マルクスへ帰れ」と人は言う。だがマルクスからどこへ行く?斎藤幸平は、その答えに誰よりも早くたどり着いた。 理論と実践の、この見事な結合に刮目せよ。
■坂本龍一氏(音楽家)
気候危機をとめ、生活を豊かにし、余暇を増やし、格差もなくなる、そんな社会が可能だとしたら?
■水野和夫氏(経済学者)
資本主義を終わらせれば、豊かな社会がやってくる。だが、資本主義を止めなければ、歴史が終わる。常識を破る、衝撃の名著だ。

【おもな内容】
はじめに――SDGsは「大衆のアヘン」である!
第1章:気候変動と帝国的生活様式
気候変動が文明を危機に/フロンティアの消滅―市場と環境の二重の限界にぶつかる資本主義
第2章:気候ケインズ主義の限界
二酸化炭素排出と経済成長は切り離せない
第3章:資本主義システムでの脱成長を撃つ
なぜ資本主義では脱成長は不可能なのか
第4章:「人新世」のマルクス
地球を〈コモン〉として管理する/〈コモン〉を再建するためのコミュニズム/新解釈! 進歩史観を捨てた晩年のマルクス
第5章:加速主義という現実逃避
生産力至上主義が生んだ幻想/資本の「包摂」によって無力になる私たち
第6章:欠乏の資本主義、潤沢なコミュニズム
貧しさの原因は資本主義
第7章:脱成長コミュニズムが世界を救う
コロナ禍も「人新世」の産物/脱成長コミュニズムとは何か
第8章 気候正義という「梃子」
グローバル・サウスから世界へ
おわりに――歴史を終わらせないために

【著者略歴】
斎藤幸平(さいとう こうへい)
1987年生まれ。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。
Karl Marx's Ecosocialism:Capital,Nature,and the Unfinished Critique of Political Economy (邦訳『大洪水の前に』)によって権威ある「ドイッチャー記念賞」を日本人初歴代最年少で受賞。
編著に『未来への大分岐』など。

感想・レビュー・書評

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  • 著者は33歳。若い。もしも若い世代が脱資本主義のやり方を支持するなら、中年以上の人は黙って従うのが筋なのではないか。未来は若い世代のものなんだから。

    そういう僕は資本主義依存症で、貧乏は嫌いだし、派手ではなくても都会で便利に暮らしたい。だから脱成長は、けっこう怖い。けれども、これは嫌いとか怖いとかじゃなく義務の問題で、もう自分がジャイアンだと自覚して、今までの社会の幻想を捨てるしかないんじゃないか。

    大多数の人間や動物や魚や鳥や植物やその他を犠牲にするやり方が、コミュニズムよりマシなわけでもないと思うし。

  • 『ノストラダムスの大予言』を読んでいたときのような気持ちになりました。
    途中で止めようかと思ったけど
    新書大賞なんだから、きっと読んで良かったと思うはず…と頑張りました。
    佐藤優さんもヤマザキマリさんも絶賛しているそうだし。

    今まで読んできた本、たとえば『ファクトフルネス』では「世界は良い方に向かっている」と書かれていたし
    池上さんは「人類はさまざまな危機をのりこえてきたから、これからも」そして「ゆるやかなインフレが良い」と。
    出口さんも閉鎖的な江戸時代を批判し、グローバルでどんどん経済活動を進めるのが良いと。
    私はそう理解してきたのです。

    でもこの本では資本主義を批判。
    「資本の支配」
    「資本の専制」
    資本はサタンだったのか。

    私たちは…少なくとも私は考えを180度変えなければいけない。
    「脱成長」に納得しました。

    ただ、斎藤幸平さんの提案はあまりに壮大で、
    こんなこと実現できるのかと思います。
    他人の心を変えるのは、本当に大変なことです。
    私ももう少し他の方々の意見を聞いて、
    「3.5%」に入る決心がつくかもしれません。

  • マルクスの思想から、人新世における気候危機、格差社会、資本主義経済への根本的対処を考えるのが本書の営みである。
    個人的には以前から、資本主義の仕組みは既に限界で、脱成長経済が必要であると考えている。そこで出会った本書の考え方は、大いに示唆を与えてくれたものの、あまり現実的ではなく、理想論に過ぎない部分がまだ多いように思えた。

    富の考え方として、「私富」や「国富」に現れてこない「公富」=コモンズがあり、コモンズを軸にしたコミュニズムによって、希少性により価値を生み出す資本主義に対抗するというのは面白い。
    コロナ禍での各国における危機に際しても、コモンズが豊かな方がレジリエンスは高まるだろう。

    ただ、個人的に感じたのは、崇高な理念から始まったワーカーズ・コープ等の活動も、そのままでは資本主義に飲み込まれていってしまうのではないかという危惧である。
    本書で出てくる、本当に必要な仕事であるエッセンシャル・ワークの例として、ケア労働が挙げられている。確かに、ケアワークは社会に必要な仕事であるし、その仕事自体に価値がある。だが、ケア労働に付帯する作業の一切合切がすべて不要なものとして切り捨てることができるのか、疑問が生じる。
    確かに、経営者や管理職などで、不要な労働に付加価値を付けている例は枚挙にいとまがないだろう。しかし、人が集まり、組織ができてくると、組織として必要な管理業務が発生する。
    組織を形成せずに、すべてのエッセンシャル・ワークを個々人が行うことを想定しているのだろうか。だとすれば、それは現実不可能な理想論になってくる。

    本書に「石油メジャー、大銀行、そしてGAFAのようなデジタル・インフラの社会所有こそが必要」とある。確かに、デジタル・インフラもコモンズとして皆が使いたいときに平等に使うことができれば、それは理想的な社会だろう。
    だが、そのデジタル・インフラの運用は誰が行うのだろうか。それもエッセンシャル・ワークとして社会に必要な仕事になるだろうが、それこそ一人の個人でできるような作業ではない。幾人もの人間たちがチームを組んで事に当たる必要がある。そうなれば、本書で切り捨てられているコンサルティングのような仕事も必要になってくる。

    本書の最後の方にあるように、3.5%の人々が非暴力的な方法で、本気で立ち上がると、社会が変わるというのには、勇気付けられる。
    しかし、具体的な行動を実践できる人が果たしてどれだけいるだろうか。

    私のような、総論賛成、各論反対の個人たちをどう動かすか。
    無限の経済成長という虚妄との決別、持続可能で公正な社会に向けた跳躍というのは、理想論としては素晴らしいが、どうやって実現していくか。どうやって人間たちに一歩を踏み出させるか。
    ただ、理想がないと人間は動かないのも真理である。
    現実的なところは今後の議論が必要にしろ、理想論としては非常によく、今の社会に必要な一冊。

  • 所属しているオンラインのコミュニティで、ずいぶん話題になっているなあ、と思っていた本書。
    その矢先、母から
    「ねえ〇〇(私の本名)、斎藤幸平さんって人が、『SDGsは「大衆のアヘン」である』って言ってるそうだけど、あなた知ってる?!」
    というメールが唐突に届き(母からのメールはいつも唐突)、いよいよ読まねば!となって手にとりました。
    店頭で中身を見たとき、見出しがちょっと専門用語多め、ハードル高めに感じたので、同じタイミングで店頭にならんでいた『100分de名著 カール・マルクス『資本論』』(斎藤幸平)のテキストもあわせて購入。

    著者の斎藤幸平先生は、1987年生まれの経済思想、社会思想を専門とする研究者。
    耳慣れない「人新世(ひとしんせい)」という言葉は、地質学的な見地から、人類の経済活動の痕が地球を覆いつくした年代、のことを表すらしい。
    本書は、現在すすめられている新しい『マルクス・エンゲルス全集』の刊行プロジェクト(MEGA〔メガ〕)での成果に基づく『資本論』の新解釈の概略を示すとともに、地球規模で環境破壊が進む中での新しい社会システムのあり方を提言しています。

    とにかく、新書というよりは単行本と言ってもいいくらい、ぶ厚い読み応えがありました。
    とくに気候変動と経済をめぐる、学説や議論の変遷を解説している3章(資本主義システムでの脱成長を撃つ)、4章(「人新世」のマルクス)、5章(加速主義という現実逃避)が……ここだけの話……ざざっと流し読みしてしまおうかなという誘惑に途中かられるくらい……むずかしい、うわーん。
    『資本論』の骨子である労働、富、使用価値、価値といった概念については、『100分de名著』でわかりやすく解説されているので、私みたいにこのジャンルを読み慣れていない、という方は、少し遠回りですがそちらを読んでから本書を読むのがおすすめです。

    さて、ながながと泣き言を書きましたがね、私、読みましたよ。
    がっつり向き合いましたとも(謎のドヤ顔)。
    それは、新解釈を理解するためには、過去の議論を踏まえる必要性があるから、ということもありますが、それだけではなく。
    「人権、気候、ジェンダー、資本主義。すべての問題はつながっているのだ。」という本書の主張に、自分の体験として不思議とすんなり納得できたから。
    そして、本書で紹介されている、「コモン」(社会的に人々に共有され、管理されるべき富のこと)を取り戻そうとする、デトロイトでの都市農業のような試みを、自分が今暮らしている地域の中にも見つけることができるから、です。
    廃校を活用したカフェや、地元の生産者とつながって美味しい食材を紹介するパティスリーや、空き家をリノベーションしたゲストハウスなどなど。
    一つひとつの力は小さくても、いいなあと感じていた様々な活動が、地球規模で明日をよくしていくことにつながっているとしたら、すごく希望がもてると思います。

    本書では、最後に、3.5%の人々が非暴力的な方法で、本気で立ち上がると、社会が大きく変わるという研究成果が紹介されています。
    自分も、その3.5%に加わりたい、そのために何か具体的に行動してみたいし、自分自身の労働のあり方を変えていくことも諦めたくないなあ、と思わせてくれた1冊でした。

  • 評価が別れる本だと思う。答え探しをする本だと思う人には抽象論・理想論だと感じるだろうし、考えるための本だと思えばそのためのヒントがたくさん書かれてある。
    マルクスや資本論の話は、右左の色眼鏡になるのでいったん忘れて読んで欲しい。政治の話ではなくて、持続可能な人類世界がどういうものかという本です。
    「外部化社会」「価値と使用価値の違い」「ブルシットジョブとエッセンシャルワーク」「労働時間を減らさなければならない理由」「フィアレス・シティ」「気候正義」「食料主権」など諸々のテーマが一つのまとまりとなって認識されるとき、我々一人一人ができる行動が見えてくるのではないかと思う。
    とはいえ資本主義の価値観(要は「稼ぐヤツが羨望を浴びる」「お金を出すヤツがエラい」)にどっぷり浸かった我々中高年には完全に抜け出すのは難しいのだろうが、我々の子供より下の世代は「脱成長コミュニズム」の方向に移行していくことは確実と思われる。
    我々が、かつての団塊の世代を「旧世代の遺物」「老害」と見えるように、我々も変わらなければ同様に子供の世代からは老害認定され排除されることになる。
    私は「経済力でマウンティングして、消費者として我が物顔するような環境負荷高めの老人」にはならないように時代に合わせた変化をしていきたいと感じた。
    オススメ☆5です!

  • ◆「脱成長」こそ矛盾打ち破る [評]森永卓郎(経済アナリスト)
    人新世(ひとしんせい)の「資本論」 斎藤幸平著:東京新聞 TOKYO Web
    https://www.tokyo-np.co.jp/article/60992

    『人新世の「資本論」』斎藤幸平さんインタビュー マルクスを新解釈、「脱成長コミュニズム」は世界を救うか|好書好日
    https://book.asahi.com/article/13965360

    気候危機、格差が迫る転換 「コモン再生」で脱成長を 斎藤幸平・大阪市立大准教授インタビュー:時事ドットコム
    https://www.jiji.com/jc/v4?id=202104jssi0001

    人新世の「資本論」 – 集英社新書
    https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/1035-a/

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      日本と世界のこれからを知るための10冊の教養書 - 内田樹の研究室
      http://blog.tatsuru.com/2021/05/06_...
      日本と世界のこれからを知るための10冊の教養書 - 内田樹の研究室
      http://blog.tatsuru.com/2021/05/06_0907.html
      2021/05/07
  • 【概要】
    地球の地質時代を分類して「世」というものが使われる。現在は最終氷期が終わる約1万年前から始まった完新世に属するとされている。ちなみに、その前は更新世と呼ばれ、2020年に認定された千葉県にちなんで名づけられたチバニアンはこの更新世に属している。そして、最近の人類の活動による影響が及ぼす地層の変化が、地質学的にも完新とを区分されるべき「世」とされるべきレベルにあるとして提唱されたのが「人新世」と呼ばれ始めている。プラスティックやコンクリートなどの人工的物質の堆積や、二酸化炭素の増加による気温上昇の影響をもって、後世から今まさにこの時期がそのように言われることになるのではないかということだ。人類はこれまで地球の環境を所与のものとして過ごしてきたが、現代は逆に地球の環境に影響を与えることになったのである。

    はじめに、「SDGsは「大衆のアヘン」である」と、マルクスの有名な「宗教は大衆のアヘンである」をもじって、SDGsの欺瞞を告発する。著者が言いたいことは、SDGsの活動では二酸化炭素の増加による温暖化を止められないということである。グリーン・ニューディールなど資本主義の範囲の対策は、間に合わないということである。技術的に工夫を行い、意識の上で節約するにしても成長を目指す限り危機を回避するのは難しいというのだ。そこからの脱却の方法として、「脱成長コミュニズム」を提唱するのである。

    著者はいわゆる新進気鋭のマルクス学者である。「脱成長コミュニズム」は後期マルクスが資本主義の研究の果てに辿り着いた点と整合するものであり、今こそマルクスのアソシエーションや「コモン」に立ち帰る選択をするべきだというのである。そして、バルセロナの取り組みをその一例として取り上げる。

    【課題点】
    もし本書における問題点を指摘するとすれば、読者側に合わせたという点もあるかと思うが、この問題を論じるにあたっては単純化が過ぎるのではないかと思う。まず、温暖化によって起きる事態というのは、そそらくはそれほど単純ではない。異常気象について言及するが、そのどの程度が二酸化炭素による温暖化の影響であるのかはわからない、というのが正確なところだろう。気温というものが、アナログな情報であり、おそらくは地球全体でホメオスタシスのようなものが働くであろうことから、特に直近の日本における台風や局地的豪雨をもって温暖化の証拠としてもってくるのは、それだけでは印象操作でもあり、本来はもう少し丁寧な議論が必要であろう。
    二酸化炭素排出に規制を設けるべきだというのはおそらく正しい。それは二酸化炭素による温暖化とその影響の理論が正しいかどうかではなく、ただいいか間違っているのかがわからないということである。おそらくはその帰結が理論的に否定できない、ということが重要なのだと思う。そして、それが後からしかわからないことであり、その影響が相当に大きなものになる可能性があり、著者がポイント・オブ・ノーリターンと言うように、一度起きた道を引き返すことが非常に難しい、おそらくは不可能である、ということである。

    また、もうひとつロジックの面で気になったことは、グローバル・サウスや格差社会に言及しているが、格差→脱成長、温暖化危機→脱成長、のふたつのロジックが並立してときに混在して議論が進められているように感じるところである。温暖化危機と格差はまったく異なる、誤解を恐れずにいうと独立した問題であり、温暖化危機に対する対処としての脱成長と、格差解消としての脱成長もまったく異なる話であるにも関わらず、ある種の読者層の親和性があることからあえて混在させられているようにも感じた。

    もう少し根本的な問題としては、「コモン」の実現方法について、総体的な具体性に乏しいところである。水道や電気のインフラの民営化を批判し、もう一度「コモン」としてコミュニティに取り返すことが必要だとするのだ。個人的には、市民意識に頼ったアソシエーションよりも、少なくとも今は資本主義のルールに沿った上で、炭素税や技術規制などの適切なインセンティブをグローバルに適用することが本筋ではないかと思う。著者が批判するグリーン・ニューディールが現実的な方策であるだろう。資本主義はCapitalismというように選択可能な主義(ism)のようにも感じられるのかもしれないが、その仕組みは選択可能なものではもはやなくなっているのではないだろうか。そう思う自分は、資本主義にからめとられてしまっているからなのだろうか。

    【まとめ】
    課題に挙げたことは、おそらくはもちろんと言ってもいいのかもしれないが、著者が承知の上での著作であるということもわかる。著作が売れて、NHKの100分de名著でマルクスの資本論の解説(ある意味で(いい意味でも)畏れ知らず)も引き受けて、マスコミにも名前が出ていくことになる。ここから、著者がアクティビストになるかどうかによって、どこまで自分の説に自信とリアルな危機感を持っているのかが測られることになるのではないだろうか。

    【読書会・マルクスについて】
    ある読書会で、著者の斎藤さんの講義を聴く機会があった。著者がイメージするのは北欧の福祉国家ではなく、まった異なる仕組みの脱成長コミュニズムを目指すべきだと言われていらのは印象的であった北欧の国々は、海外からの輸入に頼っているがゆえに実はカーボンフットプリントは結構大きいと言い、福祉国家は失敗すると、資本主義に再度取り込まれるのだという。北欧が手本だと思っている人が多いのと同じように、SDGsは否定されるものではないと思い、そこから先の資本主義ごと変える必要があるという問題意識を持っている人が少ないともつなげていた。

    また、マルクスの再解釈という観点で、柄谷行人が交換様式Dで資本主義とは異なるアソシエーションの登場を想像したが、その方向性斎藤さんの想像する将来と同じものなのか、関係するところはあるのか質問した。いわく、柄谷から論理的な面で影響を受けたことはないが、柄谷がマルクスの交換様式に注目しているのに対して、自分の論は生産様式に注目している点が違っている点で、仮に同じく何らかの「アソシエーション」の成立を目指すものだとしても、その成立過程は異なるものになるだろうと回答された。非常に面白い観点であるとともに、マルクスのテキストの深さを示すものだと改めて感じた。


    ---
    気候温暖化の科学的考察については、『チェンジング・ブルー』という名著がある。もちろん、ここに書かれていることですべてが明らかになるというものではないが、科学的姿勢というものについて教えてくれる著作。

    『チェンジング・ブルー』(大河内直彦)のレビュー
    https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4006032803

  • 資本主義の根底は成長を目指すものだから、資本主義社会である以上は、いくらグリーンな社会を目指そうとしても、地球環境の破壊を阻止する事はできないとの事。
    持続可能な社会を目指すには、資本主義社会を廃止し、脱成長の道に進むべきと。
    私も資本主義の限界を感じる部分も多いので、色々と納得出来た。
    ただ何故資本主義社会のままでは持続可能な社会を目指す事が出来ないのかと言う所がメインに書かれていて、脱成長への道のりや具体的な対策に関しての内容はやや薄いかなと感じたのと、私にはなんとなく理想論に聞こえてしまった。
    人間って欲深い生き物と思うので、資本主義に慣らされた私達が脱成長を果たして目指せるのか疑問。
    資本主義に取って代わる事の出来る持続可能な社会体制とは何か。私も色々と考えてみたい。

  • →「里山資本主義」からの続き
    斎藤幸平氏のこの本は、そんな21世紀の首都圏に生きる僕の感じている行き詰まり感に対して、真っ向から取り組んだものだった。この2つの著作の10数年の間にある違いは、気候変動への危機感が社会全体に浸透してきたことだ。

    著者は、現在の経済成長至上主義を維持したまま、気候変動にブレーキをかける、という両立はもはや不可能な段階にあることを説明している。否、この資本主義の原理そのものが気候変動に繋がっていることを指摘しているというべきか。なんだかんだ言っても、この本の核心はここだろう。

    これまで、「この国の経済成長のおかげで豊かに暮らせているんだから」という暗黙の了解が、色んなことを正当化してきただろう。地球の反対側の人々への搾取だったり、利害関係者にだけ見せる誠意だったり---それを積み上げた社会が良くなるわけがないと、子供でも分かりそうな物事達。むしろ、20年前の僕が嫌でたまらなかったのは、こういう違和感を感じても声を上げないだけの「分別」こそが、新社会人に求められる禊であるような気がしたことだった。

    そこに、気候変動という世界全体の生死を巻き込んだ問題が加わることで、「それを続けてると我々はもう生きていけないんだよ」という、真逆の構図が生まれる。普通に考えて、普通に倫理的に振る舞っても、イチイチ後ろ指さされなくてもいい世界。すばらしい。

    そこからいかにこの格差社会を乗り越え、豊かさの指標を経済成長に委ねない社会を実現するか、という手がかりを、一般にはあまり知られていない、最新の後期マルクスの思想をヒントに描き出してゆく。ずいぶん昔に、一度は閉じて顧みられなくなった扉が、気候危機というたったひとつの契機の前に、全く新しい形で開かれ、すべての価値基準が再構築されていく。これが思想家の仕事というものかと、羨望の気持ちで見ていた。

    「生きられた思想だけが意味を持つ」と敬愛するヘルマン=ヘッセは書いていたが、著者の言葉からは、絵に書いた餅で終わらせない本気、気概のようなものが伝わってくる。この先どうするかは、まだまだ皆で考えていかなくてはならない問題だろう。その扉を先陣切って開いてくれていることに感謝したい。

  • やっと読み終わりました。環境問題を、経済学としてとらえる問題作。成長を至上とする拡大資本主義者にとってはもはや、温暖化を止めるすべはないように映ります。コストを最適化するように調整されてしまう自由経済のもとでは、全体最適が図れないのである程度の強制力が必要に感じます。残念ですが。

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著者プロフィール

1987年生まれ。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。専門は経済思想、社会思想。著書に『大洪水の前に』『人新世の「資本論」』。

「2021年 『知への恐れ 相対主義と構築主義に抗して』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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